信じる先に
上条当麻は肩を落としながら歩いていた。
彼の不幸体質は自他共に認めるものであるのだが、こうも度重なると流石の彼も溜息を吐かずにはいられない。
さて、今回の不幸はというと――
PM4:27
「不幸だ…」
とある日の夕方。
彼はビルに沈む太陽をバックにいつもタイムセールで愛用しているスーパーのチラシを持って立っていた。
目当ての特売品がなかったのか絶望の表情をしている。
しかしいつまでも佇んでいるわけにはいかないので帰ろうとした時。
最近となっては、まぁお決まりの例の人物から声が掛かった。
「ちょっとアンタ! 何この世の終わりみたいな顔してんのよ!」
その人物は御坂美琴。
彼女は最強の電撃使いと言われているが、上条の前では見つけたら話しかけずにはいられない恋する乙女。
しかし上条の持ち前のフラグ体質と超鈍感な性格が相まって未だ恋人というか告白することも出来ないでいた。
最近では上条の寮にご飯を作りに行ったり、一緒に遊園地に遊びに行ったりとしている。
もちろんそんなピンクな話ばかりでなく、インデックスの件も知って大暴れした事もあったのだが。
「あぁ…御坂か。どうした? 何か用か?」
「え、っと…用って事はないけど。ただアンタを見かけたから(探してたとは言えない…)」
「そうか…」
「あ! ちょっと待ちなさいよ! って、行っちゃった…」
美琴はちょっと話せるかなと思い声をかけたようだがその願いは叶わなかった。
何故なら今の彼は今日をいかに生き抜くを考えていたのだから。
美琴はやる事もなくなったのでつまらなそうに寮に向け歩きだした。
「あーあ。何よ、アイツったら。全く私の気も知らないで…」
つまんなーいつまんなーいとボヤキながら歩いていると美琴の携帯が鳴り出した。
「おっと、電話だ…げっ」
【母】
電話の画面に出た名前を見てげんなりする。
ここ最近特に用事という用事はないのでこういう時は決まって上条絡みの話と決まっていた。
美琴の母美鈴は、美琴が上条に恋していることを知っており何かとお節介をやいてくる。
美琴は溜息を吐き電話に出た。
「もしもしー」
『美琴ちゃん! お母さんだけどさ!』
「ど、どうしたのよ。何かあったの?」
『美琴ちゃん。今日当麻くんに会った?』
「へ? あぁ。まぁ、会うには会ったけど…」
『それで…どこか変わったところなかった?』
「え?うーん…何か元気なかったみたいだったけど、それが?」
『………美琴ちゃん。落ち着いて聞いてね?』
「な、なによ。アイツに何かあったの?」
『実は、今日詩菜さんのお宅に遊び行った時に聞いたんだけど…』
「う、うん」
『当麻くん。明日学園都市から引っ越す事になったらしいのよ』
「―――え」
嘘…。
アイツが? 引っ越す?
何で?
親の都合とか?
でもアイツ寮で一人暮らしだし…でも、家庭の事情とかで遠くに行くとなったら…。
ありえない事じゃないのかな?
確かに今日のアイツなんか変だったし…。
で、でも…そんな急に明日なんて…。
『――ちゃん? 美琴ちゃん?』
「あ、え? もしもし?」
『大丈夫? 美琴ちゃん?』
「う、うん…」
『ところで、美琴ちゃんさ。当麻くんにはもう告白は済んだの?』
「な、なんで私がアイツに告白なんか…」
『…まぁ、美琴ちゃんがそう言うならお母さんは何も言えないけどさ。ただ…』
「…」
『後悔だけはしないようにね? 伝えたい事を伝えずに後回しにすると、後で絶対に後悔するから』
「っ…」
『当麻くんのことだから。離れても美琴ちゃんが会いたいって言えば会いにきてくれると思うけどな』
「私…そんな、急にそんな事言われても…」
『急じゃないでしょ? 今まで何回チャンスがあったの?
