「いいか橘、ファンタジーの世界だろうが現実の世界だろうが、チームワークってもんは非常に重要なウェイトを占めているんだ。
リーダーシップを発揮してもらうのは構わないが、それに誰もついてこなければ何の意味も無い。何かアクションを起こしたいなら、
せめて皆の同意を得てからにしろ。わかったな」
「……反省してます」
リーダーシップを発揮してもらうのは構わないが、それに誰もついてこなければ何の意味も無い。何かアクションを起こしたいなら、
せめて皆の同意を得てからにしろ。わかったな」
「……反省してます」
崖を登りきり、近くの木陰で身を隠した後、茂みの上で正座している橘にこう説教してやった。
橘は元々組織の幹部(だった気がする)ということもあり、決断力や行動力に関しては優れている部分があるのだが、如何せんその
方向が間違っている場合も多々見受けられる。一人で勝手に出歩いてごろつきといざこざを起こしたり、感情的になって出来もしない
ことをやろうとしたり、一人で金を使い込んだり……冷静さを欠くような言動ばっかりだ。
まだそんなに強い敵がいるわけでもないし、困難なトラップがあるわけでもないから然したる被害は無いが、今後そう言う場面に直
面した場合、俺達は本当に命を落としかねない。もう少しクールに徹してもらいたいものだ。
「あ。それどこかで聞いた事あります。確か我が師カミ……」。
「下らんツッコミをすな。お前はもう少しそのでしゃばりを自嘲しろ」
「……す、すみません。ですが、九曜さんも藤原さんも、基本的に自分から行動することがありませんですから、あたしが引っ張って
いかないと本当に何もしないんで……」
気持ちは分からんでもない。が、暴走の一途を辿っているこいつを野放しにするほど俺も人間ができている訳でもない。
「分かった分かった、俺も協力してやる。というか俺が指揮をとるからお前はそのサポートに回れ。いいな」
本当はリーダーとか班長とかそんなガラじゃないんだが、それ以外の奴が俺以上にその資質が無いんだからしかたない。働きアリの
法則って奴だな。ご存知だろうか? 一個の巣にいるアリのうち、その八割はちゃんと仕事をしているが、残りは何もせずサボってい
るそうだ。そして、その巣から働いているアリを取り除きサボっているアリだけにさせると、やっぱり八割が働いて残りの二割が働か
ないらしい。本当にサボっているのかどうなのかは分からないが、アリの社会でも役割分担と言うのはきちんと出来ているってわけだ
これは人間社会においてもしばしば見られる光景で、でしゃばりや仕切りやがいるならリーダーが勝手にソイツがやってくれるわけ
だが、自分から行動しない奴や引っ込み思案の奴がいたらしょうがないから自分がやるか、って訳になるわけだ。
「そうしてもらえるとありがたいです。実はあたし、こういうの役柄は慣れてなくて……ふう、助かりました」
ああ、よく分かる。未遂に終わった誘拐事件で既にそんな気がしてたさ。
「誰も動かないなら、自分から動くしかありませんでしたから。舵をとる適任者がいれば、そちらにあわせたいと思います。そもそも
勇者はあなたですからね。あたしには乾坤一擲を投じる程の決断はできませんし。これでよかったのです。お二人とも構いませんよ
ね?」
「――――――」
「これも既定事項のうちだ。仕方あるまい」
「決まり、ですね。それでは新リーダーとしてよろしくお願いします。あたしの後釜として頑張ってください」
立ち上がってパンパンと埃を払った後、橘は深深とお辞儀をした。
というわけで、これより先は俺がリーダーとしてこの三人を取り仕切ることとなってしまったのだ。
藤原辺りがもっと文句を言ってくると思ったが、あっさりと承認した気がするが……深く考えても仕方あるまい。なるようになるだ
ろう。
ところで、いつ橘がリーダーと言うことになってたんだろうか?
橘は元々組織の幹部(だった気がする)ということもあり、決断力や行動力に関しては優れている部分があるのだが、如何せんその
方向が間違っている場合も多々見受けられる。一人で勝手に出歩いてごろつきといざこざを起こしたり、感情的になって出来もしない
ことをやろうとしたり、一人で金を使い込んだり……冷静さを欠くような言動ばっかりだ。
まだそんなに強い敵がいるわけでもないし、困難なトラップがあるわけでもないから然したる被害は無いが、今後そう言う場面に直
面した場合、俺達は本当に命を落としかねない。もう少しクールに徹してもらいたいものだ。
「あ。それどこかで聞いた事あります。確か我が師カミ……」。
「下らんツッコミをすな。お前はもう少しそのでしゃばりを自嘲しろ」
「……す、すみません。ですが、九曜さんも藤原さんも、基本的に自分から行動することがありませんですから、あたしが引っ張って
いかないと本当に何もしないんで……」
気持ちは分からんでもない。が、暴走の一途を辿っているこいつを野放しにするほど俺も人間ができている訳でもない。
「分かった分かった、俺も協力してやる。というか俺が指揮をとるからお前はそのサポートに回れ。いいな」
本当はリーダーとか班長とかそんなガラじゃないんだが、それ以外の奴が俺以上にその資質が無いんだからしかたない。働きアリの
法則って奴だな。ご存知だろうか? 一個の巣にいるアリのうち、その八割はちゃんと仕事をしているが、残りは何もせずサボってい
るそうだ。そして、その巣から働いているアリを取り除きサボっているアリだけにさせると、やっぱり八割が働いて残りの二割が働か
ないらしい。本当にサボっているのかどうなのかは分からないが、アリの社会でも役割分担と言うのはきちんと出来ているってわけだ
これは人間社会においてもしばしば見られる光景で、でしゃばりや仕切りやがいるならリーダーが勝手にソイツがやってくれるわけ
だが、自分から行動しない奴や引っ込み思案の奴がいたらしょうがないから自分がやるか、って訳になるわけだ。
「そうしてもらえるとありがたいです。実はあたし、こういうの役柄は慣れてなくて……ふう、助かりました」
ああ、よく分かる。未遂に終わった誘拐事件で既にそんな気がしてたさ。
「誰も動かないなら、自分から動くしかありませんでしたから。舵をとる適任者がいれば、そちらにあわせたいと思います。そもそも
勇者はあなたですからね。あたしには乾坤一擲を投じる程の決断はできませんし。これでよかったのです。お二人とも構いませんよ
ね?」
「――――――」
「これも既定事項のうちだ。仕方あるまい」
「決まり、ですね。それでは新リーダーとしてよろしくお願いします。あたしの後釜として頑張ってください」
立ち上がってパンパンと埃を払った後、橘は深深とお辞儀をした。
というわけで、これより先は俺がリーダーとしてこの三人を取り仕切ることとなってしまったのだ。
藤原辺りがもっと文句を言ってくると思ったが、あっさりと承認した気がするが……深く考えても仕方あるまい。なるようになるだ
ろう。
ところで、いつ橘がリーダーと言うことになってたんだろうか?
