表情 続き

何か・・・、冷たい風を感じる。そういえばここは屋上だった。寒いのは当然だ。
でも、風が強い。私が居たのは壁際だったはず、さすがに強すぎる。
腕に圧迫感がある、軽く動かしてみようとしたが、まったく動かない。全体に何か冷たいものがあたっている。
恐る恐る目を開けてあたりを見回す。私は屋上の縁にいて、遠くに見える景色が綺麗だった。
久しぶりに此処には来たが、あの時より感動が強かった。ある程度堪能した後、自分の体を見る。
私は目を疑った。手足がビニールテープで拘束されていて身動きが取れない。
左手は太ももに巻きつけられていて、右手は何故か手すりにある。あの冷たさはこれだった。
背後から声がする、首を精一杯動かす。そこにはかがみがいて、右手にはペンチのようなものが握られている。
私を見て、優しくにこりと笑う。背筋が凍った。いつもの彼女とは思えないほど冷徹な笑みだった。
そして、その表情を歪めて、大声で笑い出し始めた。
「アハハハハハハハハハハハ!!!!」
顔を上に向けて、目に涙を滲ませて、とても楽しそうに、愉しそうに。
時折彼女が手を握って、カチリカチリと鳴るペンチの音に鳥肌がたった。
私に近づいてくる、彼女がここに居るのは不自然じゃない。私が呼んだのだ。
不自然なのは、彼女が手に握っている物と、私の体を縛るビニールテープだった。

「何をしてるんですか・・・」
私は気が動転していた。そのため、いつも推測出来るはずの奴の動向が読めなかった。
息が荒くなって、心臓の鼓動音が聞こえる。脇や背中に大量の汗をかいていた。
奴は私の目の前の手摺に座る。そっとやさしく私に言いかけた。
「よんだのはみゆきでしょ?私の事は後でいいよ」
喋りながら、ペンチを私の右手の中指の爪にそえた。まさか・・・、嘘・・・ですよね・・・?
唇が震えて、うまく喋れない。数十秒の沈黙の後、やっと発声できた。
「あの・・・、私・・・かがみさんと・・・ただ・・・二人で話がしたかっただけで・・・・」
「それだけ?」
首を傾げ、即答する。
違う、そんな単純な理由で人を呼び出したりしない。
本当はかがみも脅し、虐めに加わらせるつもりだった。なのになんで私がこんな・・・。
私が優位のはずなのに・・・どうしてですか。助けて・・・お母さん・・・。
彼女は「ふぅん」と別に興味もなさそうに呟くと、自分の用件を言い始めた。
私の用事なんか最初から聞く気はなかったのだ。
「じゃぁ次は私ね。みゆきさんに、こなたを虐めるのやめて欲しいんだ。」
私は存外な要求に、失望した。
どうしてあんな屑女の為に、こんな大掛かりな事をするのだろう。
いきなり私を殴りつけるなんて、見つかったなら、悪くは今後の人生を狂わせかねない。
別にそこまでしてやる理由もないだろう。少し話すだけで十分なはずだ。それじゃ、私は聞かないが。
今おかれている状況も考えず、私は思った事をそのまま口にした。
「はは・・・、馬鹿みたいですね。あの屑女の為にそこまでするなんて」
次の瞬間ベリッという普段聞かないような音と同時に、指が上に引っ張られるような感覚がした。
まさか、嘘だ本当にやるわけないじゃないですか。
顔を上げてみましょう。私にはちゃんと爪が付いているはずです。
ほらちゃぁんと・・・。
顔を上げた。けれども、そこに望んだ現実は無く、ただ指の先から血が溢れていた。
「いやああああああああああ!!!!」
痛みと恐怖が襲ってくる。本来あったはずの物は、彼女の握っているペンチに鋏まれていた。
いまにも逃げ出したく、信じたくなかった。
何でこんな事が出来るんですか・・。恐怖を押し殺し奴の顔を見上げる。
以外だった。
奴は涙を流していた。

