くらげまるの中身
長門有希のカレーなる1日
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kuragemaru
とある日の朝の事である。
カバンを手に家を出ようとした俺を呼び止める母親の声。正直無視しても良かったのだが、月末も近いここで
そんな事をすれば、そろそろ支給される来月の小遣いの額に影響が出かねない。
母親に何かと尋ねてみると、どうも泊りがけで出かけるとの事。親戚関連で何かあったらしい。
その何かが何なのかはどうでもいい話で、俺と妹がそれに関わる事も無く、要は留守番していろという事だ。
母親からは2人分の食事代として3000円が供与された。さてどうするべきかな。
まあ、それから学校で特にこれと言う出来事も無く、平穏無事に放課後となったわけだが。
ハルヒに今日は帰ると伝えようと思ったのだが、あいつはHR終了と同時にダッシュで消えた。
振り向いたらもういないんだぜ、まったくロケットスタートとはあいつの為にある言葉だね、ほんとに。
既にいなくなった奴の事を考えていても仕方がない、俺はとりあえず文芸部室へと向かうことにした。
部室前に辿り着くとそこには天使が居た。いやまあ、朝比奈さんなんだけどな。
「こんにちは、朝比奈さん」
「あ、キョン君。こんにちは」
朝比奈さんはドアを開けて、俺に入室を促してくれる。さりげない心遣いが俺のハートを震わせるぜ。
いやいや、それはこの際どうでもいいんだ。今日は帰ることを伝えねばな。
「朝比奈さん。申し訳ないんですが、今日は家の都合で帰らなければならんのです」
「そうなんですか、残念です。今日は新しい茶葉を持ってきたのに」
ああ、天使の誘惑とはこの事か。……いいかげん第三者視点で見ると痛い奴になってきたな、俺。
「それは後ろ髪引かれるところですが、買い物をして晩飯の支度をしなきゃならんのです」
「え、今日はキョン君がお料理するんですか?」
俺は首をぶんぶんと振り否定する。そんな料理って程のもんじゃないですよ。
「今日は妹と留守番なんです、1人なら外食でもいいんですがね」
「うふふ、じゃあ妹ちゃんと仲良くお食事ですね。お手伝いとかもしてくれるのかなぁ」
「残念ながらそれは無いです。あいつは食う専門ですから」
くすくすと笑いながら俺の話を聞く朝比奈さんは、それはもうなんとも言えない魅力に溢れていて、俺はどうにか
なってしまいそうな気持ちを抑えながら会話を切り上げる事にした。
「じゃあ、すみませんがハルヒによろしく言っといてください」
「わかりました。さよならキョン君」
ひらひらと手を振りドアを閉める朝比奈さん。閉まる寸前に長門の姿がいつもの場所にちらりと見えた。
「妹ちゃんとお料理とかできたら楽しいだろうなぁ、長門さんもそう思いませんか?」
朝比奈みくるが窓際に目を向けると、今までそこに居た筈の長門有希は煙の様に消えていた。
「あれぇ? 今そこに長門さんが居た筈なのに……おかしいなぁ」
部室内に答える者は無く、朝比奈みくるは考えるのを諦めて着替えをする事にした。
それからしばらくして、部室に古泉一樹が現れる。
「こんにちは。おや、今日は朝比奈さんだけですか」
「あ、古泉君。こんにちは。今日はキョン君がお休みなんですよ、長門さんは……居た筈なんですけど消えちゃいました」
古泉一樹はそうですかと返答し、自らの定位置に座りボードゲームをカバンから取り出した。
さて、そんなわけで俺は通学路を降っているわけなんだが。俺の数少ないレパートリーから今晩の夕食を何にするか、
チャーハンはこの前食べたしなあ、オムライスも妹のリクエストで先週末に食卓に並んでいる。
後はラーメン……いやいや、これは無いな。とすると残されたメニューは……
「カレー」
ああ、そうだな。カレーはここしばらく食べてないな、よしカレーにしよう。