一通り橘への説教が終わったところで、ようやく本題へと入ることができる。ここからが本番だ。
潜ませている身を少し起こし、その先に広がる光景を確認する。
周辺をぐるりと森に囲まれた工事現場。荒地や整地された土地が入り混り、建設物も完成間近なものからようやく柱を立て終えたも
のまで様々。今まさに工事中でございといった感じである。
そんな中、目に付くのは黙々と働く作業員達。石を拾って運ぶものや、木を削って柱に差し込むもの。中には座り込んで休んでいる
ものもいた。サボっている……というより休憩しているだけだろうが。数はおよそ二十。それほど多くは無いように見えるが、これで
全員と言うわけではない。ここからでは見えない位置で働いているものもいるだろうし、それに先ほどから行き来している建物もある
からである。
潜ませている身を少し起こし、その先に広がる光景を確認する。
周辺をぐるりと森に囲まれた工事現場。荒地や整地された土地が入り混り、建設物も完成間近なものからようやく柱を立て終えたも
のまで様々。今まさに工事中でございといった感じである。
そんな中、目に付くのは黙々と働く作業員達。石を拾って運ぶものや、木を削って柱に差し込むもの。中には座り込んで休んでいる
ものもいた。サボっている……というより休憩しているだけだろうが。数はおよそ二十。それほど多くは無いように見えるが、これで
全員と言うわけではない。ここからでは見えない位置で働いているものもいるだろうし、それに先ほどから行き来している建物もある
からである。
その、人が行き来を繰り返している建物は二つあった。その内の一つ、大多数の作業員が行き来を繰り返している建物は休憩所だろ
うか? そこそこ人の往来が多いようだが……。ちなみに更に奥に見える、もう一つの建物には殆ど人の往来は無い。忘れた頃に一人
が入り、そしてまた忘れた頃に一人が出て行く。そんな程度でしかなかった。
さてさて、どう出るべきかね。
「九曜、どうだ? 賢者の石の気配はわかるか? ここまで近づいたんだし、少しは特定できるだろ?」
「――――――――――――」
俺の言葉にワンテンポ送れながらも杖を取り出し、およそ人間には理解不能な呪文を唱える。同時に杖の先端に据えつけられた水晶
は蒼く輝き、そして点滅を繰り返した。
「――――近い…………もうすぐ――そこ…………」
呪文と区別つかない平たいトーンが返ってくる。すぐそことは一体どこだ?
「――――――」
暫し考え込みながらもゆっくりを杖をあげ、その方向を指した。
木々が立ち並ぶ、その先にあるのは、
「あっちは……今施設を建設しているところに見えるんですが……」
「――――そう…………」
まさか、あの工事現場のどこかにあるなんて事は……
「正解………………あの――――――中心に………………眠っている――――――」
……マジですか?
「――――マジ…………」
おいおいおい、何だこの相場を無視した展開は?
大概のゲームじゃ『水』の力を得るためには海岸線にほど近い岩場の洞窟が相場だって言うのに、人口施設のど真ん中に存在してい
るとはね。普通のゲームじゃ物足りないからと言って、そんな小手先だけの小細工は止めて欲しいものだ。
第一あの中に入って探すなんてかなり無謀だ。部外者の俺達がのこのこと建設現場に行って探しものしていたら間違いなく怪しい人
状態、いきなり攻撃されることはないにしても、事情徴収の後強制送還されること請け合いである。
しかも困ったことに、相手は漁師、港町の一般市民だ。海賊共ならば容赦する必要も無いが、カタギの人間に手を出すわけには行か
ない。もしかしたら海賊も混じっているかもしれないが、残念ながら顔だけで人を判断するのは難しい。
つまり、人に見つからず傷つけず、敵の縄張りど真ん中で探しものをしなさいってことになる。
「無理だろ、普通」
だが、いくら愚痴を言ったところで何も解決はしないのもこれまた事実である。未だ杖を掲げている九曜に手を下げるよう促し、そ
して別の質問をしてみる。
「なあ、魔法で姿を消すとかってのは……無理か?」
「ここでは……無理――――障壁が――――力を……阻害している――――」
港町で一回、この島に着いたと時にもう一回。そして今回も同じ返答を返した。やっぱりか。何となくは予想していたが、いよいよ、
手詰まり感漂ってきたぜ。
「作業員になりすまして調べるってのは?」
九曜の髪を分け入るかのように現れたのは、例のでしゃばりだった。さっき俺が諌めたことを既に忘れてやがる。
「……う、す、すみません……」
「まあいい。その意見には賛成だ」橘にしてはまともな意見だしな。
「ふふん、あたしだってこれくらいの計略は考えつくのです」
どうですかと言わんばかりに胸を反らした。やれやれ。少し真っ当な意見を言ったところで天狗になるんじゃないぞ。「さっきから
そう言ってるだろ、」そう突っ込もうと思った瞬間、
「いや、それは止めた方がいい」
別の人物によって阻まれた。
「えっ……?」
橘の意見を否定したのは、藤原。
「何故だ?」
「ここの作業員は、港街の漁師達だと言う事は先ほど酒場で聞いたな」
ああ。
「あの街に漁師がどのくらいいるかは知らないが、街の規模と工事の規模からして、ここで働いている漁師はおよそ数十人程度。それ
ほど多い人数って訳じゃない」
それがどうした? 人数が少ない方が忍び込みやすいだろうが。
「ふっ、人数が少なければ容易に事が運ぶとでも思っているのか? おめでたい奴だ。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやとはまさに
この事を言っているに違いないな。くっくっく……」
つり上がった唇が俺の平常心をかき乱し、喉を鳴らす音がやたらと耳障りに聞こえた。思いつく限りの罵詈雑言が口から出かかって
いたが、こいつとパーティを組んでいる以上既定事項となりつつある出来事であるから何とかお口のチャックを閉じ、ギリギリのとこ
ろで踏みとどまった。
「何が言いたいんだ。優越感に浸るのもいいが、分かりやすく説明しろ」
うか? そこそこ人の往来が多いようだが……。ちなみに更に奥に見える、もう一つの建物には殆ど人の往来は無い。忘れた頃に一人
が入り、そしてまた忘れた頃に一人が出て行く。そんな程度でしかなかった。
さてさて、どう出るべきかね。
「九曜、どうだ? 賢者の石の気配はわかるか? ここまで近づいたんだし、少しは特定できるだろ?」
「――――――――――――」
俺の言葉にワンテンポ送れながらも杖を取り出し、およそ人間には理解不能な呪文を唱える。同時に杖の先端に据えつけられた水晶
は蒼く輝き、そして点滅を繰り返した。
「――――近い…………もうすぐ――そこ…………」
呪文と区別つかない平たいトーンが返ってくる。すぐそことは一体どこだ?