何故だろう、おかしい何故奴が泣いているのだ?
確かに、行動を起こす前は笑っていた。気が動転していたとはいえ、その恐怖に圧倒されていた。
あの笑いは偽りだった。私の爪をはがしたという行動は、泉こなたを侮辱した事による、
突発的な感情だったのだ。
先ほどまではあんなに恐れていた存在がなんとも弱弱しく見える。
奴は膝をついて顔を覆って泣き崩れている。ちょうど私の目線と同じくらいの高さだ。
まずは落ち着かせなくては、これ以上被害を被るのは御免だ。
今こそは弱く見えるとはいえ、行動を起こした時の顔は憎悪の念で満ちていた。
その表情は私に恐怖を植え付けるには十分だった。
「かがみさん、落ち着いてください。泉さんを侮辱したのは謝ります」
そっと優しく、まるで娘を落ち着かせるかのような声色で言った。
彼女はそっと立ち上がり、腕をどけた。まったくなんて弱弱しい顔だ。さっきの威勢はどうした?
「ごめんなさい・・・・、ごめんなさい・・・・・、怖いよ・・・・こな・・ちゃん・・・・」
今なら、かがみを私の所に引き込めるんじゃないか?そう思えてきた。
かがみが泣き出したときから、私は舞い上がって傷みも、涙を流す事さえ忘れていた。
「でもかがみさん、泉さんはとても下劣な人なんですよ」
「違うよ・・・、こなちゃんはそんな・・・・」
何なんだ、かがみは泉の事をそんな呼び方をしない筈。まさかとは思うが。
「かがみさん、泉さんの事を愛しているのですか?」
彼女はまだ涙を流している。
「うん・・・、こなちゃんは大好きだよ・・・。だから酷い事しないで・・・・」
やはりそうか、彼女の泉を見る目は違っていた。私とつかさが席を外しても、
自分の教室に戻らず、彼女と食事を取っていた。
帰りのときもそう、泉がなんらかの理由で残る場合もかがみは終るまで待ち、
一緒に帰っていた。ゲマズやら、メイド喫茶などの誘いも断ってる所を見た事が無い。
用事をすっぽかしてまで行くものだから、つかさとも揉めていたの見ている。
かがみは騙されてる。酷い事をされたとはいえ本は親友だ。助けてあげないと。
つかさは何度言っても聞かないから当然の報いだ。
私は、彼女の心境を考えず、思い思いの言葉を口にした。

「かがみさん、貴方は泉さんに騙されているんです。彼女は影で私たちの事を嘲笑っています」
「こなちゃ・・・は・・・優しいのに・・・・」
「違います、勉強も彼女は一夜」
「それ以上こなちゃんを侮辱しないで・・・」
「漬けと言っていますが、彼女が塾に通ってい」
「もう言わないでよ・・・」
「るのを知っています。あれは、自分はやれば出来る」
「・・・・嫌だよ」
「そういう格好を作って、貴女達は頭の出来が違」
「もう喋らないでよ・・・」
「うと馬鹿にしているんです。考え」
「うぅ・・・」
「てもみてください、テストの時執拗に点数を」
「・・・・・黙ってよ」
「聞いてきて、笑っているじゃないですか」
「黙れ」
「思い出してみなさい、あの見下した笑みを」
「もう喋るなぁ!!!」
突然かがみは拳を握り、私の右手、爪の無い中指に振り下ろした。
私の叫びは声にならなかった。爪が無く、肉が丸出しになっている指先に、強い力が加わる。
根元に残っている爪の破片が刺さり痛みが倍増する。
それに加わり、手摺の鉄材と奴の拳でプレスされ、ゴリゴリと骨と肉片が擦れる。
痛みは想像を絶した。奴は何度も何度も振り下ろす。
その度に血が舞って、奴の服と私の頬に付着していく。
三度目で私は泣き出し、雫がスカートが肌蹴て見えている下着に落ちた。
六度目で私は失禁した、黄色の液体の水溜りが広がっていく、
そのせいで足のビニールテープが緩んだが、逃げる事さえ思いつかなかった。
数分たち、奴の手が止まった時私は便を洩らし、気絶していた。

