くらげまるの中身
長門さんと涼宮さん +0.5
最終更新:
kuragemaru
県立北高校 中庭 16:06
あたしが帰ると言いつつ部室を飛び出したのに中庭に来てしまった訳は…特に無いんだけど、
ただなんとなくここがいいと思ったのよ。
もしかしたらあいつが追いかけてくるんじゃないかなんて、そんな普通の女の子みたいな事を
全く考えていなかったというと、多分これは嘘なんだろう。
あたしは弱くなった、あいつのせい。
近づいてくる足音にあたしの心は躍る。でもあいつでなくそこに居たのは有希だった。
「どうしたの有希。あたしに用なんか無いでしょ」
自分でも嫌になる言葉、自分を独りにしてしまう言葉。あたしはこんな事を有希に言いたくないのに。
「彼はあなたを追ってくるつもりだった、だけどわたしがそれを止めた。わたしはあなたに謝るべきと考えたから」
有希はわたしに語りかけてくる。すごく静かに、でも力強く。
「あなたはあの服を皆に見せたいと言った。でも、わたしは他の誰でもない彼に見てもらいたかった。
そしてわたしは気付いていなかったあなたも彼だけに見せたかったという事に」
そんな事ないわよ。と、あたしは強がる。有希の顔が見れない。
有希には隠せない、あたしがあいつの事を好きだということ。なぜなら有希もあいつが好きだからだと思う。
あたし達は同じ。全然違う二人だけど同じ。だからその事がわかる。
「ごめんなさい」
有希はいつもと変わらぬ表情で言う、だけどその気持ちは伝わる気がする。だからあたしはあえて有希に聞く。
「有希はあいつの事が好き?」
「…好きという感情がわたしには理解できない。けれど彼と一緒に居ると暖かなものを感じる、彼に名前を呼
ばれると心臓が早鐘を打つ、独りで部屋に居るとただ彼に会いたくなる。わたしは好きという感情を言葉の
上では理解している様に思う、思うけれどもわたしの胸の中にあるものがはたしてあなたの言う『好き』なの
かわたしには判断できない。わたしはそれをとても苦しく感じている」
あたしは今の有希の言葉を聞いてすごく安心した。やっぱりこの子もあたしと同じ。あたしは有希をそっと抱
きしめささやいた。
「有希。誰かを好きになるってのはね、暖かくてドキドキしていつでも会いたくなる、そしてちょっとだけ苦しい
ものよ。有希はあいつの事が好き、それで間違いないわ。そしてあたしも同じ、あいつの事が好き」
有希はじっとあたしの顔を見ている。ほんとかわいいわねこの子、あたしが男なら惚れちゃいそうよ。
「わたしは彼が好き。あなたも彼が好き…」
あたしが言った事を噛みしめる様に有希がつぶやく。あたしは有希の手を取りぶんぶんと振る。
「あたし決めたわ、あたしとあんたはあいつの事が好き、これは変えられない事。それならあたしはこの恋を
成就させてみせるわ、有希には負けない。有希、あんたはどう?」
有希はあたしの視線を受けたまま、考えている様に見えた。そして数分の沈黙の後にはっきりと言った。
「…負けない」
「よっし。じゃあ、あいつがどっちを選んでも恨みっこ無しよ。でも、こっちから言うのはなんか癪に障るのよね。
あいつから好きですって言わせるくらいじゃないとね。うん明日からさっそくアプローチ開始よ。あたしと有希
であいつをメロメロにしてやるの」
あいつが居るであろう文芸部室を見上げ、あたしは高らかに宣言する。誰か居たとしても別に聞かれてもいいわよね。
「だめ」
有希が否定する。けど聞かれてもいいという部分を否定しているわけでは無さそうね。
「明日では遅い。これから彼に服を着た姿を見せてあげて。彼はわたしが呼ぶ」
えっ? 服ってあの服の事よね。有希は僅かに頷いた。
「わたしはもう見せた。だから次はあなたの番」
あたしはちょっと考えると、自分でもびっくりするほどの笑顔で有希に返事をする。
「じゃあ今から有希も着替えてきなさい。二人並んでる所を見せてやるのよ」
