とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part16

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― 分岐点 ―


同日12時21分、空港の売店

「だから、私は気にしないからこんな時くらいは素直に奢られなさい!貧乏なら貧乏らしくしてなさいよ!!」
「だからって乗る前の飯で一食でこの値段の弁当はねぇだろ!こんな高いもん食ったら俺がダメになっちまうじゃねぇか!」

今空港の搭乗口に近くにある弁当を売っている店で、二人は大声で言い争いをしていた。
二人の周りを通る通行人は、空港の辺り一帯に響くほどの声量で言い争いをしている二人をチラチラ見ていたりするのだが、今の二人にとってはそんなことは些細なこと。
その言い争いの原因は昼食に何を食べるか。
一般常識に考えれば平日であること、学生の帰省をするにしても微妙な時期であることがあってか、利用客は少なく、搭乗手続きは思いの外スムーズに済んだ。
上条はあとは飛行機に乗り込めばいいだけ。
そして乗る飛行機は土御門達が用意した超音速旅客機に乗るため、機内では恐らく食事はできない。
だが時間も時間なため、美琴は空き時間を利用してお昼を食べようと提案したのだが…

「たかが五千円で何言ってんのよ。ホットドックより少し高いだけじゃない。ってか私が出すんだからアンタには関係ないでしょ?」
「お前の金銭感覚と一般市民の金銭感覚を一緒にすんな!それとお前の言うホットドックを比較対象にするな!最近やっと直ってきたと思ってたが、全然だな!!」

上条の言うとおり、度重なるデートによって、最近は彼女の金銭感覚は庶民のそれになってきたかに思っていた。
しかし、それは上条の金銭感覚に美琴が合わせていただけで、根本的に直っていたわけではなかった。
ならここでもそれに合わせてもいいのではと思うかもしれないが、しばらく会えなくなるのだから最後で貧相な食事は嫌、が彼女の言い分だ。

「埒があかないわね。時間もあるんだから、いちいち反論してこないでよ」
「……全面的にお前に問題があると思うのは俺の気のせいなのか!?……じゃあせめて!せめて、あれくらいにしてくれませんか?」
「あれって……二千円?だから…」
「ホットドックと一緒なんて言うなよ?一般市民にはこれでもか高いのですよ!」
「うっ…わかったわよ、じゃああれでいいわよ。……すいませーん、これ二つください」

本心を言うと、美琴は二千円では全然納得はしていないのだが、ここで反論をしても同じやりとりが延々と続くだけ。
仕方ないと、美琴は渋々その店の店主に注文をした。
そして今まで二人の会話を一部始終聞いていたその店の店主としては、店の前で口喧嘩をされては他の客が寄り付かないと早く決めてくれと願っており、『やっとですか、やれやれ』とボソッと呟いた後に返事をして、注文された弁当を取り出した。

同日12時48分、空港ロビー

二人は長い長い口論の末に購入した弁当を食べ終えて、ロビーの壁際で時間が過ぎるのを立ちながら待っていた。
空港の中を散策して時間をつぶすという手もあったが、流石にそこまでしている時間はない。
弁当を食べ終えてすぐは、その弁当についての話で盛り上がっていたのだが、それについて一通り話終えると、二人の間にまた沈黙の時間が訪れていた。
時間まであと20分。
乗り込む時間を考慮するとあと15分といったところか。
とにかく残された時間は着々と少なくなってゆく。
だが、二人にはお互いにやりたいことがある
上条が飛行機に乗り込む前に。
やるなら早くした方がいいことはわかっているのだが、お互いになかなか口が開かない。
この雰囲気が、空気が、二人をそうさせている。
片方が黙れば片方も黙ってしまう。
悪循環。

(どうしよう…)
(どうするか…)
(なんでそんな顔して黙ってるのよ…)
(なんでいつもみたいに話さないんだよ…)
*1
「ねぇ…」「なぁ…」
「「えっ?」」

二人にはわからないが、彼らは今までほぼ同じことを考えていた。
同様にやりたいことがあり、時間が無いことを焦っていた。
そして同様に機会をうかがっていた。
だから話が進まず、会話が滞っていたのだ。
二人は枝葉の部分は全く異なるように見えても、根の部分は本当に似ている。
似ているからこそここまで仲良くなれたし、今回のイギリス行きの件に関しても理解し合える。
しかし、似すぎることが逆に裏目にでることだってある。
普段は気にすることは全く無いことでも、こういう時は少し、困る。