「――――――」
暫し考え込みながらもゆっくりを杖をあげ、その方向を指した。
木々が立ち並ぶ、その先にあるのは、
「あっちは……今施設を建設しているところに見えるんですが……」
「――――そう…………」
まさか、あの工事現場のどこかにあるなんて事は……
「正解………………あの――――――中心に………………眠っている――――――」
……マジですか?
「――――マジ…………」
おいおいおい、何だこの相場を無視した展開は?
大概のゲームじゃ『水』の力を得るためには海岸線にほど近い岩場の洞窟が相場だって言うのに、人口施設のど真ん中に存在してい
るとはね。普通のゲームじゃ物足りないからと言って、そんな小手先だけの小細工は止めて欲しいものだ。
第一あの中に入って探すなんてかなり無謀だ。部外者の俺達がのこのこと建設現場に行って探しものしていたら間違いなく怪しい人
状態、いきなり攻撃されることはないにしても、事情徴収の後強制送還されること請け合いである。
しかも困ったことに、相手は漁師、港町の一般市民だ。海賊共ならば容赦する必要も無いが、カタギの人間に手を出すわけには行か
ない。もしかしたら海賊も混じっているかもしれないが、残念ながら顔だけで人を判断するのは難しい。
つまり、人に見つからず傷つけず、敵の縄張りど真ん中で探しものをしなさいってことになる。
「無理だろ、普通」
だが、いくら愚痴を言ったところで何も解決はしないのもこれまた事実である。未だ杖を掲げている九曜に手を下げるよう促し、そ
して別の質問をしてみる。
「なあ、魔法で姿を消すとかってのは……無理か?」
「ここでは……無理――――障壁が――――力を……阻害している――――」
港町で一回、この島に着いたと時にもう一回。そして今回も同じ返答を返した。やっぱりか。何となくは予想していたが、いよいよ、
手詰まり感漂ってきたぜ。
「作業員になりすまして調べるってのは?」
九曜の髪を分け入るかのように現れたのは、例のでしゃばりだった。さっき俺が諌めたことを既に忘れてやがる。
「……う、す、すみません……」
「まあいい。その意見には賛成だ」橘にしてはまともな意見だしな。
「ふふん、あたしだってこれくらいの計略は考えつくのです」
どうですかと言わんばかりに胸を反らした。やれやれ。少し真っ当な意見を言ったところで天狗になるんじゃないぞ。「さっきから
そう言ってるだろ、」そう突っ込もうと思った瞬間、
「いや、それは止めた方がいい」
別の人物によって阻まれた。
「えっ……?」
橘の意見を否定したのは、藤原。
「何故だ?」
「ここの作業員は、港街の漁師達だと言う事は先ほど酒場で聞いたな」
ああ。
「あの街に漁師がどのくらいいるかは知らないが、街の規模と工事の規模からして、ここで働いている漁師はおよそ数十人程度。それ
ほど多い人数って訳じゃない」
それがどうした? 人数が少ない方が忍び込みやすいだろうが。
「ふっ、人数が少なければ容易に事が運ぶとでも思っているのか? おめでたい奴だ。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやとはまさに
この事を言っているに違いないな。くっくっく……」
つり上がった唇が俺の平常心をかき乱し、喉を鳴らす音がやたらと耳障りに聞こえた。思いつく限りの罵詈雑言が口から出かかって
いたが、こいつとパーティを組んでいる以上既定事項となりつつある出来事であるから何とかお口のチャックを閉じ、ギリギリのとこ
ろで踏みとどまった。
「何が言いたいんだ。優越感に浸るのもいいが、分かりやすく説明しろ」
それでも若干皮肉交じりの言葉を浴びせるが、全く気にした様子も無く不発に終わる。未来の優位性から来る自信の表れだろうが、
俺にとっては腹立たしいことこの上ない。朝比奈さん(大)以上に裏をかいてやりたい存在の一つである。今に見てろ。
さてその藤原だが、気持ち悪い笑いを見せるのに飽きたのか、やがて口を元の形へと戻し、そして淡々と言い放った。
「つまり、作業員全員が顔見知りの可能性がある」
『あ……』
俺と橘は同時に声を上げた。つい失念していたが、藤原の言うことは最もだ。お互いが知り合いと言うことならば仲間意識も強いだ
ろうし、逆に言えば俺達が紛れ込んでも、一目置かず関係者じゃないと見破ってしまうだろう。
「そう、その通りだ。日雇いで雇われたどこの骨とも分からん輩ならばその方法も使えただろうが、知り合い同士しかいない作業場で
見知らぬ人物がこそこそしていたらそれこそ訝しく思われる。そのまま通報されて追い出されるのが関の山だ」
うむ……ならどうすればいい? 夜を待って探すか?
「それも非効率的だ。加えてあの杖は賢者の石とやらに反応して光るのだろう? 夜空の闇に紛れようというのに、侵入していること
を周りにばらすマヌケがどこにいる?」
それじゃあ日の暮れかけや日の登りかけに探索するってのはどうだ?
