シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

死人は叫ぶ

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

 死人は叫ぶ 作者:見越入道

 夏休みが終わって数日が過ぎた頃、霧生ヶ谷南高校の近代科学部という、名前ばかりは一丁前の部に所属する一年生女子、摩周清美は第一校舎と第二校舎の二階部分を繋ぐ渡り廊下に立っていた。時刻はちょうど昼休み。真夏の日差しが開け放たれた窓越しにじりじりと照りつけ、校庭から響く学生たちの声とうるさいほどの蝉の鳴き声が流れてくる。
 清美は第二校舎の方を向き、歌を歌いだした。
「ひとーつ 人魂ふらふら悪酔い、ふたーつ 双子が増えたり減ったり」
 それは霧生ヶ谷に古くから伝わる数え歌。実際清美も幼い頃に何度も母親から歌い聞かされている。
「みーっつ 幹の根・何眠る、よーっつ 夜泣きの山烏、いつーつ いつか世界が交わり」
 うるさいほどに鳴いていた蝉の鳴き声がぴたりと止んだ。
「むーっつ むくむく霧の中、ななーつ 名無しの水源通り、やーっつ やっぱり戻っておいで」
 清美の後ろ、つまり第一校舎の方から冷ややかな風が吹いてくる。清美は一呼吸置いてから再び歌を続ける。
「ここのつ ここの子・家はここ、とおで遠くにさようなら」
 清美はごくりと唾を飲み込むと後ろを振り向いた。


「メールが着たよー♪」
 アイドル歌手KY☆KOの可愛らしい声でメールの着信が知らされ、校庭で昼休みの休憩をしていた近代科学部一年女子、外谷亜紀はポケットから携帯電話を取り出した。差出人は彼女と同じ部に所属する摩周清美。メールは写真付きで、本文には「やったー!ついに『みよこさん』ゲットー!」と書かれており、画面を下に送ると写真が現れた。亜紀はその写真を見て眉をしかめた。
 写真には、どうやら渡り廊下らしい場所が写されているが、良く見ると画面の中央、渡り廊下と校舎の廊下が接するT字路の部分の向かって左側の壁から、なにか白っぽいものが突き出している。携帯の画面ではそれが何か分からなかった。
 しかし亜紀はその写真に不自然な嫌悪感を覚えたので、すぐに清美に電話をかけた。しかし呼び出し音が鳴るばかりで清美は電話に出なかった。そして・・・

 その日、摩周清美は姿を消した。

 その翌日の放課後、いつものように阿藤浩二は近代科学部が部室として使っている理科室へと来ていた。浩二と同級生で同じ部に所属する蓮田俊哉と板倉陽一も一緒だ。彼らと二年生女子で副部長の古徳和子と一年女子の摩周清美、外谷亜紀、織手加奈子の合計七人が、現在の近代科学部主要メンバーとなっている。が、その日、一年女子の摩周清美の姿は無かった。
「よ!お疲れ!」と浩二。「お疲れ。相変わらずくそあちーなあ」と俊哉。「まあ、夏だからね」と陽一。この三人、すっかり役割分担が出来ている模様だ。すかさず「のんきに挨拶してないでさっさと席についてよね!」と和子副部長の突っ込みが飛ぶ。
「あれ?なんか一人足りなくねえ?」ここで浩二は一年の摩周清美が居ない事に気が付いた。
 と、教壇のすぐ前の席に座っていた残りの一年女子二人が今にも泣きそうな顔で振り向いたので、二年男子三人も言葉を無くす。
「清美、どっか行っちゃったんです。家にも帰ってなくて」と織手加奈子。
「渡り廊下に携帯電話だけ落ちてたって、先生が言ってました。私にメールをくれたすぐ後だったみたいで」と外谷亜紀。
「どっか行ったって、つまり行方不明ってこと?」和子も心配そうに聞く。
「休みボケでばっくれたんじゃねえのお?」と俊哉が言うが、亜紀は携帯を取り出しながら小さな声で言う。
「清美、最近変なもの調べてたみたいなんです」亜紀は昨日清美から送られた不気味な写真付きメールを皆の前に出した。それを覗き込む一同。
「これって、どこだ?二階の渡り廊下か?」と浩二。
「みよこさんゲットーって、『みよこさん』って確か霧南校七不思議の一つだったよな?」と俊哉。
「確か、壁から白い手が出てきて人を引きずりこむとか何とか」とそっちの話に妙に詳しい陽一が補完する。
「あの子、そういう怪奇現象みたいなの結構好きらしくて、一人で調べてたらしいんです。近科部のみんなで正体を突き止めるんだって言ってました」と加奈子。
「それで本人が消えちゃったら、洒落にもならねえな」と浩二は不愉快そうだ。その浩二に向き直り、亜紀が一冊のノートを差し出す。
「先輩。これ、清美のノートです。もし、私たちにできる事があるなら・・」
 浩二はノートを受け取り、ぱらぱらと中を見て驚いた。ノートには摩周清美が調べた「みよこさん」の調査データ、主に聞き取り調査のデータが細かく書かれていた。どうやら彼女は入学間もない5月からすでに調査を始めていたようだ。
「あいつ・・・」浩二は彼女たち一年生が近科部に入ったばかりの頃、得意気にこの学校に伝わる七不思議を話して聞かせた事を思い出した。さらにノートをめくる。

