漫画が安心して終われないんだ!

「それで……我々の組織に探している人物がいると?」

 「ええ、そこはついでで構いませんよ」

 スパイ活動という名目とは裏腹に正式なライセンスで初めて出版局の中に入りその全貌を知ることになるミリィ達。
 ライセンスをパスのように扉に触れると自動で開き、透明な扉からセキュリティを超えて中へ、こんなのSF映画でしか見たことがなかったのでテンションが上がっていた。
 時空出版局の中は無重力空間となっており、あちこちで本が浮遊して図書館のような空間で資料をまとめてあた。
 本を作る時とか企画の際に邪魔くさくなるんじゃないのか?とミリィは思ったがそこら辺は融通が利くらしい。

「ときめきジャンプの編集部まで案内します、ついてきてください」

「さて、時空規模の社会科見学といきますか」


「おいツラ貸せたくっちスノー

「話はうまいラーメン屋の屋台で聞いてやる、今は仕事してくれ田所」

「そうも言ってらんねえんだよバカ……お前ネオジャンプの編集半分抜けてんだゾ」

 編集者達の立場が一新され出版局の介入にも気付かずたくっちスノーはゲームチャンピオンの専属編集者に、ミリィとポチは表向きは時空出版局へのスパイ活動として侵入のため留守……残されたEXEと野獣先輩がネオジャンプを任せることになった、たった2人で。

「俺達二人だけでこんなん出来るわけねえだろうが!YO!」

「悪いとは思っている、でもゲーちゃんだって大事だし二人も出版局に行かなくちゃならない、恨むなら人員を埋めてくれない黒影にも……」

 「人員なんて元から期待してねぇんだって!」

 ネオジャンプの人員が一気に半分以下、ただでさえ5人でもカツカツだったのに残されたのはまだ未熟な所が多いEXEとやる気のない野獣先輩である、楽なんて全然出来るわけないのに仕事は増える一方なので野獣先輩は突っかかるがたくっちスノーとしても楽な仕事でもないのでさっさと退散する。

「じゃあ一緒にゲーちゃん手伝う?こちとらゲーム遊ぶだけの楽なお仕事って部下からめちゃくちゃバカにされたんだぜ」

 「嫌です……どうせクソゲーとかやらされるぞ」

 「なんで?(殺意)いやマジで頼む、一人でゲームのリアクションとるの精神的に来るんだってあっ逃げるな持ち込みは追いかけてくるぞ」

 3人になっても状況が悪化しただけでドタバタ具合は変わらない、ポチ達がいなくなっても昔に戻ったようなものだが、どこか寂しさを感じる、EXEは冷静に漫画の売れ行きを確認しながらミリィの話を突き付ける。

 「そういえばだが、あいつらは出版局のスパイなんてして何を得てくるんだ?潜入にしても時空規模組織はリスクが高いぞ、何かあったら……」

 「そ、そこは大丈夫だ……ミリィから聞いたがあそこには内通者もいるらしいし」

 のらりくらりとかわしてたくっちスノーはゲームチャンピオンの編集並びに雑誌作りの準備を始めるために副局長室へ向かう、改めて自分達でネオジャンプをなんとかしないといけないと考える野獣は頭を抱える。
 彼に出来ることは『捨てる』選択のみ、面白いものを維持するためにあえて生贄となる作品を用意したり、容赦なく微妙なものを切り捨てたりと潰して残りを売る取捨選択しかやってない。
 しかしこの規模だとまるでデスゲームのようにこれまでの作品の大多数潰してかないとやってられないし次にも期待出来ない。
 こんな風に打ちのめされたことが前にもあったような気がする、そう……前に突然アニメ化された『前回までのシオンさん』だ。
 結局実際にアニメ化してもアニオリまみれで変な作品だった。
 そういえばオークションで作品を集めてメイドウィンに提供しているという件も解決していないし、漫画を終わらせる権利も自分達にはない。

「そういえばアレって、今はもう無いホワイトとかゲーム雑誌とか……あのつばめにも含まれてるスかね?」

「そうじゃないのか、あいつはメイドウィンを増やしたがっていたからな……ホワイトはミリィの関係者に任せたがつばめはどんな調子だが……」

「あ〜せめてオークションを俺等でコントロール出来りゃいいんすけど、メイドウィンの事だしな」

「野獣……それやってみないか?」

「ファッ!?」


 ミリィ達は無重力空間に慣れないまま足を進めながらもなんとか坂口についていき、通りかかる漫画やコラムを流し見しながらときめきジャンプの編集部へと辿り着く。
 ミリィ達は結局たくっちスノーの兄貴達を見つけられなかったがめぼしい情報は得られた、スパイ活動という仕事として報告するには申し分ないだろう。
 その上で坂口と話してもいいラインで情報をまとめたり確認を行っている、ポチではこういうことは出来ないので任せるしかない。