彼が鈍感なのは知ってるけど美琴ちゃんが素直になれないのが一番問題なのよ?』
「私は、私は…」
『まぁ、お母さんが言えるのはここまでね。お母さんこれから詩菜さん家行って引越しのお手伝いしてくるから』
「私は」
『美琴ちゃんは自分が今やりたいことをやりない。想いを伝えるのも良し。淡い初恋のままにしておくのも良し』
「……わかった」
『じゃあ、切るね? バイバイ』
美琴はその後暫く俯いてその場から動かなかったが、
やがて何かを吹っ切るように前を向いて。
上条当麻の寮の方向へと走りだした。
PM5:03
上条は部屋へと帰ると冷蔵庫の中身を確認し溜息を漏らす。
中身はキャベツともやしだけ。
買い物に行ったのだから何か買ってくればよかったが、生憎特売品売り切れで目の前が真っ暗になって何も見えなくなった。
あの暴食シスターが小萌先生の家に行ってるのがせめてもの救いだが。
「どんだけだよ、ホントに…」
♪~ ♪~ ♪~
上条の携帯が鳴る。
相手は…美鈴さん?
どうしたんだろうか?
とりあえず出なきゃ。
「はい、もしもし」
『あ。当麻くん? お久しぶり~』
「ああ、どうもお久しぶりです。何かあったんですか?」
『くっくっく…じ、実はね。当麻くんにお願いしたいことがあるの』
「は、はぁ…まぁいいですけど。何ですか?」
『その内美琴ちゃんから電話なりなんなりがくると思うんだけど…
そこで当麻くんには美琴ちゃんが言う事に嘘を突き通してもらいたいの』
「はぁ? 何でそんな、あ。あー…今日エイプリルフールですか」
そうなのだ。
何を隠そう今日は4月1日。エイプリルフール。
嘘を言ってもいい日だった。
美鈴は美琴に上条が引っ越すから伝えたい事があるなら今日中に言っておくようにといった。
もちろん引越しの話なんか嘘で、すぐバレるかと思ったらしいのだが
美琴が全部信じてしまったために引くに引けなくなってしまったらしい。
冷静に考えてみれば引越しなんてそんな急に出来るものではないから。
しかし上条に恋する美琴は今日がエイプリルフールなのも忘れ全てを鵜呑みにしてしまった。
「あんたが鬼か」
『だって~…面白いじゃない?』
「…」
『ところで、当麻くん?』
「は、はい?」
『気持ちは決まったの?』
「…アイツのことですか」
『そうよ。ビックリしたわ。いきなり「俺、御坂…美琴の事が好きになっちゃったかもしれないです」なんていうから』
「ぐ…ま、まぁ…何か一緒にいて楽しいって言うか。全部じゃないですけど、話せるっていうか」
『踏み切れない理由はやっぱり美琴ちゃんが中学生だから?』
「…はい。最近よく一緒にいることが多くなって、それでアイツがどんどん可愛く見えてきました」
『おぉ。親としては鼻が高いよ』
「だからその、傷つけたくないんです。今は」
『ぶ! ちょ、ちょっと当麻くん? 私一応美琴のママさんなんですけど?』
「え? あ…ちょ、ちょっと! 違いますよ? 娘さんを傷物にするとかそういう意味じゃないですからね?」
『えー、違うのー? 残念~』
「残念じゃないですよ! で。俺…まぁ、ケンカと言いますかよく怪我するんですよ」
『知ってるよ。人助けしてるんでしょ』
「まぁ見過ごせないと言うかその…」
『?』
「アイツ怪我して帰ってくるたびに凄く悲しそうな顔するんです」
『それは当麻くんの事が心配だからじゃない。好きだから』
「そ…、れは」
『当麻くんだって美琴ちゃんが傷ついたりするのみたくないでしょ?』
「そうですけど、でも…でもアイツがもう少し大人になったら分かってくれるかもって」
『…』
「そんな悲しい思いしなくてもいいような、もっといい人がいるんじゃないのかって。
アイツ女子校で男の知り合いなんて俺くらいみたいですし」
『……、助けを求められたら、行かなきゃならない?』
「…? …はい」
『美琴ちゃんが彼女になって、行かないでって言っても?』
「はい。それでもし今よりも親しくなって、もし今よりもっと好きになったら」
『それを失うのが怖いのね?』