「構わんが、果たしてそんな短時間で見つけられるのか? それにそれまでどこで身を隠すのだ? 木々に覆われているとは言え、こ
の辺りにも当然見回りがくるだろう」
ええい、なら堂々と殴り込みをかけて……
「孫子や六韜三略を読み返すんだな。相手は漁師だけじゃない。姿は見えないが海賊共もいるんだ。敵の戦力も分からんのに戦いをを
挑むなど正気の沙汰とは思えん」
「くううう、なら一体! ……どうすればいいんだ?」
ありとあらゆる意見を藤原に否定され、若干……いや、かなりムカついていた俺は微妙に声を荒げ、そして直ぐ潜めた。
「大丈夫だ。そんなときのために秘策がある」
言って、藤原は再び口を吊り上げた。
俺にとっては腹立たしいことこの上ない。朝比奈さん(大)以上に裏をかいてやりたい存在の一つである。今に見てろ。
さてその藤原だが、気持ち悪い笑いを見せるのに飽きたのか、やがて口を元の形へと戻し、そして淡々と言い放った。
「つまり、作業員全員が顔見知りの可能性がある」
『あ……』
俺と橘は同時に声を上げた。つい失念していたが、藤原の言うことは最もだ。お互いが知り合いと言うことならば仲間意識も強いだ
ろうし、逆に言えば俺達が紛れ込んでも、一目置かず関係者じゃないと見破ってしまうだろう。
「そう、その通りだ。日雇いで雇われたどこの骨とも分からん輩ならばその方法も使えただろうが、知り合い同士しかいない作業場で
見知らぬ人物がこそこそしていたらそれこそ訝しく思われる。そのまま通報されて追い出されるのが関の山だ」
うむ……ならどうすればいい? 夜を待って探すか?
「それも非効率的だ。加えてあの杖は賢者の石とやらに反応して光るのだろう? 夜空の闇に紛れようというのに、侵入していること
を周りにばらすマヌケがどこにいる?」
それじゃあ日の暮れかけや日の登りかけに探索するってのはどうだ?
「構わんが、果たしてそんな短時間で見つけられるのか? それにそれまでどこで身を隠すのだ? 木々に覆われているとは言え、こ
の辺りにも当然見回りがくるだろう」
ええい、なら堂々と殴り込みをかけて……
「孫子や六韜三略を読み返すんだな。相手は漁師だけじゃない。姿は見えないが海賊共もいるんだ。敵の戦力も分からんのに戦いをを
挑むなど正気の沙汰とは思えん」
「くううう、なら一体! ……どうすればいいんだ?」
ありとあらゆる意見を藤原に否定され、若干……いや、かなりムカついていた俺は微妙に声を荒げ、そして直ぐ潜めた。
「大丈夫だ。そんなときのために秘策がある」
言って、藤原は再び口を吊り上げた。
作業員が休憩所として使用している建物はそれほど立派な造りをしているわけでもないが、それでも数十人が集まる場所だけに大き
さだけはそこそこ広かった。平屋ながらも、食堂と調理場、休憩所、事務所のように机や椅子が建ち並ぶ部屋、会議に使うようなだだ
っ広い部屋エトセトラエトセトラ……俺の家の近所にある公民館や集会所よりも広いかもしれない。
当然、俺達が身を隠せるスペースもそこそこある。
「(ここまでは侵入できましたけど、ここからどうやって調理場までいくんですか?)」
とある部屋の一つ。工事用具がやたらと置かれている納戸のような物置のような、そんな場所。整然と並ぶ木製の杭に身を委ねた橘
は、砂袋の上に座り込んだ俺に小声で語りかけた。
「(まあ、何とかなるさ)」つられて俺も小声で話し掛ける。
「(そんな事言って。行き当たりばったりの計画じゃダメですよ)」
はい、お前が言うな。
「(大丈夫だ。この時間、大多数の作業員が外であくせく働いているはずだ。調理番の奴ら以外に人は入ってこないはずだ)」
「(ならいいんですけどね……)」
そう言って橘は不満交じりの溜息をついた。
俺達が侵入したこの屋敷。先の説明したとおり、作業者向けの食堂兼休憩所である。説明するほどでもないと思うが、作業者はこの
部屋で飯を食い、休憩するわけである。
では何故ここに侵入したか。もちろん建物内をしらみつぶしに探すわけでも、事情を知っていそうな人に話を聞くためでもない。
答えは、藤原が唱えた『秘策』にあった。
さだけはそこそこ広かった。平屋ながらも、食堂と調理場、休憩所、事務所のように机や椅子が建ち並ぶ部屋、会議に使うようなだだ
っ広い部屋エトセトラエトセトラ……俺の家の近所にある公民館や集会所よりも広いかもしれない。
当然、俺達が身を隠せるスペースもそこそこある。
「(ここまでは侵入できましたけど、ここからどうやって調理場までいくんですか?)」
とある部屋の一つ。工事用具がやたらと置かれている納戸のような物置のような、そんな場所。整然と並ぶ木製の杭に身を委ねた橘
は、砂袋の上に座り込んだ俺に小声で語りかけた。
「(まあ、何とかなるさ)」つられて俺も小声で話し掛ける。
「(そんな事言って。行き当たりばったりの計画じゃダメですよ)」
はい、お前が言うな。
「(大丈夫だ。この時間、大多数の作業員が外であくせく働いているはずだ。調理番の奴ら以外に人は入ってこないはずだ)」
「(ならいいんですけどね……)」
そう言って橘は不満交じりの溜息をついた。
俺達が侵入したこの屋敷。先の説明したとおり、作業者向けの食堂兼休憩所である。説明するほどでもないと思うが、作業者はこの
部屋で飯を食い、休憩するわけである。
では何故ここに侵入したか。もちろん建物内をしらみつぶしに探すわけでも、事情を知っていそうな人に話を聞くためでもない。
答えは、藤原が唱えた『秘策』にあった。
………
……
…
……
…
『作業者を眠らせる!?』
「ああ」
唇を弧の形に曲げたまま、藤原は俺達の反応を楽しむかのように笑みを浮かべた。
「賢者の石は建設現場のど真ん中で、探しに行けば確実に見つかる。とは言え作業者はカタギの人間。手を出すのは忍びない。関係の
無い人間に手を出さず、僕達が悠々と探し物をするには、眠ってもらうのが一番だ」
「だが待て、どうやって眠らせるんだ? 九曜の魔法はここでは弱まっているから効果は望めないぞ」
「考え無しに提案するほど低俗じゃない。これを見るんだな」
懐から取り出した木綿の袋を軽く放り投げ、そして再びキャッチした。「何だ、それは?」
「睡眠薬だ」
睡眠薬……って、なんでまたそんなものを?
