こな雪
by 13-638
1月上旬。
じわりじわりと来る冬の寒さは、どこも同じだった。
しかし今年は暖冬らしく、雪が降らない。
そんな中も、私は学校へ行く。
「おっす!こなた!」
「おはよう、こなちゃん」
「やぁ~かがみん、つかさ」
かがみんとつかさが声をかけてきた。
今日も、いつも通りの日常が展開されて行くのだ。
「ゆたかちゃん、今日病院に行くんだって?」
かがみんが尋ねて来た。
「うん。今日学校が終わった後にね。
ちょっと遠くの病院に行くから、
車で行くらしいんだ」
「大変だね。何かあったの?」
「うん。昔からゆーちゃんはその病院で
お世話になっててさ。
時々異常がないか検査してもらってるんだよ」
「へぇ~」
だから、今日は帰ったら私一人だ。
教室に入ったら、みゆきさんとも出会い、
一日一日と学園生活のページが捲られていく。
何気に過ごしていたら、すぐ終わってしまいそうな
学校は、既に昼休みという時間を刻んでいた。
「今日あんたどうするの?」
かがみが尋ねる。
「いやぁ~どうしようかねぇ…
まぁ、いつも通りネトゲでもやろうと思うんだけどさ」
「ふふ、こなちゃんらしいね」
「つかさ達はどうするの?今日は」
「今日は特に何もないよね、お姉ちゃん」
「そうね。今日はすることないわね」
「みゆきさんは?」
「私も特にすることはないですね」
「こなた。ひょっとしてあんた私達と遊びたいわけ?」
「むむっ。鋭いですなかがみんは」
「しょうがないわね。アニメイトでも行く?」
「そうだね、行こう!流石かがみんだ!」
「やれやれ…」
そうして、今日の放課後は
アニメイトに目的地を置くことに決定した。
5限目からの授業ははあっという間に終了し、
早くも放課後となった。
「よぉし!いざ往かん、アニメイトへ!」
「こなちゃん、そんなに張り切らなくても…」
「そうよ…別に大っぴらに言うべき事じゃないわよ」
「いやぁ、つい感情が高ぶっちゃって、
何だろ、私酔ってるのかな?」
かがみん達とアニメイトに行くことは、
あまりなかったような気がする。
だから、妙に新鮮味があった。
「アニメイト行って何か買うの?」
「うーん…まぁ、見て回るくらいしか
出来ないかな、お金ないし」
「アニメイトとは、
この間泉さんのアルバイトしている店に
行く前に入ったお店ですか?」
「ううん、あそこはゲーマーズ。
まあ、みゆきさんにとっては
アニメイトも似たような店だけどね」
そして、アニメイトで一通り新刊の確認をしたりして
回ったのだが、本当はそんなことはどうでもよかった。
ただ、孤独の淋しさを紛らしたかただけなのだ。
それはかがみんも分かっていたのだろう。
しかし、流石に夜までは居られないので、
6時には解散した。
家に帰ると、真っ暗だった。
いつもなら、ゆーちゃんかお父さんが
「おかえり」と声をかけてくれる。
しかし、今日は誰もいない。
こなたは電気をつけ、溜息をつきながら
リビングに入ると、
ハンバーグが入ったお皿を見つける。
『こなたへ
今日は何時頃に検査が終わるかは分からないけど、
遅くても9時には帰れると思うから、
テーブルに置いてあるハンバーグを
温めて食べておいて下さい。
お父さんより』
テーブルに置かれてあるハンバーグを見てみる。
おいしそうだな…
さて、暇だしバラエティー番組でも見ようかな。
そう思い、テレビをつける。
とりあえず、テーブルに手紙と一緒に置かれてあった
ハンバーグを電子レンジで温める。
パソコンをする気にはならなかった。
時間が長く感じる。
何気ない日常が、孤独だけのせいで引き伸ばされているのだ。
この家がとても広く感じる。
早く、帰って来ないかな…
バラエティー番組の時間帯も終わり、
そろそろドラマ系列の番組が始まろうとしていた。
近頃ドラマ見てないなー…
でも、この時期は中途半端だから
観ても話が分からないだろうな。
時計を見てみると、既に9時になっていた。
まだかな…
期待を膨らませる。
同時に不安感も募る。
すると、突然電話が鳴り響く。
私はその音に身体を震わせた。
お父さんかな?
