2ch黒猫スレまとめwiki

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

『ただいま』

大学生になり、一人暮らしを始めた京介のもとに通う黒猫を書いてみました。
少しでも楽しんでくれる方がいらっしゃれば幸いです。


3月のとある金曜日。
私は自宅の台所に立ち、まだ見ぬ未来に想いを巡らせていた。


私の編み出した究極の錬金術(レシピ)
これであの男も私の呪いから逃れることは叶わない。
ククク……。


「ただいまー!」


あら、日向が帰ってきたようね。
私は包丁を置き、後ろを振り返った。


「あれ? ルリ姉、何このすごい量の料理」
「明日持って行くのよ」
「あぁ……引越し祝い?」
「呪いよ」
「え?」
「引越し呪い」
「……何それ」
「い、いいじゃないそんなこと」
「でもさぁ、高坂くんの冷蔵庫、こんなに入る?」
「保存容器に詰め込めば大丈夫……たぶん」
「そんな大量のタッパー、うちにあったっけ?」


私は100円ショップの袋を日向の前に置く。


「この程度、私にかかればわけないわ」
「……気合入ってんなぁ」


べ、別に気合なんて入っていないけれど。
そうね……こんな気持ちで料理をするのも久しぶりな気がするわ。


明日は京介が一人暮らしを始めてから最初の週末。
恋人である私が世話を焼かなければならないのは当然の摂理。

それに、あの怠惰な雄は、きっと放っておけば何も家事をやらないでしょう。
服が散乱し食器が積みあがっている様子がやすやすと想像できるわね。

思わず、ふっと笑いがこぼれてしまった。
私は包丁を持ち直し、料理を続ける。


トントントントン……


「ルリ姉、そんなに料理頑張らなくてもさ――」
「なにかしら?」
「服脱いで『私を食べなさい』でイチコロだと思うよ、高坂くん」
「それはつまり……」
「?」
「……今夜のおかずはいらないってことね?」
「ちょ、冗談だよ冗談、嫌だなぁルリ姉はハハハ……」
「はぁ……莫迦なこと言ってないで、手伝って頂戴」


日向は出来上がった料理を容器に詰めながら、
なぜだか少し嬉しそうにしていた。


「お兄ちゃんに、よろしくね!」



◇ ◇ ◇



土曜日。
小雨のパラつく中、私は電車を乗り継いで京介の家に向かう。
足取りは軽い。


――――京介のアパートの玄関前まで来た。

お昼ごはんの買い物をしていたら、少し遅くなってしまったわ。
ちょっとドキドキするわね。

傘の水気を払い、畳む。
私は目の前のボタンを押した。


ピンポーン


部屋の中からバタバタという足音が聞こえる。


ガチャ


「おう黒猫、悪いなぁ、こんな雨の中」
「嫌な雨ではなかったわ。 大丈夫」
「そうか。 まぁなんだ、上がれよ」
「お、おじゃまします……」


玄関に入り、靴を脱ごうとすると――
女物の靴が一足置いてあった。

これは……。

嫌な予感がしたが、私はそのまま部屋に上がった。


「あら、黒猫さん。 こんにちは」
「ベル……た、田村先輩? どうして……」


な、なぜあなたがここにいるの?
私は料理の入った紙袋と、スーパーのビニール袋を持ち直した。
手には変な汗をかいている。


「きょうちゃん、ちゃんと生活できてるかなぁって気になっちゃって」
「そ、そう……でも、私は京介の――」
「もちろん! 黒猫さんの邪魔するつもりなんてないからね?」
「……え、えっと」


田村先輩は、私の持つ紙袋をちらっと見る。
眼鏡の奥が、ふっと笑ったような気がしたのは気のせいだろうか。


「私は幼馴染みで、黒猫さんは彼女なんだから、遠慮することないよ?」
「……」
「邪魔だったら言ってくれれば、私は何もしないから」
「……そ、邪魔だなんてそんなこと……ないです」


