流民とは定住地を、いや国すら持たない流浪の民である。
その発生は戦災による亡国や、重税に耐えかね村単位で逃げ出した
者達では無いかと推測される。
何にしろ神と王の守護を受けられぬ彼等は、誰からの庇護も受けることが出来ず、何世代にも渡り放浪を続けることを余儀なくされている哀れな民だ。
(建前的には、彼等とて神の庇護をうけることが出来る―その点で獣人や
ダークエルフとは決定的に異なる―筈だが、各宗派からは敬遠されている)
『流民』と一括りにそう呼ばれているが、その構成は様々―それこそ民族も出自も―である。
規模も同じで、やはり数家族程度の集団から数百数千人規模の流民集団まで大小様々だ。
…とはいえ大規模な流民集団は移動、というよりその存在自体が困難を極めるため、多くは数家族単位で生活しているが。
流民は独自の社会を持ち、幾つもの小集団を束ねる族長や大族長が存在する。
上で挙げた数百数千人規模の流民集団というのも『大族長や族長傘下の集団全てを合わせて』の話であり、上で挙げた様に傘下の集団は通常分散して生活している。
(この大集団は血族集団だ。彼等は基本的に他人を信用しないので、血の繋がりによりその結束を保っている)
各地で警戒・冷遇され続けた彼等は、自然と身内で固まり、非常に排他的で猜疑心が強い。それが一層、流民に対する一般人の悪感情に繋がるという悪循環だ。
――其の性甚だ卑し、決して関わるべからず。
これは、この世界の人間の流民に対する感情を、最も的確に表した一文である。
無論、何事にも例外があり、全ての流民がこの様な存在ではないが、悲しいことにそれは圧倒的な少数派に過ぎない。
帝國は転移初期の労働力として彼等流民の一部を迎え入れた。
ダークエルフや獣人と同じく既存の権力や秩序の枠外の存在の為
帝國に与すると考えたのだ。
そしてダークエルフの警告にも関わらず、彼等流民を試験的に導入してみる。
その結果は、『大失敗』だった。
排他的で猜疑心が強い、それは仕方が無いかもしれない。卑屈なのもまあよいだろう。
が、付け上がると始末に終えない、喜怒哀楽が激しく感情を制御出来ない、怠け者の上に手癖が悪いといった点は如何なものだろうか?
加えて現地住民とのトラブルも頻発。
現地住民が嫌悪しているせいもあるが、それ以上に多発する流民達の犯罪が原因であった。
ここに至って帝國は匙を投げ、以後
直轄領に関しても流民の立ち入りを厳しく制限するようになる。
……既に雇った連中――幸いにも少数――については、如何ともしようもなかったが。
(帝國は生真面目にも、彼等に対してすら契約を遵守していた)
帝國は、雇い続ける羽目になった流民達を重要度の低い鉱山にまとめて送り込み、隔離する政策を実行することにした。
流民使役ニ関スル心得
『流民ニ対シテハ常ニ高圧的ナ態度デ臨ムコト、情ケハ無用トスルコト』
『流民ノ訴ハ欺瞞デアルコト極メテ多シ、努々信ズルベカラズ』
『流民トノ交流ハ不可トスルコト』
『流民ノ周囲ニハ物ヲ置カヌコト』
―等々。帝國軍が制定したこれ等の心得は、奇しくもこの世界で言われていることと全く同じものであった。
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最終更新:2007年01月17日 14:25