もう少し遅くなると電話をかけて来たのだろうか。
私は恐る恐る受話器を取る。
「もしもし…」
「
もしもし、泉さんのお宅でしょうか」
電話の相手はお父さんではなかった。
「あの…泉そうじろうさんの、娘さんですか?」
「そうですけど…何か?」
「実はですね、」
第6感が告げる。
「落ち着いて聞いてくださいね?」
この電話は、
「泉そうじろうさんと、小早川ゆたかさんの乗っていた車が事故に遭って、」
私にとって、最悪の報せだということを…
「先程亡くなられました」
しばらく言葉が出なかった。
私は、受話器を落とした。
その衝撃で、電話は切れた。
理解出来なかった。
むしろ、理解したくもなかった。
嘘だ。
嘘に決まってる。
しかし、涙が出てきた。
涙を拭う気力も起きなかった。
…何で?
お父さんとゆーちゃんが…?
私は、その日はそのままベッドへ倒れた。
他にも何回か電話が鳴っていたが、取る気力も起こらなかった。
報せを聞いたゆい姉さんが私を心配してかけてきたのかもしれない。
でも、もう何もする気力が起こらなかった。
生きる気力さえも失っていた。
翌日、ゆい姉さんが一度家に来た。
今日はお父さんとゆーちゃんの通夜が行われるらしい。
お父さんとゆーちゃんの死を改めて知らされたので、
私は放心状態になっていた。
魂が抜けた傀儡のようになっていた私をゆい姉さんは必死に
励ましてくれていたんだと思う。
そしてゆい姉さんは、衣服や通夜の用意のために、
一旦会場へ向かった。
その日は平日だったので、私は学校を休んだ。
私は夕方まで寝てしまっていた。
起きる気力もなかった。
その時、玄関でチャイムが鳴った。
誰だろ…
インターホンを取ると、
「どうも、柊つかさです…」
と、弱弱しく声が聞こえてきた。
私は急いでドアを開けに行った。
ドアを開けると、そこにはつかさだけでなく、
みゆきさんとかがみんも一緒に立っていた。
「みんな…」
つかさは、弁当箱を両手で持っていた。
「先生から聞いたよ…こなちゃん…大丈夫?」
「…私達が、これから出来る限りあんたの力になるから」
かがみんが肩をとんと叩く。
「…元気出して下さい、泉さん」
「うん、ありがとう…みんな」
「こなちゃん、これ3人で作ったんだよ。
食べて元気だしてね」
「あ、ありがとう…つかさ、みんな…」
ふいに目頭が熱くなった。
私は必死で涙を堪えた。
そして、3人は帰って行った。
私も家へ入った。
弁当箱を開いてみると、
3人が誠意を込めて作ってくれたであろう、
鶏肉のから揚げや、ポテトサラダ、
ご飯が入っていた。
鶏肉は私の大好物だ。
ここにチョココロネもあれば
文句なしであったが、
それを求めるのは贅沢以外の何物でもない。
これから訪れる
一人ぼっちの生活。
突然起きた悲劇。
何もかもが突然すぎて、
状況の把握で精一杯だった。
もう少しで通夜ということで、
私はなるべく地味な服を探して着た。
その後ゆい姉さんに車で迎えに来てもらい、
会場へ向かう中、この事件を取り扱っていたという
ゆい姉さんから、事故の詳細を教えてもらった。
お父さんの車は夜道の交差点で、
信号無視で真横から突っ込んできた大型トラックに弾き飛ばされて、
その時の当たり所が悪かったせいか、ガソリンタンクに穴が開き、
そこからガソリンが流れ出したのだという。
その流れ出したガソリンは、お父さんの車が
弾き飛ばされた時の車のタイヤと道路の摩擦熱で
引火し、そのまま車は爆発、炎上したらしいのだ。
だから、お父さんとゆーちゃんは
跡形も残っていなかったらしい。
一方トラックの運転手は軽傷で済んだらしい。
会場に着いた。
そして、愕然とした。
私の親戚って…もうゆい姉さんしか居ないの?
