とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part18-1

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共犯者 Let's_get_ready_to_rhumble.


 あと数時間で日付が変わろうとしていた。
 ピンポン、と玄関のインターホンが鳴ったような気がして、上条当麻は視線をテレビをから玄関のドアへ動かす。
 上条が耳を澄ますと玄関からもう一度ピンポン、と電子音が聞こえた。
 こんな時間に来客とは一体誰だろう。誰かの訪問予定など聞いていないし新聞屋の勧誘にしては夜も遅い。隣人の土御門元春なら近所迷惑を顧みず『うにゃー、カミやん今すぐここ開けろー』と叫んでくれるし宅配便ならこの後ノックしながら社名を名乗るはずだと考えて
「はいはーい、今開けますよー。……ったく、誰だよこんな時間に」
 上条はテレビの前から立ち上がると面倒臭そうに部屋を横切り、ドアの向こうにいる来客に対応するために解錠し、鉄製のドアノブを握って回した。ここであらかじめドアチェーンをかけておかないあたりが彼の防犯に対する認識の甘さを物語っている。
 こんな時間に人騒がせなことをするのは赤毛の神父ステイル=マグヌスか、それとも第四の天使がうっかり降臨したりしないよなと微妙に何かが間違っている心配をしながら、上条はドアを開けた。

 ドアの向こうには上条の『彼女』、御坂美琴が立っていた。
 しかし、表情がやけに疲れ切っている。

 六月一日に衣替えを迎えたので、美琴のブレザーはベージュのサマーセーターに、スカートはチェックから灰色のモノトーンに、靴下は紺色のぴったりしたものからルーズソックスに変わっているが、そこにいるのは間違いなく学園都市第三位の『超電磁砲』こと御坂美琴だった。
 見知った顔を確認して、上条はその場で脱力した。
「……、良かった。何のひねりもなく御坂で本当に良かった。銃持ったシスターさんの襲撃とかじゃなくて心底本当に良かった。いやー、実に普通だ」
 疲れ切った顔の美琴は心底不服そうに
「……アンタのその言葉にはそこはかとなく悪意ってもんを感じるんだけどー? それでー、彼女がこうやって彼氏の部屋を訪問したってのにー、アンタは私をここで立ちん坊にでもするつもりですかぁ?」
「訪問、ってお前……」
 上条は背後を振り返る。
 上条の視力でぎりぎり認識可能な場所に置いてある目覚まし時計で現在時刻を確かめると
「今何時だと思ってんだよ? お前の寮の門限はとっくに過ぎてるだろが。ほら、送ってくから……?」
 上条が美琴の肩を掴んで回れ右をさせる前に美琴がぽふん、と上条の胸元に倒れ込んだ。
「……は?」
「ごめん。ちょっとふらふらしてんのよ」
 上条の腕の中で、目を伏せたまま美琴が呟く。
「……え?」
 美琴に何が起きたのだろう。
 美琴の放課後の活動について詳しく知らない上条は
「……何だか良く分かんねえけど、いったん上がれよ。茶でも飲んで―――おわぁ!?」
 上条の胸の中にいる美琴の重心がずれたように、上条に向かって加重がかかる。
 上条は美琴を抱えたまま玄関口でドスン、と尻餅をつく。美琴は崩れるように床に膝をつき、上条にむぎゅーとしがみついた。
 しがみつかれた上条は驚いて
「あ、おい? どうしたんだ?」
「こらー、彼氏ー」
 美琴は上条の胸に寄りかかると、額を上条の胸元にこすりつけるようにして
「なぐさめろー……」
 美琴は足元がふらついておぼつかない。心なしか体温も高いように感じられる。何だかろれつも怪しい。この状況で考えられるのは美琴の飲酒だが、肝心の美琴からアルコールの匂いはしない。
 美琴に何が起きたのだろう。学園都市で開発された飲むだけで酩酊状態になれる粉薬でも入手したのか。
 それはともかく。
「呑んでねえのに酔っ払えるのかよお前は? つか酔っ払うとつくづく迷惑だよお前ら母娘!」
 なにおう? と美琴がタチの悪い酔っ払いみたいな顔で上条を見る。
 上条は去る一〇月三日に、美琴の母・美鈴による手荒い抱擁と刺激臭のシャワーという幸せな要素が一つも存在しない攻撃を受けている。上条の体に当たる何かは体積比で言えば美鈴の方が圧倒的だが、上条としては酒臭い女性に抱きつかれてもプラスの材料はない……たぶん。
 傍若無人なところはホントそっくりだよこの親子と上条が密かに嘆息していると
「なーんでそこで母さんの話が出てくんのよー?」
 母に似て娘も絡み酒の素養があったらしい。
 上条は絶対に美琴には酒を飲ませるまいと改めて心に誓い、慌てて頭をブンブンと横に振って
「い、いやこのパターンはどっかで見覚えがあると思ってだな」
「ひょっとしてアレなの? 姉妹だけじゃなく母娘もお持ち帰りって奴なのアンタ? それ何の丼?」
「そうじゃねえよ! つかテメェ、ホントにどっから仕入れてんだその知識!? マンガか? またマンガなのか?? 頭の中からその無駄情報を削除しなさい今すぐに!!」
 普通の酔っ払いに真っ先に飲ませるのは水だが、酒で酔っている訳ではない美琴に与えてやるのは何だろうと考えながら、上条は美琴の体をずるずると引っ張って、ひとまず部屋に引き込むことにした。
 そして上条は気づく。
 天井灯に照らされて見る美琴の姿は
「……なぁ、何かお前髪の毛ボサボサっぽいし、制服もよれよれだけど何やらかしたんだ? 自販機相手にケンカ売ったにしちゃずいぶんハードな外見になってんぞ?」
「うん、そうなのよ。もういろいろのぼろぼろ? つー事でお風呂貸してくれる? あとアンタのシャツも。何だったら一緒に入る? 背中流してあげるわよ?」
「次から次へと何言ってやがる!? テメェやっぱり酔ってんな? 風呂とシャツは貸してやるがあいにく俺の部屋のユニットバスはお一人様専用だ! 常盤台のお嬢様仕様じゃねえんだよ!!」
 美琴は上条とやり合ってるうちに多少なりとも元気を取り戻したらしい。疲れてへとへとになった人間には良くあることだが、一度口を開いたら二〇分はしゃべりっぱなしの美琴の場合、他者との会話は自己の調子やリズムを取り戻すのに効果覿面のようだ。
「そりゃうちのはここよりちょっと広いけど、うちも基本的には一人でしか入らないわよー? 黒子の馬鹿……はたまに乱入しようとするけどさ」
 白井の名を口にして、美琴の表情が一瞬曇った。
 美琴に何が起きたのだろう。
 上条はバスルームに肩を落とした美琴の姿が消えるのを見送ると、水音が聞こえないようテレビの音量を上げて、大して集中できないのに面白くもない番組に見入ることにした。

