とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part5

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―――とある寮の一室


「ばか当麻!」

そろそろ日も落ちようとする、たそがれ時。
空気を裂くような叫び声と、バチンッという音がした直後、ある部屋のドアがズバァッと開き、少女が飛び出してきた。
今にも溢れんばかりの涙を目に浮かべた彼女―御坂美琴―は、風巻くほどの速さで走り去った。



パタンッという音と共に、開きっ放しだったドアが閉まる。
風が吹いたりして勝手に閉まったわけではない。
ドアノブを握り、外界から自分の部屋を遮断したのは、黒い髪がウニのようにトゲトゲした少年である。
幾度もの不幸に見舞われ、しかし最近は有り余るほどの幸運に包まれている少年。
その少年は現在、頬を赤く腫らしていた。
というのも、先ほどの空気を震わせたような音は、いつもの雷撃ではなく、彼の右手の効果領域の外の攻撃―――手っ取り早く言ってしまえば、美琴の怒り120%がこもった強烈な平手打ちによるものだったのだ。

「痛っつー…アイツ、電気使い以外の能力も持ってるんじゃねぇか?」

一人で呟いてみるが、そんなことをしたところで痛みは引かない。

「はぁ…あんなに怒った美琴は初めてだな…そりゃそうか…」

先ほどの状況を思い出し、頬と、それから胸の奥がずきん、と痛む。



「とあるカエルのマスコットがイギリスでまさかの大流行!」

いつものようにお昼ご飯を一緒に食べ、午後のゆったりとした時間を共有していたとき、点けっ放しにしていたテレビからそんな言葉が飛び出した。
常盤台のお嬢様はレベル5の誇る超スピードで、ぴくっと反応し、テレビの方へ顔を向けた。
アナウンサーの話によると、日本から帰国したとある少女がそのカエルマスコットを所持しており、そこから爆発的に広まり、ついには英国限定商品なんてご当地アイテム的な物まで売り出されるらしい。

「ほれみなさい!ゲコ太の愛らしさはもう世界基準なのよ!!」

ニュースに釘付けだった美琴は、上条の方へ顔を向け、勝ち誇ったような声をあげる。
そして、私たちもおそろいの…と言いながら上条の携帯に目を向け、その動きを止める。
―――今までたった一つだけ付いていた緑色のストラップが無くなっている。
カエルを模したキャラクターのついたそれは、美琴にとって大切な想い出の一つでもあり、自分の携帯にも同じ物が下がっている。

「あれ…当麻?携帯どうしたの?」
「携帯?ん、あ、あぁ、ストラップですか…?」
「まさか…アンタ無くしたって言うんじゃないでしょうね!?」

曖昧な上条の返事に彼の不幸属性を足し合わせた結果、美琴は苛立ちを覚える解答を導き出す。

「いやいやいやいや!そんな恐ろしいこと!!」
「じゃあなんでストラップを外してるのよ!理由を聞かせなさい!」

美琴の周りでバチバチと空気が帯電する。
言葉を選んでいるような上条の様子に、その電圧はどんどん高まっていった。

「まさか…また私に隠し事でも―――」
「う…実は…、ちょっといま御坂妹に貸しててな…」
「え!?なんで!?」

予想外の返答に空気中の電気が霧散していく。

「べ、別に…やったわけじゃねぇよ。ちょっと貸してるだけで」
「そういうことじゃないの!」

歯切れの悪い答え方に、いらつく美琴。
目に涙が浮かぶのは、怒りのせいだけではない。

「だって…あれは大切な想い出で…二人の初めてのおそろいで…」

なんとか気持ちを鎮めようとするが、衝動的に湧き上がる様々な感情に言葉を繋ぐのが難しくなる。

「だから貸してるだけだって。ちゃんとすぐ返してもらうから」
「そんな言葉聞きたくないわよ!!私の気持ちなんて一瞬も考えなかったんでしょ!!」

それで件のばか発言である。
怒りから能力の制御を諦めた美琴は、その右手を渾身の力で振り抜き、そのまま上条の顔を見ることなく部屋から走り去っていった。



それから3日間、二人は会話どころか、会うことも連絡をとることもしなかった。
こんなことは恋人となって以来、初めてのことである。
美琴をこよなく愛するパートナーである(上条の恋のライバルとも言う)黒子ですら、上条っ気のない美琴に違和感を抱き、不安を覚えるほどだ。