そんな風に言われて、邪魔だなんて言えるわけがないじゃない。
天然なのか邪悪なのか、判断に困る女よ、まったく。

京介は田村先輩の方を向くと、笑いながら話しかけた。
その様子だけで、私の胸は押しつぶされそうになる。


「邪魔じゃないってさ。 よかったな」
「うん。 じゃあ、もうちょっとで出来るから、待っててね」


もうちょっとで出来る?
……まさか。


「麻奈実のヤツ、朝から来て掃除とか洗濯とかさ――」
「京介」
「ん?」
「田村先輩は、今何をやっているの?」
「いや、見ての通り昼飯作ってるんだが。 お前も食うだろ?」
「……」


……なんだか、頭がクラクラしてきた。
昨日作った料理だけ置いて、今日は帰ろうかしら。

私が席を立とうとした時、追い討ちをかけるように田村先輩が――
ベルフェゴールが、話しかけてきた。


「そうだ黒猫さん」
「!?」
「きょうちゃんの好きな料理のレシピ、今度教えてあげようか?」
「おぉ、いいじゃねぇか黒猫、教えてもらえよ」
「……いえ、結構です」
「そんな遠慮する必要ないよ?」
「……」


京介までそんな一緒になって。
わ、私の料理がそんなに不満だというの?


「私はずっときょうちゃんと一緒だったから、いろいろ知ってるの」
「!?」
「きょうちゃんを幸せにすることにかけては、私、負けないよ?」
「……そう、ですか」
「だから遠慮しないでなんでも聞いて? きょうちゃんのことなら何でも知ってるから」
「……」


私は無言で立ち上がる。
料理の入った紙袋をしっかり握ったままで。


「ごめんなさい京介、田村先輩。 急用を思い出したので……失礼するわ」
「お、おい、くろね――――」


私は京介の制止を振り切り、玄関から飛び出した。


「あ……傘」


京介の部屋に、傘を忘れてしまったらしい。
でも今さら、取りに帰ることなんてできない。

私は、とても嫌な感じのする雨が降る中を、ひたすら駅まで歩いていった。



◇ ◇ ◇



「ただいま」


私がずぶ濡れのまま家に帰ると、出迎えてくれたのは日向だった。


「ルリ姉おかえ――ってビショビショじゃん! どーしたの?」
「ふっ。 なんでもないわ。 それより」


私は料理の入った紙袋を日向に渡した。


「これ、捨てておいて頂戴……」
「えっ? これ……」


途中、自分で捨てようとしたのだけど――どしても、できなくて。
妹に頼むほかに、処分する方法が思いつかなかったのだ。


「ごめんなさい。 ちょっと気分が悪いから、横になっているわ」


私は自分の部屋に戻り、楽な格好に着替える。
髪を乾かすと、そのまま横になった。

京介からは、何度も電話がかかってきていた。
でも、こちらから掛けなおす気力は残っていない。


『本当に急な用事が出来てしまったの。 ごめんなさい』


かろうじて、メールを一通だけ送った。


「嫌な女ね……」


田村先輩に悪気があるわけじゃないのは分かっている。
京介の中では単なる幼馴染みだということも、分かっている。

田村先輩が京介の世話を焼くのは、今までだってずっとやってきたことだったし。
京介の好みに関して一日の長があるのは、間違いない。

むしろ、田村先輩から学び、京介のためにできることを増やした方が――
と、頭では思うのだけれど。


「本当に、嫌らしくて嫉妬深い女よ……私は」


私の意志に反して、涙がポロポロとこぼれてくる。

何かあるごとに、すぐに弱い面が出てきてしまう。
こんな私が、京介の隣にいてもいいのだろうか。


「一人で舞い上がって……莫迦みたい」


そのまま、私は眠りに落ちた。



◇ ◇ ◇



日曜日。
目覚めた私が最初に気付いたのは、喉の異変だった。

起き上がろうとするが、体が重い。


「姉さま、お顔が真っ赤ですよ?」
「珠希……体温計を持ってきてくれるかしら」
「はい!」


――待つこと数分。

珠希が引きずりながら持ってきてくれたのは……


「姉さま、持ってきました」
「珠希……お風呂場から持ってきたの?」
「はい!」
「あのね、これは体重計と言って――」
「? はい!」
「ま……まぁいいわ。 ありがとう」