~みよこさんを呼び出す儀式。霧生ヶ谷に伝わる数え歌を廊下で歌うとみよこさんの手が現れるらしい。
 どこの廊下であるかは分からない。いろんな場所で試してみる必要がありそう。
 今までこの学校で失踪した生徒は三人。いずれも数十年前なので現在これを知っている先生はほとんど居ない。
 失踪した生徒はどこへ行ったのか?死体も出てこなければ、証拠も残っていないのは何故?
 もしかしたらみよこさんという女性が連れ去ったのか?あるいは、まだ校舎内に残っているのか?
 みよこさんは地縛霊だと思われるが、妖怪の可能性も。
 学校の記録にはみよこという女性が事故にあったというような記録は残っていない。
 死人の残した霊子がとぐろを巻いて閉鎖空間を作る事があると「アトランチス」に書いてあった。みよこさんもそうなのかも?

 浩二はノートをしばらく眺めてから、つぶやくように言う。
「これ、ちょっと貸してくれ」そしてさっさと理科室を出て行ってしまった。
「なんだよあいつ」と俊哉。


 翌日の放課後。阿藤浩二は二日前に清美があの写メールを撮った場所に立っていた。もちろんそれはあくまでも浩二の推測によって導き出された答えの元に、だが。
 浩二は深呼吸を一つ。廊下を伝わって聞こえてくる教室からの話し声や笑い声、吹奏楽部の練習の音、開け放たれた窓から聞こえる蝉の声。その中で浩二は、手にした清美のノートを広げ、あの歌を歌い始める。

「ひとーつ 人魂ふらふら悪酔い、ふたーつ 双子が増えたり減ったり」
 それは霧生ヶ谷に古くから伝わる数え歌。実際浩二も幼い頃に何度も母親から歌い聞かされている。
「みーっつ 幹の根・何眠る、よーっつ 夜泣きの山烏、いつーつ いつか世界が交わり」
 うるさいほどに鳴いていた蝉の鳴き声が止んだ。
「むーっつ むくむく霧の中、ななーつ 名無しの水源通り、やーっつ やっぱり戻っておいで」
 浩二が今立っている渡り廊下の先、つまり第一校舎の方から冷ややかな風が吹いてくる。浩二はポケットから携帯電話を取り出し、歌を続ける。
「ここのつ ここの子・家はここ、とおで遠くにさようなら」

 浩二の居る場所から数メートル先、第一校舎の廊下と渡り廊下がT字路に接する部分の左側の壁。そこから白い腕がするりと突き出し、ひらりひらりと浩二を招いている。もちろん、そんなところにはドアもなければ窓もありはしない。浩二は携帯をゆっくりと上げ、それを写真に撮った。そしてその携帯で素早くメールを打つと、清美のノートと共に足元に置き、その腕の出ている壁に向かって一歩、また一歩と前進し始める。
 距離が近づくとその異様な光景に浩二ですら戦慄しはじめた。白い腕は、実に親しげに浩二を手招きしている。しかしその腕はコンクリートの壁から突き出しているのだ。蝉の声は聞こえない。辺りはぞくぞくとするほど寒気がする。浩二はちょっと窓の外から腕の突き出している壁の外側を見ると、渡り廊下と第一校舎がぶつかる部分になぜか4メートル四方ほどの張り出し部分があるのが見える。だが、そこは部屋になっているわけではない。確かに空間があるかもしれないが、そこに入る事は出来ないのだ。生きている人間ならば。
 浩二はついに腕まであと2メートルのところまで近づいた。腕は、まだ手招きを続けている。浩二はもう一歩、前に出てみた。
 突然その真っ白い腕が、蛇のようににょろりと伸びて浩二の胸倉を掴み、壁に引っ張り込もうとする。浩二も壁に両手をついて踏ん張ったが、壁はまるでその存在自体が希薄になるごとく砂のように浩二の手をすり抜け、浩二は壁の中へと引きずり込まれた。
 