「お姉様、あの殿方と何かありまして?」

黒子はベッドに俯せにになる美琴へ声をかけた。
ここのところ毎日、美琴はずっとベッドに倒れ込んでいる。
今日は休日ということもあり、もうお昼を過ぎているにも関わらず、美琴は朝からベッドを離れていない。
理由は明らかだと思う。
思うのだが、今までその理由を問うことが出来ずにいた。

「別に…」

やっとの決心で投げ掛けた問いに対して、返ってくる言葉はあまりに素っ気無いものであった。
いや、この美琴の様子を見れば、返事があっただけでも僥倖なのだろうか。

「この数日、ずっとお一人でいらっしゃる様子ですし、黒子は心配ですの」
「別に大丈夫よ。たまに会わない日が続くのだって、おかしくないでしょ」
「それはそうですが…」

ならば、どうしてそんな顔をするのか、と黒子は思う。
いつもの活発ではつらつとした表情は、どこにも見ることができない。
いつまでもこんなお姉様は見ていたくない。
黒子は苦しい面持ちを隠し、わざと明るい声を上げることにした。

「それでは、今日は黒子と女同士水入らずで愛を育みましょう、お・ね・え・さ・ま♪」

テレポートで颯爽と美琴の隣りに現れた黒子は、愛するお姉様の細い体に抱き付き、柔らかな肌へと手指を這わせた。
いつもの怒鳴り声&ビリビリ攻撃が来るのは覚悟の上だが、それで日常を少しでも取り戻せるのであれば安いものだ。

「黒子…?………そうね、たまにはアンタと過ごすのもいいかもね……」

予想外の返答に、黒子の動きが止まる。
あまりに乾いた言葉。
求めていた答えは、それではない。

「………嫌ですの」
「何よ、自分で誘ってきたんでしょ。いつもだったら喜んで飛び付くとこじゃない」
「………お姉様、何がありましたの?」
「何もないって言ってるでしょ!アイツのことだって、黒子には関係ないじゃない!」

黒子の肩がビクッと震えた。
それも望んでいた答えではない。
美琴の放つ一字一句が心の奥に突き刺さり、胸を抉るような痛みを感じる。
しかし、黒子はそこに美琴の中にある不安の一端を垣間見た気がした。
そこで黒子は一切の感情を抑え、極めて優しい声で美琴に語りかける。

「お姉様、元よりわたくしには茨の道しか残されておりませんの」

パートナーの言葉の内に何かを感じ取ったのか、美琴がぴたりと動きを止める。

「一緒に過ごすお二人の笑顔を陰より見守るのか、ふさぎ込み傷付いたお姉様のお隣りで、一人偽りの笑顔を浮かべて過ごすのか」
「黒子…」
「ならば一人でも笑顔の多い世界を望んで何が悪いのでしょうか」
「黒子……」
「大切なお姉様。傷つけると知って、あえて申上げます」

一呼吸おく黒子。
真剣な表情に、美琴は目をそらすことができない。

「お姉様は、上条様を信じることができませんの?」

今度は、美琴が肩を震わせた。
実は自分でも分かっていたのだ。
上条は自分に対して『何か』をしたわけではない。
ただ、彼の行為が許せなくて、その真意が掴めなくて、衝動的に感情をぶつけてしまったのだ。

「何があったのか、わたくしには分かりませんし、そのことで何かを申し上げる資格がないのも自覚しておりますの」

一言ずつ絞り出すような黒子の口調に、美琴は自分がどれだけ後輩の心に傷を負わせたのかを理解した。
その事実を受け止め、美琴は黒子の目を真正面から見つめ、次の言葉を待つ。

