17:総評2:2026/02/17(火) 00:59:02 ID:???0
理想は崩れ落ち、現実は迷走する。
2024年のクソゲーオブザイヤーinエロゲー板(KOTYe)は、数々の夢が、自ら掲げた看板の下敷きとなって砕け散る一年となった。
その果てに、強き好敵手たれという願いのもと王座に就いたのは、翼をもがれながらも天を仰ぎ続けた鋼の竜騎兵『GEARS of DRAGOON 3』
挽歌の染みた瓦礫の中心に、バベルさながらの塔をでっち上げ、泥にまみれようとも一歩一歩天空を目指したその足跡を心に刻み、冒険者にして語り部たる住民たちは次の旅へと踏み出す。
2月早々、戦端は謎の扉とともに開かれた。
新作発売が1月末であることを考えれば、ほぼ最速といえる食い気味のスレ立てと共に現れたのは、Tilyの『ヤっても出られない部屋に閉じ込められたので引き続きもっとヤる話』である。
本作は、魅力的なヒロインと密室で過ごすという甘美なシチュエーションにすべての気を集中させている。
結果、物語がきれいに削ぎ落とされ、「性欲とヌキの部屋」が修業の場として顕現した。
導入は、目覚めたらヒロインと白い部屋にいたとモノローグで端的に解説して済ます。
以降は4つの白い扉のいずれかを開けては、その先に広がるシチュエーションのもとでエロイベント、このサイクルが延々と繰り返される。
無機質な扉を選び続ける行為は、いつ終わるとも知れぬ作業であり、プレイヤーの精神をじわじわと摩耗させた。
最終的に、この反復は39回にも及ぶ。
対してHCG数は19枚、シーン数は25であるため、不足分は半ば水増しが行われている。
エッチじゃないけどエッチに聞こえる言葉バトル、乳首当てゲーム、道具についての学習といったものから、一枚絵無しで小窓に画像を表示しての脇コキ、ガーゼ責め、オ○ナホコキなどが用意されているが、これらは回想に登録されないため、繰り返し鑑賞したければ直前でセーブするしかないという前時代的な対処を強いられる。
そして迎える結末は、タイトル通り「出られない」
公式サイトで強調されている「ほぼエッチな事しか起きません!」との文言にも偽りはなく、つまり脱出イベントすらも発生しないのである。
脱出が主題ではないとはいえ、出たいは出たいが衣食住に加えて娯楽まで完備のため慣れてしまい、出られないまま告白して結ばれて終了は肩透かしが過ぎる。
ヒロインは可愛くシーン鑑賞に限れば質が高いが、それ以外を潔すぎるほど省いた構成は尖りきっており、いかな選評民族たるKOTYe住民とて、
「…なるほど……これでいい……」
と飲み込めるのは選りすぐりのエリート紳士のみであろう。
4月に入ると、告知ミス・ゲー無・未完成商法の三定石をそれぞれ振りかざす三者により、春の嵐が巻き起こされた。
まず参戦したのは、Waffleの『巨乳ファンタジー5 王子リーン』
老舗メーカーの看板シリーズ最新作であり、CG・文章ともにフルプライス相応以上の誇る大作抜きゲーといえよう。
しかし、「底辺王子が王位と巨乳を掴み取る、スカッと爽快なサクセスストーリー」を謳いながらの、幼馴染ルートにおける救いのない胸糞展開の連発に不満が表明された。
この幼馴染は、借金および人質となっている両親を理由に、悪役のザマス王妃から主人公を籠絡せよと強制されて泣く泣く体を差し出す。
さらに、主人公側につくとそれがバレて両親の耳を送りつけられ、やむなく主人公を裏切ると散々に罵倒されてからお仕置きH。
挙句、そこまでしても結局は晒し首となった両親を見せつけられ、それからハーレムH三昧に突入する。
幼馴染とともに、これでどうやって抜けば良いのかと落胆する選評者にも同情を禁じえない。
そして、精神的な不快感に追い打ちをかけるのが、ザマス王妃が折りに触れ全裸になる奇行である。