 風呂上がりには冷たい水かな、ということで上条はコップにミネラルウォーターを注ぎ美琴の前に差し出すと、美琴は両手でコップを持って一息に飲み干し、ぷはーっと天井に向かって息を吐き出した。もしかしたらコップの中身がきなこ練乳でもいちごおでんでも今の美琴なら飲み干したかも知れないが。
 たった今見せた動作で美琴が将来どうやって酒を飲むか予知できたような気がして、上条は遠い未来を予想して猛烈に不幸な予感を感じる。
 とはいえ、この精神的酔っ払いを放置するわけにも行かないので
「お前腹減ってないの? こんな時間まで外にいたって事はどっかで食ってきたのか? まだだったら残り物で何か作ってやるけど」
「大丈夫。お腹は空いてないから。……アンタは?」
「俺はとっくに食ったよ。じゃ、とりあえず飯の心配はしなくていいか。ところで」
「今夜泊めてよね。ちょっと寮には帰りづらいんだ」
「人が『帰れ』って言うのを先読みすんなよ!」
 ん? と美琴の言葉に何か引っかかるものを感じた上条は
「……、帰りづらい? お前、寮で何やらかした訳? まさか電撃で寮内を爆破しまくったとか」
「んなわけあるかっ! ……黒子とね、…………ケンカしたんだ。さすがに今日はあの子と顔を合わせづらいから」
 美琴はあはは、と気まずそうに笑ってから
「だから……ごめん。今夜はここにいさせて」
 少しだけうつむいて、気弱に呟く。
 美琴のルームメイトにして後輩の白井黒子は、美琴に対して純粋だがちょっと歪んだ気持ちを抱く変態さん、と言うのが上条の白井に対する評価だ。そんな印象を持たれる白井だが正義感が人一倍強く、風紀委員として日々学園都市の治安維持活動に努めている。とある事件では美琴の事情に巻き込まれたらしく、空間を超えて出現した『何か』に押しつぶされそうになったところを上条が幻想殺しで突入し、危機を救った。
 美琴の露払いを称するだけあって、いつも美琴のそばにいる。美琴のそばにいなくとも、何かあれば文字通り飛んでくる。それが白井という少女だ。
「お前と白井って何だかんだ言って結構仲良いんだろ? 珍しいこともあるもんだな」
 上条の問いかけに、美琴はわずかに遠い目をして
「そう、ね……珍しいこともあるわよね。私達がケンカするなんてさ」
 上条にはかつて、インデックスという名の特殊な事情を抱えた同居人がいた。
 たとえ上条とケンカをしても、インデックスには今の美琴のように逃げ込む先などほとんどなかった。ケンカの末にインデックスが担任の月詠小萌やクラスメートの姫神秋沙のところに転がり込まれると上条としてはかなり困った事態になるのだが、奇跡的にもそんなことは起きず、上条はインデックスと仲良く暮らしていた。
 だから、同居人とケンカして気まずくて自分の部屋に帰れない、と言う状況は上条にはピンと来ない。それが女同士の場合何がどうなるのかさっぱり想像もつかない。
 男同士でルームシェアしてて、片っぽが『今夜彼女連れてくっからお前どっか行ってろ』とか言われて追い出されるのと似てんのかな、などと上条は考えて
「………………………………訳ありなら仕方ないか。今夜は特別に泊まって良し」
 お前がいくらお嬢様でも中学生が一人でホテルの部屋を取るってのはいささか問題ありそうだしな、とつけ加えると
「じゃ、アンタがベッドで寝てよ」
 美琴が殊勝なことを言いだした。
 上条は美琴の突然の申し出に目を丸くして
「……、お前床で寝たいの? やっぱり常盤台のふかふかベッドで寝てると庶民の生活に憧れるのか?」
「アンタが寝付いたら、私もベッドで寝るから」
「テメェまだ酔ってんのか? ただでさえ狭いんだからムチャクチャ言うなよ! こないだのだって、お前を起こさないように起き上がんの大変だったんだぞ!? 大体な、お前が隣で寝てて、俺が夜中に目を覚ましたらどうなると思ってんだよ?」
「……中学生には手を出さないんでしょ?」
 顔の筋肉をひくつかせて焦る上条を見て、美琴がしてやったりと意地の悪い笑みを見せる。
 美琴はすっかり元気になったようだが、それでは何故あそこまで疲労していたのか。
 上条は尽きぬ疑問に首を傾げて
「……だったら、お前がふらふらしてたのって、いったい何なんだ?」
「電池切れって言うか……体力切れよ。実はここまで来るのもちょっとしんどくてね」
 美琴の笑顔が翳った。
「バカ。だったら何で連絡しねえんだよ? そんな事なら遠慮なく俺を呼び出せ……」
「馬鹿。あの子とケンカになって、それでアンタを呼び出せる訳……ないわよ」
 上条の何の含みもない言葉で美琴の表情が曇る。
 美琴は眉根を寄せ、苦しそうに息を吐いて
「呼べる訳、ないじゃない」
 告げた。