嫌だ・・・、私は取り返しの付かないことをしてしまった。
恋人を苛めているとはいえ、親友だった人に怪我を負わせてしまった。
私は夢中だった。恋人の事を馬鹿にされ、激昂していたのもある、
けれどここまでしていい理由は無い。どうしよう、許してはくれないよね・・?
このままいくしかない。
みゆきを足で小突いた。それでも、起きるには衝撃が足りなかったようだ。
肩を掴んで思い切り揺らしてみると、流石に起きた。
私の顔を見て、恐怖に戦いている。私はもう泣き止んでいて、
それで無理やり冷静な顔を作った。
もう拘束は解いてやっていたが、私に肩を掴まれているためか、震えて立てないらしい。
「みゆき、これでどうなるか分かったでしょ」
「分かったから、許して・・・・もうしない・・・」
当然な反応だが、あそこまで高飛車だった奴との差に、虫唾が走った。
だがこれ以上、私への恐怖を植えつけてしまうと、こなたのクラスに行く時への支障がでる。
張り手を食らわせてやりたいが、我慢しないと・・・・。
「まず、こなたに謝りなさい。そして、今までどおり接して。もちろんだけど、私もよ」
そうしないと、私の説得で改心したと思われない。
それに、私が来るたび怯えていてはこなたに感づかれる。
返事を待ったが、返答しない。じれったい奴だ。
「うんといいなさい」
奴は嗚咽で言葉が詰まっていたが、頷いた。いいだろう。
下着を着替えさせようと、足を掴んで持ち上げた。
軽く悲鳴を上げたが、私がやる事が分かったのだろう。抵抗をやめ、されるがままになった。
私は、汚物を処理し、あらかじめ用意していた下着を穿かせた。
「すみません・・・・・・・」
まったく、なんで謝るんだろうな。
だが、こういう事をこなたにもしてあげたいと、思ってしまう。
そのせいで、忘れかけていた不の感情が蘇っていた。
こなたの泣き顔がみたい・・・・・・・・

「ねぇみゆき?貴女こなたの写真持ってるでしょ」
「SDカードにあります、・・・・・すぐ消します」
すると彼女は携帯を開き、弄り始めた。写真を消すのだろう。
それはいけない、私の目的は写真を消す事ではないのだから。
私は、みゆきの携帯を摘んで奪い取った。彼女は戸惑っている。
見られたら拙いような物でも写してるのか?私の心情を悟ったように、彼女は私に言いかける。
「見ないほうがいいです。か・・・・かえしてください!」
座ったまま手を伸ばしてくる。が、とどくわけが無い。
立ち上がってまで取ろうとするなら、流石に私も怒る。分かってるじゃないか。
操作を続け、画像のあるフォルダを見つけた。
予想通りに、写っているこなたは裸だった。脅迫にでも使うつもりだったのか。
こなたの裸体はとても綺麗だった。本人がコンプレックスにしている小さい胸を私は大好きだった。
年齢に相応しくない大きさがたまらない。始めて見た薄桃色の乳首が魅力的に感じる。
私は濡れてしまっていたのかもしれない。
写真の中で、私の触れた事の無いこなたの胸をみゆきが撫でている。
つかさに撮らせたのだろう。羨ましく、少し嫉妬した。
やっと見つけた、大きくこなたの顔が写っている。涙を流しているこなた、とても良い表情だ。
けれど、・・・・・・・・・・・・何かが足りなかった。
一度待ち受け画面に戻し、SDカードを抜いた。そして、自分のポケットにしまった。
「この画像は貰っておくわ」
みゆきは訳が分からないようで、きょとんとしている。親切な私は彼女に説明してあげた。
「貴女はよく見てないでしょうけど、泣いてるこなたとても可愛いのよ。
貴女には分からないでしょうけど」
みゆきに携帯を放って返した。右手をどかし、左手で受け止めた。
動かすときに指先が服に擦れたのか、彼女は目に涙を浮かべた。そういえばまだ手当てをしてなかったな。
私は薬局で買った包帯と消毒液を取るため、入り口の方まで戻った。

用事を済ませ、階段を下りている。みゆきには時間を空けるように言った。
汚物は通り道の便所に流し、ペンチの類は庭にでも放った。
人を傷つけ、一度は泣いたが、今では妙な達成感がある。
愛するこなたを苛めから開放してあげた。きっとこなたは私に感謝してくれる。
彼女は複雑な気持ちだっただろう。親友と思っていた女に突然辱めを受けられて。
それに嫌々付き合わされるつかさの顔も無理やり見せられる。
でも、その毎日は終わる。またこなたは笑ってくれる。
一緒に秋葉とかお茶にも行ける。楽しみだ。
みゆきにはあれほど圧力をかけた、まずバレる事は無いだろう。
その時は、腕でも折ってやろうか。
でも、本当にそうなったら私は絶望して自殺でもするのかな・・・・?
非難されて、嫌いだって言われる。
何時もみたいに笑い合えなくなる。
目を合わせることも、話す事も・・・・・。
いや、大丈夫。こなちゃんは私を見捨てたりはしない。
だって、こなちゃんは優しいもの、きっと理解してくれる。
そう・・・・・・・、思う事にした。けれど、心の中では不安だった。