意図は量りかねるが、いきなりババアの裸をほぼ修正無しで見せられるのは精神的ブラクラであった。
この件に関してメーカーは、モザイクのかけ忘れと釈明。
修正履歴には、
「ザマス王妃の全裸立ち絵の不具合修正。本来乳房にもモザイクを掛けるはずだったのが掛けられていなかったので、改めて乳房にモザイク修正。」
との珍妙な文言が並ぶのであった。
続いて虚無の狭間から、アトリエショコラの『異世界ヒロインと同棲生活』が来訪した。
SDを除くCGは9枚、うち7枚はサンプルとして事前公開済み、プレイ時間は約1時間、古代のガラクタUI完備で2970円という、低質ロープラゲーの典型に仕上がっている。
そんな小兵の最大の武器はワンパターン擬音であり、
「―――――――パンッパンッ―――――――パンッパンッパンッ。」
の一行が、ピストンのたびに執拗なまでにコピペされている。
しかも大半が2連続でワンセットのため、クリックすると同一の文が再提示される点も不快感をいや増す。
この「パンッ」という擬音の汎用性が高かったせいで、応援団やダンス講師、「クラップユアハンズ!」の変身音といった幻視幻聴が、行為中の男女にオーバーレイしてしまう惨事を招いた。
後日談になるが、販売から半年を待たずして本作の販売ページは消失し、クソシャゲ並の早仕舞いで幻の作品と化すのであった。
春の三定石の最後には、年度末の死線を越え、輪郭も朧な仄暗い影、TinkerBellの『蠢牝 ~仄ちやう滴り~』が現れた。
まずタイトルに意味が判然としない箇所があるが、雰囲気は伝わるのでひとまず良しとしよう。
公式ジャンルからして「SM・折檻・監○・キメ○ク系ハードADV」(原文は伏せ字なし)という攻めた作風ながら、短い尺に様々なシチュエーションを詰め込みたいというサービス精神ゆえか、シナリオ構成が歪んでいる。
中でもメインヒロインのルートは、アダルト配信からの奴○契約エンドや、唐突に留学する話が転じてなぜか娼館送りとなり、さらに因習村に売られて孕巫女エンドといったように、とりわけ飛躍が激しい。
さらには、明らかに半端なところで途絶えているルートも散見される。
また、CG枚数が25枚と少なく、フルプライスの水準どころか1jks35枚をも大きく割り込んでいるばかりか、シーン数のヒロイン4人への配分も12/10/3/2と極端に偏っている。
これらは、ある可能性を色濃く示唆しており、発売2日後の公式告知によりそれは確定的となった。
その内容とは、1ヶ月後に「大型アップデート『強化DLCパッチ』」を公開するというもの。
つまり本作は、未完成商法の産物だったのである。
かくして、予定からさらに数日の延期を経て施された「強化」という名の「穴埋め」
により、CG数は48枚に増えたが、なおフルプライス水準には満たない。
途絶していたシナリオも概ね復旧したため、その点の評価はマイナスから普通の駄作へと改善された。
上級者向けのシーンが多く、揃ってオナラ性癖を備えた群衆による「オナラ! オナラ! オ・ナ・ラ! 」のシュプレヒコールは真剣かボケか判断に苦しむ。
されど、昨今希少なニッチジャンルに挑む気概に対しては、素直にエールを送りたい。
5月上旬には、『巨乳ファンタジー5』の有料アペンド『温泉パイズリファンタジー~母乳篇~』が、本編の参加した春の嵐に続く余風を起こした。
売り文句として「夢の10Pハーレムエッチ」を掲げ、パッケージにはメインヒロイン5人を並べているが、内容はそれを反映していない。
10人が同時に絡む場面はなく、4人・3人・2人のチーム単位でひと組ずつ相手をする形式である。
さらに、メインヒロイン5人のうち4人で構成されるチームには、全20枚中5枚しかCGが割り当てられていない。
その内訳も、4人が並んでいるのは1枚のみで、残る4枚は各ヒロインのソロが1枚ずつであり、複数プレイ感が非常に薄い。
