とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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名前を呼んで



「悔しいことに普通に美味いんですけど、このクッキー」

ここは第7学区にある公園。そろそろ秋の気配を感じさせる風は、風力発電の巨大なプロペラをゆったりと回している。
上条当麻はポカポカとした芝生の上に直接腰を下ろし、自分のすぐ脇にちょこんと座る御坂美琴に感想を述べた。

「アンタはもう少し素直に褒められないわけ?」
「上条さん的には実は不器用な美琴たんが、不器用なりに頑張ったボロボロクッキーを食べさせてくれることを期待してたのですよ」
「だから私に変なキャラを期待するなっての。そもそも病院でアンタが食べたいっていうから、わざわざつくってきてあげたっていうのに」
「へ?あの時のことを覚えてたのか。そりゃサンキューな」
「いやべつにアンタの喜ぶ顔が見たいとかそういうのじゃなくて、ただ見返してやろうと思っただけなんだから。勘違いしないで欲しいわね」
「いやーしっかし甘すぎないし、ほんと美味いなこのクッキー。バターの甘味なのかこれ?」
「ちょっと人の話し聞いてるの?!」

草の上でわいわいと騒ぐ2人は離れたところから見ると、仲の良い友人にも初々しい恋人にも見える。
まだまだぎこちないながらも、少しずつお互いの距離が近づいていくにつれて相手を好きになっている少年にとって、傍らの少女は時折電撃を交えた過激な愛情表現を示す他は非の付け所など何も無かった。
無かったのだが、

(そういえば、最近なにかひっかかっている気がするんだよな……何だろう?)

「どうしたの?もしかして本当はおいしくなかった?」
と、不安げな顔で覗き込まれた当麻は、脳裏に浮かんだ事を忘れるように、とっさにごまかした。
「いや、ちがくって! この美琴たんお手製クッキーを一端覧祭で出したら人気間違いないなーとか思ってさ!」
「う、で、でもこれはアンタのためにつくったんだから、他の人に食べられるのはちょっと……それに」
「それに?」
「う、うぅっ、いやなんでもないんだから」
先ほどから美琴はクッキーをつまんで、持ち上げては下ろす動作を繰り返していた。

挙動不審な動作をいぶかしむ当麻に気づかず、美琴は葛藤していた。
(コイツにあーんってしてみたいけど、なんかものすごーく恥ずかしいのよね……。そうだ、こうペットにエサをあげる感じであーんってすれば恥ずかしくないのかも)
やっとのことで意を決すると、美琴は妙に赤い顔で、当麻の口元にクッキーをぷるぷると突き出した。
「ほらちょっとアンタこっち向いて、あ、あー……

「お姉さま?」



ふいに後ろから声をかけられた2人はギクリと固まった。
お姉さま、などと呼びかける人間など上条当麻は2人しか思いつかない。
これが美琴のルームメイトの少女なら、話がこじれるのは目に見えているのだが、恐る恐る振り返った先にいたのは、御坂美琴に良く似た少女の方だった。

美琴と同じ顔立ち、背格好、常盤台の夏服。
パッと見て気づく相違点は、おでこに引っ掛けた大型の黒い軍用ゴーグルと、両手でそっと抱きかかえている小さな黒猫の子供であった。
ほっとして、ぱんぱんとズボンについた草を払いながら、当麻は立ち上がった。
「なんだ御坂妹の方か」
「なんだとは失礼な野郎ですね、とミサカは少しムッとしてみます」
「いやいや、出くわしたのがお前の方でよかったって意味だって。悪かったよ。体の具合はもういいのか?」
「回復の程度は最適な健康状態の89%といったところでしょうか。軽いリハビリも兼ねてこの子のご飯を購入しにいくところです、とミサカは状況を説明します」
「そっかー、まぁ外出できるくらいには回復したわけか。いやよかったよかっ」
と言いかけたところで、当麻は思わず言葉を飲み込んだ。

彼の隣で美琴がなにやら無言でうつむいているのに気づいたからだ。
先ほどまで広げていたクッキーは、丁寧にバスケットにしまわれている。
微妙に美琴の目がすわっているように見えて、当麻は思わずぎくりとした。
(まずい、ちょっと御坂妹と話しただけで、御坂さんってばご立腹?!また折檻されちゃったりするのでしょうか?!)
そんな当麻の不安をよそに美琴は、

「や~その子猫ってば相変わらずかわいいわね~」

何の緊張感も無い、ほふっとしたオーラを発散しながらふらふらと御坂妹に近づいていった。

(なんだ、子猫に夢中になってただけか)
条件反射的にとはいえ、自分の彼女を疑ってしまった当麻はちょっぴり己を反省した。

美琴は子猫をなでようとした体勢のままで、ふるふると震えている。
彼女は動物好きでありながら、身にまとう電磁波のせいで動物に逃げられる難儀な体質なのであった。
子猫をおびえさせまいと、すんでのところで踏みとどまるところがいじらしく、当麻はなんだか切なくなった。

そんな彼の気持ちなど知る由も無く、美琴はふにゃっとした笑みを浮かべてはしゃいでいる。
「ホントかわいいわね~。そうだ、ねぇその子なんて名前なの?」

すると御坂妹は珍しく逡巡するそぶりを見せた後、やがて意を決したのか子猫を自分の顔の前に掲げると小さな声でつぶやいた。

「トウマ、とミサカは名付けました」
「ミャー」

はい、なんでせうか、とあやうく上条当麻は返事をしそうになった。
どうやら会話の流れからして、御坂妹は子猫に「トウマ」と名付けたらしい。
狙ってつけたとしか思えない。
子猫も子猫で、まるで返事をするかのタイミングでかわいらしい鳴き声をあげたではないか。

するとなにか。
(御坂妹はトウマ(と名付けた子猫)と一日中、遊んだりご飯を食べたりして過ごしているのか?いやいやそれだけに留まらず、一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で寝たりしているのでせうか!?)
となにやら当麻が妙な気分になったところで、

ビキィッ!と、精神衛生的に大変よろしくない音が鳴り響いた。

どうやら美琴の方から聞こえたらしい。
恐る恐る横を向くと、美琴は子猫を見ていたときの笑顔のまま固まっていた。
ただし形の良い眉毛はつりあがり、心なしかおでこに血管が浮き出ているように見える。
(あー、そこが音源でしたか)と当麻が理解すると同時に、本能的に危機を感じ取った彼の体は勝手に回り右をしたのだが、

グワッシ、と彼の襟首は美琴によってつかまれた。

泣きそうな顔で振り返ったが、美琴は前を向いたままで今の表情は読み取れない。
だがこちらを向いてる御坂妹と子猫が若干おびえているように見えることから、なんとなーく美琴の顔が想像できるくらいはできるようになった当麻であった。

というか、美琴はビリビリと放電している。妙なスイッチが入ったようだ。

『えっと、つまりこの子ってばこの猫にこいつと同じ名前を呼びかけながら、四六時中一緒に遊んだりご飯を食べたりしているわけ?ゲームセンターとか!映画館とか!それってデ、デート……でもって今度はファストフードの屋台なんかじゃなくて、夜景とか見えるレストランとかに入って、あーんって、あーんってしたりして!それで窓の外で花火が上がって、2人は、2人は……なんてうらやま……じゃなかったこの馬鹿ってばこの子とあんなことやこんなことまでぇっ!!』

なにやら違う世界にトリップした美琴の口からは、独り言がダダ漏れしている。
御坂妹の相手は猫だってば、との当麻のツッコミも耳に入っていないに違いない。

『いやちょっと待ってそれだけに飽き足らないで一緒にお風呂に入ったり同じ布団で寝ちゃったりしてるのかな!?ああアイツってば意外と背中が大きくて逞しいのね……ってちょっと待ちなさいよ!!一緒の布団でって……やっぱり子供は一姫二太郎がいいのかな?それで川の字じゃなくて|||||の字になってってやめなさいよこの馬鹿ってばなんて破廉恥なぁっ!』

そこまで一気に捲し上げて、ふぅーっっと大きなため息をついた美琴は、やれやれというジェスチャーで首を振った。

「いやー、なんかしらないけど腹が立つわー。この私としたことがいけないわねー。」
「おいお前レベル5なんだろ!?パーソナルリアリティとか自分の感情をコントロールするのってお茶の子さいさいなんじゃないの美琴サン!?」
「どうもね、アンタのことに限ってはそうもいかないようなのよね。いったい何なのかしらねぇー。」

当麻のことになると感情の歯止めがきかなくなる時があるのだが、コントロールの方法など美琴には知る由も無い。
そもそもコントロールできないからこその恋愛感情なのだが、そんなもん知らんと、
笑顔でバチバチいわせながら迫ってくるのはちょっと怖い。

この妙な嫉妬に狂ったお嬢様ってば、いくら当麻が理路整然と説明をしたところで聞きやしないに違いない。
もはや自分では止められないと判断した当麻は、最後の良心にすがろうと振り返り、

「なぁおい!御坂妹からもこのお姉様に何か言ってやってください……っていつの間にかいなくなってるし!!ちょっやめておねがいまだ死にたくなぁぁぁっ?!」
「死ねぇぇぇっ!」

ばっちーん!とはじけるほどに気持ちのいい音が、青い空を突きあがった。


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穏やかに学園都市を吹く風に、公園の木々が落とす木漏れ日はきらきらと万華鏡のように表情を変える。
2人は肩を並べて散歩道を歩いていた。2人の手の指は、最近覚えた「恋人らしい手のつなぎ方」で深く絡み合っていたりする。

「御坂さんってば、はしゃぎすぎです」
「ごめん……」
「俺の右手がお前の電撃を打ち消していなかったら、今頃上条さんは黒焦げになってたんですけどね」
「うぅ……」
割と本気でしゅんとする美琴に、上条は聞こえないよう小さく息をついた。

「でもアンタと一緒にクッキーを食べるだけじゃなくて、いろいろやりたいことがあるんだから。映画館とか、ゲームセンターとか一緒に行きたいし、他にもいっぱい……それを考えると私……」

どことなく微妙に気まずい雰囲気に陥りつつあったので、当麻はやや強引に話を変えることにした。

「しっかし、あの子猫に『トウマ』なんて名前をつけるなんてなー。あいかわらず御坂妹のネーミングセンスは……」
とそこで先ほど気になったものの正体にはたと気が付いた。

「そうだ、名前だ……」
「うん?どうしたの?」
「そうだよまずは名前だよ名前! そういえばお前、俺のことアンタとかこの馬鹿呼ばわりばっかりで、全然名前で呼んでくれねーじゃん! 上条さん的にはそろそろ美琴に『当麻(はぁと)』とかって呼んで欲しいんですけどね!恋人的に!!」
「え、ちょっと、はぁぁぁっ?!」
「名前で呼んでくれないとー、もう手とかつないであっげないもんねー!」
「ぅえぇぇっ!?」
戦慄する美琴には、芝居がかった当麻の口ぶりに気づかない。

(ヤバッ!これって、も、もしかして……破局の危機!?そ、そういえば、名前を呼んでくれないなんて理由で、離婚しちゃった夫婦とかいたような?!)
そんなわけ無いのだが、いろいろと思考が暴走気味の今の美琴に冷静な判断など期待できない。

「う、わ、わかったわよ。仕方ないわね……。名前を呼べばいいんでしょ?そんなの簡単じゃない」
簡単といいつつも、美琴の顔は真っ赤に染まり、口元と眉毛はヒクヒクしている。

出会って2ヶ月(今の上条当麻にとっては1ヶ月ほどなのだが)に渡り、コイツやらツンツン頭などと散々な呼び方をしてきた美琴にとって、今さら改まってこの少年の名前を口に出すことはどうにも抵抗感が強かった。

名前でこれならこの先キスとかアレとかどうなるのでしょうかと当麻は心配になったが、
モジモジ、プルプルと目の前で涙まで浮かべて震えている彼女の方がより心配ではある。

まったくなんなんでしょうねこのかわいい生き物は!などと名残惜しい気持ちをちょっぴり抱いて、
「はぁ、わかった俺が悪かった。無理言ってすまなかった。俺の名前のことはとりあえずまた今度でいいから
「い!言えるってば!!言います言えばいいんでしょ言ってやろうじゃないの!!」

押して駄目なら引いてみろ。またもや美琴の妙なスイッチが入ったらしい。
自分の彼女の扱い方がまたわからなくなったような、わかったような上条当麻であった。

(えっ……と、心の中とか、ベッドの中でなら何度もアイツの名前を呼んでるし。大丈夫よね?うん、よし大丈夫!)
ようやく覚悟を決めた美琴は、2,3度深呼吸してから、

「(と……とう、とぅ……ま)」
と消え入りそうな声でつぶやいた。
「ん?わりぃ、聞こえないんだけど」
と緊張感のカケラも無い少年の声は、少女の決死の決意をぶち壊す。

「とっ!と、とぉ……ぅ……まぁぁ」
「ほら頑張れ!美琴!」
「と、とう……みゃぁぁ///」
「よーしよしよし!もう一回!」
「と、とう……とぅ……と……ぅうわあぁぁぁぁん!!」
「どうした美琴って、どおうぅわぁっちゃあぁっ!?」

恥ずかしさが沸点に達した美琴がいきなり当麻に飛び掛る。
照れ隠しの行為なのだが、いきなりつかみかかられる当麻にしてはたまったものではない。
力ずくで振りほどくわけにもいかず、なんとか美琴の腕からすり抜けようとするのだが、
真っ赤な顔でバッチンバッチンいわせながら関節を極めにくるのは結構怖い。

「あ、あんた、自分の彼女を無理やり恥ずかしがらせるなんて、いったいどういう神経してるのよーっ?!」
「な、名前を呼ぶくらい、上条さん的にはフツーのことだと思うんですけどねぇぇぇっ!?」
「というか、なんでちゃんと言えないのよわたしーっ!?」

芝生の上を、くんずほぐれつ2人は転がりまわる。
通行人がちょっぴりうらやましそうな視線で2人をちらちらと眺めていたりするのだが、本人たちは気づかない。

「おまっ、いくら電撃が効かないからって!照れ隠しで首なんて絞めたら……ちょっ、死ぬ……死んじゃ……う」
「言えるかーっ!!」

どこまでも澄んだ青空に、本日2回目となる当麻の断末魔と美琴の絶叫が響き渡った。


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そよそよと優しい風になでられて、上条当麻は目を覚ました。
見上げるとどこまでも青い空を背景に、最愛の彼女が微笑んでいる。
御坂美琴はどこか遠くを眺めているようで、少年が目を覚ましたことには気づいていない。

当麻の頭の後ろはなんだか柔らかく、美琴の香りがそばでする。
そこでようやく彼は美琴に膝枕をされていることに気づいた。
2人がいるのはどこかのベンチだろうか。
美琴のほっそりとした指先が、当麻の固い髪をさやさやと優しくすいている。

当麻の脳裏に、不意に自分の母らしい女性が思い浮かんだ。
きっと自分も子供のころ、母親にこうしてもらったことがあるのだろうか。
もはや思い出せない記憶に僅かな未練を抱きつつ、彼は少女を思う。

(時間なんてたっぷりあるんだ。あせらなくていい。俺はずっと待ってるから。
 ゆっくり、ひとつひとつ叶えていけば大丈夫だから。な、美琴)

もう少しだけこの心地良さに身をゆだねていたい、と願った上条当麻は再びゆっくり目を閉じた。



「まったく、私ってばどうして素直になれないのかな……」
はぁ、と美琴は軽い自己嫌悪に陥った。
照れ隠しとはいえ、自分の恋人を失神させるのは彼女としていかがなものか。

「大体こいつってば、自分で名乗ったことも無いくせに……。ま、それでも好きになっちゃったんだからしょーがないか」
眠ったままの膝の上の少年に、美琴はふわり、と柔らかい微笑みを浮かべた。

(こいつを膝枕するの、これで二度目かぁ)
しかし一度目のときとは何もかもがちがう。
絶望の闇に沈み、彼を拒絶し突き放し、傷つけた、かつての冷たいあの日の夜とは。
今の彼女は暖かな日差しの中、何の迷いの無い晴れ晴れとした顔で大好きな人を抱きとめる。

彼の無邪気な寝顔を眺めていると、ようやく自分の気持ちに素直になれるような気がした。

「わたしは、アンタと離れるつもりなんて無いんだから。
 今は無理でも、もっと素直な自分になれるように頑張るから。
 だから……アンタもわたしの事を絶対に離さないで」

想いは自然と言葉になり。
二人の間を、風がさあっと走り抜けた。

「大好きなんだから……当麻」




                   END


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