「ところで、ホワイトは貴方の関係者に権利を譲ったとと聞きましたが」

「はい、現状は問題ないみたいですけど……出版局としてはやはり気になりますか?」

「いえ、問題なく回っているのであればこちらとしては構いません……普通の人間が動かせば普通の作品になります、最低限普通さえ維持してくれればいい雑誌でしたので」

「普通未満と思われてたのかぁあの雑誌……あれポチ?」

 自分が坂口と離している間にポチは電話をしていた、ミリィが探知してみると相手はEXEであり連載陣を実質操っているオークションを支配出来ないだろうかという相談だった、好きなタイミングで特定の人物に買わせることで漫画の話の流れを編集者が自在に掴む事が出来る、その為にはポチが使えるのではないかということだ、EXEと野獣だけではとても今のネオジャンプは扱いきれないので仕方ない処置である。

「うーん……まあ分かったやってみるよ、そっち行けなくてごめんね……ああうん、この仕事長引きそうだからネオジャンプは見られないけど……たくっちスノーもそうなのね」

 ポチを通して後で自分も協力しようとするが今はときめきジャンプを何とかしなくてはならない、坂口に自分とポチ以外でどんな編集者が居るのか聞いてみる、ミリィの他世界行って調査や事業を行う時は大体現地民とのコネ作りから始めて後々楽になるようにセッティングを済ませて後々楽になるように場を固める。
 坂口はリストを見せる、そこにはミリィとポチの偽名に加えて五人の編集者、8人で運営していくらしい。

 「ポチ、これに目を通しておいて電話代わるから」

 「了解、じゃあ後よろしく。」

 ポチは写真と名前だけ書かれたリストを見てメモに次々と書き足す、その人物のプロフィールや好きなモノ、好みの漫画作風や女性のスリーサイズまで書き足してしまった。
 坂口に見せると99%一致していたらしく驚かれる、二次創作とネオジャンプ編集で鍛え上げられたポチはキャラクターの見た目や筆跡、ちょっとした手がかりだけでプロファイリングも出来る性欲に反した分析派。
 ポチはキャラ情報を確認したり作ったりと調べたりリスト化することにおいて監理局で右に出る物はない。
 愛嬌でコネ作りのミリィと調査でデータ管理のポチ。
 断言するがこの二人が抜けたネオジャンプは相当な痛手となり、時空出版局も大きな影響を与えていく。
 改めて坂口がセンシティブ情報を削ってミリィに提供し、中に入ると編集者たちがお出迎え。

「お前らが新しく入ったっていう腑抜けた新入りか?」

「ん?まあそうだね……君が筆跡がとても可愛いヤバメちゃん、見た時から会いたいと思っ」

「こらワンちゃん、いきなりギスギスしちゃいそうだから」

 ポチを摘み上げてミリィは自分のデスクに座る、先ほどポチにガンつけた女番長のような風貌のヤバメ、身体がサファイアで出来ているブルースカイ菊竹、ワンピースの世界からやってきたアーナ、もちもちわんこのロドリゲス、どこからどう見ても棒人間なデッサンマン、AI付き自動販売機のカンコーヒー、そして時空出版局のベテラン、坂読みの松代。
 ミリィはこんな集団を相手によく軽い情報と写真だけで完璧な説明文を作れたものだと引いてしまう。

「凄いワクワクしてきた、俺たちこんな集まりで恋愛漫画の専門雑誌作るのか……たくっちスノーには悪いけど恋心即ち性欲!ネオジャンプ叩き潰すことも俺なら容易なんだよね!」