「先、言えよ」
「いや、アンタが先言いなさいよ」
「お前の方が少し早かった、だから言えよ」
「いいや、アンタの方が早かった!だから早く言いなさいよ!」

お互いがお互いを睨みあう。
端から見れば馬鹿馬鹿しく、子どもみたいな言い争いだ。
だけどそんな子どもみたいな言い争いでも、この二人はそんなことは気にしない。
似ているからこそ、こういう時だってある。

「はぁ……時間無いのにこんなことで言い争ってる場合じゃねぇな。仕方ないから俺から言うぞ」

いつもならもっと長い間いがみ合いが続いたかもしれない。
だが結局時間が迫っていることもあってか、早々に上条が折れ、口を開いた。

「ぅ、ぅん…おねがぃ…」
「時間ももうそんなにないから手短に言うぞ。俺からの話ってのはこれだ」

そう言って上条は、自分のポケットからあるものを二つ取り出した。
それはバレンタインの日に買ったネックレスについている板状ものと同じくらいのサイズのもので、色も材質もそれと同じのものだ。

「ぇっと…何これ?」
「ほらよく見てみろよ。なんか書いてあるだろ?」

言われるがままに美琴は上条の手に乗っている二つの板状のものをまじましと見る。
するとそこには『touma kamijo』と彫られたものと『mikoto misaka』と彫られたものの二種類があった。

「これって…名前、よね?私達の…」
「あぁ、これは昨日美琴が家に来る前に、このネックレスを買ったアクセサリーショップで作ってもらったものなんだよ。色と材質を揃えたかったからな」

美琴はよくよく思い出してみると、そういえばあの店はそういうサービスをやっていた。
あの時はネックレスの方に気が行き過ぎて、そっちは別にいいと思っていたのだ。
また機会があればとも考えてもいたが、それは上条との幸せすぎる日々のおかげで今の今まですっかり忘れていた。
しかしなんでまた彼がわざわざこんなことを?
美琴はそれについての疑問に尽きなかったが、彼女がその答えにたどり着く前に、上条の口が開く。

「まぁ色とサイズと材質を揃えたのはわかると思うけど、このネックレスにつけれるようにするためだ」

上条の持つネームプレートは先端部に取ってのようなものがついており、二人がもつネックレスにつけれる仕組みになっている。
それを狙っていることは美琴もなんとなくわかっていた。
だがもしそうするなら二人個人の名前をそれぞれに彫るのではなく、それぞれに二人の名前を彫ればいい。
それこそ『mikoto touma』とかの方がよっぽどそれらしい。
美琴はそこを不思議に思っていた。
まさか彼がそれを思いつかなかったなんてことはないと思いたい。

「んで、なんでこの二つに俺らのそれぞれの名前を彫ったかと言うとだな……俺がイギリスに行って、俺らが互いに離れていても互いを思いだすことができるからだ」
「……?」

なんで?と美琴は思った。
どうして自分の名前が刻まれたネームプレートを持っていたら互いを想うことができるのか。
彼からのプレゼントという風に見ればできなくはないが、やはり無理がある気がする。

「というわけで…ほい、お前の分」
「ぁ、ありがとう……ってこれ私の名前じゃないわよ」

上条が美琴に渡したネームプレートは美琴の名前が彫られている方ではなく、上条の名前が彫られている方だった。

「いや、これで合ってるよ。俺がお前の名前のを、お前が俺の名前のを持ってりゃ、互いのことをこれを見る度に思いだせるだろ?始めは俺らの名前を彫ってもらうことを考えてたんだが、こっちの方がいいような気がしてな。こういう形にしてもらったんだ」
「あ…」

つまりは、そういうことだった。
互いを思い出すとはそういうこと。
上条は言葉を選べずに言えなかったのか、それとも恥ずかしいから言えなかったのかはわからないが、つまり恐らく上条はこれを自分と思って持っておけ、みたいなことを言いたいのだろう。
確かにそう考えるなら、こっちの方がいいかもしれない。
彼も自分の名前が刻まれたものを身につければ、悪い虫に変にアプローチされない。
言うなればペットにつける首輪のようなものだ。
首輪をつけておけば、誰かに持っていかれることはない。
……少なからずフラグは建てるかもしれないが。