「…そうなんです。それならいっそこのままの関係の方がいいんじゃないのかって」
『当麻くんは、それでいいの? 辛くない? 胸が、心が痛いんでしょ?』
「…」
『言っておくけど、美琴ちゃんは本気よ? 多分これからそれが分かると思うけど』
「…」
『本気のあの子を前にしても今と同じ台詞が言えるかしらね?』
「……わかりません」
『今日は世間じゃ嘘をついてもいい日だけど、あなた達2人に関しては今日は嘘をつかない日にした方がいいかもね』
「…、だから美琴に嘘ついてまで」
『いや、まぁ。半分はホントにからかう程度だったけどね♪』
「え」
『あ、そうそう。当麻くん?』
「はい?」
『私はなにがあっても美琴ちゃんの味方よ? あなたともいい関係でありたいわ。どんな結果になろうともね』
「美鈴さん…」
『でも。美琴ちゃんが可哀相だからとか私に相談しておいて振るのは気が引けるだとか、そんな気持ちで美琴ちゃんと付き合うのなら』
「…」
『私はあなた達を認めないわ』
「……わかりました」
『んー、まぁ。そんなとこかな? じゃあ私は夕飯の準備するから』
「はい。ありがとうございました。今まで相談してもらって」
『いいのよ♪ 大事な一人娘の、愛しの王子様からの相談だもの。じゃ、またね?』
「はい。また」
そうして美鈴は電話を切った。
通話時間7分47秒。
「素直になれない娘と娘を想う色んな問題を抱えた男の子…か」
「こんなの…漫画か小説の世界だと思ってたけど」
そして美鈴が、ふふ♪ と笑い、親としては大変ね? 詩菜さんっと言った。
「恋のキューピットも楽じゃないですね。美鈴さん」
「うまくいったら結果そうなるけど、まさか美琴ちゃんが信じるとは思わなかったから…
こうなったら当麻くんにかけるしかないですね」
「あらあら。あの子は、どうするのかしら? …あら? 醤油空っぽ」
「あ、私入れてきますね」
「すみません。お願いします」
PM5:18 男子寮上条宅
「…」
上条は美鈴との電話のあと自分の気持ちを整理しようとしていた。
「俺…どうしたら、いいんだよ。御坂…」
するとさっきの電話では緊張して忘れていたのかのように唐突にお腹が鳴り出した。
部屋はテレビもつけてなく静かだったのでよく響いた。
あまりにも空気を読まない音だったので、上条は笑ってしまった。
「ったく。人が真剣に悩んでるっつーのに」
上条は立ち上がり玄関へ向かった。
いくらなんでもキャベツともやしでの夕食では今の悩みも解決するのに脳が回らないと思い、何か食ってこようと思ってのことだ。
―――しかし。
上条は玄関のドアの取ってに手をかけたところで、何かを感じた。
誰か、いる。
まだ気持ちの整理がついていない今、一番会いたくない相手だった。
「…よぉ。どうした? 門限いいのか?」
「……ちょっと中に入れて。大事な話があるの」
そういえば美鈴さんは俺が明日引っ越す嘘をついたんだった。
ならば美琴がここに来るのも頷けた。
でも、まだ気持ちが――
「あー、悪い。俺今から飯食いに行こうと思って。家に何もないんだ」
「じゃあ私も一緒に行く」
「はぁ? おまえ寮の夕食どうすんだよ。もったいねぇ」
「一緒に行く」
「……はぁ。わーったよ。今日くらいなら奢ってやるよ」
「っ…!」
美琴は上条の言葉にビクッとした。
上条は美鈴さんの嘘に乗ったような台詞をいった。
しかし悪戯な気持ちではなく。
後に来る告白の壁を大きくするものだ。
そして、2人はすっかり暗くなった道を歩いてファミレスに向かった。
PM5:41
「御坂ー。お前何食うー?」
「私はドリンクバーだけでいい」
「そっか。寮の飯あるもんな。じゃあ俺は…」
その後料理が届き夕食タイムになる。
上条は頼んだメニューを食べているが、美琴は最初にドリンクを入れていったきり席を離れようとしない。
もうコップは空だった。
「えっと…御坂さん? 上条さんが何か入れてきましょうか?」
「…いい」
「そ、そうかですか」
「…なんで」
「ん?」
「なんで黙ってたのよ」
「……何が」
「引越しの話よ!」
「あー…別に。言うほどでもないと思って」