 呼べる訳がない。
 美琴が白井とケンカした理由は上条そのものにあるのだから。

 同日夕刻、鉄橋下の誰もいない河原にて。
 美琴と白井は向かい合って立っていた。

「……お姉様。黒子は以前にも申し上げたはずですの。『黒子の愛を受け入れられないのであれば黒子と戦ってくださいまし』と。……そして今がその時のようですわね、お姉様?」

 きっかけは些細なことだった。
 話の流れで上条の事が話題になって、白井が上条をけなした。
 いつもならそれでお互い笑って流して次の話題に移るはずだった。
 美琴はそれを流せずついムキになって、売り言葉に買い言葉で今まで曖昧にしていたことを半ばヤケクソになって白状した。
 美琴にも上条の事を白井に伏せるだけの理由はあったのだ。
 美琴と上条の関係を白井が受け入れる訳はないとか、二人の付き合いがバレたら(美琴ではなく)上条がただでは済まないとか、他ならぬルームメイトの手で曲解した噂が立てられては困るのだとか。
 あれがこうなってこれこれこういう女の子の事情で、遠回りよりも放っておくと直線的に来てしまうのが白井なので、話をするならタイミングを見計らわないとまずいと美琴は思っていた。
 上条との交際が白井に知られた場合、美琴は白井が取るであろう反応を一〇〇通りは推測して。
 そして今日、白井が取った反応は美琴の推測のどれとも違っていた。

 白井は腕に止めた風紀委員の腕章を外し、白い手袋の代わりに美琴の胸に向けて叩きつけるように投げた。
 白井が腕章を投げ捨てたと言うことは、風紀委員の立場ではなく一個人として美琴を糾弾しようと言うのだろう。
 ―――決闘の流儀(フラームダルグ)。
 パン、と腕章が美琴の胸に当たって、ポトリと地面に落ちる。
 美琴と白井の間で決闘の取り決めがかわされた瞬間だった。
 決闘のルールは実に明快だ。
 どちらかが傷つくまで。
 どちらかが倒れるまで。
 譲れない願いのために。
 己の全てを賭けてその先にある答えを掴むために。
「お姉様とこうして戦うのは初めてでしたわね」
 白井は美琴に向かって艶然と微笑む。
 美琴は白井の言葉にふーっと長く大きなため息をついて
「ねぇ……本当に、やらなきゃダメ?」
 無駄と知りながらも今一度の翻意を試みる。
 理由が何であれ、白井は美琴の前に立ちはだかった。
 今の美琴にしてやれるのは白井を納得させるだけの理由を見せること。
 実力を望むなら実力で。
 言葉を望むなら言葉で。
 白井が引かないと言う以上、美琴は受けて立つより他に道がない。