「じゃ、じゃあコレ、当麻が私のにつけてよ。私も当麻のにつけるから」
「ん、わかった」

二人は身に付けていたネックレスを外して、互いにそれを交換する。
ネームプレートの取ってにネックレスの鎖を通すだけなので、交換してすぐに二人とも付け終えた。
そして、美琴がそれを上条に手渡ししようとすると、

「……ほら、付けてやるから後ろ向け?」
「えっ?」
「だから、付けてやるから後ろ向けって言ってんの」
「えっ、あっ、その……いいの?」
「いいも悪いも、お前はこういうこと好きじゃなかったか?だから言ってみたんだけど……ダメだったか?」
「だ、ダメじゃない…!」

そう言って美琴はすぐに後ろを向いた。
上条の発言は美琴にとってはとても意外なもの。
いつもの彼はそんな乙女心もわからずに、無神経な言葉を言ったりする。
だから彼に少しの違和感を感じ、戸惑ってしまった。
無論、こんな乙女心のわかる彼の方がいいに決まっているのだが、美琴にはとにかく意外だったのだ。
そして美琴の後ろの方から手がまわされ、新たに上条の名が刻まれたネームプレートをつけたネックレスは、美琴の首に掛けられた。

「ほい、付けたからもうこっち向いていいぞ」
「ぅ、ぅん…じゃあ私も、当麻に付けてあげる」
「ん、サンキュ」

彼もそう言ってすぐに後ろを向いた。
そして美琴も上条がしたのと同じようにネックレスをかけようとしたが、首に手を伸ばそうとしたところで手は止まる。
あまり近くでまじまじと見たことのない彼の背中に意識がそれたのだ。
上条の背中は、美琴が見慣れている常盤台中学の子や女友達のそれとは異なり、大きく、ガッチリしていた。
もちろん男と女の差が大きいというのはある。
しかしそれはいつも様々な不幸や厄介事に見舞われ、かつては自分も追いかけまわした背中。
彼の今まで歩んできたものを物語っているようで、見えている以上に大きく、重たく感じた。

「美琴…?」
「っ!?」

後ろを向いていたはずの上条が、いつの間にか振り返り、美琴の顔を覗き込んでいた。

「あ、あれ…?」
「あれ?じゃねぇだろ。お前がいつまで経っても動かないから声かけたんだよ」
「そ、そっか…」
「まぁ大丈夫ならいいんだけどさ。いいのか?」
「……いいに決まってるでしょ…さっさと後ろ向きなさいよ」
「元はと言えばお前が…」

上条はそこからさらに何かを言おうと口を開いたが、美琴の視線を感じて言葉が紡がれることはなかった。
そして改めて後ろを向いた上条に美琴は首に手をまわし、自分の名前の刻まれたネームプレートをつけたネックレスを首にかけた。

「はい、つけたわよ」
「……あの、さ」
「何?」
「俺はあと10分くらいしたら此処を発つ。だからとは言わないけど、それまでは笑っててくれないか?そんな顔のお前を最後に出発したくない」

上条からお願いされたことは美琴もそうしたいと考えていたことだ。
彼女も別れ際には笑っていたいと思っていた。
彼女が考えるように、彼も同じことを考えているのかもしれない。

「ぅん…わかった…」

だから、その要望に応えようと、美琴は上条の目をしっかりと見据えて力強く微笑んだ。
彼もそれに応えようとしたのか、返事をするかのようにいつもの笑顔を美琴に向ける。
その笑顔を見たら美琴は明るくなれた気がした。
彼の笑顔は美琴にとっては太陽のようなものだ。
彼が笑ってくれれば、美琴も明るくなれるしいつもみたいに振る舞える。
あまり笑わない時は、何故だか気分は暗くなるし思考もどこか前向きにはなれない。

(でも、太陽がなかったら人は生きていけないわよね)

ほぼ全ての生命にとって必要不可欠と言える太陽の光。
それが無くなった場合、どうなるか。
結果は目に見えている。
美琴にとっての上条は決してそれと同義というわけではない。
そんな極端な結果にはまずならないだろう。
だが今まで通りに振る舞えるかどうかを問われると、答えは否だろう。
もう全てが彼がいなかった頃のようにいかない。
彼の温かさに触れてしまったが故に、知ってしまったが故に。
美琴はロビーの時計を横目でチラッと確認する。
今の時間は12時58分。
残りの時間は少ない。
気づけば美琴の体は勝手に動いていた。
美琴は彼女の隣に立っている上条の体に手をまわし、強く、強く抱きしめた。

