シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

第二話「会長のプライド」

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「……まぁ、樹を取り直そう。確かにカードが無いのは不便だ。だが、それでけだ。さっさと契約をすませればいい」
粉々になったブラックカードをさらに粉々に砕きながら(個人情報保護のためだろう)、高柳は言った。
……やはり只者ではない。
「まぁ、会長がおっしゃるなら私はそれを信じますが……しかし……」
「言うな。どうせ自家用ヘリはいつでも待機中だ。たとえ国立公園でも、わが社にかかればヘリポートになる。契約をさっさと済ませるぞ」
そのときだった。
べちゃり。
私の顔の上に何かが落ちてきた。雨にしては少々重いし、何より顔の上で何か長いものが乗っかっているという感触。
異質以外の何者でもない。
「……鎌ヶ谷、お前は何をやってるんだ。さっきのうどん屋で相当アクロバティックな食べ方でもしたのか?」
顔にくっついたものを見ると、確かにそれはうどんだった。
……だが、私は仮にも秘書だ。顔の真ん中にうどんがまるまる一本載るようなアクロバティックな食べ方はしない。
「……上から落ちてきたのではないでしょうか?」
「まさか」
高柳はけらけら笑った。
「君はこの二十一世紀に、うどんが空から降ってきた、なんて言うのかい?」
「そうとしか考えられません」
「しっかりしてくれ鎌ヶ谷。君は僕の秘書だぞ?もっとしっかりしてくれないと……」
べちゃり。
再びうどんが空から『降ってきた』。
今度は、高柳の顔がうどんにまみれていた。





北区にはうどん屋がたくさん並んでいる。
それらが見えなくなると、高台の上に佐野製麺所が見えてくる。
「ようやく着きましたね」
「久しぶりに長く歩いたな。たまにはのんびり散歩もいいものだ」
製麺所の看板のそばにあるドアをあけると、何やらスーツを着た青年とその上司らしき男、さらに作業着を着た男が楽しそうに談笑していた。なぜか、ベルトコンベアの真ん中を覗き込みながら。
「……それにしても、もうこんな時期なんですなぁ」
「いや、まったくです。季節を感じますなぁ」
 何かを話している。ほかの社員は機械のメンテに気を取られているのか、我々に気づく素振りも見せない。
「そうそう、コイツ。佐野さん、コイツがうちのルーキーで新人って言うんですよ」
「アラトです!」
「なにかあったらコイツ寄越しますんで宜しく」
「はいはい。新人君。一つ宜しく頼むわな」
「アラトです!」
どうやら、青年の名前は『新人』と書いてアラトと読むらしい。
高柳がしきりに「わかりやすい名前だ」と感心していたが、全く同感である。
「それじゃ、佐野さん。我々はこれで」
「はいはい。ありがとうよ」
青年と上司を見送ると、佐野と呼ばれた男──つまりこの工場の社長──は、ようやく我々に気づいてくれた。
「……?ああ、もしかして高柳フードコーポレーションの……」
「いえ、高柳グループの『総帥』の高柳です」
「そうですか。いやいや、東京からわざわざどうも。汚いところですが、まぁ腰掛けてください」
あまり『総帥』というワードに反応が無かったので、少しがっかりしながらいすに座った。
古いパイプイスで、ギシギシ軋む音がした。
「改めまして、佐野製麺所の佐野文尚です。一応メールのほうでお話は聞かせてもらいましたけど、いくらなんでも急な話じゃないですかねぇ?」
無理も無い。
書類作成と佐野氏へのメールから、たったの二時間しかたっていない。
高速ヘリの成せるワザといえるだろう。
「まぁまぁ、別にわが社はここにホテルをたてようなんて話をしにきたんじゃないですから。単刀直入に言いますが、スポンサーが欲しくないですか?」
「はぁ?」
「あなたの工場で作っている麺ですが、業界ではすでに伝説の麺として有名になってますよ?このまま中途半端な会社にくれてやるのは惜しい。どうです?佐野さんの技術を提供をしてくだされば、この工場を三倍の大きさにするのも、わが社の販売網を駆使して世界にまで広げる事すら可能です。悪い話ではないでしょう?」
「断る」
「は?」
佐野社長の持つ温和な雰囲気が、一瞬にして変わった。
怒っている。
怒り狂っている。
「つまり、俺が三十年かけた麺の技術を『金』でよこせと……!?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあどういうわけだ?結局ウチみたいな下請けは、あんたらみたいなでかい会社に頼るのが普通だとでも?」
「違いますよ、佐野さん……鎌ヶ谷、契約書をお見せしてくれ。条件を提示してもらわないと佐野さんも困るだろう」
……会長は忘れてしまっている。
その契約書は、『盗まれたバッグの中だ』と言うことを。
「そうか……ウチをなめてるんだな?町工場だからって契約書も要らないと……」
「いえ、決してそんな事はありませんよ……ハハハ……」

「帰れっ!!!!この無責任どもが!!あんたらみたいなのにウチの『サの46号』をやれるか!」






結局、食い下がる事も許されず、私と高柳は追い出され、契約は当然取れずに終わった。
……おそらく、人生初の敗北になったであろう高柳は、バスに乗って揺られながら、中央区に来るまで微動だにしなかった。
「会長。帰りましょう。もうバスも終点に近いですし」
「……もういい。降りるぞ鎌ヶ谷。……こうなったら持久戦だ」
「は?」
バスを降りながら、高柳はいつもの冷静さを失ったようにさえ見えた。
「部屋を借りるぞ。とびっきり安いヤツをな。こうなったら僕のプライドにかけて死んでも契約をとるぞ。僕をコケにしたツケを払わせてやる!」
「しかし、いったん本社に戻って体制を……」
「それでは僕のメンツはどうなる!?丸つぶれだ!!いいか、経費は使うなよ、株主総会の時赤っ恥をかくからな!」
……かくして、我々はこの霧生ヶ谷市で、極貧生活を送ることになったのであった……。

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