「ああ」
唇を弧の形に曲げたまま、藤原は俺達の反応を楽しむかのように笑みを浮かべた。
「賢者の石は建設現場のど真ん中で、探しに行けば確実に見つかる。とは言え作業者はカタギの人間。手を出すのは忍びない。関係の
無い人間に手を出さず、僕達が悠々と探し物をするには、眠ってもらうのが一番だ」
「だが待て、どうやって眠らせるんだ? 九曜の魔法はここでは弱まっているから効果は望めないぞ」
「考え無しに提案するほど低俗じゃない。これを見るんだな」
懐から取り出した木綿の袋を軽く放り投げ、そして再びキャッチした。「何だ、それは?」
「睡眠薬だ」
睡眠薬……って、なんでまたそんなものを?
「あんた達と合流する前、とある街で手に入れた代物だ。元来魔術の儀式で、熊や獅子などの猛獣を生贄に祭り上げる際に暴れないよ
う処方するものらしいが、しかし製造した日から時間が経ち過ぎて本来の効果が無くなり、大型の猛獣には殆ど効き目が無くなってし
まったそうだ。とは言え、温厚な動物ならまだまだ使える。気性や大きさにも依るが、人間程度の動物なら半日程度は効くそうだ。格
安だったこともあり、有事に備えて買っておいたのだが……どうやら役に立つときがきたようだ。これを使って作業員を眠らせ、その
間に賢者の石を探せば無益な戦闘も避けられる。余裕があれば現場を荒らすか、あるいは工具を破壊すれば作業を大幅に遅らせること
ができる。一石二鳥だ」
いつに無く饒舌な藤原。しかし俺は藤原の申し出に一つの疑問を抱いていた。
「でも、どうやって睡眠薬を摂取させるの? そのまま服用させるわけにはいかないでしょ?」
それはどうやら橘も同じだったらしい。いくらよく効く薬でも、その人が飲んでくれなければ意味が無い。
しかし藤原は待ってましたかと言わんばかりの表情で、
「作業員の食べ物や飲み物にでも混ぜればいい。幸いなことにこの薬は水溶性だ。加えてここには食堂があるようだし、そこに侵入し
て混ぜてしまえばいい」
なるほど……
「が、ちょっと待て。ということはあの建物に侵入しなければいけないのか?」
「そうなるな」
「『そうなるな』じゃないだろ。どうやって侵入する気だ。正面切って侵入するわけにはいかないだろうが」
「侵入するには何も正面からという既定事項はない。よく見てみろ。あの建物の裏手側は比較的森に近い。ああいった建物には勝手口
がつきものだ。森を伝って勝手口から侵入すればさほど難しいものではない」、
藤原に指摘されよく見ると、確かに裏手側は森に面していた。加えて建設現場とは逆方向だから、多くの作業員の目は向けられてな
いだろう。確かにあそこからなら侵入も容易いかもしれない。
「なら、早速計画を実行しよう。先ずは二手に分かれる」
なぜ二手に?
「あそこの建物は主に作業者向けだが、もう一つ、さらに向こうにある建物があるだろう。豪奢な佇まいからしてあちらが海賊共の根
城だ。そちらも押えておくに越したことはない」
ふむ……確かにその通りだ。作業者達が眠りこけて探し物をしている間にやってこられても困る。
「奴らの本拠は一筋縄ではいかないだろう。僕が宇宙人と乗り込む。あんた達二人はそっちを頼む」
色々とエキスパートな九曜が仲間にいた方が心強いのだが、適材適所という言葉もある。より重要なミッションに就くのは仕方ない
し、その方が良いと思う。だが藤原、何故お前までそっちに行くんだ?
若干口を噤んだ後、。
「……少し考えることがある。それでは不満か?」
不満と言うほどのものはない。珍しく積極的に行動しているから何があったのかと思ってな。わかった、そっちは任せる。上手くや
ってくれ。
「……ふん、あんた達もな」
顔を横にそらし、不満げな表情を露骨に示しながら俺に睡眠薬を渡した。
う処方するものらしいが、しかし製造した日から時間が経ち過ぎて本来の効果が無くなり、大型の猛獣には殆ど効き目が無くなってし
まったそうだ。とは言え、温厚な動物ならまだまだ使える。気性や大きさにも依るが、人間程度の動物なら半日程度は効くそうだ。格
安だったこともあり、有事に備えて買っておいたのだが……どうやら役に立つときがきたようだ。これを使って作業員を眠らせ、その
間に賢者の石を探せば無益な戦闘も避けられる。余裕があれば現場を荒らすか、あるいは工具を破壊すれば作業を大幅に遅らせること
ができる。一石二鳥だ」
いつに無く饒舌な藤原。しかし俺は藤原の申し出に一つの疑問を抱いていた。
「でも、どうやって睡眠薬を摂取させるの? そのまま服用させるわけにはいかないでしょ?」
それはどうやら橘も同じだったらしい。いくらよく効く薬でも、その人が飲んでくれなければ意味が無い。
しかし藤原は待ってましたかと言わんばかりの表情で、
「作業員の食べ物や飲み物にでも混ぜればいい。幸いなことにこの薬は水溶性だ。加えてここには食堂があるようだし、そこに侵入し
て混ぜてしまえばいい」
なるほど……
「が、ちょっと待て。ということはあの建物に侵入しなければいけないのか?」
「そうなるな」
「『そうなるな』じゃないだろ。どうやって侵入する気だ。正面切って侵入するわけにはいかないだろうが」
「侵入するには何も正面からという既定事項はない。よく見てみろ。あの建物の裏手側は比較的森に近い。ああいった建物には勝手口
がつきものだ。森を伝って勝手口から侵入すればさほど難しいものではない」、
藤原に指摘されよく見ると、確かに裏手側は森に面していた。加えて建設現場とは逆方向だから、多くの作業員の目は向けられてな
いだろう。確かにあそこからなら侵入も容易いかもしれない。
「なら、早速計画を実行しよう。先ずは二手に分かれる」
なぜ二手に?
「あそこの建物は主に作業者向けだが、もう一つ、さらに向こうにある建物があるだろう。豪奢な佇まいからしてあちらが海賊共の根
城だ。そちらも押えておくに越したことはない」
ふむ……確かにその通りだ。作業者達が眠りこけて探し物をしている間にやってこられても困る。
「奴らの本拠は一筋縄ではいかないだろう。僕が宇宙人と乗り込む。あんた達二人はそっちを頼む」
色々とエキスパートな九曜が仲間にいた方が心強いのだが、適材適所という言葉もある。より重要なミッションに就くのは仕方ない
し、その方が良いと思う。だが藤原、何故お前までそっちに行くんだ?