「っ!」
上条は嘘をつく。
壁を高く。高く。高くするために。
美琴が越えてこれないような高い壁に。
「アンタね! ちょっとは一緒にいたんだから言ってくれてもいいじゃない!」
「ちょ、ちょっと…静かにしろよ。皆見てるぞ」
「うっさい!」
「まぁ、悪かったよ。隠しててさ」
「……、私は」
「あ、ほら。今は飯にしようぜ。冷めると美味しくないからな。俺だけだが」
「聞いて」
「帰りに公園寄るからそこで聞いてやるよ」
「…わかった。絶対に聞いてもらうから」
「うん」
上条は時間が欲しかった。自分の気持ちと向き合える、言葉を選べる時間が。
美琴は時間が惜しかった。自分の気持ちを伝える時間が。
そして上条は料理を完食するとトイレに行った。
その間美琴は黒子にメールしていた。
『ちょっと遅くなる。もしかしたら帰らないかも。』
美琴はそれだけ送って携帯の電源を切った。
暫くして上条がトイレから帰ってくる。
そして、行くか? と言って美琴は小さく頷いた。
公園に移動するまでの間、2人は手が触れる距離で肩を並べて歩いていたが一言も喋らなかった。
PM6:30
公園に着いた2人はベンチに座っていた。
美琴が買ってきた飲み物を持って。
美琴はもう自分がやるべき事は決まっている。
上条も決心したのか空を見上げている。
そして暫く無言の時が流れたが、上条がその均衡を破る。
「ごめんな。今まで黙ってて」
「…なんで黙ってたの」
「いや、違う」
「なにが違うの? ずっと隠してたじゃない!」
「引越しの話な。アレ嘘なんだ」
「――………う、そ?」
「ああ。美鈴さんから電話あったんだろ? 俺が明日引越すって」
「う、うん」
「そんで俺のところにも電話あってさ。おまえを騙してくれって。悪かったな」
「……引越さないの?」
「あぁ」
「明日も明後日も、ずっとずっとここにいるの?」
「まぁずっとかは分かんないけど高校卒業するまではここにいる」
「そっ…か、」
「怒らないのか?」
「うん…。嬉しいから…」
「で。話って?」
「え? えっと…その、あの…」
美琴は迷ってしまった。
今日は上条が引越すから、会えなくなるから意を決して告白しようとしたのに。
明日からも一緒にいられると思ったら、途端に怖くなった。
気持ちを伝えることに。
一緒に笑ったり、喧嘩したり、ご飯食べたりするのが出来なくなるかもしれない事に。
しかし――
「うん。大切な話。とてもとても大切な話があるの。聞いてくれる?」
「……あぁ。そういう約束したからな」
美琴は止まらなかった。
母の、美鈴の言いたい事が分かったから。
ありがとう。
勇気をくれて。
気付かせてくれて。
学園都市を離れ、上条当麻の実家。
夕食をしながら話している上条詩菜と御坂美鈴の姿があった。
「美鈴さん、ごめんなさいね? 今日主人が帰って来なくて、一人じゃ寂しいからって呼んでしまって」
「いえいえ。いいんですよ詩菜さん。私も一人でしたから、こうしてお話して食べるのも楽しいですし」
「ところで…、あの子達はうまくやってるかしら。当麻さんの事だからそろそろ本当の事言ったと思うけれど」
「ふふ。そうですね。でも美琴ちゃんは…きっと止まらないと思いますよ」
「止まらないっていうと?」
「今、美琴ちゃんは当麻くんが引越ししない事を知って嬉しい反面迷ってると思うの」
「明日からの当麻さんとの関係に?」
「えぇ。でもそれじゃダメなのよ。当麻くんは危険な事に首を突っ込んでるみたいだから…
いつお別れになるか分からないものね? 伝えれる時に伝えないと。あ。ごめんなさいね? 縁起でもないこと」
「いいえ。当麻さんは…昔からそうでしたから」
「そう、だったんですか」
「でも美琴さんが真剣に想いを伝えてくれれば、
当麻さんも真剣に悩んで真剣に答えを出してくれると思いますよ。あの子は、そういう子ですから」
「もしもの時は面倒臭い親への挨拶がなくていいですね」
「あらあら。美鈴さん。それは話がまた随分と飛んじゃいましたね」
「ふふ」
(―――大丈夫ですよね? 当麻さん?)