ゆい姉さんは、黙って席に座る。
そして、通夜はあっという間に終わった。
私は、家に帰って泣いた。
もう、家族がいない。
もう、団欒でご飯を食べることもできない。
つい最近まで当たり前だった日常が、
昨日の夜崩れ去った。
トラックの運転手に、いくら殺意や恨みを覚えたって、
家族が帰ることはない。
お父さんとゆーちゃんは、お母さんの所へ行ったんだ。
もう一回、会いたいな…
お父さん、ゆーちゃん…
ちょっと待てよ?
お父さん達に会う方法は、あるじゃないか。
簡単なことだよ。
自殺すればいいんじゃないか。
私は、決心した。
お父さん達に会いに行く。
お父さん達だって、私を待っているはずだ。
どうしてこんな簡単な事に気づかなかったんだろう。
今日は遅いから、明日どうやって死ぬか決めよう。
もはや、自殺の怖さはなかった。
むしろ、お父さん達にまた会えるんだという
好奇心の方が強かった。
そして、翌日。
朝から雷雨だった。
雨は、丁度テレビの砂嵐のような音で地面に叩かれている。
私はそんな中、傘もささずに外へ出た。
冬の雨は冷たくて、寒かった。
身体はガクガク震える。
容赦なく私に叩きつける雨は、
私の自殺を止めるかのように振り続けた。
しかし、私の決心は固いんだ。
稲光が閃光となって空を駆け巡り、
地を震わす轟音となって町に降り注ぐ。
私は、最も痛くなくても済む方法で死にたかった。
悶え苦しんで死ぬのは、嫌だった。
でも、それはわがままなのかな…
私は、いつの間にか鷲宮神社へ来ていた。
かがみん家の近くだな。
…そんなに歩いたのか。
私は神社を通り超えて、森に入っていた。
目の前に15メートル以上はある木を見つけた。
周りの木も大きかったが、その木は一際目立っていた。
その木には、丁度座り心地の良さそうな
太い枝があったので、
私は自身の運動神経を活かし、
木に登って町を見渡すことにした。
しかし、雨のせいで見通しが悪く、
近くにある家一軒しか見えなかった。
…ここから飛び降りたら死ねるかな?
いや、ここから飛び降りても骨折程度のものだろうか。
でも、頭から態と落ちたら…
ううん、迷ってる暇などない。
早くお父さん達に会いたい。
私は、枝の上に立って下を見下ろした。
あれ?
そこに居るのは…つかさかな?
何でつかさが居るんだろ…
つかさは、よく見ると泣いているようだった。
ひくひくと肩が上下している。
流石にこの状態で飛び降りるわけには
いかないよな…。
私は声をかけてみた。
「つかさ!」
「…え?」
つかさは上を見る。
「こ、こなちゃん!どうしたの?そんな所で!」
「あ、いや…なんでもない。つかさこそどうしたの?」
つかさは顔を赤くして言う。
「…ちょっとお姉ちゃんと…ケンカしちゃって」
「へぇ珍しいね」
「下らないことでなんだけどね…
お姉ちゃんとこなちゃんのお弁当作ってたら…
材料が足りなくて、買出しを頼まれて…
でも、こんな雨だから行きたくなかったの。
それでもめちゃって…
私が逃げ出しちゃったの」
「そっか…私のことでケンカしてたんだね…」
「う、ううん!こなちゃんのせいじゃないよ!」
ふと、かがみんがみゆきさんと一緒に姿を現した。
かがみんは買い物袋を持っていた。
「おぉ、かがみん!みゆきさん!」
「え?こ、こなた?」
「お、お姉ちゃんもここに来たの…?」
「う、うん…みゆきとも途中で会ったからついでにね。
つかさ…ごめんね。さっきはついカッとなって…」
「ううん、いいよ。私こそ悪かったよ。
ごめんね…お姉ちゃん」
そうして二人は抱きあった。
「そういえば、みゆきさんは何のために来たの?」
「私はかがみさんとつかささんの
ケンカの仲介役としてついてきてと
頼まれて来たのですが…
あまり意味はなかったようですね」
「そ、そんなことないわよ!
みゆきが一緒に来てくれたから
謝る自信が持てたのよ!」
「それなら良かったです」
「で、こなたは何やってんの?そんな所で」
「そうだよ、どうしたの?」
「い、いや…うん、もう、何か
バカらしくなってきた…」
突然涙が出てきた。
「どうしたの?こなちゃん!」
「大丈夫ですか?泉さん!」
私には、友達が居るんだ。
さっきまで、私は友達を裏切ろうとしていたんだ…
そう思うと、自分のやっていることが
とてもバカらしくなって涙が出てきた。
「こなた!危ないわよ!