「黒子はお姉様のパートナー、お姉様の全てを知り尽くしておりますの。……レベルの差が戦闘力の差だと思わない方がよろしくてよ、お姉様?」
 白井は悠然と、言葉を使って美琴を挑発する。
 美琴の能力は学園都市に君臨する超能力者(レベル5)の第三位。対して白井は大能力者(レベル4)。能力という数値だけを見れば、白井は美琴には絶対に勝てない。
 開いた彼我の差を埋めるもの、それは経験だ。
 白井には風紀委員で培った豊富な実戦経験と護身術がある。白井の空間移動と組み合わせれば、彼女よりはるかに膂力に長けた男の数人を片手で捌くことができる。
 対する美琴は能力の汎用性こそ高いものの翻せば能力頼み、それは力押しの戦闘ばかりということだ。砂鉄の剣を振り回す時も、本格的な剣術を知らない彼女はただ闇雲に剣を振りかざすだけだった。もし美琴が剣について多少なりとも心得があれば、河原で上条と戦った時、彼に一矢報いる事もできただろう。
 そして、能力頼みの戦闘は、時に思わぬ弱点を露呈する。
 白井はどこから取り出したのか、手にしたスプレー缶のようなものを空高く放り投げると、
「お姉様、攪乱の羽(チャフシード)ってご存じでいらっしゃいます?」
「?」
 首を傾げる美琴の前で数本の金属矢を空間移動で放って金属製の缶を文字通りズタズタに引き裂く。
 缶の中からはパーティークラッカーから打ち出される紙吹雪みたいに、無数のキラキラと光る金属製の薄い膜のようなものが空中に飛び散った。ばらまかれた薄い二枚羽のそれらは空中で竹とんぼのようにくるくると回って、落下することなく漂い続ける。
 攪乱の羽。一枚一枚がシャーペンの芯ケースくらいのサイズの、金属製の薄い膜。
 その効果は
「これは元々スキルアウトの連中が対風紀委員用に開発したものなんですの。本来の目的は電波攪乱、通信妨害用ですけれども、人の話を聞かないおいたばかりのとある民間人向けに、警備員と合同で改良を加えさせていただきましたわ。ここまで言えばもうお分かりですわよね? ……この改良版攪乱の羽は発電系能力者向けにチューニングしてありますの。キャパシティダウンとは異なりますけれども、これで一時的にですがお姉様は能力が使えませんわ。効果は攪乱の羽が空中に漂っている間だけ。羽の範囲外へ出てしまえばもちろん能力は使えますし、羽が全て地に落ちてしまえばお姉様の能力も元通り。何なら早速お試しになります?」
 空にキラキラと舞う羽を指差しながら、白井が攪乱の羽について告げる。
「黒子ー? アンタ、ずいぶん自信たっぷりだけどさ、はたして本当に――――――――――――!?」
 美琴の脳内では違和感なく演算が行われている。なのに、美琴の額からはぴくりとも火花が飛ばない。
「うそ……電撃が、出ない?」
 自分の知らない手段を使われて、美琴は一瞬息を飲む。
 本当に。
 能力を封じられた美琴に動揺が走る。
 この改良版攪乱の羽はとあるルートから流出した、スペックダウンした滞空回線の構造を応用している。羽の一枚一枚が美琴の体から放出される電磁波を元に能力を逆算し、その場で『中和』しているのだ。一枚二枚ならいざ知らず、空を埋め尽くすようにばらまかれれば一時的にでも超能力者の能力を抑え込むことができる。
 完全に発電系能力者向けのオーダーメイドのため、コストも馬鹿にならない。今回白井が使ったものは、実戦投入前の試作品だ。
 しかも白井の宣言通り羽が地に落ちたり、対象となる能力者が羽の有効範囲の外へ出てしまえば何の役にも立たない。つまり、使用するにも穴だらけの未完成品だった。
 美琴は空に舞う攪乱の羽を忌々しげに見つめて