(――頑張ってる? 美琴ちゃん?)
PM6:46
舞台を学園都市に、上条を美琴がいる公園に戻すと美琴が想いを打ち明ける瞬間だった。
「で大切な話って?」
「うん。これから言う事は嘘とかそんなのは1個も入ってない。本当に、私の中に閉じ込めておいた本当に大切な話」
「わかった」
「全部話し終わるまで聞いてね? 途中で相槌とかもいらないから」
「あぁ。わかった」
上条は思った。
御坂は本気なのだと。
今まで上条は積みかねてきた壁を乗り越えてしまう程、本気なのだと。
その壁とは、
今まで気の無い振りをしてきて、嘘を言い続け、
しかしそれが嘘で明日からも一緒にいる事が知ったのなら美琴はまた思いとどまり、
想いを打ち明けないと思っていたから。
上条は結局は答えを出すことは出来なかった。今は。
情けない話だが、自分よりも年がいってない中学生の女の子に告白される男だ。
本当に…情けねぇな。俺。
そして美琴は上条にしか聞こえないような、小さく、でもしっかりと。はっきりと。
上条当麻の目を見て想いを打ち明けた。
「私は、アンタが…上条当麻の事が好きなの」
「好きだった。ずっと好きだった。アンタは馬鹿でドジで無鉄砲だけど」
「アンタの周りにはいつも他の女の子がいて苦しかったけど」
「でも一緒に遊びに行ったり、喧嘩したり、ご飯食べたり、そんな時間がとてもとても大好きだった」
「アンタは知らないだろうけど一日中アンタの事を思って悩んだこともあった」
「一緒に遊びに行く前の日なんか明日はどういう格好で行こう、とか」
「どうしたら喜んでくれるかな、とか」
「もっと自分に素直にならなきゃ、とか」
「でも結局最後は素直になれなかった」
「アンタは私の事なんか眼中にないみたいでし、話かけてもスルーされるし」
「うぅん。こんなのは言い訳」
「結局は、私が怖いだけだったんだ。今の関係が壊れる事が」
「だから最後の最後で素直になれなかった」
「でも、アンタが引越すって聞かせれて気付いた」
「いつまでもこんなんじゃダメ。素直に、自分に素直にならないと、後悔してからじゃ遅いんだって」
「だから――」
「こんな私だけど、恋人にしてくれませんか?」
上条は美琴の告白を無言で聞いていた。
美琴の目は真剣で、嘘偽りの類は欠片もないだろう。
全てを曝け出して月明かりに照らされたその瞳は――
とても、とても綺麗だった。
とても、とても。
何にも汚されていない透き通った、そんな瞳だった。
では、自分が美琴にできることはなんだろうか?
自分は美琴のことが好きだ。
それは今までの生活から気付いた嘘偽りない自分だけの想い。
美琴から好かれているから好きになったんじゃない。
美鈴に相談して勇気付けられたから好きになったんじゃない。
自分が、自分の思いだけで気付いた想いだった。
では、どうすれば―
自分の性格上、助けを呼ばれたらイギリスでもロシアでも飛んでいくだろう。
美琴を置いて。
危険な事に巻き込むわけにはいかないし、魔術の関係もある。
ならば突き放せばよいのではないか?
その方が美琴の為でもある。
どんなに今この瞬間に絶望したとしても、きっと時間が解決してくれる筈だ。
進学して新しい高校、大学に行けば男なんて腐る程いるだろう。
しかしその、まだ見ぬ誰かに美琴の事を救ってあげろと?