若干口を噤んだ後、。
「……少し考えることがある。それでは不満か?」
不満と言うほどのものはない。珍しく積極的に行動しているから何があったのかと思ってな。わかった、そっちは任せる。上手くや
ってくれ。
「……ふん、あんた達もな」
顔を横にそらし、不満げな表情を露骨に示しながら俺に睡眠薬を渡した。
…
……
………
……
………
「(これがその睡眠薬ですか。本当に効くのですかね)」
ポンポンと、藤原がそうしていたように木綿の袋を軽く投げ、そして再びキャッチする。その姿を見て、橘はやや不満げな顔を浮か
べた。
「(さあな。だがこれ以外に良い案が無いから仕方あるまい。ブツブツ言ってないでそろそろ忍び込むぞ)」
「(あ、待ってください!)」
椅子にしていた砂袋から立ち上がると、橘も慌てて歩き出した。その時背もたれにしていた杭に余分な力が加わり、ゴロゴロと音を
立て転がり始めたのは言うまでない。
倒れる前に止まったから良かったものの……あんまり慌てるんじゃない。
「(うう、ゴメンなさい……)」
……やれやれ。
ポンポンと、藤原がそうしていたように木綿の袋を軽く投げ、そして再びキャッチする。その姿を見て、橘はやや不満げな顔を浮か
べた。
「(さあな。だがこれ以外に良い案が無いから仕方あるまい。ブツブツ言ってないでそろそろ忍び込むぞ)」
「(あ、待ってください!)」
椅子にしていた砂袋から立ち上がると、橘も慌てて歩き出した。その時背もたれにしていた杭に余分な力が加わり、ゴロゴロと音を
立て転がり始めたのは言うまでない。
倒れる前に止まったから良かったものの……あんまり慌てるんじゃない。
「(うう、ゴメンなさい……)」
……やれやれ。
目的の場所に向かう途中、辺りが開けた廊下もあった。しかし俺達を除いて誰一人歩いてくる様子も無く、そのまま突っ切ることが
出来た。他の部屋には休憩中の人間も何人かいたが、全員爆睡中だったのでこれまた警戒する必要がなかった。彼らは夜勤部隊なのか
ね。あと鉄製でできたいかにもなドアもあったが、今回の目的には何も関連が無いと思い無視を決め込むことにする。万が一にでも誰
かと鉢合わせるのもご免被りたい。
と言うわけで、目的の場所まで一直線に目指した俺達は、特にトラブルもなく調理場へと侵入することに成功した。そしてこれまた
上手い具合に調理場には誰もいない。時が昼ころだと言うことあり、随所で昼食の準備をしている光景も見られた。大き目の寸胴で煮
込んでいるのは、地元で取れた魚だろうか? それとも肉だろうか?
まあどっちでもいいけどな。
「(しめた。煮物なら簡単に睡眠薬を仕込みやすい。誰もいないし今のうちに入れちまおう。橘、廊下を見張っててくれ)」
「(了解!)」
耳元で囁く声を聞いた後、橘は廊下と調理場を隔てるドアの前へと立ち、辺りを数回見渡す。そして振り返りOKのサイン。
急いで紐を緩め、袋の中の粉を鍋に移す。舞った粉が独特な甘い芳香が俺の嗅覚神経をくすぐる。……確かに効きそうな匂いだが、
ここで俺が眠ってしまうわけにはいかない。トラップしそうになるのを何とかこらえて、残り半分程度になったところで袋の口を閉じた。
「(あれ、全部入れないの?)」
「(ああ。全員が食べるとは限らないしな。それよりも、ほら。あっちに入れたほうがいい)」
俺は外に流れる小川を指さした。そこには数個の金属製の容器が静められていた。
あの中にあるのは、恐らく飲み物。天然の清水で冷やしているのだろう。
「(汗水たらしながら働いているんだ。あっちの方が全員に行き渡る)」
「(なるほど、ちゃんと考えているんですね。見た目と違って)」
……こいつに言われると腹が立つ。
「(うるさい、それよりもちゃんと見張ってろよ。いいな!)」
軽口叩いて外に出ようとした瞬間、
『あ……』
ドアを開けて入ってきた男と思わず声が揃ってしまった。
出来た。他の部屋には休憩中の人間も何人かいたが、全員爆睡中だったのでこれまた警戒する必要がなかった。彼らは夜勤部隊なのか
ね。あと鉄製でできたいかにもなドアもあったが、今回の目的には何も関連が無いと思い無視を決め込むことにする。万が一にでも誰
かと鉢合わせるのもご免被りたい。
と言うわけで、目的の場所まで一直線に目指した俺達は、特にトラブルもなく調理場へと侵入することに成功した。そしてこれまた
上手い具合に調理場には誰もいない。時が昼ころだと言うことあり、随所で昼食の準備をしている光景も見られた。大き目の寸胴で煮
込んでいるのは、地元で取れた魚だろうか? それとも肉だろうか?
まあどっちでもいいけどな。
「(しめた。煮物なら簡単に睡眠薬を仕込みやすい。誰もいないし今のうちに入れちまおう。橘、廊下を見張っててくれ)」
「(了解!)」
耳元で囁く声を聞いた後、橘は廊下と調理場を隔てるドアの前へと立ち、辺りを数回見渡す。そして振り返りOKのサイン。
急いで紐を緩め、袋の中の粉を鍋に移す。舞った粉が独特な甘い芳香が俺の嗅覚神経をくすぐる。……確かに効きそうな匂いだが、
ここで俺が眠ってしまうわけにはいかない。トラップしそうになるのを何とかこらえて、残り半分程度になったところで袋の口を閉じた。
「(あれ、全部入れないの?)」
「(ああ。全員が食べるとは限らないしな。それよりも、ほら。あっちに入れたほうがいい)」
俺は外に流れる小川を指さした。そこには数個の金属製の容器が静められていた。
あの中にあるのは、恐らく飲み物。天然の清水で冷やしているのだろう。
「(汗水たらしながら働いているんだ。あっちの方が全員に行き渡る)」
「(なるほど、ちゃんと考えているんですね。見た目と違って)」
……こいつに言われると腹が立つ。
「(うるさい、それよりもちゃんと見張ってろよ。いいな!)」
軽口叩いて外に出ようとした瞬間、
『あ……』
ドアを開けて入ってきた男と思わず声が揃ってしまった。
「あ、あんたら……そこで何を……」
この場の三人目の人物――エプロンとコックの帽子を被っているから、おそらく調理当番の男――はその体格にそぐわず声を震わせ
その場を後ずさりした。
「あ、あの……実は、調理担当として雇われて……交代で調理をするのも大変だと上からのお達しがあって……」
舌先三寸、苦し紛れの言い訳を試みる。
「そんな話聞いてないのだが……本当か?」
やっぱり疑われた。「は、はい! 突然だったもので、今日はひとまず手伝いと言う形で……」
「……うむ……しかしな……」
男はあからさまに訝しげな顔をする。まだ何かあるのか!?
