帝國陸軍の中戦車。
昭和19年12月制式化。翌1月に量産開始。生産数は年80両弱。
転移時についてきたドイツ製戦車の技術を導入した、試製戦車を低コスト化したもの。
予想価格は24万圓。
潜在的なキャパシティの高さから後に様々な改良が施され――といっても大半が量産時に簡素化された装備を元に戻しただけだが――、昭和20年代の機甲戦力の中核を担ったことを考えれば、まあ成功作と評して良いだろう。
が、同時に当時の“帝國”の技術力の限界を示す存在、ともいえた。……当時の“帝國”の技術力では、三号四号レベルの戦車を満足に造ることが出来なかった、という証拠に。(信頼性の高いエンジンどころか、満足な剛性をもったバネ一つ造れない有様では、三号戦車のモンキーモデルがやっとだった)
……そして、その三式戦車ですらやはり問題が続出した。
信頼性の低いエンジン、脆い足回り……全ては基礎工業力の不足故のことである。
| 主砲 |
一式47mm戦車砲 |
| 機銃 |
九七式車載機関銃×2 |
| 装甲 |
圧延均質鋼を全面溶接した。車体前面50㎜/側面25㎜/後面20㎜ |
| 機関 |
統制型一〇〇式発動機(240馬力) |
最終更新:2008年02月06日 22:26