テキストも、「ごきゅ、ごきゅ」「んちゅ~」「んぐぅ……」の執拗な反復に描写が追随せず、反応も「乳首吸われてイきそう」「イッたら挿れない」のワンパターンが目立つ。
CG枚数的には11枚と優遇されているサキュバス組は、「もう出ない」「まだ出るでしょ」のリピートで10シーン消費しており、変化をつけようという意図がどこまでも読み取れない。
後に公式サイトから「10Pハーレム」の文言はサイレント差し替えされており、内容とアオリとの乖離はメーカーとしても認識しているようである。
本編のキャッチコピーも含めて、告知の雑さが事故の元となっている節があり、望ましい物が望む者へ届くための事前情報の正確さがいかに重要かを改めて噛み締めることになった。
観測史上最も暑い夏が盛りを迎えた8月上旬。
OONSTONE Cherryの『ホめられて伸びるSR少女たち』により、季節感はあれど空気の読めない肝試しが発生した。
本作はラブコメ抜きゲーであるはずが、相性の悪い萎え要素が複数混入している。
冒頭からして、立ち絵なし背景のみで10分以上にわたって設定と状況の説明だけを一気に積み上げて意欲を削ぐ。
ヒロインたちの設定も無駄に重い。
帰れなくなった異世界人やアクマと戦う魔法少女はまだしも、魅了の能力を両親に悪用されてお布施吸い上げの道具となっていた元教祖や、連続少女殺人犯の生霊に憑かれている霊感少女の設定は、事前に明かされていないため面食らう。
また、エロへの動線は、タイトルロゴをよく見ると「ホめられて」と「ハめられて」のダブルミーニングになっている通り、行為に及ぶことでヒロインたちの特殊能力を伸ばせる設定である。
そのせいで、ピンチになったらその場でおっぱじめて打開を図るなど、状況がノイズとなって絶妙に集中できない展開が多い。
霊感少女絡みの「霊と接触して昏睡状態となった主人公を引き戻すには性的刺激が必要」となる話は代表例であり、ヒロインによる奉仕が始まったところで主人公の視点すなわち夢に切り替わり、幼少期に亡くした友人とキャッチボールをする夕暮れの場面が流れる。
ほんの一幕ながら、Hシーンが軌道に乗りかけたところにぶち込まれた突然のノスタルジーは、ズボンを下ろしていた選評者を激萎えさせた。
また、同ヒロインは前述の通り悪霊に憑かれており、付かず離れずの距離で常にストーキングされている。
無駄に怖い悪霊のCGがわざわざ用意されていることに加え、描写されていなくとも常に傍らに在る悪霊の視線が脳裏をよぎり、やはりノイズとなってエロへの集中を妨げる。
ホめられるはずのラブコメに、様々な萎えがハめ込まれたがゆえの悲劇であった。
萎えた戦場の空気を温め直すべく、どす黒いアレが勃興した。
monoceros+の『Vanilla Android -シコ猿DT大学生の俺と美少女アンドロイドがいろんなプレイでハメパコミッション!-』である
すでにエントリー済みの『蠢牝』とライターが共通という理由で購入した好事家もいたが、シナリオに概ね問題はない。
あえて挙げるとしても、主人公の一部言動のキモさと、やや過剰なパロディくらいであろう。
また、ベテラン絵師が5年ぶりに原画を担当しており、CGも一点を除けば問題はないともいえる。
除けるものならば。
しかしながら、その一点によるほぼすべてのCGへの汚染は、到底払拭できるものではなかった。
その問題点とは、竿の黒さ。
これは、主人公は性欲が強く、長期に渡って毎日自家発電に励み続けた結果、色素の沈着が進行しすぎて異様に黒ずんでいる設定を反映したものである。
あるいは、抜きゲーにおいては竿役にすぎないことも多々ある主人公を、竿の個性化でキャラ勃ちさせてやりたいという制作者の親心であろうか。
しかし、それにしても黒すぎた。
その結果ナニが起こったかというと、竿が便になってしまった。