「……なら何で鎧を着込んでいる?」
うっ!
「…………これは……ですね、お守りですよ、お守り。万が一にでも魔獣とかち会った時のために用意していたんです!」
「……ふうん、そうか」矯めつ眇めつ俺を見つめ、「すまない、疑って。本職がいてくれりゃこっちも大助かりだ」
警戒心が解けた調理番は部屋の中へとやって来て、俺の肩をポンポンと叩いた。その場の勢いもあって、愛想笑いでその場をしのぐ
ふう、何とか誤魔化せたか……
そう言えば橘はどこに行った? 廊下の方を見るが、橘の姿が見当たらない。……あいつ、どこに隠れやがったんだ? こっちは大
変だと言うのに……。
「実はよ、俺っちの味付け皆に不評でさ。最近自信喪失気味だったんだ。俺の自信作、『ピリカラ海鮮サワークリーム煮混み』。ちょ
っと味見してくれないか!?」
俺の内心の動揺など分かるべきも無い調理番の男は、やたら慣れしつこく小皿にスープを取り出し俺に渡してきた。
そう、睡眠薬入りのスープである。
もちろん味見などできるはずもなく「いえ! 結構です!」と言葉を返すしかなかった。
「どうして? ……そうか、やっぱり不味いのか……本職は匂いだけで分かっちまうってわけか……はあ……せっかくだが捨てるか……」
そんなことされたらせっかくの睡眠薬がおじゃんになってしまう。俺は寸胴を掴む調理番を慌てて止めに入る。
「いや、あのですね! 実はさっき味見をしたんです。そう、一人の時に! 素人料理にしてはなかなかのものでした!」
「そ、そうか」
ちょっと照れる調理番。ごついから可愛いとまでは言えないが、愛嬌溢れるおっさんである。
……なんか色々と大変な人である。橘よ、俺を一人にしやがって。恨むぞ。
「ところで、その袋は何だ?」
ギクッ。
この場の三人目の人物――エプロンとコックの帽子を被っているから、おそらく調理当番の男――はその体格にそぐわず声を震わせ
その場を後ずさりした。
「あ、あの……実は、調理担当として雇われて……交代で調理をするのも大変だと上からのお達しがあって……」
舌先三寸、苦し紛れの言い訳を試みる。
「そんな話聞いてないのだが……本当か?」
やっぱり疑われた。「は、はい! 突然だったもので、今日はひとまず手伝いと言う形で……」
「……うむ……しかしな……」
男はあからさまに訝しげな顔をする。まだ何かあるのか!?
「……なら何で鎧を着込んでいる?」
うっ!
「…………これは……ですね、お守りですよ、お守り。万が一にでも魔獣とかち会った時のために用意していたんです!」
「……ふうん、そうか」矯めつ眇めつ俺を見つめ、「すまない、疑って。本職がいてくれりゃこっちも大助かりだ」
警戒心が解けた調理番は部屋の中へとやって来て、俺の肩をポンポンと叩いた。その場の勢いもあって、愛想笑いでその場をしのぐ
ふう、何とか誤魔化せたか……
そう言えば橘はどこに行った? 廊下の方を見るが、橘の姿が見当たらない。……あいつ、どこに隠れやがったんだ? こっちは大
変だと言うのに……。
「実はよ、俺っちの味付け皆に不評でさ。最近自信喪失気味だったんだ。俺の自信作、『ピリカラ海鮮サワークリーム煮混み』。ちょ
っと味見してくれないか!?」
俺の内心の動揺など分かるべきも無い調理番の男は、やたら慣れしつこく小皿にスープを取り出し俺に渡してきた。
そう、睡眠薬入りのスープである。
もちろん味見などできるはずもなく「いえ! 結構です!」と言葉を返すしかなかった。
「どうして? ……そうか、やっぱり不味いのか……本職は匂いだけで分かっちまうってわけか……はあ……せっかくだが捨てるか……」
そんなことされたらせっかくの睡眠薬がおじゃんになってしまう。俺は寸胴を掴む調理番を慌てて止めに入る。
「いや、あのですね! 実はさっき味見をしたんです。そう、一人の時に! 素人料理にしてはなかなかのものでした!」
「そ、そうか」
ちょっと照れる調理番。ごついから可愛いとまでは言えないが、愛嬌溢れるおっさんである。
……なんか色々と大変な人である。橘よ、俺を一人にしやがって。恨むぞ。
「ところで、その袋は何だ?」
ギクッ。
「え? これ? ええとですね、これは……ちょ、調味料の一つでして……これを入れると味に深みが増すんです」
もちろん嘘だ。
「ほほう、ちょっと、貸してみな」
「えっ……」
「どんな味なのか確かめたいからさ」
ここで『ダメです』とは言えない。いや、拒否する理由が思い浮かばなかった。下手な嘘をついて拒否すればますます怪しまれる。
「どれどれ…………ん? この匂い、嗅いだことあるな……確かあれは魚場を荒らしまわっている鮫を退治する際、知り合いの魔導士
から分けてもらった眠り薬……んんっ? 眠り薬!?」
……まずい展開になってきた。てか何ゆえピンポイントで睡眠薬の存在を知ってるんだこのおっさんは!
これ以上の言い訳は無理だ。くっ、仕方ない、無理矢理にでも黙ってもらうしかないっ!
男に気取られぬよう、気配を殺して剣に手をかけ、様子を見守る。スキがあればいつでも攻撃態勢に移るためだ。
「眠り薬がどうして……ん? そう言えば鍋からも同じ匂いが……まさか鍋にこの薬が……何のために…………はっ、もしかしてお前
達……」
……く、これ以上は無理か。
手にした剣に力を込め、そして振り上げる!