 誰もいなくなった廊下に、チャイムの音だけが鳴り響いた。

 気が付くと浩二は暗い部屋の中に居た。
 辺りに漂う凄まじい異臭。目を凝らして辺りを伺うと、上からわずかに漏れ入ってくる光で辺りをどうにか見ることが出来るが、それはあまり歓迎すべき光景とは言えない。
 浩二の居る部屋はわずか三畳ほどの非常に狭い空間で、足元も壁もコンクリートだが、赤錆に濡れてどす黒い赤茶色をしている。天井は高いらしく、むやみに頭上の空間ばかりが広く、その遥か上からわずかな光が差し込んでいる。そのどんよりと澱んだ光に照らされて、部屋の中央に霧生ヶ谷南校の制服を着た女子生徒が倒れている。
 浩二がおそるおそるその顔を覗き込むとそれは摩周清美だった。彼女は死んだように動かないが、息もしているし頬に触れてみると体温もあることが分かる。浩二は彼女を起こそうとゆすってみたが、急に強烈な眠気に襲われ始めた。疲れから来る眠気ではない。まるで脳への血液の流れを阻害されたかのような不快極まりない眠気。浩二がその眠気に抵抗しながら上を見ると、そこには宙吊りになった女がぶら下がっていた。おもわず後ろの壁まで後ずさりする浩二。浩二が触れたその壁は、どろどろとした透明なゲル状の液体で覆われていた。
 宙吊りの女は、南校の制服を着てはいるが、それはぼろぼろで、顔は影に落ちて見えない。見上げる浩二から見えるのは病的なまでに白い両腕と両足。そして朧に浮かび上がるそのシルエット。
 女は動く事も話すことも無くぶらさがっているので、浩二は死体なのではないかと思った。その時再び強烈な眠気が襲ってきた。それと同時に頭の中に響く聞いたことの無い女の声。
「あなたも、一緒にいてくれる?ここは寒くて、寂しいの」
 あの宙吊りの女の声なのか。浩二は再び上を見る。女は先ほど同様にただぶら下がっているだけだが、今度はその白い顔が見えた。まるで能面のように表情の無い顔。その空ろな目が浩二をじっと見下ろしている。
「あなたも、一緒にいてくれる?ここは寒くて、寂しいの」
 三度襲い来る強烈な眠気と女の声。浩二はひざまずき、砂と錆だらけの床をがりがりと引っかくと、握りこぶしを作って自分の顔をぶん殴った。
「痛って!」自分で殴って思わず声が出てしまった。が、眠気をはらう事が出来たので、宙吊りの女を睨み付けながら清美を強くゆすり、 頬をバンバンとひっぱたいて文字通り叩き起こした。
「痛い!痛い!ちょっとなに、やめて!」清美は手を振り回して目を覚ます。浩二はすぐに清美の両手を掴んで大声で叫ぶ。
「起きろー!のん気に寝てんじゃねー!」
 清美は思わず飛び上がり、浩二を見てきょとんとしている。
「あれ?先輩?ここどこですか?」浩二は清美の頭の上をあごで示す。清美は示された方を見、そこにぶら下がっている女を見て絶叫を上げる。
「なんですかあれ!これなんですか先輩!」浩二の後ろに逃げ込んだ清美は混乱しながら泣き叫ぶ。
 浩二は背中の清美をかばいながら後ろの壁まで後退し「誰のせいでこんななってると思ってんだよ」と唸るように言う。しかし片時もあの宙吊り女から目を離さない。女は相変わらず死んだように空ろな目で見下ろしている。再び頭の中に声が響く。
「一緒に、いてくれる?」
 すぐさま浩二が怒鳴る。
「近代科学部なめんなよ!」
 その言葉が終わるか終わらないうちに、突然あの歌が響き始めた。