「……アンタ、ずいぶんととんでもないものを作ってくれたわね? これって職権乱用も甚だしくない?」
 何か思うところがあるのか、羽の有効範囲から出ようとはしない美琴に向かって
「ええ、何しろ『凶悪な能力者(がくせい)を傷一つ負わせることなく取り押さえる』ために作りましたから。……羽が全て落ちるまでにお姉様を仕留めさせていただきますの。お姉様、お覚悟を。殿方さんの元へなど行かせませんわ」
 ここまで来て遠慮などするものか、と。
 白井は美琴に笑顔を向ける。
「あいにく風もないようですから、攪乱の羽は簡単には落ちてきませんわよ。素手の勝負で本気の黒子とやり合って勝てるとお思いですの、お姉様? 素直に攪乱の羽の範囲外へ出た方がよろしいのではなくて?」
 美琴は白井に向かって両足を踏ん張り
「アンタは能力が使える。対して私は能力が使えない。これっていつぞやの帰様の浴院でアンタと取っ組み合いになった時と同じって事よね? ……能力が使えなくったって……」
 何の仕掛けもない、ただの右拳を握りしめる。
 美琴の言葉に呼応するように、ヒュン、と響く空を割く音。
 白井が美琴の背後に空間移動する。
 白井は親しげに美琴の背後から肩をポン、と叩くとブン! と言う羽虫のような音がして、直後美琴が着ていたサマーセーターが白井の手の中に現れた。
 白井は美琴のサマーセーターを片手に掴み軽々と振って見せて
「お姉様、これでまず一つですわね。この調子でどんどんお姉様の衣類を奪っていきますからせいぜいあがいてくださいませ。全裸になってもお姉様はまだわたくしに立ち向かわれますかしら?」
 白井が本気になれば全裸も半裸も思いのままだ。いくら人気がないとはいえ、こんなところで素っ裸にされるのはごめん被りたい美琴としては、白井から少しずつ間合いを広げて、戦闘態勢(ファイティングポーズ)を取る。
 ここから先は文字通り、純粋な意地と意地とのぶつかり合い。
 譲れない。
 そのたった一言が互いの心を支配する。
 美琴の大振りな右ストレートをいなすように白井が美琴の手首を掴み、足払いをかけて空中で美琴を一回転。
 背中から地面に叩きつけられた美琴はとっさに横へ転がって追撃の蹴りをかわし、即座に立ち上がると
「さっすが風紀委員、まともな組み打ちじゃかなわないわね。こんな事なら柔道でも習っておけば良かったかしら」
「風紀委員の護身術は合気道がベースですの。相手の力を受け流してしまうのですから生半可な武術や力押しでは勝てませんわよ、お姉様?」
 余裕の表情で告げる白井。
 美琴が自販機に叩き込むように、白井に向かって上段回し蹴りを放つ。お手本のような回し蹴りは開始動作が見抜けるとばかりに、白井は両手を組み合わせて左耳の横で美琴の蹴りを余裕の表情と共にブロック。蹴りを受け止められた美琴は反動を使って右足を逆方向に振り直してしゃがみながら下段の蹴りを放ち白井の足下を掬う。だるま落としが木槌に打たれて飛ばされるが如く真横に体が飛んだ白井は自分の体が地に着く寸前で空間移動を実行し、体勢を整え美琴の背後に回る。
 白井は美琴の背後から組み付き、次の服を空間移動で飛ばそうとする。後ろから白井に組み付かれた美琴は白井の演算が完了する前に前転の要領で飛んで自分の体重ごと白井を地面に叩きつけた。
 美琴と白井は互いに後方に下がり、距離を取って立ち上がる。
 美琴は額の汗を手首で拭って
「まさかアンタとこんな形でやりあう事になるとはね……」
「わたくし達二人にはさぞかしお似合いではございません? 常盤台中学の生徒が河原でケンカだなんて」