俺は天啓を受けたかのようにカレーというメニューを思いつき、いそいそとスーパーへと足を向けた。
そういえば、先日の事件の時に長門にカレーを振舞うって約束してたよなあ。
でも、いきなり俺んちに招待するってのも、なんだしなあ。ハルヒに知れたら俺は殺されるかもしれん。
まあ、長門の家にお邪魔してってのも、知れたら結局殺されかねんという点では同じだがな。
などと、考えながら歩いていると、いつの間にやらスーパーが見えてきた。しかし、制服で買い物ってのもなんか変だよなぁ。
まずは野菜コーナーを見るか。にんじん2本のたまねぎ一袋、じゃがいもはメークインにするか、妹が好きだしな。
ほいほいとカゴに放り込み、とりあえずここにはもう用は無いなと、他のコーナーを目指す俺。
そんな俺の持つカゴに、不意に重量物が入れられた。何かと思えばそれはキャベツであった。
周りには誰もいない、ではこのキャベツは何だ。どこから現れたのだ。
「わあ、身の詰まったいいキャベツだなあ」
心にも無い事を呟いた俺は、空気の揺らぎの様なものを見た気がした。
しばし考えた俺は、記憶の中にあるその高さに手をかざし、ゆっくりと手をそれに置いた。
「長門か」
手をわしわしと動かすと、確かに髪の毛の感触。間違いない、見えないがここに居る。
「なぜ、わかったの」
一瞬、空間にモザイクが掛かったかと思うと、長門がそこに現れた。
「まったく、脅かしっこは無しにしてくれよ。いきなりキャベツが放り込まれれば誰でも気付くぜ」
俺は周りを見回し、長門がいきなり現れたところを見られていないか確認した。
「だいじょうぶ。情報操作は得意」
そうか、と返事をして長門の頭をぐりぐりする。細かい事を気にしたら切りが無いしな。
「長門、いまさらな感じもするんだが、今日は俺が夕食を作るんだ。よかったら食べに来ないか、もちろんカレーだぞ」
「……いく」
「よっし、じゃあ決まりだな。さっさと買い物済ませて行こうぜ」
俺と長門は連れ立ってカレールーのコーナーへと歩き出した。
「遅れてゴメーン。って、みくるちゃんと古泉君だけ?」
涼宮ハルヒが部室のドアを開けると、そこにはボードゲームに興じる2人が居るだけであった。
「あ、こんにちは。涼宮さん」
「どうも」
涼宮ハルヒはツカツカと、団長席に歩み寄りカバンを置く。
「今お茶を淹れますね。そうそうキョン君はおうちの都合で今日はお休みするそうです」
「長門さんは先程まで居たらしいのですが、行方がわかりません。お隣というわけではなさそうです」
朝比奈みくると古泉一樹が状況を説明する。涼宮ハルヒは少しばかり憮然とした態度でそれを聞いていた。
「キョン君は妹ちゃんの為にお料理をするって言ってましたよ。ご両親がお出掛けだそうです」
湯飲みを団長席に置きながら、朝比奈みくるは言う。しかし涼宮ハルヒはそれを聞いた途端立ち上がった。
「こうしちゃいられないわ。あたしも今日は帰るわね」
カバンを掴み嵐のような勢いで部室を出る涼宮ハルヒ。残された二人はあっという間の出来事に顔を見合わせる。
「なにやら僕らの知らないところで話が進んでいる気がしますね」
「みたいですねぇ。あ、お茶のおかわりをどうぞ」
古泉一樹は差し出されたお茶を一口すすり、軽く溜息をついた。
「まあ、事件性はゼロと断言できるでしょう。僕らは静観というスタンスで問題ないかと思います」
「そうですねぇ。わたしもそんな気がします」
2人は談笑しつつ、中断されていたゲームを再開する事にした。
「長門、お前はどのルーがいいんだ。妹は辛口もいけるから何選んでもいいぞ」
カレールーのコーナーにて、長門の好みを聞く。招待するからには好きなのを選んでほしいしな。
「これ」
ふむ。中辛のスタンダードな奴だな。長門の選んだ物をカゴに入れ、隣の缶詰コーナーでマッシュルームスライスを手に取る。
次に行こうとする俺の袖を引っ張る長門。どうした、長門。何か足りないものでもあるのか?