あたしは有希の手を取り、駆け出していた。
涼宮ハルヒ自宅 20:30
やだ、あたしったらまた顔が赤い。あいつの事を思い出したら湯沸し機みたいにすぐに赤くなるわ。
あいつったらとことん鈍いくせに、不意打ちであたしの心を撃ち抜くのよ。
わかってるのかそうでないのか、ホントに頭にくる。頭にきすぎてまた顔が真っ赤だわ。
今日は実習でクッキーを焼いたの。授業の方はどうでもいいわ。それよりあいつの為に余分に材料を用意したのよ。
ぜーんぶあいつの好きな物ばっかり、集めるのも結構苦労したのよね。授業で使う分より素材が多くなっちゃったけど、
それはまあいいわ。きっとあいつも喜んでくれるに違いないわ。と、作ってる時は思ったのよねぇ。
結果は惨敗よ。まさかここまで酷い物ができるとは、これもある意味才能かしら? そんな才能要らないけど。
あいつは最初、随分ひどい顔でクッキーを食べた。そりゃそうよねあれだけ不味いものなんだから当たり前よね。
でも、あたしは材料の説明とかしてるうちにどんどんテンションが下がってきちゃって、おいしく食べてもらおうと思ったの
にこんな変なの食べさせちゃって、あたしはそれがすごく悲しくて…
だから、あたしはあいつにクッキーを捨てちゃってって、つい言っちゃったの。そしたらあいつ、すごい勢いでクッキー
食べ始めちゃって食べてくれるのは嬉しかったけど、なんだかあいつ怒ってるみたいだったのよね。
食べながらあいつなんて言ったと思う? ここにきて鈍さ爆発よホント。でも、その後ね、あいつったらあたしの手を引っ張って
あいつん家まで連れてったのよ、家に着いたらもう一回クッキーを焼けって。びっくりしたけど、もうやる気になっちゃったわよ。
ところで『番場 蛮』って知ってる? そう、知らないわよね。あいつたまにわけわかんない事言うわよね。
で、しばらくしたら妹ちゃんが帰ってきたのよ。あの子ほんとかわいいわよね。
妹ちゃんもクッキー食べたそうにしてたんだけど、あいつに一番最初に食べて欲しいのって内緒で言ったら、なんだか微
妙な笑顔で部屋に戻って行ったわ。
うん、なんだかんだでその後はクッキーもうまく焼けて、あいつもおいしいって言ってくれたけど。これなら団の皆も喜ぶ
なとか言っちゃって、もー全然伝わってないじゃないのって、胸の中がすごくモヤモヤしたわ。
最後に家を出るときにあいつにクッキーを1個差し出したのよ、強力な念を込めてね。ん、どうやってって? そ、そのク
ッキーにキスしてみたのよ、だって他に思いつかなかったのよ。それに後ろ向いてたからあいつには見えてないわよ。
まあ、それで普通に食べてくれたけど、やっぱりなんだかあたしの気持ちは伝わってないと思うのよ。
で、これはちょっと勇み足だったと思うんだけど、あたしったら気持ちが伝わるまで容赦しないわよとか言っちゃったのね。
ここまで言ったらバレバレだわってかなり慌てたんだけど、知ってか知らずかあいつったら凄いいい笑顔なのよ。
これってやっぱりバレちゃったと思う? え、知らないって冷たいわね、もう。
あ、いけない、もうお風呂入らないと。今度有希もアプローチするんでしょ。結果教えてね、それじゃおやすみ。
「おやすみ」
県立北高校 文芸部室 15:25
先日の探索時、涼宮ハルヒが彼とペアになる。この確率は通常の確率論で語れば、数回に1回起こりうる事。
だけど、そこに涼宮ハルヒという要素が加わる事で、論ずる事も馬鹿らしくなる結果になる。
彼女は彼に好意を抱いている、そして彼女には情報を改変する能力がある。なのに彼女はそれをしない。
だが、今回彼女は余程願ったのだろう。その結果涼宮ハルヒは彼とペアを組み、プリンというキーワードを
随所にちりばめ彼の手を引き雑踏の中に消えた。
夕刻も近くなり、彼と涼宮ハルヒが集合場所にやってくる。どうやら目的であるプリンの入手には失敗したようだ。