 美琴を挑発する言葉、美琴を捌く体術、美琴の能力を封じる小道具。
 白井が持つ全ての知略をぶつける。それが白井の全力。
 今日はいつものじゃれつきとは違う。白井は本気なのだ。
 きっとそこには美琴への八つ当たりもある。憤りもある。
 美琴に選ばれなかった悔しさと悲しみがある。
(黒子がお姉様と張り合うなど、本当におこがましいですわね)
 美琴のような筋の通ったものではない。所詮は上辺だけをなぞったものと、白井は心の中でのみ自嘲しながら決闘の証を投げつけたのだ。
(ですがお姉様。お姉様の思いの丈を全て吐き出していただかないことには、黒子も納得できませんのよ?)
 白井が美琴と上条、二人が一緒にいるところを噂に聞いたから美琴が白状したのではなく、美琴自身の言葉ではっきりと二人が付き合っていることを打ち明けて欲しい。
 白井と美琴は親友でパートナーだから、そんな大事なことを隠さないで欲しい。しらばっくれないで欲しい。
 美琴の恋を心から祝福するために。
 白井は今、美琴の幸せのために美琴と向かい合う。
 白井は美琴の心の内を引きずり出すために美琴と戦う。
 そして。

「……お姉様の……勝ち、ですわ。ですからここで……黒子の前で、はっきりとおっしゃってくださいませ。お姉様の正直なお気持ちを包み隠さず……全部」
 仰向けに地に倒れてなお、白井は笑顔を美琴に向けた。
 地にばらまかれた攪乱の羽は、海に落とされた涙の一滴から作られる波紋のように白井を取り囲む。
 美琴は、倒れた白井のそばでしゃがみ込む。
 良くやったと後輩を労るために。
 ごめんねと親友に謝るために。
 白井は一度だけ唇を固く引き結ぶと、勝者が微笑むように
「お姉様、あの殿方に……恋してらっしゃいますの?」
「……うん」
「あの殿方はお姉様を受け入れられましたの?」
「……うん」
「お姉様とあの殿方の間に、黒子が入るすき間はないとおっしゃいますの?」
 美琴は苦く、苦く笑って、
 勝者の義務として敗者の問いかけに
「……アンタの事はさ、変態って事を抜きにしても私の大事な後輩で友達だと思ってる。でもね、アイツとは違うの。アンタとアイツを比べたりするんじゃなくて……もっと根本的なところで違う。私はアイツを愛してる。アンタに向ける思いとは違う意味でね。だから黒子、私の前ではもう……アイツの悪口は言わないで。私の前で私の彼氏の悪口を言わないで。……お願い」
 白井は観念したように両手を広げて、美琴から視線を逸らして夜空に輝く星々を仰ぐと
「さ、お姉様……行くところがあるのでしょう? 負けた相手に情けは無用、さっさと立ち去ってくださいな。黒子は空間移動がありますから、ここで少し休憩したら寮に戻りますの。敗者の義務として、今日のお姉様の不在は黒子が何とか穴を埋めますわ。……いつまでもこんなところにいてわたくしを惨めにさせないで下さいませ」