「御坂美琴とその周りの世界を守る」といった約束も、約束したからと一緒にいるのは美琴も望まないはずだ。
ならば。
ならば――
この好きな想いを殺して、もう一度。もう一度だけ。
美琴に、
愛しの御坂美琴を本気で信じてみようと思った。
「ありがとう。こんな俺を好きになってくれて」
「うん」
「凄く、凄く嬉しい」
「それで、返事は?」
上条は少し美琴から視線を離し、そして意を決したのか真剣な眼差しで美琴を見つめ言った。
「ごめん。俺は、御坂とは付き合えない」
PM7:33
美琴は常盤台の寮まで戻ってきていた。
帰ってくる途中で白井に連絡をしようと携帯の電源を入れた。
着信履歴―37件。
それを見て美琴は笑ってしまった。
もう、黒子ったら…心配しすぎ、と。
「も、もしもし! お姉さま? お姉さまですのね!」
「あー、はいはい。私ですよ。御坂美琴です」
「お姉さま! お体に異変は御座いませんの? お姉さまは純潔のままですの? 黒子は…黒子は――」
「ごめんね。もうちょっと遅くなるとおもったけど予想よりも早く帰ることになっちゃった」
「お姉さま! 早く帰ってきて黒子に、黒子にそのお顔を見せて下さいましぃぃぃぃ!」
「わかった、わかった。えっと…7時半くらい? には着くと思うから寮の裏にいてよ」
「わかりましたわ、お姉さま! お待ちしております!」
「ありがとう、黒子。あとね、実はあと2つ…お願いがあるの」
「何なりと! 黒子に出来ることなら何でもいたしますわ!」
「帰ったら、何も言わず胸を貸して? 私が落ち着くまで…」
「お、お姉さま? ……分かりましたわ」
「そしてあと一つは――」
上条は自分の寮に戻ってきていた。
美琴の告白を蹴った。
美琴を信じたから。
美琴は理由を聞かせて欲しいと言ってきたが、何を言ったのか覚えていない。
ただ暫くすると美琴は「そっか…わかった。じゃあ、またね」と言って帰っていった。
上条としてはもっと問い詰められると思ったが、何か呆気なく終わって溜息を吐いた。
美琴は分かってくれたのだろうか?
美琴は信じてくれたのだろうか?
こんな―
こんなことでしか自分の本当の気持ちも伝えられないような男の事を。
「…美琴」
そして夜は更ける。
PM11:57
上条当麻はつい先程美琴と一緒にいた公園のベンチの上にいた。
手には自販機で買ったばかりの暖かいお茶系の何かの缶が……2つ。
さすがに深夜は寒く、防寒対策してきたがそれでも寒いらしく震えていた。
その震えは、寒さと恐怖だった。
しかし、その震えの半分の恐怖は0時になるのと同時に止まった。
「よぉ」
上条の前に一人の少女が立っていた。
上条はその少女に買ったお茶を渡すと自分の隣に座らせた。
その少女はコートを着ていた。
一緒に遊びに行く時にいつも来ていたコート。そしてマフラー。
しかし頭には防寒具はつけておらずそのサラサラな短い髪を露わにしていた。
その少女は――御坂美琴その人だ。
「温かい…」
「寒かっただろ? それ飲んで体温めろよ」
「ありがと」
美琴は上条からお茶を受け取り少し口をつけた。
「あんまおいしくないわね。コレ」
「あぁ、失敗したと思った」
「何でコレにしたのよ。もっと他のあったでしょ?」
「なんつーか、チャレンジ精神で」
「…馬鹿」
そして美琴は左手を「手、握って」と差し出した。
上条は以前美琴を守ったその右手でしっかりと握った。
美琴はぴくっとしたが優しく握り返した。
「――で、さっきは何で嘘ついたの?」
「…さすが御坂さんですね。何でもお見通しですか」
「私はずっとアンタの事だけを見てきたのよ? 真剣な表情したって嘘なんか一発で見抜けるわ」
「傷つけたかと思った」
「傷ついたわよ」
「すまん」
「でも――」
「?」
「傷ついたのは、アンタが自分を騙して嘘を言ってたから。見てられなくなったから」
「すまん」
「でも信じてた。アンタは絶対、どんな形でも答えを出してくれるって。