「あの類人猿は心底頭にくる存在ですが、お姉様の全てを受け止められる方はあの方しかいらっしゃらないのでしょう?」

もちろん超能力という意味だけではなく、と言葉を続ける。

痛いほど突き刺さったその言葉は、しかし暖かみに満ち溢れていて、そして―――今の美琴には、非常に心強かった。

「ごめんね…黒子…」
「まったくお姉様は常盤台のエースなのですから、こんなことで一々お気持ちを揺るがせてはなりませんの」
「…ありがとう、黒子」

頬に涙の筋を浮かべた美琴は、それでも僅かに笑顔を向ける。
いつものお姉様の笑顔に黒子はパッと顔を赤らめて目を逸らし、早口にブツブツと呟きを漏らした。

「お、お姉様がわたくしにありがとう…!黒子、人生最大の喜びを噛み締めておりますの!………それにしても、あの類人猿、お姉様をこれほどの失意の底へと追い込むなんて、今後どんな振る舞いをしたところで、ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・で・す・の…」

黒子が『真っ黒子』になっている中、突然ゲコゲコという電子音がした。
二人はバッとその発信源へと首を向け、次にお互いの顔を見合わせた。
無言でうなづく黒子。
美琴は軽く深呼吸をして、ゆっくりとゲコゲコ携帯を開く。

「会いたい」

たった4文字。
肯定も否定もない4文字。
その4文字に美琴は言葉にならぬ安心感を抱いていた。
瞳に力が宿る。
―――きっと大丈夫。

「黒子、」

手早く靴を履き、行ってきますを告げるために振り向くと、自分の後輩が右手を伸ばすのが見えた。

「私の愛する常盤台のエースは、男一人をモノにするくらい、お手の物なんですのよ」

ヒュン、という音が鳴り、エースはその姿を消す。
部屋にはツインテールの少女が一人残された。

「行ってらっしゃいませ、お姉様」

少女は、ため息混じりに呟く。
先ほどは、あぁは言ったものの、やはり胸の奥にちくりと刺さるものがある。
こんな顔は見せたくはない。
それにしても―――

「たった4文字に負けるなんて、本当に憎たらしい男ですの」

ふっ…と、ほんのわずかに、雫がこぼれた。



―――とある公園


「ったく…場所も知らせないで会いたいってどういうつもりよ!」

茶色い髪をした少女が目の前の少年へと声を掛ける。
その声には怒りも含まれていたが、同時に喜びや安心のような感情も混じっていることに美琴は気が付いた。
彼と同じ時間を共有すること、その大切さを改めて実感する。

「すまん…ちょっと緊張しててな…」
「う…まぁ…それは私にも原因があるというか…」

むしろ大半は自分のせいなのではないかと思うのだが、やっぱり自分だって傷ついたし悩んだしで、素直には言葉に出来ないものだ。

「あの…な…、美琴…」
「う、うん…、何、当麻?」

重い車輪がゆっくりと回り出すように、二人は言葉を交える。

「ストラップのことだけど、俺、お前の気持ちをちっとも考えてなかった…」
「ううん…、私だって、何も聞かずにぶっちゃって…ごめんね、痛かった…?」
「まぁな…ビリビリ以外に能力でも持ってるんじゃないかと思ったぜ…」

上条は、痛みを思い出すように頬をなでる。

「ご、ごめんね!そんなに力を入れるつもりは無かったんだけど…」
「いや、あれは俺が悪かったんだし、美琴は気にしないで良いんだ。あのストラップが大切な物だってことは、ちゃんと分かってたのにな」
「当麻…」

上条に優しく撫でられ、うっとりとした目をする美琴を見て、腫れが引いて本当に良かった、と思う。
実は、次の日に真っ赤に腫れ上がり、誰かに会うたびに、いい気味だ、とか、ざまあみやがれ、とか、ついに上条神話の崩壊か!?なんて言われたのは絶対に秘密だ。

「さてさて美琴さん、今日お呼びしたのは、他でもなくストラップを外した理由をお伝えしたかったからなのですよ」
「う、うん…!」

上条の軽い調子に、美琴は逆に緊張の様子を浮かべる。
あれから何度もその理由を考えたのだが、決定的な解答を導き出すことは出来なかった。
無くしたわけではないとすると、なぜ上条は大切なストラップを外してしまったのだろうか。
そんな疑問を抱く美琴に、上条はポケットからリボンのついた小さな袋を取り出す。