 もし出来ることならたくっちスノーを倒してみたい。
 そんな状況がようやく訪れたポチにとってこの環境はやる気が出ないわけがなかった。


「はあ……はあ……これでケロケロクエストイエロー、今月分のコラム執筆出来るぞ……ああー!!好きにゲームやりてぇよ!!」

 一方たくっちスノーはというとゲームチャンピオンに向けて数々のゲームを仕事でプレイしていた、ゲームといっても決められた部分までしか遊べずさながらデバッグプレイのように攻略法やアイテムの検証を行い、手探りで隠し要素も集めると正に苦痛の一言。
 遊んでいるにも関わらず全くの安らぎにならないが、チートコードをばらまいたりネットの情報を鵜呑みにしてワザップジョルノじみた物を貼り付けるよりはマシだ、たくっちスノーの精神を犠牲にして信憑性のある攻略法を提供している。
 コラム用のゲームノルマを終えた後は来月号載せる予定の新情報をチェックして徹底したリーク防止、ネオジャンプに居た時よりも神経すり減らしながら漫画を貰う。
 たくっちスノーも言っていたがゲームチャンピオンの連載漫画は基本的にコミカライズなので気にすることは特に無い、原作となるゲームのストーリーに沿ってさえいれば問題視される所はなにもないからだ。
 一説では作者が原作ゲームをクリア出来ず別物みたいな作品となったコミカライズも存在しているらしいが……。

「とりあえず今月号のゲームチャンピオン作成は終わった……後は次のゲームに向けてリーク防止しつつ趣味用のゲームで現実逃避だな……」

 そして別のゲームを起動して気持ちを安らごうとするが、プレイする度にゲームチャンピオンの事が頭をよぎって全く集中出来ない。
 このままでは普通にゲームをしてても頭がおかしくなってしまう、そんな時黒影が新しいボードゲームでもしないかと扉を開けてくる。
 空気読めないがボードゲームなら少しはマシになるだろうと相手をした。

 ……。
「いやいやいや、おかしくね?お前ボドゲでチート出来るの?」

「出来たりしてさ……俺こんなにも強いんだもん」

 二人でやるボドゲは虚しいかもしれないがそうでもない、アナログゲームでも黒影はぶっちぎりで勝てるのだ。
 人生ゲームでは勝ち組順応、モノポリーでは一斉独占。
 羊のボドゲをやらせたらラム肉食い放題バイキングであった。

「これそういうゲームだっけ……それで黒影、たぶん仕事の話だろ?」

「そうだね、ゲームチャンピオンにも1大企画を建てるべきと考えてる」

「もうゲームやりたくないぞ……ただでさえ神経すり減らしてるんだ」

「大丈夫、ゲームを作る企画だから!」

「ゲーム?確かにミニゲームとかを作成して配布する雑誌とかたまにあるけど……プログラミング出来る作品とか最近あるしね」

「いやそのレベルじゃ時空規模の雑誌にふさわしくないでしょ、とびっきりのやつをネットで見つけてきたから」

 黒影がチート性能で早急にボードゲームを切り上げると、持ってきたのは分厚い企画書。
 この時点で開きたくないと思っていたが恐る恐る中を覗き度肝を抜く、たくっちスノーにも縁があるその企画の内容は……『史上最強のRPG計画』
 かつてリアルワールドにも存在していた完全タイアップで1からゲームを作り上げる、その内容は読者アンケートで募集して好きなものを寄せ集めることでトップレベルに人気なゲームソフトが完成するというものだ。
 リアルワールドではこの企画で生まれたのが『クロスハンター』というゲームであったが……。

「リアルワールドでやってたよコレ」

「時空規模ならもっと凄いもの作れるでしょ?」

「無茶言うな!大体クロスハンターでさえ予算全然足りませんでしたオーラ見え見えなのにウチのどこにそんな予算があるんだ!?ハードは!?ゲーム会社は!?そこまでアンケートで決めるってのはナシだぞ!」

「まあまあ細かい事は読者に決めてもらおうよ、何も思いつかない時でも向こうから無償でネタを提供して話を考えてくれるなんて楽でいいじゃない……というかたくっちスノー、君似たようなのやったことあるでしょ?」

「Ankerシステムのことか……言っとくがアレも不安定だぞ?」

 Ankerシステム、それはネットから回収したキーワードをランダムに回収して混ぜ合わせることでマガイモノを作成する監理局以前に行っていた技術、ネット掲示板の『安価スレ』に似ていることからそう名付けたが安価スレと同様の問題点も抱えており、他人頼りな上に予想のはるか斜め下の単語だって普通に出てくる、成功例は稀だ。

「もしかしてその漫画の連載もやる?」

「そりゃもちろん」

「まあ漫画の方は大丈夫だとして……ゲーム計画かぁ、自分ゲーム作りまではやんないからな?企画を集めるだけ、黒影がやるんだったら引き受ける」

「いいね!最強クラスのRPG作るなら俺が適任としか思えない!」

 こうして黒影のゴリ押しによってゲームチャンピオンに『史上最強のRPG計画』開催の広告が貼り付けられる、もちろんしっかり表紙の次に貼ってアンケート欄まで貼り付ける。
 問題はこの雑誌にハガキを送ってくれるような律儀で誠実な読者がどれだけいるのかということだが……。
 アンケート欄を作成している時、そういえばまだ雑誌があったことを思い出して黒影に問いかける。