 ケンカの途中から白井はほとんど能力を使わなかった。
 それでも白井は美琴に立ち向かった。
 美琴は命のやりとりをするために白井と戦ったわけではない。
 美琴に決意をさせるために白井が立ちふさがったのはもう分かっている。
 美琴が白井に能力を使うことをためらうだろうからと、白井は攪乱の羽まで用意して戦う舞台を整えた。
 白井は美琴の恋を納得できずに立ち上がり、本気の美琴に倒される。
 尊敬するお姉様にそこまでされれば、はっきりと負けを認めれば、白井も引き下がらざるを得ない。
 それが白井の書いた筋書きだった。
 だから美琴は白井の攻撃を全て受け止めて、美琴の『全力』で白井の両膝を地につけさせた。
 こんなやり方が傲慢で愚かなのは分かってる。
 けれど、白井は大切な後輩で、大切な友達で、仲間なのだ。
 言葉だけでは引けないと白井が宣言した以上、美琴も向き合わざるを得なかった。
 白井の思いを断つために。
 それが白井の覚悟と本音と結末。

 美琴の独白は続く。
「……黒子は私の背中を押すために、いつまでもはっきりさせない私を促すために立ち向かった。そして私はあの子を傷つけた……自分の我を通すためにね。そんなのはわかってんのよ。……あの子に余計な気を遣わせた自分にムカついて、腹が立って、自己嫌悪よ」
 上条の腕の中で美琴はギリ、と自分の唇を噛みしめて
「だからさ、彼氏。あの子を傷つけておいてへらへら笑いながら、そのくせ首まで自己嫌悪にどっぷりつかってる美琴さんをなぐさめて。方法はアンタに任せるから。私はアンタを選んだから……」
 美琴が上条のTシャツの裾をきゅっと掴む。
「……弱音、吐いても良いんでしょ? アンタの前でしかこんな事言えないもん……」
 なぐさめろ、と言われて上条の背筋がギクン! と凍る。
 夜の部屋に二人きりで。
 美琴は風呂上がりのワイシャツ姿で。
 上条は美琴の彼氏で。
 何をしても良いって訳じゃないけど多少のことは許される間柄で。
 こういう状態で美琴になぐさめろと言われて、上条の乏しい知識からは邪な発想しか浮かんでこない。
(違う、そうじゃない。考えろ。もっと真剣に考えろ)
 美琴を両腕に抱きしめて、上条は思う。
(安っぽい選択肢じゃない。誰もが笑って明日を迎えられるような次の選択肢を。今コイツをここで傷つけなくても良い、コイツが本当に望んでいることを。俺がコイツにしてやりたいことを考えろ)
 美琴の事を一番に思って、上条の頭が冷えた。
 上条は美琴を抱きしめた腕を一度解き、泣いている子供をあやすように美琴の背中をぽんぽんと叩く。
 そして告げる。
「……なぐさめるも何もいらねーだろ。お前がそこまで白井のことを分かってるように、白井もお前を分かってるからお前に立ちはだかった。お前ら、十分にお互いをわかり合ってるじゃねえか。それを親友って言うんだろ? 親友がいるって事を幸せって言うんだろ?」
 上条は笑った。
 体を張って美琴を思いやれる親友が美琴の隣にいることを幸せだと思った。
 愛されてるじゃないか、御坂美琴はこんなにも。
 上条はそれで良いじゃないかと諭すように
「女同士のケンカってどんななのか、俺にゃさっぱりだけどよ。それでもぶつかる時があるってんならそれは仕方のない事で、そうしなけりゃお互い分かり合えねえ事だってきっとあるんだろ? 自己嫌悪に陥るんじゃなくて、もっと胸張って喜べよ。『私はこんなにも愛されてる』って。白井を傷つけたことを悲しむのは、そりゃ白井に対して失礼ってもんだろ。きっと白井だって同じ事を言うんじゃねえのか?」


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