でも怖かった。だからここに来る前は黒子の胸の中で震えていたわ」
「ありがとう。信じてくれて」
「うぅん。私の方こそ、ありがと。信じてくれて」
「御坂。これから言う事は嘘とかそんなのは1個も入ってない。本当に、俺の中に閉じ込めておいた本当に大切な話だ」
「うん」
上条は先程美琴が言った台詞を借り、その後に続けた。
美琴は体を少し振るわせたが視線を離さず向き合っている。
「俺は御坂が、御坂美琴が好きだ」
「好きだった、ずっと。前から」
「でも俺の中で何かがその想いを濁らせていた」
「それは、失う事の怖さだった」
「俺は人を好きになる事が初めてだったから、失った時の絶望とかがいまいち想像がつかない」
「だから一定以上の好意や愛情を拒絶してきた」
「だから御坂の気持ちを気付いていたのに気付かないふりをしていた」
「そうすればおまえとの距離を開けれると思ったし、危険な目にも巻き込まなくても済むと思ったから」
「でも時間が経つにつれてその想いの大きさに押し潰されそうになった」
「辛かった」
「苦しかった」
「胸が、心が痛かった」
「そして気付いたんだ」
「愛せないことが、一番怖いんだって。一人なのが、一番怖いんだって」
「一人は嫌だよな。自分の思いのままにできるけど、それだけじゃねぇか」
「誰に愛されず、誰も愛せないなんて」
「そんなの、怖いよな」
「俺を頼ってくれている奴はいると思う。自惚れかもしれないけど」
「でも、でも俺は。愛する事がしたかった」
「遠くに行っても、どんなに辛い事があっても」
「絶対に愛する者がいる場所に帰るんだって思う事が出来たのなら俺は絶対に帰れると思うから」
「だから」
「もし恋人になっても、おまえを危険な目には会わせたくない」
「おまえは俺の帰る場所を作って待っていてほしい」
「待ってるだけの女じゃないのは、分かってる」
「だから」
「おまえは俺の帰る場所を守るために戦ってほしい」
「俺が出かけている間、御坂自身から生まれるその恐怖から」
「そして笑顔で迎えて欲しい。帰って一番に見るおまえの顔が悲しい顔なんて――」
「そんなの見たくないからさ」
「だから、信じて欲しい」
「だから――」
「こんな俺だけど、恋人になってくれませんか?」
上条はその閉ざされた心の扉を開いた。
その真っ直ぐな瞳に映されたのは、涙を流しながら、しかし俯くこと無く真っ直ぐ向き合っていた美琴だった。
上条は優しく美琴の涙を払い、左手を美琴の右頬に添えた。
「こんなんじゃ、ダメか?」
美琴は上条の左手からその体温と優しさを受け取り、自分の右手を上条の左頬に添え返し―――
「ダメじゃない」
優しく、幸せそうにキスをした。
どれぐらい時間が経っただろう。
2人は深夜の寒さも忘れ幸せの一時を送っていた。
「ちょっとさっきの告白の中で引っかかった事があったんだけどさー」
「な、なんでせうか御坂さん? ダメ出しでせう?」
「いや…アンタさ、私の気持ちに気付かない振りしてるって言ったじゃない?」
「…い、言いました…ような?」
「アンタは私の気持ちに気付いておきながら振り回してたって事よね?」
「そ、そうなりますね」
「覚悟はいいかしら?」
「え! ちょ、ちょっと! い、痛いのは勘弁してくださ――っん」
「――っは! こ、 これで許してあげる!」
「あ、ありがとうございます」
「で」
「は、はい」
「恋人になったからには嘘はいけないと思うのよね?」
「そ、その通りですネ」
「これから私が言う事に嘘偽り無く答えて」
「ぜ、善処します」
「―と、その前に」
「…? どうしました? 御坂さん」
「それ」
「?」
「御坂やめて、美琴って言って。私も…と、当麻って呼ぶから」
「み、美琴」
「もっと」
「美琴」
「―――――んっ、こ、この響き。脳がとろけそう」
「何かキャラ変わってないでせうか? みさ…美琴さん?」
「今まで我慢してた分、たくさん当麻に甘えないとね!」