早く降りてきなさいよ!」
「う、うん。今行く」
こなたがそう言って立ち上がった時、
突然横風が強く吹いた。
私はバランスを崩して、倒れそうになった。
ここで死んでたまるか!
私は、木の枝を掴んでぶら下がる。
「かがみん!…助けて!」
「こなた!…今行くから待ってて!」
「気をつけてね、お姉ちゃん」
「分かってるわよ」
つかさとみゆきさんは、
いざという時のために木の真下で
もし私が落ちたときに
私を支える為に構えていた。
かがみんが、徐々に木を登ってくる。
雨で手が滑る。
もう、ダメだ…
その時、
突然目の前が暗くなった。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
気がつくと、
私はセピア色に染まった空間に居た。
辺りを見回すと、かがみんと、つかさ、
みゆきさんが倒れていた。
「みんな!起きて!」
「…え?」
「…何?こなちゃん」
「どうしたんですか…?」
3人は、頭をさすりながら起き上がった。
「あれ、ここはどこ?」
かがみんがキョロキョロと
違和感のある空間を見回す。
「私達、確か木の近くに居たのに…」
『あなた達は、雷に打たれたのよ』
ふと前を見ると、
地まで伸びる青く長い髪の女の人が立っていた。
たまに、身体のあちこちにノイズが走る。
古びたVHSテープを再生しているみたいな感じだ。
不思議と、見覚えがあるような気がする。
「あなたは…?」
『私は此処を支配する番人よ』
「ここは…どこなんですか?」
つかさが尋ねる。
『彼方達が数分前まで居た世界とは隔離された世界。
時空間を断片化させて創設したもの。
一般的には”断片化された世界〟と呼ばれるわね』
「何で…私達がこんな所に?」
『雷のせいで時空の挟間に、次元の歪みが瞬間的に出来たわけ。
そして、感電する直前にあなた達は
ここに吸い込まれてしまったの。
まあ、普通では入れないわね』
「ここから出られる方法は、あるんですか?」
『本来、ここは死んだ人間の魂だけが
一時的に集まる場所なの』
女の人は、指をさす。
その方向には、まるで誰かに操られているかのように、
ふらふらと前へだけ歩いていく人々の長い行列があった。
その人々に瞳の色は無かった。
『だから、彼方達のように、
本体まで着いてきてしまったのは異例ね。
あ、厳密にはつい最近にもあったかしら。
ここのガードも直さなくちゃね。
でも、出る方法はあるわ』
「どうやったら出られるんですか?」
みゆきさんが尋ねる。
『…振り返らないで歩き続けること』
「振り返らないで…それだけですか?」
つかさが言う。
『そうよ。でも、ただ…振り向かなくても
この中の一人だけは…帰ることができないの』
「…え?」
4人が声を揃えて言う。
『死にたくないなら…早くお行きなさい』
女の人は、そう言って後ろを向いた。
「みんな、行こう」
私達は、手を繋いで一歩一歩を歩み始めた。
女の人は、去り行く私達を見ながらぽつりと呟いた。
─こなた…
私達は、どんどん歩く。
振り返ってはいけない…
その条件をクリアすれば、生き残ることが出来る。
しかし、一人だけは生き残ることができない…。
「こなた…このままあてもなく歩き続けてていいの?」
「何が?」
「本当に出られるかどうかって聞いてるのよ」
「そんなの分かんないよ。
でも、何か信じられる気がする」
「どこにそんな根拠があるのよ」
「…ないよ。ないんだけどね。
不思議なんだ…私も」
「…でさ、誰がここに残る?」
かがみんがそう言った途端、
皆の表情が重くなった。
「それはさ、もうちょっと後で決めよう。まだ早いよ」
「…そうね」
セピア色に染まった空間は、遥か彼方に
綺麗な一直線の地平線を映し出していた。
「ねぇ、今ここに居る私達って
貴重な存在なのかな?」
つかさが言う。
「そうでしょうね。
恐らく、誰も体験したことが無い
死後の世界の入り口かもしれません。
実は、私も内心興味があるんですよ」
「全く…あんたら緊張感無さ過ぎ」
「ふふ、相変わらずかがみんは怖がりだねぇ」
「う、うるさい!」
4人は、笑い合っていた。
やっぱり、友達っていいものだなぁ…
この中で誰か一人居なくなっちゃうなんて、
嫌だよ…
でも、ここに残れば、
お父さん達にも会えるのか…
さっきの女の人の元に、ある男の人が現れた。
『結構、楽しそうじゃないか』
『でも…高校を出たらまた
一人になっちゃうんじゃないかしら。
あなたも本当は寂しかったんじゃないの?』
『寂しかったさ…
あいつとはお前よりも長い付き合いだし…
出来ることなら、このままにしておきたい…
だけど、あいつの将来はどうなる?』
『あの子にはこれからももっと
辛い運命が待っているはずよ?