ち○○がう○○になってしまったのである。
先端部の色が比較的薄いため、露出状態では比較的う○こ度は下がるが、挿入すると先が隠れてうん○とのシンクロ率が急激に上昇する。
ましてや、後ろの方に入れている場合は言わずもがなであった。
抜きゲーにおいて、竿が登場しないシーンなど滅多にない。
つまり、竿がう○こ風になれば、HCGの大半が疑似うん○に汚染される結果は必定である。
制作サイドは誰一人としてストップをかけなかったのであろうか。
絵もシナリオも概ね及第でありながら、ただ一点の彩色が作品全体に悪影響を及ぼす稀有なケースであり、竿の色変えオプションの実装が熱望された。
黒ずんだ晩夏が過ぎ去り、近年すっかり短くなった秋も終わろうかという頃、kelpの『レイブン・ブラック・ラック・ライフ ~廃宿の主になってワケアリ姫とシスターと過ごす宿屋ライフ~』が、ジャンル詐称と多重伏線破棄の二段構えで来襲した。
公式ジャンルは「クエスト受注で宿屋を経営するADV」であり、クエストは資金稼ぎと宿屋改築に大別される。
当然、外で稼いだ資金は改築につぎ込むのがセオリーかと思いきや、それでは個別ルートのフラグが立たずノーマルエンド送りとなってしまう。
原因は、「一定以上の資金の所持」がフラグとなっているせいであり、稼いだ金を貯蓄し続けるのが正解であった。
経営とは何だったのか。
宿屋の放置が推奨される一方で、シナリオは、多数の伏線から世界観の核心に関わる謎まで、匂わせるだけ匂わせて放置している。
主人公の過去や国の暗部に通じている情報通は本筋に関わってこず、敵対者は所属も目的も明かされず、根幹の謎の答えを知っている魔女は特に何も語らない。
魔法世界の地下にはなぜか科学文明の迷宮があり、最奥の「神」は到達時にはすでに破壊されている。
そして「神」はヒロインや主人公と関係が深いと示唆されるが、いずれも最後まで詳細不明なままである。
最終的に、生き別れの姉を探すワケアリ姫は、生存の断片的情報を得ただけでひとまずヨシと帰城。
多重スパイらしいシスターは主人公を眠らせて去るが、主人公が目覚めるとなぜか時間が巻き戻っており、今度は添い遂げるという、夢か現か曖昧な結末を迎える。
さながら、使われない凶器を大量にばら撒いて真相を明かさず終わる推理小説のごとく、チェーホフの銃を真っ向から無視して本作は迷宮入りとなった。
豪快な投げっぱなし炸裂から中一日、今度は常連が二の舞いを演じた。
前年度、画像生成AIを用いた『異世界娘と秘密のコンカフェえっち』で論争を巻き起こしたCalciteの新作、『悪役令嬢をわからせる!?』の登場である。
やはり画像生成AIが使用されており、立ち絵の切り抜きの甘さ、装飾品など細部のブレ、ファンタジー世界の背景に現れるリーマン風モブ、室内での半脱ぎプレイで靴を履いているなど、AI生成画像にありがちな粗が相も変わらず散見された。
シナリオもまた同等に、むしろ輪をかけて低質である。
まず、ヒロイン3人のストーリー展開がほぼ変わらず、押し倒す、野外集団プレイ、絆されイチャラブ、豚小屋ボテ腹プレイで統一されている。
画像生成に制約があったとて、このような偏ったワンパターンしか作れないほど不自由でもあるまい。
そもそも乙女小説の世界でありながら原作ヒロイン不在で悪役だけが3人もおり、実質上「悪女屈服もの」でしかない。
原作知識も、3人が別々の理由でいずれ国を亡ぼす示唆があるのみ。
それすら活かされず、外患誘致を企む令嬢に「戦争をする上で、絶対の優位になる秘密の魔法」の情報を抜かれ、その直後に、守銭奴令嬢の見え透いた嘘を信じて巨額を騙し取られたりと、むしろ知っているのに騙される主人公の愚かさが際立つ。
わからせ時は、主人公が定型句を喋りながらも感嘆符がまったく使われず、