「これ…お前にプレゼントしたかったんだ」
「え…?」

予想外の言葉に困惑しつつも、その贈り物を手にする。

「あ、ありがとう…。開けていい?」
「あぁ、そのために渡したんだからな」

細い指でリボンを丁寧にほどき、袋を開く。

「これ―――!」

中から美琴が取り出したのは、小さなティーカップを手に、不敵な表情を浮かべるカエルの人形である。
ご当地限定ですよ!と言わんばかりに、そのカップにはイギリスの国旗がデザインされている。

「英国限定発売のゲコ太じゃない!!どうしたの!?」
「いや、この間インデックスさんから電話がかかってきましてね」



約一週間前、真夜中に上条家の電話が鳴り響いた。
こんな時間に何ですかこのやろー間違い電話だったらただじゃおかねーぞこの酔っ払いめ、なんて不平たらたらで受話器をとると、元居候さんからであった。
インデックスの話によると、イギリスでは今、ゲコ太がかなりの大流行であり、それを持ち込んだ彼女も一部のファンから伝道師扱いされているらしい。
はっきり言って、大食い少女が信者様方からたらふくお菓子や食料を頂戴したとかいう話は心の底からどうでも良い話だったのだが、その大流行グッズのイギリス限定版が出るという話には上条の耳もぴくりと食い付きを見せた。

…結論から言えば、インデックスが役立ったのは情報提供までであった。
伝道師と持ち上げられていても、彼女自身はゲコ太に対してなんの執心もない。
ただでさえ品薄な商品を手に入れるために努力をするなんて、一日の大半を食に追われているシスターには考えの遠く及ばぬ領域の話なのだ。

しかし、そこに救いの女神が降臨する。
それが御坂妹だった。
浮かない顔で街を歩いていた上条に、相変わらずの薄い表情と妙な口調で、どうしたのですかと呼び掛けてきたのだ。
上条は別に頼るつもりもなく、自分の目下の悩みを話した。
すると、イギリスにいる別個体に調達を依頼すれば良い、と一瞬で問題を解決してくれた。
その後、上条は彼女にジャンボなフルーツのパフェをご馳走することになったのだが、それでも上条には御坂妹が天の御使いに見えた。

「それで、探すための手掛かりとしてストラップを渡してたってわけなのですよ」
「えっ…?」

長き説明を終え、さぁこれですっかり仲直りですよ、と考えていた上条は、美琴の上げた驚きの声に怪訝な顔をする。

「どうした、美琴?これでみんな解決万々歳だと上条さんは思ったりしているのですが…?」
「あのさ…あの子たちなら、誰か一人に一度でも見せればみんなに伝わるんじゃないの?」
「………あれ?」

時が止まる。
あれあれ、今回の大ゲンカって実は不要でした?例のあれってやつ?いつものパターンですか?なんて考えがよぎった瞬間―――

「………ア…ン…タ…ってヤツはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

会えなかった数日の間に溜め込んだストレスを全て吐き出すかのような雷撃に本気で死期を悟った上条は、生物としての反射でその目を閉じながら、これまでの経験から来る反射で右手を突き出した。

…が、いつもの僅かばかりの手応えすらやって来ないことを不思議に思い、両目を開いた。
すると、

「御坂妹…?」

自分の恋人とそっくりな顔立ちをした少女が、自分を庇うように立っていた。

「なんでこ…」
「ばか!!!!!アンタ何やってんの!?」

なんでここに、と問う前に、美琴の怒号がそれを遮った。
「私が瞬間的に逸らさなかったら、アンタは死んでたかもしれないのよ!?」
「すみません、とミサカは自分の衝動的な行為に対して謝罪の意を表明します」

まだ怒りの表情を浮かべる美琴に対して、感情の起伏が少ない妹。
それを見ていた上条は、冷静さを取り戻し、先ほどの疑問を御坂妹にぶつける。

「そうだ、お前どうしてこんなとこにいるんだ?」
「お姉様、ゲコ太探しのために、このストラップを貸すように言ったのは私です、とミサカは自分の嘘を告白します」

上条の質問を思いっ切りスルーした御坂妹は、スカートのポケットから例のストラップを取り出し、美琴にそれを見せる。


「アンタが?なんでそんなこと…。自分でネットワークの使い方は分かってるんでしょ!?」
「…その質問に返答する前に、あなたは先に自分の家へ帰ってくれませんか、とミサカは自分の願いを直球で伝えます」