仕方なく、私は重い体を引きずって、リビングまで移動することにした。
リビングに着くと、日向がテレビを見ながらお菓子を食べている。
いつもの日曜日の光景だ。

と、日向がこちらを振り返り、目を丸くした。


「うわ、ルリ姉大丈夫!?」
「正直、ちょっと辛いわ……」
「ちょっと待ってて!」


日向は体温計と風邪薬を持ってきてくれた。


熱を計る。

……38.5度。

おそらくは、昨日雨の中、傘もささずに帰ってきたせいね。
まったく、人間の肉体は軟弱だわ。

仕方ない。
今日は一日休んでいるしかないようね。
私は風邪薬を飲むと、自分の部屋に帰りそのまま横になった。

何を考える時間もなく、気力もなく。
そのままストンと眠りに落ちた。



◇ ◇ ◇



……んっ


額に冷たい感覚を感じ、すっと意識が覚醒した。
ぼんやりと目を開き、頭を傾けると、そこには――


「わ、悪い、起こしちまったか?」
「京介!?」


京介がそこにいた。
私はわけが分からなくなり、思わず反対側を向いてしまう。


「な、なぜあなたがここにいるの?」
「いや、その……連絡が取れないから、心配になってな」
「そう……」


――そういえば昨日、いきなり帰ってしまったものね。

彼は私をどう思っているかしら。
気まぐれに約束を反故にする女と思って幻滅したかしら。

今になって、昨日の行動を後悔し始めていた私は、
京介に合わせる顔がなく、枕に顔を埋めた。

どうしよう。


「怒ってる……よな?」
「えっ?」
「ごめん」


京介は何を謝っているのだろう。
私はわけがわからず、無意識に京介の方へと向き直った。


「ハハ……桐乃と日向ちゃんに怒られちまったよ」
「? な、なにを?」
「俺……」


京介は私の手を取る。
ただでさえ顔が熱いのに、更に体温が上がった気がするわ。


「俺、やっぱりダメな彼氏だな」
「まぁ否定はしないけれど……」
「……だよな」
「でも昨日の件は、私が悪かった」
「え?」
「いきなり帰ったりして……幻滅したでしょう?」
「……んなことねーよ」


京介は私の手を強く握った。
少し痛いくらいだったけれど、なんとなく、悪い気はしなかった。

ん? なんだか京介が前かがみになっているけれど。
……何かしら。


「さっき、麻奈実に電話した」
「……なんて?」
「『これから家事は可愛い彼女に全部やってもらうから大丈夫』ってな」
「自分でも少しは努力なさい」
「……はい」


まったく『可愛い彼女』だなんて心にもないことを。
あ、あんまりからかうと呪うわよ。

京介は私の頭の上にポンッと手を置いた。


「桐乃に言われるまで、お前の気持ちに気付けなくて……ごめん」
「ふん……」
「お前の料理、うまかったよ」
「え?」
「日向ちゃんに怒られながら食わせてもらった」
「そう……」
「あれだけあれば、今週一週間は生活できそうだな」
「……たいした料理じゃないけれど」
「んなことねーよ。 ありがとな」


沈んでいた気持ちが、ふわっと浮かび上がる。
ふん……私は、自分で思っていたよりずっと単純な女だったらしい。

日向のおかず、ちょっと増やしてあげようかしら。


「それから、本当は昨日渡すつもりだったんだが」
「?」


京介はポケットから何かを取り出すと、私の手に握らせた。
これは――


「鍵?」
「ああ。 あの部屋の、合鍵だ」
「合……鍵……」


私の顔はカッと熱くなる。
うれしい。


「いつでも来い」
「……うん」
「それから……」


京介は私の目を見つめる。
私も、京介の目を見つめ返す。


「今度来る時は、『おじゃまします』じゃなくて
 ――――『ただいま』って言ってくれないか」


私の時が止まる。
言葉が出てこない。

私は京介にかける言葉を見つけられないまま、
潤んだ瞳で京介を見つめた。


「えっと……」


京介は顔を赤くして横を向いてしまう。
ふん、私に恥ずかしいセリフを吐いた報いだわ。


「あのさ、黒猫、そのシャツ……」


なにかしら?
私は自分の着ているシャツに目を落とす。


――なっ!?