「聞いてるだけで鼓膜がとろけそう。あーチ○ポチ○ポ」
といった気の抜けた台詞回しも相まって、脱力系わからせという新ジャンルを開拓しつつある。
これらを3時間・655MBに詰め込み、価格は強気の7480円と盤石の仕上がりをもって、プレイヤーをわからせる腕前を見せつけた。
冬本番を迎えた12月には、延期に定評のあるま~まれぇどから『バカップル・サプリメント』が参戦した。
今回もマスターアップ宣言後を含めて複数回、半年にわたって延期し、発売当日には演出補完アップデートを実施。
しかし、これが「バグ追加パッチ」であり、本作はバグ上の楼閣と化す。
まず、告知に添えられた「セーブデータの互換性が無い為、プレイ開始前の適用をお薦めいたします。」との文言に従うと、100%起動不能となる。
原因は、フルスクリーン表示時にエラーを吐くバグであった。
デフォルトでフルスクリーンのため、インストール後に一度起動してウィンドウ化→終了→パッチ適用という段取りを要する。
順序を誤ればアンインストールしてやり直すほかなく、起動後もフルスクリーン化すれば即落ちである。
CG表示の破綻も数多い。
SDイラストの左ズレ、脱がしたスカートの光速着衣、野外絶頂で室内転移といったアグレッシブな挙動が連発。
ヒロインが激情をぶちまける場面は、別のヒロインとのデートCG表示によってぶち壊しとなる。
表情固定バグもあり、Hシーンでは目を瞑った状態や余裕の表情のまま、行為がいかに盛り上がろうが一貫してそのままである。
かくして本作は「バグップル・サプリメント」の勇名をほしいままにした。
ほかには、テキストとCGの不一致も目立つ。
とりわけ、地の文では竿を咥えていながら絵では胸に埋もれている場面は、ヒロインを胸部に口があるバケモノにしないでほしいと嘆かれた
音声バランスも崩壊しており、ボイスに対してBGMがあまりに大きい。
設定で限界まで調整するとカバーできるが、今度はヒロインの大声が突然の爆音と化したり、せっかくの個別エンディング曲が小音量になったりと副作用が連鎖してしまう。
作風にも賛否が分かれた。
主人公は妹にエロゲーの愚痴をぶちまけ、生徒会長に「俺の子を孕んでください」とセクハラするなどかなりキツい。
公式ジャンルの「めちゃくちゃ恥ずかしい超絶バカップル体験ADV」が、よもや主人公のイタさを指していようとは誰も思うまい。
モブもまた、状況をわきまえない過剰な下ネタ・世知辛ギャグを連発。
その上、主人公自らが「尺稼ぎに男子生徒ABが延々と喋りまくるクソ日常シーン」をエロゲーの愚痴として糾弾しているため、なおさら癪に障る。
総じて、文字通りの意味でも比喩的な意味でも、制御不能の勢いを感じるバグっぷりであった。
クリスマス当日未明、デスサマーからやってきたモノクロサンタからPULLTOP LATTEの『キミと恋するハッピーサマー』が贈られた。
まず、内容以前に可読性が低い。
文字が淡いせいで、ウィンドウの透過率をどう変えても見づらさは払拭しきれないのである。
さらに、バックログにおいては白背景に淡い縁取りの白文字を採用し、見づらさのバリエーション違いをも提供してくる。
前回は似た状況から顔面ジャンプスケアをかます作品が現れたが、本作は異なるアプローチを採用。
場面転換エフェクトに細かい白黒ストライプを使い、錯視を引き起こして網膜から脳、三半規管へとダメージを通した。
選評者はリアルに吐き気を催し、プレイの中断を余儀なくされたという。
物語面は、日々の積み重ねで関係が深まるという触れ込みに反し、掘り下げがほぼ皆無。
幼馴染のメインヒロインと恋人になった後から始まる時点で、関係性変化の美味しいところは逃している。
日常イベントにはサブヒロイン2人が常に絡み、メインとの距離が縮まらない。
2人きりになれば大概はそのまま行為に及ぶため、セ○レにしか見えないと揶揄された。