だけど涼宮ハルヒの表情は明るい。観測者の視点で言わせてもらえば『わかりやすい』表情だ。
対して彼はどうか。普段と変わらない様にも見える。だがそこには何がしかの不安が含まれる憂いた表情が見られる。
準観測対象たる彼の表情は数え切れないほど見てきたと自負できる。しかし今の彼はそのどれにも当てはまらない
表情をしていた。
本を開いたまま、しばし先日の記録を思い返していた。この部屋には今わたしのみが居る。
繰り返される記録、彼の笑顔。涼宮ハルヒに向けられた笑顔。胸の奥が痛む。
涼宮ハルヒの席に目を向けると、何かのカップが目に入る。付着した構成情報をスキャン。カテゴリ洋菓子・プリン
と推定される。かなり上質の物と判断、おいしそう。製造者シールから製造者の情報を記録、後日買いに行くこと
を優先順位の第8位に指定。
…彼が近づいてくる。あと12秒18でドアの前に到着する。ノックの音、4秒きっかりでドアが開く。
彼はわたしに挨拶をし、カバンをテーブル上に置く。わたしは最大級の挨拶をし、しばし彼を見つめる。
彼の視線がわたしに向く瞬間、わたしは本に目を落とす。見ていた事に彼は気付いていない。
彼はシュークリームを食べないかと問いかけてきた。彼を見つめ肯定の意思を示す、わたしは嬉しいと感じる。
そして理由さえあれば彼を見つめていられる事。他の何よりそれが嬉しいと感じる。
彼から渡されたシュークリームをじっと見つめる。彼が不思議そうに見て食べないのかと問いかけてきた。うかつ、
彼にもらったという事がこれ程までにわたしの胸の中を満たすとは…しばらくわたしの中の全ての処理が停止して
いたと見られる。
シュークリームを味わう。とてもあまい。おいしい。
その後、少し彼を困らせてみた。以前のわたしなら考えられない行動。
彼が涼宮ハルヒの行方を問いかけてくる。問いかけられた時にはすでに前後数十分の位置情報を検索し終えていた。
さらに通常時には遮断している音声情報の取得もする。涼宮ハルヒの呟きから彼を探している事が推測される。
それを聞いた彼が軽く首を傾げながら、涼宮ハルヒの席を見る。彼の心拍数が上昇、発汗を確認。
精神状態がマイナス方向へ微弱ながらシフトしている。彼の感情の状態はマイナス方向の2種のうち、怒ではなく
哀と断定できる。
わたしは彼にかける言葉が思いつかず、わたしが来たときにはカップは空だったとしか言えなかった。
わたしに出来る事は、力なく歩き出し部室を後にする彼の背中を見送る事だった。
涼宮ハルヒが戻ってきたのは15分後。その表情には焦りが浮かんでいる。
わたしがどうしたのかと尋ねると、彼の買ってきたプリンを食べてしまった事を告げる。
古泉一樹が用意したものと勘違いしたらしい、彼女らしいと言えば彼女らしい。
だけど、わたしは彼女に告げなければならない、あれは彼があなたの為に買ってきた物だと。あなたは彼の為に
行動しなければならないという事を。
数日後。彼女は無事にやるべき事を成し遂げた。
わたしは電車に乗り隣町へと移動している。わたしも彼女と同じ事をしたい。
いずれ訪れる最後の審判。その結果がどうなるのかわたしには既にわかっている。
それでも、今だけはあの洋菓子のように甘い気持ちを彼に向けたいと思う。彼がわたしにくれた感情というものを。
わたしは目的の店に到着し列に並ぶ。店員の差し出すメニューのジャンボシュークリームを指差しこう告げた。
「これを、20個」
県立北高校 文芸部室 15:10
「有希。この間はホントありがとね。」
「いい」
涼宮ハルヒは鼻の下と上唇の間にペンを置き、年頃の女性としてはいささかはしたない様で言葉を続ける。
それを受ける長門有希も、涼宮ハルヒの方は向かず自ら持つ本に目を落としたままだ。
「まさかあいつがあんな事する為にプリンを用意してくれるなんて思わなかったから…」
「そう」
窓からさわやかな風が入ってくる。窓際の枯れた笹の葉がさわさわと音を立てていた。