もう、この辺で休ませてあげてもいいんじゃないかしら?』
『私も、あの子と生きている間に一緒にご飯を食べたかった。
もっと抱っこもしてあげたかったし、
海にも一緒に連れて行ってあげたかった。
早く、私もあの子と一緒になりたい…』
女の人は、涙を流した。
「元の世界に戻ったらさ、何する?」
私が皆に尋ねる。
「…そうね。この前アニメイトで買ったけど、
まだ読んでないライトノベルを
最後まで読もうかしら」
かがみんが答える。
「そうだなぁ…私は、調理師になるために
お料理の勉強がしたいな」
つかさが答える。
「私はまずは外国へ旅行に行きたいですね」
みゆきさんが答える。
「へぇ~三者三様だね。
皆進みたい道が違うんだね」
「こなたはどうなの?」
「こなちゃんは、何がやりたい?」
「えっ…えーと…うーんと…私は…」
「あ、見て!あそこ!
あれ、ゆたかちゃんじゃないかな」
つかさが前方に指をさす。
その先には、桃色の髪をした小さな女の子が居た。
「本当だ、ゆーちゃん!!」
私は呼んだ。
彼女は振り向いた。
その瞬間、彼女の胸の辺りから丸い光が抜け出し、
その光が新たに彼女を形作った。
元の身体は灰となって散った。
それは、やはりゆーちゃんだった。
ゆーちゃんは、そのまま私達を通り抜け、
後ろへと駆けて行った。
ゆーちゃんは、振り向いてしまったんだ。
私が呼んだせいで…
あの女の人の忠告を破ってしまったんだ…
私は、泣き崩れた。
「う、うわ、あああん…ご、
ごめん、ごめんゆーちゃん!!
私のせいで…ゆーちゃんが死んじゃったぁあ…」
「こ、こなちゃんのせいじゃないよ!」
「そうよ!誰も悪くないわよ!」
「違うよ、ゆーちゃんは本当は死んでなかったんだ…
私達と同じようにここに来たんだよ…!」
そうだ。
事故直後、二人の遺体は見つからなかったのだ。
車が爆発したとき、ゆーちゃんとお父さんは
多分この空間に巻き込まれたのだろう。
そして、お父さんは何らかの理由で振り向いてしまい、
ゆーちゃんも、今…
「うわあああああん…」
「泉さん…大丈夫ですよ。
誰にも罪はありませんから」
「だって…私が、ゆーちゃんを…」
すると、かがみんはこなたを抱きしめた。
「え?かがみん…?」
「こなた…もう、いいから…行こう?」
「…うん」
『こなた!!』
─え?
誰かの声がする。
「こなた!ダメよ!振り向いちゃだめ!」
「…はっ!」
危ない、もう少しで振り向く所だった。
『こなた…
あなたは、私のこと…知らないよね』
この声…
ついさっき聞いたような気がする…
さっきの女の人の声…?