今度は美琴の言葉に答えず、上条の方へ顔を向け、『お願い』をした。
人のこと思いっ切りスルーしておいて二言目にはそれですか…、と上条は面食らったが、御坂妹の薄い表情の奥に、何か真剣なものを感じ、分かった、と一言告げると寮の方へ歩みを向けた。

「ちょ、ちょっと当麻!」
「よく分からねぇけど、多分妹は大切な話があるんだと思う。ウチの鍵は開けておくから、いつでも来いよ」

じゃあな、と告げると、上条は本当に去って行った。
その背中が見えなくなるまで、同じ顔をした二人の少女は黙っていたが、やがて美琴が口を開いた。



「それで…、アンタはどういうつもりなの?」
「嘘をついたことは謝ります、とミサカは素直に自分の非を認めます」
「それよ。アンタがこのゲコ太を手に入れるのに力を貸してくれたのは嬉しいんだけど、なんで当麻のストラップを取るようなことをしたの?」

それさえ無ければ、今回の件は全てハッピーエンドである。
上条と妹達からのサプライズプレゼント、それだけではなぜいけなかったのか。

「…寂しかったのです、とミサカは自分の感情を吐露します」
「えっ…?」

今日何度目だか分からない驚きの声を上げる。

「あの人と一緒に過ごすようになってから、お姉様が病院に来て下さることが、ほとんど無くなってしまいました、とミサカは甘えたい盛りの少女であることをアピールします」
「あ…」

そういえば、と思い返す。
上条と恋人同士になる前は、週に1、2回は妹達のいる病院に顔を見せていた。
そしてその回数は今、確実に減っている。

「ごめん…」

今日は謝ってばかりだな、と思いながら、頭を巡らせる。
妹達は見た目こそ自分と同い年だが、その内側にあるものは違う。
まだ幼い心は、きっと家族とも言える自分との繋がりを強く求めている。
そんな中で、突然姿を見せることがなくなれば、不安に襲われるのも当然であろう。

「アンタは…私に自分のことを見て欲しかったの…?」
「それも、あります。とミサカは自分の正直な想いを言葉にする決心をします」
「それ『も』…?」

含みのある言い方に眉をひそめる。
妹達がこのような言い回しをするのはとても珍しいことのように感じる。

「ミサカは意地悪をしてしまいました、とミサカは自己嫌悪に陥りながらも自分の罪を認めます」
「意地悪?」
「お姉様。お姉様が、あの人と一緒に過ごしてる姿を見ていると、ここが痛むのです、とミサカは不可思議な現象に困惑します」

御坂妹は、痛みに耐えるように目を閉じながら、その手を胸に当てた。

「アンタ、それって…」

それは恋―――
しかし、美琴はそうとは告げられなかった。
妹のもつあやふやな感情に名前をつけてしまったら、妹がその気持ちの存在に気付いてしまったら…たった7人しかいないレベル5、学園都市第3位の美琴にも怖いものがあった。

「―――ごめん…ごめんね…」

だから、ただ謝るしかなかった。

「なぜお姉様が謝るのですか、お姉様を傷つけたのはミサカが原因ではないのですか、とミサカは理解を超えた状況に疑問を浮かべます」
「そうかもしれない、けど」

辛い表情を浮かべる美琴に、妹は淡々とした口調で言葉を繋げる。

「あのストラップは、ほんのちょっとの間、その日のうちに返そうと思っていました」
「しかし、手にした途端、ミサカの中に嫌な気持ちが広がったのです」

再び御坂妹の表情が曇りを見せる。
言葉を発する毎に間を空けるのは、自分の心中を言葉にし尽くすことが出来ないからだろうか。

「あの人の付けていた物。それがミサカの手元にあるということに夢中になってしまいました。でも…」

陰が、さらに広がる。

「すぐに見ていても空しいだけになりました。見る度に辛い気持ちになりました…」

一度、言葉を区切る。
ここまで自身の想いを言葉にするのは初めてのことではないだろうか。
慣れないことをしているからか、次の言葉を紡ぐ前に御坂妹は軽い深呼吸を挟んだ。