「黒影こそどうなの?まんがタイムつばめ、好調なの?」

「描いてて気分はいいね、こんなにも沢山描いてるのに疲れる気もしない、何をそんなに疲弊しているんだろうってスラスラいけるね」

「それ嫌味か?好調っていうのは……まあいいや、あのオークションってさ、ネオジャンプ以外も売ってたわけ?」

「問題があってホワイトの作品は買い取ってくれなくなったけど、つばめとゲーちゃんは今も問題なく出品中だよ……といってもオークションサイトはbot回してるから俺も常々見てないんだけどね」

「ふーん……」

 たくっちスノーはこっそりとメールを送りポチに報告する、同じ監理局に居るだけに野獣が何をしようとしてるのか、その上で誰に頼ろうとするかは自ずと察しており密かに自分も協力を仰ぎ連載陣のコントロールを狙う。

 ◇

 そして視点を再びときめきジャンプへと戻す。
 恋愛漫画中心のジャンプなんてどう回していけばいいのかと悩ませるミリィだが、ポチはそんなにおかしな企画でもないとホワイトボードをいじる。
 恋愛が本筋であり、サブ要素でいつも通りのことをやればいいだけのこと。
 恋をしながらスポーツをしてバトルに恋愛を絡め、のんびりとした日常に甘酸っぱさ、あくまでときめきをアクセントに抑えていつものジャンプをすればいいだけだという。

「とりあえず参考までにアオのハコ読んでおきなよ」

「そりゃ毎週アニメは見てるけど……実際何を連載するの?」

「俺はまずスポーツ物だね、あと数々のヒロインが存在して誰か一人しか選べないって作品はリスクが高いから多くて2作品までだ、アクション系なら主人公の帰る場所として非戦闘のキャラも悪くないかもね」

「おい、何を新入り風情が仕切ってんだ」

「確かに俺たちはちょっと出しゃばりすぎだよワンコ君、今は連載作品を確認するところから」

「もしかして俺ってどの業界行っても犬扱いなの?そろそろ俺の本名が黒影もどきって忘れてないかな?」

 何はともかくときめきジャンプの連載候補を貰う、既に40作品ものの読み切りがあり他の編集者達は各自で担当する漫画を決めている、1人で5本や6本も相手しているわけではないと感覚が麻痺していた2人は感動する。
 各自で漫画を見てランキングを付けたり、作者のプロフィールを確認して冷静に分析する。

「これからは仲良くなるかもしれないし、時空規模でファンサするなら性格は大事だよね」

「徹底的にマークしてるから過去のどんな小さな炎上騒ぎも絶対に見逃さないよ」

 ネオジャンプで鍛えられたこの2人は以前より漫画を選ぶ力が鍛えられてきた、即座に4作選び文句無しの傑作としてメッセージ並びを送り制作経験のあるポチはアドバイスや反省点まで記してしまう。

「か……彼ら本当に監理局の人間か?あまりにもやる気がありすぎるだろ」

「まさか本気で私たちにスパイする気じゃ」

「やだなぁ皆さん、せっかく選ばれたんだから仲良く出世したいだけですよ?」

「一緒にときめきジャンプを盛り上げて黒影を叩き潰しましょうよ!」

 ミリィとポチの普段は見せられない邪悪な思想が混じったスマイル、黒影に牙を剥けるいい機会なのだ。
 いつか来るその日の為に磨いておきたい、監理局を乗っ取るとかそんな気は一切ないが全てはその時のために。
 これはある意味では予行演習なのだ。

 ◇

「……週刊ときめきジャンプ」

 そして遂にときめきジャンプは発売された、出版局のブランド力と迅速な宣伝により2人だけになりガタガタになったネオジャンプを追い越すことなど造作もないことである。
 だがEXEと野獣も負けているつもりはない、松山→ミリィを通して連絡が来た。
 彼の協力者であるメイドウィン達の手によってオークションを掌握した。
 そしてネオジャンプVSときめきジャンプ、2大ジャンプ派生のガチンコ勝負が黒影とは無縁なところで巻き起ころうとしていた。
 何より一番期待していたのは……ミリィと戦う機会が出来たたくっちスノーであった。
最終更新:2025年03月23日 20:40