終盤にはサブ2人への分岐があるが、いずれも骨子は同じコピペ。
主人公への恋心をメインに相談するとそれをこそ望んでいたと言わんばかりに二股を公認し、そういうことならと主人公もすんなり受け入れる。
そして全ルート後のエピローグでは、3人全員が主人公と付き合っていると主張する謎の世界線に放り込まれ、笑顔で圧をかけられて幕を閉じる。
仮にドロドロしないハーレムものを描きたかったとしても、関係の積み重ねがないどころか、知らぬ間に三股が既成事実化していてはホラーである。
CG関連においても、差分の多重使いまわしや、立ち絵と一枚絵での水着とバストサイズの齟齬、立ち絵流用のせいで好々爺でありながら悪人面の祖父などの問題はある。
しかし、既出の惨状にくらべれば、むしろ癒やしですらあろう。
それほどに、肉体と精神を並行して侵す二刀流の狂気的凶器が刻んだ傷は深かった。
2025年度の最終エントリー作品は、修羅の国の大晦日にあたる13月31日にやってきた。
新作開発休止を宣言した古豪アトリエさくらの最終作(仮)、『学生会長・紫藤喜那の淫鬱 ―学生会長兼恋人の寝取られ議事録―』である。
本作は、クズ間男である校長が学生2人を追い込む理不尽なNTRを標榜している。
確かに校長は心身ともに醜悪であり、「こんな奴に」という抵抗感や絶望を煽る狙いは理解できる。
しかし、主人公もヒロインもあまりに諦めが早く、ろくに抵抗しないため、醜悪さはただ不快感をもたらすだけに終わっている。
互いに「相手のため」として、たとえ校長とヒロインの行為をオカズにしろと命令されようとも、命令されれば言われた通りに従うばかり。
あまつさえ主人公は、校長に寝取られ性癖を自覚させられていく。
数少ない抵抗は選択肢となっており、暴力に訴えると、報復として主人公不在のままヒロインが回されて途中バッドエンドとなる。
本筋のオチは2つあるが、展開こそ違えど骨子は変わらない。
いずれも、反抗された校長はあっさり引き下がるが、主人公もヒロインも互いに満足できなくなっており、主人公が寝取らせに走るという展開である。
もはや奪われる悲劇ではなく差し出す倒錯へと変質しており、喪失感は霧散した。
セールスポイントによれば、これらは「すべてNTRエンド」らしい。
タイトルに「寝取られ」と掲げておいて、NTRには寝取りや寝取らせも含むとの強弁は通るまい。
確かに、主人公視点が主流のエロゲーで寝取られを描くのは容易ではない。
プレイヤーは奪われる快楽を求め、主人公は奪われたくない苦痛を抱えるという矛盾を孕むからである。
しかし、その矛盾にいかなる解を与えるかこそが寝取られものの本質であり、作品性の核ではあるまいか。
問うたとて、もはや眠りについた強豪は何を語ることもない。
以上をもって、2025年のエントリー作品すべての開陳を成し終えた。
続いて、大賞および次点を発表しよう。
次点は、
『ホめられて伸びるSR少女たち』
『キミと恋するハッピーサマー』
そして大賞は、
『Vanilla Android -シコ猿DT大学生の俺と美少女アンドロイドがいろんなプレイでハメパコミッション!-』
とする。
本年のエントリー数は12本にとどまり、ここ10年以内ではママⅡ禍に見舞われた2017年に次ぐ少なさとなった。
一方で多様さは損なわれておらず、個性では例年に劣らぬラインナップといえよう。
細分化せずにトレンドとして大別するならば、やはりシステムの欠陥やシナリオの破綻、事前情報との乖離といった基本がしっかり確立された作品が多いが、それらを押さえて異物混入が最大級の勢力となったのが最大の特徴であった。
全裸婆、幻聴手拍子、異世界リーマンは言うに及ばず、より広い意味ではバグやオナラコール、空気を読まないモブガキ、醜悪すぎる竿役も含まれようか。