私は急いで布団に潜り込んだ。

ずっと眠っていた私のシャツは、汗でべったり体に張り付いていた。
ちなみに、当然の事ながらブラジャーなどつけてはいない。

白いシャツだから、皮膚の色まで鮮明に透けてしまっている。

つまり――


「いつから見ていたの?」
「……手を握ったあたりから」
「け、けっこうずっとじゃない!」
「だ、だってさ……」
「破廉恥な雄ね」
「……ちょ、ちょっと触らせてくれないか?」
「駄目よ莫迦!」
「くっ……でも日向ちゃんは」
「日向が何?」
「『ルリ姉あんなに食べてもらいたがってたのに……自分自身を』と」
「誤解よっ!」


あの子の夕飯のおかずは――まぁ、考えておくわ。


「ふん……覚悟しておきなさい」


私は恥ずかしさでドキドキしながら京介に告げた。


「来週こそ、私の料理であなたを呪ってあげるわ」
「ああ、楽しみにしてる」


私は布団の端から手を伸ばし、再び京介の手をギュッと握った。



◇ ◇ ◇



土曜日。

私は京介の部屋の前に着いた。
合鍵を差込み、ひねる。


カチャッ


容易に鍵は開いた。
疑っていたわけではないけれど、やはり本物。
この鍵は本当に、京介の部屋の鍵なのだ。

玄関の扉を開く。


ドタバタドタバタ……


玄関を開くと、何やら部屋の中から騒がしい音が聞こえてきた。


「京介、入るわよ」


私は靴を脱ぐと、京介の待つ部屋の中に進んでいく。
私は京介の部屋の扉を開いた。


「京――」


私が扉を開けるのと、京介がズボンを上げるのがほぼ同時だったらしい。
そして、京介はどうやら『間に合った』という顔をしている。

はぁ……話には聞くけれど、男の一人暮らしってそういうもの……なのね。


「よ、よう、黒猫! 来てくれてありがとな」
「それより……」


一週間で、よくこんなにゴチャゴチャにできるものね。
……はぁ。 やっぱり田村先輩にもちょくちょく来てもらったほうがいいのかしら。

なんて。
つい、心にもないことを言ってしまったわ。


「とりあえず、片づけから始めましょうか」
「うぅ……す、すまん」
「? これは……」


私が手に取った雑誌のタイトルは――

『月刊GOSURORI -今月号は黒髪ロングのゴスロリ女特集-』

パラっとめくると、破廉恥にはだけたゴスロリを着た女が犯されていたわ。


……えぇっと。
私はどう反応するべきなのだろう。


「あぁぁぁぁぁぁぁ……」

京介が慌てて私から雑誌を取り上げる。
とりあえず、この救いようのない雄をどうしてくれようかしら。


「ゴスロリの子ばっかりだった……」
「違うの! いや違くないけど違うの!」


半ば泣きそうになりながら部屋を片付けていく京介。

――あ、そういえば、まだ京介に言ってないことがあったわね。



「ねぇ、京介」
「ん? なんだ?」


私はちょっと緊張しながら、京介の方を見て言った。


「た、ただいま、京介」
「お、おう……おかえり、瑠璃」


ば、莫迦。
なんでこういう時だけ名前呼びなのよ。


私はこの部屋……京介の部屋に、これから何度も"帰ってくる"ことになるのだろう。
それは、とてもうれしいことのような気がした。



おわり

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