「ちょ、おま!」
「ちょっと黙って」

今彼らがいる場所は先ほどから変わらず空港のロビー。
もちろん彼らがいるのはロビーの壁際でしかも空いているとは言え、人通りはそれなりにあり、同じく飛行機の出発を待っているし人もいる。
そんな中、突然の美琴の行動に上条は戸惑っていた。
だが今戸惑う上条とは対照的に、いつも戸惑うはずの美琴は珍しく落ち着いていた。
この行動は美琴自身の意思は関与していない。
正確に言えば本能的な行動と言える。
それなのに彼女が落ち着いていられたのは、やりたいこととやらなければならないことが明確だったからかもしれない。

「さっきさ、私何か言おうとしたじゃない?」
「あ、あぁ…そういやあれなんだったんだ?」
「私ね、当麻に一つ言ってないことって言うか、隠してたことがあったの。それを言おうと思って」
「隠してたこと?……まさか何か事件が!?」
「ううん、違うの、そんな大事じゃないから心配しないで」

大事ではない、というのは上条にとってであり、これから美琴が言おうとしていることは彼女にとっては十分大事だ。
それを物語るように美琴は抱きしめる力をさらに強くし、顔を彼の胸に埋める。

「……2月14日、バレンタインに買ったさっきのネックレスのことなんだけど…ほら、これに書かれてる文字の意味をまだ言ってないじゃない?だから、それを今言おうかなと…」
「……?なんでまた今そんなことを?確かにまだ聞いてないし、調べようにも何語かもわからなくて、調べることもできなかったから困ってたけど…そんなに重要なことなのか?」
「ぅん…」

今の上条からは美琴の顔は見えない。
だが彼からもチラリと見える彼女の耳はすでに真っ赤で、彼女の顔も今どんな状態にあるかはなんとなく伺えた。
美琴自身も今はかつてないほどとはいかないかもしれないが、これまででも一、二を争えるほどに緊張していた。
顔が燃えるようにあつい。
潤っていたはずの唇はやたら乾く。
賑やかだったはずのロビーは何故だか静かに感じれて、まるで二人しかいないように錯覚する。
そのせいか心臓の鼓動はバクバクうるさい。
密着している彼にも聞こえるのではないかとさえ思う。
でも、密着している分、彼から伝わる彼の温もりは心地よい。
緊張の具合はひどいが不快ではない。

「……『Te amo todo el tiempo』これはポルトガル語よ、覚えときなさい」
「ほぉー、ポルトガル語かぁ。流石美琴センセーだな。んで意味はなんなんだ?」
「い、意味は…」

心なしか、また抱きしめる力はまた強まった。
これだけすると少し痛いくらいなんじゃないかとも美琴は思ったが、今の彼女にとってはそんなことは些細なこと。
こうでもしていないと、美琴は決意が鈍って言えなくなってしまいそうなのだ。
別に今無理して言う必要はどこにもない。
上条が帰って来てから、機をみて言うのも一つの手だ。
だが、美琴の中にその選択肢はなかった。
不思議と、今言うしかないように思えてならなかった。
チャンスは今しかないと…

「意味は……『あなたを一生愛し続けます』よ」
「…………へ?」
「……それだけじゃない、そのネックレスの色の白にも意味はあるわ」
「え…?えっ??」

立て続けに明かされる事実。
上条とて、美琴からの愛の言葉に全くの耐性がないわけではない。
それでも彼女から聞かされることは、上条の予想はるか斜め上をいっている。
そのせいか、彼は戸惑いの色を隠せない。

「純白はなんの混じり気もない色、そして何色にも染まらないことから、心変わりは絶対しませんっていう誓いを意味するの。ウェディングドレスの色が白いのはここからきてるのよ、知ってた?」
「いや…けど、それって…」

言い終えると、美琴は顔を少しあげて真上にある上条の顔を見る。
彼の顔は心なしか赤い。
恐らく彼もこれのこれらの意味が意味することに気づいたのだろう。

「つまりこれは全部ひっくるめると『あなたを一生愛し続け、心変わりは絶対しないという誓い』を意味するの……多分、当麻も思ってるかもしれないけど、これはもう、プロポーズと言えるレベルよね?」

