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糸 04/12/22

  スーツやコートの新品であれば、裾に糸が付いている。

  仕立てた場合にも付いているかどうかは経験がないので知らない。基本的に吊るされている場合やブレザー制服の生徒などが裾の切れ目を糸で縫合させたまま闊歩する。本人はおろしたての新品を着ていて得意気な様子を隠そうとしても、それが新品であることは後ろから見た人は全員難なく察することが出来る。

  買ってきて、値札や商標のあれこれを一通り外したつもりでも、糸は裾の末端しかも裏側であるから目立たない。試着した筈なのにいそいそと着てみて、正面から眺めて満足する。横を向いて満足する。後ろを向いて首を捻って満足する。何故に振り返った鏡で眺める後姿に裾の糸を発見出来ないのか。

  その原理は至極単純だ。貴方も試してみるがいい。例えばコートを着て鏡に映った後姿を眺める時は、何と「自分の顔しか見ていない」のだ。あとは精々肩口までの曲線を点検して、次は顔と服の色合に考えがゆく。裾などまるで気にしない。裾を見る時は裾の長さと裾から出ている足を見て、「足が長く見えるだろうか」としか考えておらず、切れ込みが新品の証として縫合されたままであることに思いが至らない。

  ただしこれは微笑ましい類の恥晒しであるから、基本的に情けない話ではない。それでも道行く人の裾が縫合されていれば「新品で誇らしいのだろうな」と思い、気を悪くさせないように注進したくなるわけだ。「あのもしもし。いえ怪しい者じゃありません。違いますスカウトじゃないです。違いますナンパじゃないです。違いますキャッチセールスじゃないです。違います勧誘じゃないです。待って下さい話を聞いて。そのコート新品でしょ?だから話を聞いて。やめて大声は出さないで。違いますって。だから!そのコート!裾に新品の糸が付いたままなんですってば!」しかし残念ながらそのような台詞が吐けるほど肝が据わってはいない。

  だから気の毒に思いつつ半笑いで眺めていると手前の表情と視線につられた人が「ふ」と笑い、それにつられた人も「ふ」と笑い、意地悪ながらも経験があるからこそ笑えるのだと見送るだけなのだ。
 
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