「あ、あまり人前じゃやめてくれよな」
「2人きりならいいのー?」
「ま、まぁ俺の理性が抑えられる程度なら」
「えー? もう恋人なんだからさ。その…抑える必要……ないんじゃない?」
「がはっ! そ、その潤んだ瞳で上目使いはやめなさい! 男なら誰にも効くと思ったら大間違いですぞ」
「嫌…なの?」
「いいえ。嫌じゃないです」
「じゃあ、いいじゃない♪ あ。もちろん今日は泊まりに行くわよ? もう寮には戻れないしね♪」
「嫌じゃないですが!」
「な、なによ。何か文句あんの?」
「お前はな! まだ中学生だろうが! しかもお嬢様学校! さらに有名人! そんな奴が男子高校生の部屋に泊まっちゃいけません!」
「だって彼氏じゃん…」
「彼氏でも! 何かあったら俺のみならずおまえも未来ないぞ!」
「じゃあ遊び行くのならいいのね?」
「ま、まぁ…あまり男子寮なんで頻繁に来るのはやめてほしいのが本音ですが」
「なにそれー? 遊び行くのもダメなんて全然恋人っぽくない!」
「あのな、いいか良く聞けよ。美琴?」
「な、なによ」
「仮に俺がおまえの寮に行きたいって言ったらどうするよ?」
「別に? 普通に入れるけど?」
「おまえはそれでもいいだろうが俺が危ないじゃないか。みんなの憧れ美琴お嬢様に手を出したなんて」
「その時は私が燃やしてあげるから」
「だ、だから…その逆もありえるんだよ! 俺の部屋来て美琴が帰ったあと部屋に駆けつけられてボコボコにされかねない」
「むー…」
「わ、分かってくれたか?」
「仕方ないなー」
「さすがですね。美琴さん」
「これ」
「…ん? カエルの携帯?」
「カエルじゃない! ゲ・コ・太!」
「で?」
「まぁ、聞いてよ」
「…?」
『「俺は御坂が、御坂美琴が好きだ」
「好きだった、ずっと。前から」
「でも俺の中で何かがその想いを濁らせていた」
「それは、失う事の――』
「だああああああ!! て、てめぇ! なに録ってんだよ!」
「当麻の嬉恥ずかしの愛の告白よ♪ きゃ♪」
「きゃ♪ じゃねぇよ! てめぇ! 何かゴソゴソしてると思ったらそれか!」
「動くなー! 動くと分かってるだろーなー」
「や、やめて! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎて死んじゃいそう!」
「部屋に遊びに行ってもいいわよね?」
「あ、あのような貧相な部屋にお嬢様を招き入れるのは気が引けるというか…」
「いいわよね?」
「どうぞおこしください」
「うん!」
「…不こ――痛て!」
「アンタね! 私が隣にいるときは不幸だなんて言わせないわよ!」
「…そうだな。不幸じゃない」
「もう一人じゃないでしょ」
「あぁ。もう一人じゃない」
上条と美琴はその後もお互いを求めるように話込んだ。
そしてさすがに眠くなってきたので渋々上条は美琴を自分の部屋に連れて帰った。
美琴は「これが世間で言う『お持ち帰り』というやつなのね」とか言ってたけど、
上条は聞こえない振りをした。
そして寮の前に着くと上条は何か忘れてるような気がしたが、まぁいいかと思い美琴を部屋の中に入れた。
その頃の小萌の部屋。
「うぅぅ」
「んー…? どうしたんですか、インデックスちゃん? 寒いですか?」
「んーん。寒くはないんだけどね。何か今寒気がしたんだよ」
「え?」
「何かこの後の生活で見るに耐えないものを見なきゃいけない気がするかも」
「んー? 上条さんに彼女でもできたんでしょうか?」
「まさか! いつになっても、とうまはとうまなんだよ!」
「でも彼女が出来ちゃったらデート代とかでインデックスちゃんの食費が削られそうですねー」
「ま、まさか…これって、未曾有の大ピンチかも…」
「まぁお腹が減ったらいつでも来ていいですからね?」
「ありがとうなんだよー、こもえー」
その後上条が何者かに噛み付かれ、小萌の財布が何者かに食い潰されたのは言うまでもない。