上条は何も答えない。
軽く顔を赤く染め、美琴からの視線から目を逸らすだけ。

「でもね…」

『13時08分のイギリス行きの便にお乗りのお客様。まもなく出発いたしますので、まだ搭乗手続きを済ませていない方は急ぎ済ませ、○番ゲートから当便に乗車してください。繰り返します、……』

美琴の声を遮るかのように放送がロビー一帯に響いている。
それを聞いてか、少し前までゆったりと過ごして人も、ついさっきここに着いたであろう人も告げられたロビーへと駆けてゆく。

「でもね、私は中途半端な気持ちでこれを買うことを勧めたわけじゃない!」

しかし美琴はそれを聞いても意識はそちらにそらさず、上条を抱きしめる力は弱めない。
それどころか逆にまだ離さないと言わんばかりに力を強め、今なお続いている放送に負けぬように、美琴は声を張り上げて上条に語りかける。

「多分これを買った時は当麻の中にそんな考えはなかったと思う!その時は私、告白すらしてなかったしね…」

だけど、と美琴は続ける。
しっかりと、上条の目を見据えて

「今は…?今は、どう思ってるの?意味をちゃんと知っても、それをつけてくれる…?」

真剣で、迷いと不安も少なからずある目で、美琴は上条をの答えを待つ。
とても重い選択を上条に強いていると美琴は思う。
だがその答えは今後の生活にも影響を与えるだろう。
だからとは言わないけれど、真摯な答えは欲しかった。
それで今後の将来全てが決められるというわけではないが、つけるの一言があるととても安心できる。

「……あぁ、つけてやるよ。そして誓ってやる。俺は、上条当麻は御坂美琴を一生かけて愛し続けるって、心変わりはしないって」
「…………本当に?」
「もしその誓いを破ったら俺がお前の本気の超電磁砲をノーガードで受けてやるさ。…その代わり、美琴もだぞ?もし破って他の男がいいって言うようなら俺が…」
「そんなつまんねー幻想ぶち殺してやる、でしょ?もう聞き飽きたわよ…」

美琴がそこでようやく抱擁を解き、悪戯っぽく微笑む。
口調こそ呆れているが、本心は決してそんなことはない。
実際美琴はあまりの嬉しさで泣きそうだった。
人が見ているとかそんなのは関係なく、とにかく彼にこの喜びを伝えたくて、抑え難い感情を彼に見せたくて。
今の彼女はその衝動を抑えるのに必死だった。
さっき言った言葉も、声が震えないかとても心配だった。
だが美琴は約束した。
別れ際までは笑うと。
それは彼女にとっては必ず守らなければならない約束。
今は例えどんな事情があろうとも、彼に泣き顔なんて見せてはいけない。

「じゃあそろそろゲートに行かなきゃ。いい加減遅れるわよ?」
「お前がこんな時間まで離さなかったから…」
「何か言った?」
「いえ、何も?」

二人はまた笑う。
別におかしいことなど何も起きていない。
二人のそれは今感じる幸せ故のもの…
上条は美琴の手を取りゲートへと向かう。
美琴はその彼の振り向きざまに、首に掛かる彼のネックレスを見た。

同日13時03分、○番ゲート

「じゃあ、またな」
「ぅん…絶対、帰ってきてね?怪我ならまだ許すけど、動かなくなって戻ってきたら承知しないんだから」
「善処します…」
「善処するだけじゃダメよ。ちゃんとやるべきことをやり遂げ、かつ無事に帰ることに全てを出しなさい」

美琴はペシっと上条のトレードマークであるツンツン頭を軽くぶつ。
そして上条は多少げっそりしたような顔を見せ、下を向く。

(―――ったく、何が私が約束を破ったらよ)

「美琴も、変に厄介事に首つっこみまくって怪我すんなよ?」
「私はアンタじゃないんだから限度はわきまえてるわよ。というか、何度も言うけど私は超能力者よ?そんな目になんてめったにないわよ」
「それくらいわかってるって。だから危なっかしいんだよ」

(―――何がわかってる、よ…全然わかってないじゃない)

「はぁ…とにかく本当の、ホンットに無茶だけはしないでよ」
「へぃへぃ」

上条は目を逸らし、気だるそうに美琴を軽くあしらう。
どうやら無茶をする気は満々のようだ。
その反応に美琴は軽い怒りを示し、彼女の体のまわりに軽くバチバチと電気をまとう。