「こなちゃん…誰なの?」
「誰なんですか?泉さん」
「…分からないよ」
『こなた?学校は、楽しい?』
「は、はい。楽しいです…」
『中学校の頃みたいに、虐められてない?』
「え…何で知ってるんですか?」
『だって、私は…
こなたの、お母さんだから』
不意に、涙が出てくる。
「本当に…お母さん?」
『本当よ。嘘なんかつかないよ、こなた』
「こなちゃんの…お母さんなの?」
「こなた…そうなの?」
「…分からない。
分からないけど…何か残ってる気がする…
心の奥に…」
『こなた、高校生になってお友達が出来たのね。
彼方達の名前は何ていうのかしら?』
「あ、前向いたままで何ですけど、柊かがみです」
「柊つかさです」
「高良みゆきです」
『そう、かがみさん、つかささん、みゆきさんというのね。
3人とも、今までこなたと居てくれてありがとう』
「え、今まで…って、こなたをどうする気ですか?」
かがみんが尋ねる。
『…ねぇこなた、将来の夢はあるの?』
「……ううん…ない」
『ねぇこなた。これから、お母さん達と暮らさない?』
「えっ…?」
『あ、ううん。こなたの決断でいいわよ。
無理強いをしてるわけじゃないの。
ただ、ちょっとだけわがままを言ってみただけ…』
私のお母さんのすすり泣く声が聞こえてくる。
「こなた…お母さんの所へ行きたいの?」
かがみが尋ねる。
確かに、私はさっきお母さんやお父さんに
逢いたいと思って木から飛び降りる決心をしていたんだ。
でも、それは親友という存在で阻まれた。
親友に罪は無い。
しかし、親友はそれを超越した存在にはなれない。
親友が家族になるのは、無理なのである。
私が今後生きていたとしても、
家族は居ないから
一人ぼっち。
親友が居ても、泉家の人間は私だけ。
だから、なおさら私が生き残るわけにはいかない。
だって、私が生き残ったらこの中の誰かが
死ななければならないのだから。
私以外に家族を失う人が居るから。
そんなの、嫌だ。
『お姉ちゃん!』
「ゆーちゃん…?」
『こなた!』
「お父さん…?」
「こなた…私達はどっちでも構わないわよ。
好きな方を選んでね。
ただ、こなたがどうしても生き残りたいって言うんなら…私が犠牲になる」
「お、お姉ちゃん!それなら私が…」
「私でも結構ですよ」
「みんな、ありがとう。
私、決めたよ。
今まで私と親友で居てくれて、本当にありがとう…
私は、今まで皆にわがままばかり言って
迷惑かけちゃったりもした。
でも、私は本当にみんなのことを、親友を超えた存在と思ってるから。
かがみん、つかさ、みゆきさん。
本当にありがとう。
私は、皆と居れて、幸せだった。
私が居なくても、やって行けるよね。
かがみんは、その元気で。
つかさは、その笑顔で。
みゆきさんは、その才能で。
短かったけど、ありがとう…
じゃあね」
3人は、涙を流していた。
そして私は、後ろを振り向いた。
「お母さん、ただいま─」
『おかえりなさい、こなた─』
その時、セピア色の空間が静かにピカリと光った。
─気がつくと、目の前につかさがいた。
「あ、お姉ちゃん。目が覚めたんだね」
「ここは…どこ?」
「病院だよ。私達、雷に撃たれて気を失ってたんだよ。
…覚えてない?」
「あぁ…そうだっけ…つかさは、大丈夫なの?」
「うん、もう元気だよ。ゆきちゃんも、ほら」
「かがみさん、本当に良かったです」
「私達、無事なのよね…」
「うん、そうだよ。一人を除いてね」
私達は、同じ病室に容れられていた。
しかし、その病室にベッドは3台しかなかった。
私は気になって受付の人に、
泉こなたが入院していないかどうか尋ねた。
しかし、泉こなたという人間は、
この病院には入院していないのだという。
どうしても気になるので、私は戸籍を調べることにした。
しかし、そこには泉こなたという名前は無かった。
むしろ泉家自体が存在しなかった。
同じく小早川ゆたかの名称も存在しなかった。
家にも行ってみた。
しかし、誰も居なかった。
平日、学校で黒井先生にも尋ねてみた。
「え?泉こなた?それどこのバーチャルアイドルや?」
話にならなかった。
泉こなたの存在は、この世で私達3人以外誰も覚えていなかった。
私達も、雷に撃たれた直後に何があったのかは
思い出すことができなかった。
私達は、あの空白のひと時はひとつの思い出として
永遠に胸の中にしまって置こうと思った。
その日、この町に初雪が降った。
その雪は、何故かこの町では”粉雪”と漢字で書かずに、
”こな雪”と書くが常識らしかった。
(終)
最終更新:2024年04月23日 21:44