「やっぱり…このストラップはあの人とお姉様の物なのです、とミサカは長い独白をここに閉じます」
「アンタは………。…ごめん、頭ん中ぐちゃぐちゃすぎて、何て言っていいか分かんない…」


顔を右手で覆い、頭を抱える美琴の様子を見ながらも、妹は言葉を続ける。
それは、自分が冷静に想いを言葉に出来るうちに、なんとか美琴に伝えようとしているように見える。

「お姉様、ご存じですか。あの人は嘘が苦手なのです」

「この数日、お姉様とあの人が一緒にいる姿を、どのミサカも見ませんでした」

「一度、どうしたのかと聞いたのですが、大丈夫だとしか言いませんでした。が、その顔は苦しそうでした」

先ほどと同様に、頭の中の想いを言葉にし尽くせないようで、一言ずつに間を設ける。

「お姉様でないとダメなのです、あの人は、とミサカはお姉様に絶対的な真実を突き付けます」
「もういい…!それ以上続けちゃ駄目!アンタが苦しいだけじゃない!」

妹の肩に手をおき、その言葉を止めようとする。

「大丈夫ですよ。お姉様とあの人が幸せそうにしてることがミサカの喜びなのです、とミサカは笑顔で二人を祝福します」

その笑顔は、こぼれた涙の線でいっぱいだった。
まるで自分の涙に気が付かないように、御坂妹はその歪んだ笑顔を向け続ける。

「もうやめなさいよ…。…嘘が下手なのは、アンタもじゃない…」

自分の想い人が恋人へ贈るプレゼントの相談を受け、さらにはその用意までする。
その心の痛みとは、どれほどのものだろうか。

「ごめんね、私だけが良い気でいて…ごめんね、気付けなくて…ごめんね、臆病で…」「お姉様、この痛みは何ですか…、この涙は何ですか…、とミサカは制御の効かない感情に恐れを抱きます」
「それはね…、それがね…」

先ほどは言えなかった言葉。
しかし、苦しいほどに共感できる胸の痛みを知って尚、それを隠し続けることは出来なかった。

「それが…、恋、よ」

一言ずつ押し出すように呟く。
声と共に溢れた涙が美琴の頬をつたう。

「そうですか、これが、恋。では…ミサカのこれは、失恋、なのですか、とミサカは…胸に…穴が空いたような痛みを…」

御坂妹は、ほとんど言葉にならない声をかすれさせ、美琴へと倒れこんだ。
久し振りの繋がりを求めるように、美琴を細い腕で抱き締める。
美琴も、同じように手を回し、さらに雫をこぼした。

最後の問いには答えられなかった。
しかし、今自分は目の前の妹を支えてやらなければならない。

同じ顔をした二人は、その体を寄せ合い、お互いを暖め合うようにして何十分も涙を流し続けた。




―――とある寮の一室


公園で妹と別れると、美琴はその足で上条の家へと向かった。

着いてすぐ、美琴は再び泣いた。上条の胸に抱かれ、ただただ涙を流し続けた。
その痛みを上条はほとんど知ることは出来ない。
何があったのかも分からない。
しかし、何も言わず、上条はただただ抱き寄せ、頭をなでてやった。



「ごめんね、いっぱい泣いちゃって」

やっと落ち着いたのか、美琴が顔を上げた。

「すっきりしたか?」
「ちょっとはね…ありがと。…ねぇ、当麻?」
「ん、なんだ?」
「私…当麻にばっかり夢中で、大切な後輩や妹達も放っておいて、ダメな女だね…」

自傷的な言い草だが、上条はそこに贖罪を求めるような表情を感じた。

「お前はレベル5とか言われてるけど、全然完璧じゃないよな」
「うぅ…」

茶化すような上条の口調に安心感を抱きつつ、うなだれる美琴。
自分で分かっていても、人から言われると、ちょっぴり重い。

「でもさ、誰も彼もを大切にする、そんな器用なこと出来るヤツなら、そんなに心の深くから繋がり合えないんじゃないか」
「…どういうこと…?」

まだ頭がスッキリしきっていない美琴は、上条に説明を求める。
俺は何があったのかよく分からないんだけどな、と前置きをして上条は再び口を開いた。

「全ての人を大切にするとか、全ての人を選ぶとかって、結局誰も選んでないってことだろ。それって、大切な人がいないのと同じだと思うんだ」
「…うん」
「お前はさ、今まで大切なことを選び続けたし、そうやって努力を重ねてきたんだと思う」