この傾向を踏まえ、本年は異物による汚染度に重きをおいて次点以上を選定した。
『ホめられて伸びるSR少女たち』は、エロに集中しづらいシチュエーションを量産し、なかでもホラーやノスタルジーの混入はプレイヤーのリビドーをこれでもかと冷却した。
『キミと恋するハッピーサマー』は、関係性がジャンプアップどころかワープアウトする狂気の世界を描くとともに、視覚からのダイレクトアタックに転じるほどのデザインの大敗を喫した。
そしてこの両者を押しのけ『Vanilla Android』が大賞となったのは、そのくだらなくも鮮やかな錬糞術が、最もMOTTAINAI精神を喚起したからである。
本年は局地的欠陥を持つ作品が並ぶ混戦となったが、それらは減点法の積み重ねにすぎない。
対して本作は、たった一点の致命的な「異物」で作品全体を汚損してみせた。
竿を黒塗る、ただそれだけの、おそらくはちょっとした工夫か遊び心が、「樽いっぱいのワインに一匙の汚水を注ぐと、それは樽いっぱいの汚水になる」を地で行く価値の毀損を引き起こしてしまったのである。
美点と汚点が競合するのではなく、あまた美点あればこそ、それが無駄になっていることに痛惜を感じずにはいられない。
この悲劇のケミストリーに本年最大の芸術点を奉じ、表彰台の最上段にふさわしい王者とする。
かくして18回目の大賞選定は終わった。
振り返れば、「年度ごとに基準が違いすぎるのでは」と思う者もいよう。
しかし、むしろそれこそがKOTYeの在り方ではなかろうか。
KOTYeは裁判所ではない。
毎年異なる面々をいかに競わせるかを、絶対の「判例」を積み重ねて効率化するのではなく、その年を総括するうえで最も適切な基準とは何なのかも含め、毎度改めて考え直し、語り直す。
その非効率的で七転八倒な過程こそ、我々が体現し享受するエンターテインメントなのである。
そしてエンタメたらんとする姿勢すらも、突き詰めれば手段でしかない。
仮にエンタメとしての質向上を最優先に据えるならば、そこに寄与しない嘆きは切り捨てられかねない。
さらには、勢いが全盛期に満たない企画を続けること自体が無駄な引き伸ばしであり、潔く終わらせるのが正解ともなろう。
我々がその道を選ばないのは、まさにその嘆きを、そして怒りや哀しみを吐き出せる場として在ることこそを目的としているからにほかならない。
そして、この目的を支えるもう一つの手段が、痴的もとい知的誠実さである。
検証可能な事実と個人の感想を切り分け、感想を真実であるかのように語らない。
曖昧な言葉に安住せず、語彙を尽くして互いの視点を対等に並べる。
「クソゲー」という便利な語の背後で、まったく異なる概念が語られている可能性を見逃さない。
その丁寧さが、摩擦を恐れず対話を開くための土台となる。
批評は正解ではなく、一つの視点であり、それぞれが思考を巡らせ、論ずるためのきっかけにすぎない。
この前提に立つ限り、どのような主観も尊重される。
「皆は楽しんでいるのに、俺は楽しめなかった。俺がおかしいのか?」
そんな孤独な問いに対し我々は、
「何もおかしくはない。しかしお前こそが正しいと保証もしない」
と答える。
それは、主観の優劣を決めないためである。
多数派の傲慢も、少数派の居直りも、等しく他者の感性を踏みにじる独善として我々は拒んできた。
その上で、期待を裏切られた悔しさや、言葉にしがたい苛立ちは「語っていい」と伝え、我々は毎年語り合う。
エンタメという形式と誠実さという態度を両輪として。
誰かの孤独な感情を置き去りにしないために。
最後に、常に世紀末状態にある修羅の国より、夢が幻に終わった哀しみを抱えて沈む方々へ、不器用な愛を込めたメッセージを送ってKOTYe2025に幕を引く。
「ハローベイビー
泣かないで
クソみたいな夢をつかまされたら
僕が珍宝にかえてあげるよ」