「ひとーつ 人魂ふらふら悪酔い、ふたーつ 双子が増えたり減ったり」
 死んだように固まっていた女の表情がゆがみだした。歌は、壁の向こうから聞こえてくる。
「みーっつ 幹の根・何眠る よーっつ 夜泣きの山烏 いつーつ いつか世界が交わり」
 すとんと女が下りてきた。浩二と清美も思わず身構える。しかし女の顔は泣き顔に変わっていた。
「むーっつ むくむく霧の中 ななーつ 名無しの水源通り やーっつ やっぱり戻っておいで」
 女は泣きながら浩二たちの背にしている壁を叩き、声ならぬ声を出しながら、何かを壁の向うに訴えている。
「ここのつ ここの子・家はここ とおで遠くにさようなら」
 女は声を振り絞って叫ぶ。「お母さん!私ここよ!助けて!助けてぇ!」
 そして壁に腕を突っ込み、探り寄せようとしている。居もしない、己の母を。

 浩二はポケットから携帯を引っ張りで出した。これは浩二があらかじめ俊哉から借りておいたものだが、携帯の画面に現れた「圏外」の文字を見た浩二は「ちっ」と舌打ちをもらし、後ろで震えている清美に向かって言う。
「いいか、全力で助けを呼ぶんだ。今やらないと、助かるチャンスは無い。」
 清美がこくんと頷くのを確認してから、浩二はありったけの声を張り上げ、壁を叩き始めた。
「助けてくれー!ここだー!助けてくれー!」
 浩二の剣幕に一瞬驚いた清美だったが、すぐ一緒になって叫び始める。
「助けてー!助けてー!」「うぉーい!ここだー!助けてくれー!」
 叫びながら浩二が隣で壁に手を突っ込んで泣いている女をちらと見ると、女の像がぼやけて二重三重に女子生徒の姿がかぶさって見える。
「こいつは・・・引きずりこまれて死んだ連中の魂までごちゃまぜになってやがる」
 女はもはや言語として判断できないような声で唸り、叫んでいる。だが浩二は知っている。いや、あの腕につかまれて引きずり込まれた浩二だからこそ、知っている。人ならざる彼女の声は、外の人間には聞こえないのだ。そうして彼女は決して届く事の無い叫びを上げ続けていたのだ。浩二は再び壁を叩き、声の限りに叫ぶ。
「助けてくれー!俊哉ー!陽一ー!!」

 ガン!メキ!バキ!
 壁から凄い音が鳴り響き、さらに壁の向うから声が。
「浩二ぃ!いるかぁ!助けに来たぞぉ!」俊哉の声だ。
 すぐに壁が突き崩され、こぶし大の大きな穴が開くと、外の光が差し込み、浩二たちの居る部屋を明るく照らし出した。浩二があの女の方を見ると、すでに女の姿は無く、同時に辺りを支配していたどんよりと澱んだ空気が凄まじい勢いで壁の穴から外へ噴出し、外からは俊哉と陽一が噴出する汚濁した空気に驚いたのか「ひー!」とか「うへー!くせー!」と叫んでいる声が聞こえる。
 浩二は明るい光に照らされたその狭い空間を振り返った。そこには、複数の人骨が転がっていた。


 浩二と清美が助け出された時、辺りには鳴阿先生を含む数人の教師と、近代科学部の生徒たちが集まっていた。場所はあの第一校舎と第二校舎を繋ぐ渡り廊下の第一校舎側。つまりあの腕が突き出したところだ。その壁を鳴阿先生と俊哉と陽一が技術室から持ってきたトンカチで打ち崩したのだった。
 浩二は摩周清美失踪の謎を解明するべく、清美のノートを一晩じっくりと調べ、結論を出した。彼女はみよこさんを首尾よく呼び出したが、みよこさんの空間へと引きずりこまれたのだと。そして、一刻も早く助けなければ、清美の命に関わると。
 浩二はまずみよこさんを呼び出す儀式を清美のノートから探し出した。それは霧生ヶ谷っ子なら誰でも知っているあの数え歌を、第一校舎と第二校舎の二階部分を繋ぐ渡り廊下で歌うというものだ。そこで彼は万が一の場合を考え、俊哉と陽一、それに鳴阿先生にも事の次第を伝え、もし上手くみよこさんが現れたら連絡をするからすぐに助けに来て欲しいと話を付けて置いた。もちろん彼自身も、まさか壁の中に引っ張り込まれるとは思っていなかったが。
 浩二からのメールを受けて現場に到着した鳴阿先生を始めとする数人の教師の前で俊哉があの数え歌を歌うや否や、壁の中から浩二と清美の声が聞こえてきたので、浩二が壁の中に囚われていると判断され、トンカチで壁を破壊すると言うかなり荒っぽい手段に出たわけだが、その思い切った行動のおかげで浩二たちは無事に救われたことになる。


