九七式飛行艇(きゅうななしきひこうてい)は、1938年に正式採用された
帝國海軍の川西航空機製4発大型飛行艇、純国産としては最初の実用4発機。
通称、九七式大艇。
史実では大戦前期は大航続力を利用して長距離偵察や長距離爆撃を実施した。大戦中期以後は低速が災いして被害が続出し、前線任務を後継の
二式飛行艇?に譲り、後方での連絡・輸送に当たった。
1939年には輸送機型も生産されている。
海軍と民間の大日本航空で使用された。大日本航空は当時日本の信託統治領であったサイパン・パラオ方面への定期便に使用し、東宝映画『南海の花束』にも登場した。この当時大洋を越える空路は4発大型飛行艇が担っており、パン・アメリカン航空の太平洋路線に就航したマーチンM130チャイナ・クリッパーなどの豪華飛行艇が就航していた。輸送機型は太平洋戦争開始と同時に全て海軍に徴用され軍用輸送機として使われた。
諸元(最終量産型23型)
| 全幅 |
40.0m |
| 全長 |
25.6m |
| 全備重量 |
17.5t(過荷重23t) |
| 乗員 |
9名 |
| エンジン |
三菱金星五三型1300馬力4基 |
| 最高速度 |
385km/h |
| 航続距離 |
正規4940km(偵察過荷重6771km) |
| 武装 |
20mm旋回銃×1、7.7mm旋回銃×4、魚雷または爆弾2t |
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最終更新:2007年01月17日 11:32