遊びより勉強!とかな、と上条は付け足す。
その言葉に、美琴はなるほどと思い、自分のことを分かってくれる上条に何だか嬉しいやら照れくさいやらで、くすぐったい感覚を得ていた。

「でもさ、今はきっとその大切なことがたくさんあるんだよな。あっちもこっちも大事にしなきゃ、でも体も心も一つしかない」
「…うん…。なんだか…当麻が頭良く見える…」
「うるせぇな、俺だってたまにはやれば出来る男なんですよ。人生の先輩ナメんな」

人生の経験値(記憶的な意味で)では、実は上条の方が年下だったりするのだが、ここではあえてスルー。

「それで、俺が言いたいのは、大切にしなきゃ、なんて思わなくていいんじゃないか、ってことだ」
「えっ…でも…」

自分を慕う後輩も、妹も、二人とも傷つけた。
それでいて自分だけのうのうと笑っていられない。

「別に大切にしなくて良い、ってわけじゃないぜ。大切だと思ってれば、それだけで良い、って意味だ。お前だって、他の誰かに大切にしなきゃ、とは思われたくないだろ」
「そうだけど…」

上条の言うことは納得できる。
出来るのだが、自分ばっかりそんなに救われていいのだろうか…。

「いいんだよ」
「―――!!」

まるで心を読まれたような発言に言葉を失う。

「お前が大切に思える人ってことは、お前が心から笑っていれば、一緒に幸せになってくれる人なんだろ。だから、そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ」
「…私…笑えるかな…?」
「ったく、何言ってんだ」

心底呆れたという顔で、上条は美琴の髪をくしゃくしゃとなでつける。
瞬間、美琴はすぅっと心に日の光が差したように暖かみを感じる。

「俺がずっと側にいてやるんだぜ。お前を不幸になんてさせないよ」
「…ぷっ、何よそれ、自分の不幸自慢?」

上気する頬を隠すように、上条の鼻をつつく。
してやられた。
もう自分は笑顔を取り戻しているじゃないか。

「ほら、笑った」

やっぱり見透かされていた。
こんなときばっかり勘が良いんだから、と美琴は口許を緩める。

「常磐台のエースであるお前も、二人きりのときに甘えるお前も、たくさんのものを大切にしたいお前も、みんな合わせて御坂美琴だろ」

上条の言葉は、一つ一つが胸にじんわりと染み込んでいく。
この安心感に、何度も救われているのだ。

「でも、どんなお前も、笑顔でいる時が一番、魅力的だよ」

…ぎゅ。
自分より少しだけ高いところから抱き締められる。
この感触は久し振りだ。
とくん、と胸が高まる。
やっぱり自分ばかりが良い思いをしている気がして少し気が引ける。
しかし、都合の良い話だと思うのだが、上条の言葉は何の疑いもなく信じることが出来た。
まずは、自分の笑顔から。

「当麻、私、幸せよ」

だから、その喜びを認めることが出来た。

「そうだな。お前は幸せ者だよ。大切だと思える人がいるってことは、幸せなことだ」
「何一人で悟ってるのよ。でも、本当にそうだと思う」
「だろ?だから俺も、すぐ隣にお前がいてくれて幸せなんだよ」

唇が触れ合う。
数日ぶりのくちづけは、ちょっぴり恥ずかしくて、とっても嬉しくて、それから、涙の味がした。

「もう…」

これからも同じ悩みや違う悩みに襲われることがあるだろう。
でも、彼の言葉は自分の悩みなんて、すぐ誤魔化してしまうのだろう。
でも、今はそれをただ認めるのはまだ少し悔しかった。
だから、色んな想いを込めて言葉を贈る。
親愛なる恋人へ。

「…ばか当麻」






とある少女のういういdays5―つづく―


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