校舎からでると、こなたとつかさが階段に座っていた。
私を待っていてくれたのだ。こなたが私に気が付き、駆け寄ってきた。
「かがみん・・・、みゆきさん分かってくれたかな・・・・・」
俯いて、消え入りそうな声で聞いてきた。
私の服の袖を掴んで、私を頼ってくる。その姿はとても可愛らしかった。
「分からないけど、一人で考えさせてくれって屋上に残ってる。多分大丈夫よ」
頬を撫でて、そのまま顔を上げさせた。指を目にそえて、涙を拭いている。
いい表情だ。私はこの顔が見たかったんだ。だけどやっぱり何かが足りなかった。
それよりも、色々な事があり、失念していた。
つかさは何故学校に居るんだ?休んでいたはずだ。
どうでもよかった。でも、一応聞いておこう。
「つかさ、貴女は休んでたはずよね?どうして学校にいるの」
「ゆきちゃんからメールが来て・・・、こなちゃんが裸で縛られてる写真があって。
学校に・・・来ないと、暴行するっていうから・・・・」
つかさは咳き込んでいた。仮病の筈が、本当に風邪をひいていた。
恐らく何の準備もしないですぐ駆けつけたのだろう。彼女は寝間着姿だった。
その上から、こなたの体操着やジャージを羽織っている。
それは私が自慰に使ったことのあるものだった。
駆けつけたものの、こなたは何もされていなかった。罠だったのだ。
昨日の事が本当に癪に障ったらしい。
写真はつかさが見ていないときにでも撮ったのだろう。
それにしても、こなたが無事で本当によかった。

私はかがみとつかさの三人で帰宅した後、食事をとった。
父さんに、少しは顔色が良くなったと言われた。私はもう悩み事は大丈夫だと伝えると、
自分で解決するとは偉いなと褒めてくれた。
まだ解決はしていないし、したとしてもかがみのおかげ。
それでも安心させため、微笑みかけた。
つい最近まで残していた夕飯を完食し、脱衣所に向かった。
制服の上着と、Tシャツを脱いで鏡の前に立つ。
本当に小さい胸。、かがみに私には小さいほうが似合っていると言ってもらえた。
でも私は不満を感じていた。揉めば大きくなるのかと思ったけども、
みゆきに噛み付かれた事を思い出し、怖くて触れなかった。
気乗りがしないので、脱衣所を後にした。
みゆきの事が気がかりで、気晴らしのネットゲームも、読書もする気がでない。
布団に入った。でも、寝付けなかった。
あんなに酷い事をされても、彼女を嫌いになれない。
あの程度の痛みや屈辱は耐えられた。
けれど、みゆきに暴行を加えられている事が悲しくて涙が出てしまう。
その私を見て、満足感を得ているみゆきが理解できなかった。
助けてあげたい。でも、私が弱いからまともに話しかけられない。
そこでかがみに助けを求めた。彼女は私の話を聞いてくれて、
私の変わりにみゆきと話をしてくれた。
帰ってきた後、泣いている私の頬を撫でた手に優しさを感じた。
ずっとかがみの事を考え続ける事で寝付くことができた。
私はつかさよりも、かがみの事が好きになっていた。