「でも有希もあいつにシュークリーム山ほど食べさせたんだって? あいつなんだかニヤニヤして言ってたわよ」
「先日のクッキーの分も、わたしは彼に何かしたい」
「そうよね。プリンとシュークリームが間に入っちゃったけど、まだ有希のターンだもんね。で、何するの?」
「彼にお弁当を作る」
涼宮ハルヒは少し片眉をあげ、鼻の下からペンを取る。
「お弁当かあ、いいわね。あたしもやりたい…けど、おんなじのじゃダメね」
「そう」
マウスをクリックする音が部屋に響く。遠くでは運動部の掛け声らしき物が聞こえてくる。
「でも、なんか食べ物ばっかりじゃない。最初は違ったけど」
「そう」
涼宮ハルヒはふと窓の外を見た。しばらくの間何かを考えるようにして、ゆっくりと口を開ける。
「有希はさあ、気付いてる? あいついっつも有希のこと見てるのよ」
本から顔を上げ、長門有希は涼宮ハルヒの方へその顔を向けた。
「それはあなたの勘違い。彼が見ているのはわたしでなくあなた」
長門有希は再び本に目を落とす。その言葉に顔を赤くした涼宮ハルヒは反論した。
「そ、そんなわけないわ。だってあたしがあいつの方見ると、いっつも有希ばっかり見てるもの」
「彼はあなたを見ている。あなたに悟られないよう、視線を逸らす為わたしの方を向く」
「ほんとにそうなの? 信じられないわ。だってあいつの有希を見る目ったら、あたしなんかには向けた事も無いような
すっごく優しい目してるのよ。あれ見るたびに有希には勝てそうも無いって結構へこむんだから」
長門有希の手はリズミカルにページを手繰る。その音は規則正しく、まるでメトロノームの様に音を刻む。
「彼の特別はあなた。わたしは望んでも彼の特別にはなれない」
「そんな事言わないでよ。あいつが口に出して言ってくれなきゃ、どっちがどっちかなんてわかんないんだから」
長門有希は手を止め、本を閉じる。顔を涼宮ハルヒに向けじっと見つめる。
「おそらく彼は近い内になんらかのアクションを起こす。彼は鈍いと周囲にも思われているがそんなことは無い。
現在わたし達が行っている数々のアプローチ、これらを受けて彼は間違いなく動く」
「だといいけどね。でも…ホントにそうなったらちょっと怖いかな」
「わたし達は現状を打破すべく一歩踏み出した。彼は必ずそれに答えてくれる、わたしはそう信じてる」
涼宮ハルヒは自ら淹れたお茶を飲み干し答える。
「有希には敵わないわねぇ。あいつの事を語らせたら右に出るものはいないって感じよね。でも、まあいいわ何時まで
も怖がってばかりで何もしないんじゃ何も変わらないものね」
「そう」
長門有希は立ち上がり本棚へ歩き出す。読んでいた本を納め、替わりに取り出したのは料理のガイドブック。
「あなたにお願いがある。料理の事を教えて欲しい」
涼宮ハルヒはニンマリと笑みを浮かべて、腰に手を当てたポーズをとる。
「まっかせなさい。あいつが泣いて喜ぶお弁当のおかずを伝授してあげるわ。今日の活動が終わったらさっそく有希の
家でメニューを考えましょう。派手すぎるのは引かれちゃうから、シンプルだけど効き目ばっちりの物にするわよっ」
長門有希はガイドブックを胸に抱え、涼宮ハルヒに静かに言った。
「ありがとう」
少女達の密談は終わり、いつものメンバーが揃う。そしていつもの日常が始まる。
長門さんと涼宮さん +0.5 おしまい
コメント
ハルヒシリーズはキョンの一人称で話が進みます。キョンが見た事や聞いた事のない場面に関して
読者は想像したり推測するしか出来ません。当初その形に則りSSを書き始めましたが、自分がそれを
するのはちょっと違うかなと思い、見えない部分を埋めるためサイドストーリーという形でこれを書きました。
ハルヒが一方的に長門に電話したり、カメラアイ的視点で地の文を進行させたりといろいろ書き方を変えて
みたりもしましたが、あまり効果的とは言えなかったと後々考え込んだりもしました。