「このカゴの中を見る限り、重要な物が入っていない」
「何だ、何が入っていないんだ」
「肉」
ああ、確かにそうだな。肉無しのカレーはかなり寂しいよな。
しかし、ここで問題がある。俺の手持ちは3000円だ。現在のカゴの中身をざっと計算すると1300円といったところか。
出来うる事ならここで出費を抑えて、供与された予算の内のいくばくかを俺の財布にチャージしたい。
カレー用の肉と言ってもピンキリなわけで、下手な価格の筋だらけの肉はパスしたい。そこ、贅沢だって言うなよ。
しかし、先にも言ったがせっかく長門を招待するんだ、ここは俺の財政事情は後回しにしてしまおう。
「よし、肉を取りに行くぞ。心配するな長門、お客さんに肉無しカレーなんぞ出すわけが無いじゃないか」
ハルヒばりにのしのしと精肉コーナーへ向かった俺は、迷わずある肉のパックを手に取りカゴに放り込んだ。
「そうだ、これも買っていかないとな」
「それは、何?」
俺は長門の目の前に、袋入りの赤いウインナーを掲げて見せた。
「妹が好きなんだ。タコさんにすると喜ぶんでな」
「タコさん」
そっちに興味があるのか。よし、長門の分にも入れてやるからな。
「タコさん」
嬉しいらしい。あくまで多分なんだが俺にはそう見えた。
会計を済ませ、袋詰めをすべく平台にカゴを置く。ん、どうした長門。
「キャベツはわたしが運搬する」
宇宙人的何かがあるのだろうか、長門の要望に従い2枚もらったレジ袋の片方にキャベツを入れて渡す。
「よし、じゃあ俺んちに行こう」
こくりと頷き、長門は俺の後を付いて来る。随分大事そうにキャベツをぶら下げてな。
というわけで家に到着し、まずは米を研ぎ炊飯器にセットする。これを忘れてしまっては元も子もないからな。
次に野菜類の皮むきだな。無論俺は包丁なんてものを器用に操る事は出来ない。
そこで登場するのがピーラーだ。要は皮むき機だな。2枚刃の髭剃りのような形で、刃を当て滑らせればあら不思議、
どんな不器用さんでもするすると皮を剥く事が出来る、魔法のツールだ。ちょっと言いすぎか。
すいすいと皮を剥く俺の手を、長門が興味深そうに見ている。
「お客さんなんだから、座って待っててくれていいんだぞ」
「興味深い」
ふむ、自分では料理はしないみたいだしなあ。少しやらせてみようかな。
なんとなーく、そう思った俺は、にんじんとピーラーを長門に差し出して問いかけてみた。
「興味があるならやってみないか。結構面白いぞ」
こくりと頷き、にんじんとピーラーを手に取る長門。はは、なんか珍しい感じがするな。
ふと笑みを浮かべた俺の顔を見て、少しばかり顔を傾ける長門はゆっくりとにんじんの皮を剥き始めた。
そんな長門を横目に、俺はたまねぎの準備に入る。大きめに切ってザルに置く。
次はじゃがいも。メークインはちょっぴり細長いので、3等分くらいに切る。これで一口くらいかな。
長門は2本目のにんじんを手に持っている。剥いた方を受け取り輪切りにする。
「妹がごろっとしたにんじんは好きじゃなくてな。なんとなーく存在する程度に小さくするんだ」
「これで3回目」
何がと問いかけると、長門は皮むきの手を止め俺の顔を見つめてくる。
「あなたが妹の為にと何かをする事が今日3回目。じゃがいもの品種の選択、タコさんウインナー、そしてにんじんの好み」
「言われてみると確かにそうだなあ。でも、どこの家でも兄ちゃんってこんなもんだと思うぞ」
「あなたは妹好き」
長門、言い方が変だぞ。俺がまるで……その、なんだ、いや、もういい。妹好きで構わんよ。
「そういや、あいつまだ帰ってこないな」
時計を見ると午後4時半を回っている。まったく今日は早く帰って来いって言っといたんだがなあ。
俺は今妹が予測もしていなかった奴と一緒だと知らずに、たまねぎを親の仇の様に徹底的に炒めていた。
つづく
コメント
日常シリーズとでも名付けましょうか、何でもない事を書いていくシリーズです。
今までキャラスレで投稿してから、こちらに収納という形を取っていましたが、たまにはここだけの作品というのも有った方が
良いかなと思いまして、こんな話を始めてみました。
『長門有希のカレーなる1日』とタイトルで言ってますが、放課後からのスタートで偽りだらけのタイトルです。
なんとなーく付けただけで意味があるかというと、別にそんな事も無く。しかもほぼキョン視点ですし。
そんなに長くなる予定はありませんが、しばらくお付き合いくださいませ。