教室の扉をくぐると、みゆきが歩み寄ってきた。
彼女の表情は悲しげで、怯えているような目をしている。
話があるらしい、私は鞄をおいた後つかさを呼び、教室の隅に行った。
いつもの彼女とは違った顔をしているため、つかさも戸惑っている。
壁を背にしてみゆきは立った。その正面に私とつかさが居る。
何時もとは立場が逆転しているような感じがした。
何時もなら、この位置には私ではなくみゆきが居るのだから。
彼女は何か話そうとしているようだがなかなか切り出せず、声がくぐもっている。
代わりに私が声を発した。
「みゆきさん、何かおかしいよ・・・・。どうかしたの?」
私が彼女の心配をしているのがつかさは意外なようで、顔を覗きこんでいる。
「ごめんなさい・・・!もう・・・、しないから許して・・・・」
急にみゆきが頭を下げた。
そのせいで髪が揺れる。シャンプーのいい匂いがした。
体が震えて、昨日までの彼女とはまったく雰囲気が違っている。
みゆきが私を苛める前、楽しかった頃の彼女に戻っているような気がした。
頭を下げているので、顔の高さが私の目線に重なる。
頬に涙がつたっていた。
かがみの説得に応じてくれたのかもしれない。
確かめる為、彼女に聞き返してみた。
「え・・・・、どうしたの」
「もう苛めたりしないから、・・・私を許して・・・」
みゆきは体の力が抜けたのか、へたり込んだ。その姿がいやに色っぽい。
もう一度心の中で確認した、みゆきが私に謝っている。
この一週間、望んでいた事だった。今までの日常に戻る事。
それが叶った。

みゆきは家鴨座りで左手を股の間から床に着き、袖を伸ばしている右手で涙を拭っていた。
違和感を感じた。彼女は先ほどからずっと右手を隠している。
袖を伸ばしているため、服の襟がはだけて少し肩が覗いている。
そこから下着の紐が見えていた。みゆきはこんな、はしたない事はしない。
普段ならすぐに気がついて隠すはずだ、何かを隠しているような感じがする。
まるで見られたら、拙い事になるのかというように。
昨日つかさに暴行を加えている時、普通に右手を出していた。
なにかあったのかもしれない。
「みゆきさん、もう怒ってないから顔を上げて」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
怯えの色はあるものの、そこに冷徹な雰囲気は無い。
「シャツがはだけてるよ。やっぱり萌え要素だね、みゆきさんは」
「あ・・・だめ・・・・!」
服の襟を掴んでそっと戻してあげた。
その後右手に目を移した。彼女は人差し指に包帯を巻いていた。
恐らく大怪我をしている。包帯全体に赤黒い血が滲んでいた。
もしかしてかがみが・・・・・・・・・。
そんなわけが無い。ならどうして彼女は怯えているのか。
かがみが脅迫するためやったとしたら、説明がつく。
「みゆきさん・・・、右手どうしたの?血が・・・」
指摘すると彼女はすぐに返事をした。
「あの・・・これは、昨日包丁で切っちゃったんです・・・。
お・・、おかしい事は何も・・・」
やっぱり何かあったんだ。でも、彼女はそれを隠したがっているようなので、
これ以上は問わなかった。

「みゆきさん、もういいんだよ。落ち着いて。
つかさも、もういいよね?」
「こなちゃんがいいんだったら」
私は膝をついて、右手に手が触れないよう気を付けながら、
背中に手を回して彼女を抱きしめてあげた。
「私を、許してくれるんですか・・・」
本当に気が動転しているようだ。
腕の力を少し強めて抱き寄せ、体を密着させた。
胸の感触が柔らかい。
「みゆきさんも辛かったんでしょ。私ちゃんと今までどおり接するからね」
実際みゆきには悩みは無かった。
好奇心からの行動で、こなたを憎んでなんかない。
苛めの的として、こなたが最適だったので彼女が選ばれただけだった。
私が言葉を発した後、彼女も私の背中に手を回し、
肩に顔をうずめ体を震わせた。
そして、何度も謝罪の言葉を口にした。
周りは戸惑いの視線を向けるものの、声をかけたりはしなかった。