「それで?結局みよこさんって、なんだったわけ?」
 それから三日ほどした放課後、外谷亜紀と摩周清美と織手加奈子の三人は路面電車に揺られながら帰宅の途中にあった。
「えっと、鳴阿先生が調べてくれたんだけど」と清美。「あの場所は第一校舎が建てられるときに倉庫か何かの予定で作られたんだけど、実際は使われなかったんだって。それで壁の入り口も板でふさいだ上からコンクリートで壁を作ったから、外からは分からないんだけど、屋上に蓋がしてあって、中に入れたんだって。それでね、校舎が作られた翌年にそこで転落事故があって、その時の被害者ってのが」
「みよこさん?」
「そう。桐生美代子っていう人だったらしいんだ。」
「ふーん。でもそれって、ずっと昔の事件よね?」
「うん。その当時、警察の調査で死体は引き上げられたんだけど、彼女の魂はずっとあの場所に閉じ込められたままだったんじゃないかって、阿藤先輩が言ってた。つまり、思いがとどまるって言うか・・・」
「きっと・・・ものすごく怖くて、寂しかっただろうからね」と亜紀はうつむく。
「うん。事故は夏休みだったせいで、死体の発見が遅れたんだって。それでね、その場にとどまった魂は、霊子のとぐろを巻いて地縛霊になったんだけど、あの歌を聴くとお母さんを思い出して助けを求てたんだって」清美は窓の外の景色を見ながらちょっと言葉を切った。
「でもさ、良かったんじゃない?」加奈子は出来るだけ明るく言う。
「良かった?」
「そう。だって、みよこさんの魂は開放されたんでしょ?つまり、成仏した?」
「そうねぇ。そんな感じかもね。でも、そのせいで・・・」

 そのせいで、あの場所からは数十年前に引き込まれた三人の女子生徒の遺骨が見つかった。

「でも、その三人だって外に助けを求めたわけでしょ?全員夏休み中に失踪ってわけじゃ無いんだろうし」
「これも阿藤先輩の推測なんだけど、霊子のとぐろの中では、外界から完全に隔絶されるんだって。だから、みよこさんの魂が唯一とぐろをといて外界に干渉しようとする時、つまり、あの歌を聴いた時だけしか、外界に助けを求められないんだって」
「ふーん。ところでその、レイシってナニ?」亜紀が言いさした時・・・

「だかーらーだきしめーてーモロモロ~♪」
 清美の携帯から着信音が流れ出す。
「メール・・・阿藤先輩からだ!」清美はやけに嬉しそうに言う。すかさず加奈子が「ちょっと!いつ阿藤先輩とメルアド交換したのよ!」と言うのに、清美はころころと鈴のように笑って答える。
「だってほら、私たち、『共に恐怖を乗り越えた仲』だしぃ?」
「なにそれ!そういう展開あり!?」

 三人の笑い声を乗せ、路面電車は夕暮れの町をごとごとと抜けていく。

 同時刻。霧生ヶ谷南高校校長室。
 夕日をさえぎるようにカーテンが引かれ、室内は薄闇に包まれている。黒檀製のどっしりとした机に座った安里校長は、両手を顔の前でくみ、背後のカーテンから漏れ入る夕日のせいで顔は影に沈み表情を読み取る事も出来ない。校長の前には、鳴阿先生が立っていた。
「今回の一件、さすがにちょっと危なかったですね。一歩間違えればどうなっていたことか。」鳴阿は抑えた口調で言う。
「ああ。分かっている。役員会の方には私の方から報告しておこう。ご苦労だった」と安里校長。
「校長。今回の一件で思ったんですが、彼ら近代科学部には適切な指導者が必要なのではないでしょうか」
「君の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。三月に近代科学部顧問になるようにと辞令を渡したときは見事に断られた、と、記憶しているが」
 校長の嫌味を気にする風も無く鳴阿は続ける。
「万年昼行灯の私でも、彼らを導いてみたいと思うようになったんです。」
 安里校長はニヤリと笑ってから、しかし低い声で言う。
「もし、今回のような事がたびたび続くようなら、近代科学部は廃部せざるを得ない、と、心得ておいてくれ」
「ご安心下さい。彼らは私が守ります。」

感想BBSへ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー