シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

形霧

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民話『形霧』

作者:清水光


 今はもう昔のことになるが、モロモロ取りの翁というものがいたそうだ。水路に入ってモロモロを取っては、色んな風に使っていた(*1)。名を霧谷造麿といった。
 翁が水路でモロモロを取っていると、薄く霧が立ち込めてきた。これはまずいとモロモロをかついで帰ろうとしたが、すぐに霧にまかれて迷ってしまった。十歩先もろくに見通せず、今にも霧の中からボタロロモモンジャが飛び出してきそうな具合だった(*2)。
「何かお困りですか」
 いつの間にどこからやってきたのか、翁の前には一人の少女が立っていた。年は十をいくつかすぎた頃だろう。黒い長髪がかすかな光に映えている。同じく漆黒をたたえているであろう瞳はとじたまぶたにはばまれ見えない。
 翁は突然現れた少女をいくぶんか不思議に思ったものの、帰り道がわからなくなって困っているとこたえた。少女は不意にうっすらと、口元だけの笑みをうかべてから、霧の向こうをすっとさししめした。
「まっすぐに歩いていけば、あなたは無事帰りつくことができるでしょう」
 目をこらせばあれほど深かった霧の奥に、見慣れた村落の姿があった。ただし――と少女は声を強くし言葉をつづけた。
「決して目をひらいてはいけません。そうしないと、二度とは帰れなくなるでしょう」
 翁が目線を戻したときには、現れた際と同じく唐突に、瞳をとざした少女はかき消えていた。
 当惑しながらも翁は、まぶたを降ろして一歩を踏み出した(*3)。道といった道もなく不安定な地面の上を歩く。わけはわからなかったが、あの少女の言葉には何か逆らいがたいものがあった。翁は一歩一歩を踏みしめ、村への帰り道をたどっていった。
 必然歩みは遅いものとなる。歩いても歩いても、一向にたどりつく気配がなかった。もうどれだけ歩いたろう。そろそろ村に着く頃合いだろう。霧もとうに晴れているかもしれない。翁はとうとう耐えきれず、目をひらいてしまった。
 視界すべては色濃い霧につつまれている。背中がやけに軽いと気づく。手を回すと案の定モロモロの感触がない。それどころか、いくら手を動かしても背中にすら触れない(*4)。自身の手を目の前に掲げてみたが、それすら霧にまみれて見えない。
 翁は走り出していた。見えるのは白色の世界ばかりで、自分の姿さえとらえられない。地面の感触も消えた。体の感覚もすでにない。自分が走っているのかもようとして知れない。進もうとする意思すらあいまいとなる。わからない、すべては霧の中。
 はっと気づくと村の入り口に立った自分がいた。全身をながめまわせば、腕も脚も確かに生えている。手は思うよう動き、足は地面についている。目をとじてまたひらいても失われない。見あきた家々が立ち並んでいる。
 何とか村にたどりつけたことに安堵し、安堵のうちに一歩を踏み出した。そのとき風景はくずれる――家も人も木も、地も空も、すべては霧とかすんで、そしてまた現れる。ほんの一瞬のこと。再び取り戻された風景はゆれることなくそこにある。けれど呆然として動けない。翁は家に帰ることはできたが、ついぞ自らに帰ることはなかった(*5)。

(*1)昔といっても、江戸時代後期。翁といっても、フケ顔の二十代。色んなといっても、モロモロの使い道などたかが――いや煮てよし焼いてよし結構幅広く使える。
(*2)一切不明。地方妖怪か何かか? 一説ではボタレレモモンジョの間違いではないかといわれるが、どちらにしろ一切不明である。
(*3)何らかの禁忌が結ばれそれが破られるのは、民話の定番ではあるがそれにしても、よくこんな忠告を守ろうとしたものだ。よっぽどかわいい娘かなんかだったのだろうか?
(*4)体がかたくて背中まで手がとどかなかった。モロモロの方はおおかた少女にぱくられたにでも違いあるまい。
(*5)その後、霧谷造麿はこの世一切は霧にすぎないと絶望し、霧の中に消えていった。一切が霧ならまあ自分の都合のいいことだけ信じとけばいいんじゃねーの。

注釈:17535
――月刊霧生ヶ谷万歳!十月号特集記事『畏れ慄き恐怖せよ!これが衝撃の霧生ヶ谷民話だ!!』より

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