みゆきが元に戻ってから一週間がたった。
初めの二、三日はつかさとみゆきは遠慮がちだったが。
今では普通に会話をし、授業のノートを見せ合ったりしている。
私もその輪の中に入って、とても楽しい日々を過ごしていた。
かがみは未だに私が傷心していると思って気を遣いながら接している。
もう気にはかからないが、彼女に優しく接してもらえて、とても幸せだった。
そのせいで、ますます彼女を好きになる。女の子同士だからいけないのは分かっている。
告白しようと思って二人きりになっても、途中でためらってしまう。
やはり心の中に迷いがあった。
授業終了のチャイムが鳴った。いけない、この時間ずっとかがみの事ばかり考えていた。
全然筆が進んでなくて、半分も板書出来てない。もう黒板は消えている。
みゆきさんに移してもらおう。そう思って彼女の席に向かった。
つかさも彼女と一緒に居た。技術の教科書を持っている。
そうだ次は技術で合同授業。かがみと一緒だ。
かがみと一緒に教室に行こう。そう思って引き返し、教科書を持って隣のクラスに向かう。
廊下に出ると、かがみがいた。私に気が付いたようで、軽走りで私の所に来た。
首をかしげ、微笑みながら私に言った。
「こなちゃん、皆で一緒に技術室行こう」
数日前からだったか、彼女は私の事を「こなちゃん」と呼んでいる。
理由は分からない。最近の彼女からはおしとやかな印象を受ける。
自分の性格を気にしていたのかもしれない。
急に変わっては戸惑うが、私は悪くは思わなかった。
今の彼女はゲームとかに出てくる病弱な少女みたいな感じで、とても好みだったから。

「ねぇかがみん。二人で行かない?」
「どうして、何かあったの」
彼女は疑問に思ったのか、聞いてきた。当然の反応だろう。
別に何かあったわけではない。ただ私が彼女と二人きりになりたいだけ。
もう一度説得すると、応じてくれたのか躊躇いながらもついて来てくれた。
二人きりになるため、少し遠回りになる道筋を選んだ。
この廊下は使われていない教室が並んでいる。誰も通らないだろう。
あたりはしんとしている。まるで私達以外だれも存在していないかのように。
彼女のツインテールが私の腕を掠めた。さらさらとしてとても良い感触。
そっと髪を撫でてみた。指がかからず、するりと隙間を通り抜けていく。
毎日手入れを欠かさないのだろう。私にはとてもまねは出来ない。
羨ましいな。
「かがみんの髪が欲しいな。一本だけでいいから」
彼女は少し俯いた状態から、私の顔を覗いた。
少しだけ頬が赤かった。俯いていたのは照れ隠しだった。
断られるかと思ったが、次の発言は実に優しいものだった。
「こなちゃんになら全部あげてもいいよ」
答えを聞いた後、絡ませていた指を一度抜いた。
髪を掻き分け、一本だけ右手の人差し指にくるりと一周させて、手のひら全体で握った。
そっと引っ張ると、何の抵抗も感じず、簡単に束から離れていく。
引き抜く瞬間彼女は固く目を瞑り、目に涙を滲ませた。そしてびくりと震えた。
抜けた髪を左手に移し、頬に添えた。心地よい。
頬で感じるのでは、手のひらとはまた違うものがあった。
彼女が手を握ってきたので私も握り返した。
本当に幸せ、この瞬間がいつまでも続けばいいのに。

乾いた木片の匂い、嫌いでもなかった。
埃っぽいのが難だけれど。
こんなちっぽけな存在の私が、何かを作るという事が出来る。
技術の授業は大好きだ。けれど、一番の理由は合同授業ということだった。
私は鑿を使って木を掘っている。椅子を作っているので、
部品をはめるための溝を作る。かがみが横で見ていてくれるので、
安心して作業ができる。
「気をつけてくださいね。泉さん」
みゆきも気遣ってくれた。いい友達を持っている。
中学の頃とは違う、苛められていたあの頃とは。
とても辛かった。周りのことが全て嫌で、二次元に逃げた。
その事が原因で、苛められた。嫌なあだ名も付けられた。
それが卒業まで続いて、父親にも心配をかけてしまった。
高校に進学して、又苛められないかと心配だった。
けれどちゃんと友達も出来て、恋人もいる。
一度は嫌な事が起きたけれど、解決した。
私はもう大丈夫なんだ。そう信じた。
横を見るとみゆきのせいでかがみの顔が見えなかった。
邪魔だな。どいてもらわないと、木片が飛ぶから後ろに下がるように言おう。
「みゆきさん後ろに下がらないと、木が飛んじゃうよ」
みゆきは返事をした後、さっと後ろにひいた。
「こなちゃん危ない!」
かがみの顔が見えたと同時に、指先に鋭い痛みを感じた。
ガリッという痛々しい音と共に。かがみの悲鳴が聞こえる。
駄目だよ。彼女を悲しませたくない、心配かけたくない。
声をかけようとしても、血を見た恐怖で何もする事が出来なかった。
気が遠くなって、私は気絶した。
最終更新:2022年05月05日 10:46