(―――私がこうやって怒りたい時に本気で怒れるのも、素の私で接することができるのも)

「はいはい、ここには人がいっぱいいるんだから、ビリビリは止めような?もっと女の子らしくお淑やかにしてれば美琴はもっと可愛いんだから」

上条は最早マニュアル化している動作で、美琴の頭に右手をのせ、放電していた電気をかき消した。

「う、うっさい!アンタが怒らせるような態度をするから悪いんでしょうが!!」

(―――ちゃんと、能力の強度なんか関係なく普通の女の子として見てくれるのは…)

「悪かったって、謝るから機嫌直せよ。ほら、笑顔笑顔!」
「むーっ!!ひょっとあんひゃやめなひゃい(ちょっとアンタ止めなさい)!!」

上条は笑顔にするという名目で美琴の頬をつねって、遊んでいる。
美琴がこんな風に遊ばれたのは今までで初めてかもしれない

(―――アンタだけなんだから…)

「ぷははっ!なんだ意外に面白いなこれ。帰ったらまたしてやるよ…ククッ」
「ぷはっ…に、二度とすんじゃないわよ!!」

(―――だから、私は他の男のとこなんか絶対いかない。それに、私は…)

それだけ言うと、美琴は明らかに不機嫌な顔で、ぷいっとそっぽを向いた。

「そんな不機嫌になんなよ、というかさっきの顔、なかなかに面白い顔してたぞ?」
「っ!!ば、馬鹿!!アンタなんかもう知らないわよ!!さっさと行っちゃいなさい!!」

そう言って美琴は上条を軽く突き飛ばし、後ろを向いた。
そして心にもないことを言ってしまったと、美琴は言った直後に後悔する。
だが、上条はそんなことが本心ではないことなんてお見通し、と言わんばかりに怒って背を向けている美琴に向かって微笑み、

「なぁ、美琴…」
「な、なにy…っ!?」

(―――ずっと、)

上条は名前を呼ばれて振り向いた美琴に、キスをした。
何度も言うが、周りにはもちろん大勢の人がいる。
だがそんなことはお構いなしに、最後の別れを惜しむように、10秒にも満たない程の間彼が彼女を求めた後、上条の唇は美琴から離れた。
そして上条は名残惜しそうに、先ほどまで触れ合っていた唇をなぞり、

「まぁさっき公衆の面前で抱きついてきたお返しってことで……それじゃあまたな!俺が帰るまで、達者で暮らせよ!!」

美琴が今まででもあまり見たことのないような満面の笑みを、しかし少し悪戯っぽい笑みを見せると、顔だけ美琴に向け、振り返って大声を出しながら走ってゲートを抜けた。

(―――ずっと、)

「こ、こんなとこであんなことするやつがあるかこの、馬鹿ぁ!!!!」

最後に一撃だけ美琴は電撃の槍を放つが、上条がそれを難なく打ち消すと、その姿は見えなくなった。

「はぁはぁ……本当に、馬鹿…結局、別れ際は笑えなかったじゃない…」

急に目の前から上条がいなくなり、寂寥感に駆られるが、長くは続かない。
彼はちゃんと別れる前に、自分の願った以上の最高の答えをくれた。
自分の願った以上のことをしてくれた。
それだけしてくれたのだから、満足感の方が大きい。
もちろん寂しくないなんてことはない。
だが今は、少なくとも今は満足なのだ。
美琴は首に掛けられた、彼に掛けられた彼のネームプレート付きの"誓い"を握りしめ、

「またね、当麻…」

誰に言うでもなく、そう呟いた。
上条はもう美琴の目の前にはいない。
しかし上条は"ここ"にちゃんといる。
だから寂しいけど、寂しくはない。
場所という制約があっても、この想いは、彼の想いは、常に彼の場所にあり、"ここ"にもあるから。
だけどそのうち場所だって一緒になれると信じてる。
きっといつまでもこんな状態は続きはしないと信じてる。
だって―――



「―――当麻が、約束したもんね」
(―――当麻が、大好きなんだから!!)

今彼らを挟む距離はとても広がった。
しかし、彼らの"距離"はとても狭まった。


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注釈

*1 もういっそ自分から…