もちろん嘘だ。
「ほほう、ちょっと、貸してみな」
「えっ……」
「どんな味なのか確かめたいからさ」
ここで『ダメです』とは言えない。いや、拒否する理由が思い浮かばなかった。下手な嘘をついて拒否すればますます怪しまれる。
「どれどれ…………ん? この匂い、嗅いだことあるな……確かあれは魚場を荒らしまわっている鮫を退治する際、知り合いの魔導士
から分けてもらった眠り薬……んんっ? 眠り薬!?」
……まずい展開になってきた。てか何ゆえピンポイントで睡眠薬の存在を知ってるんだこのおっさんは!
これ以上の言い訳は無理だ。くっ、仕方ない、無理矢理にでも黙ってもらうしかないっ!
男に気取られぬよう、気配を殺して剣に手をかけ、様子を見守る。スキがあればいつでも攻撃態勢に移るためだ。
「眠り薬がどうして……ん? そう言えば鍋からも同じ匂いが……まさか鍋にこの薬が……何のために…………はっ、もしかしてお前
達……」
……く、これ以上は無理か。
手にした剣に力を込め、そして振り上げる!
トサッ。
突然。
本当に突然だった。
声を荒げようとした彼は、突然その場に倒れこみ、うつぶせになったままその場に眠りこけたのだ。
もちろん、俺がやったわけではない。剣は上空に構えたまま、振り下ろすタイミングを失っている。
「どうしたんだ……一体?」
剣を鞘に戻し、不審な目つきで恐る恐る彼に近づいた。
ゴンッ。
テーブルの下から物音が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
テーブル下に置いてあった物陰から、一際大きな影が動いた。影は次第に大きくなり、そしてついにその全貌を明らかにした。
「……あいたたた……あたしですよ、あたし。大丈夫でしたか? 危なかったのです」
「橘っ!?」
「ふう、よっこらしょ。あー、疲れた」
ううんと体を伸ばし、我慢していたおやつを目の前にしたかのように顔を綻ばせた橘は、体にまみれた埃をポンポンと払って俺と対
峙した。
「お前、今までそこに隠れていたのか?」
「はい、そうです。この人が突然入ってきたもんだから、ビックリしちゃって。とりあえず身を隠せそうなところに避難してたの。で
も意外と狭くて、中々体も動かせなくて……大変だったわ」
そ、そうか……逃げたわけじゃなかったのな。だがこっちはそれ以上に大変だったぜ。どこまで嘘が通じるか冷や冷やもんだったん
だからな。「ところで橘、これはお前がやったのか?」
「ええ」と橘。「即効性の眠り薬を仕込んだダーツです。不安定な体制からだったけど、ちゃんと命中したわ」
よく見ると、調理番の男の腕に、小型のダーツが突き刺さっている。こんな隠し芸ももっていたのか、こいつは。
「ふふん、どうですか? 役に立ったでしょ」
可愛らしい笑みを嫌味たっぷりに浴びせるその姿はまさしく橘京子である。
その橘は、調理番の男に刺さったダーツを抜き、近くにあった布で軽く拭いた後、太腿に装着していたホルダーにしまいこんだ。ス
カートを捲し上げる姿にドキッとしたのは言うまでもない。男の悲しい性だ。
「いつの間にそんなものを用意したんだ」
「九曜さんにリクエストしてもらって、ここに仕込んでおきました。もしもの時のアイテムなのです。バッグでもいいんだけど、いか
にもここに隠してますってのが嫌だったし、あと見た目ダサかったし。結構かっこいいでしょ?」
よく分からん彼女の価値観に、俺は「ああ」としか言えなかった。そんなところにダーツを仕込むとは……まるで警視庁の女豹であ
る。あっちは正確にはナイフだけど。
「さて、残りの睡眠薬を早く仕込みましょう。ぐずぐずしてたらもうすぐご飯の時間になっちゃうわ」
そうだな。
本当に突然だった。
声を荒げようとした彼は、突然その場に倒れこみ、うつぶせになったままその場に眠りこけたのだ。
もちろん、俺がやったわけではない。剣は上空に構えたまま、振り下ろすタイミングを失っている。
「どうしたんだ……一体?」
剣を鞘に戻し、不審な目つきで恐る恐る彼に近づいた。
ゴンッ。
テーブルの下から物音が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
テーブル下に置いてあった物陰から、一際大きな影が動いた。影は次第に大きくなり、そしてついにその全貌を明らかにした。
「……あいたたた……あたしですよ、あたし。大丈夫でしたか? 危なかったのです」
「橘っ!?」
「ふう、よっこらしょ。あー、疲れた」
ううんと体を伸ばし、我慢していたおやつを目の前にしたかのように顔を綻ばせた橘は、体にまみれた埃をポンポンと払って俺と対
峙した。
「お前、今までそこに隠れていたのか?」
「はい、そうです。この人が突然入ってきたもんだから、ビックリしちゃって。とりあえず身を隠せそうなところに避難してたの。で
も意外と狭くて、中々体も動かせなくて……大変だったわ」
そ、そうか……逃げたわけじゃなかったのな。だがこっちはそれ以上に大変だったぜ。どこまで嘘が通じるか冷や冷やもんだったん
だからな。「ところで橘、これはお前がやったのか?」
「ええ」と橘。「即効性の眠り薬を仕込んだダーツです。不安定な体制からだったけど、ちゃんと命中したわ」
よく見ると、調理番の男の腕に、小型のダーツが突き刺さっている。こんな隠し芸ももっていたのか、こいつは。
「ふふん、どうですか? 役に立ったでしょ」
可愛らしい笑みを嫌味たっぷりに浴びせるその姿はまさしく橘京子である。
その橘は、調理番の男に刺さったダーツを抜き、近くにあった布で軽く拭いた後、太腿に装着していたホルダーにしまいこんだ。ス
カートを捲し上げる姿にドキッとしたのは言うまでもない。男の悲しい性だ。
「いつの間にそんなものを用意したんだ」
「九曜さんにリクエストしてもらって、ここに仕込んでおきました。もしもの時のアイテムなのです。バッグでもいいんだけど、いか
にもここに隠してますってのが嫌だったし、あと見た目ダサかったし。結構かっこいいでしょ?」
よく分からん彼女の価値観に、俺は「ああ」としか言えなかった。そんなところにダーツを仕込むとは……まるで警視庁の女豹であ
る。あっちは正確にはナイフだけど。
「さて、残りの睡眠薬を早く仕込みましょう。ぐずぐずしてたらもうすぐご飯の時間になっちゃうわ」
そうだな。
金属製の入れ物に薬を仕込んだ後、俺は橘と協力して配膳作業を行っていた。調理番を眠らせてしまったために余分な仕事が増えた
形となったわけだ。
とは言え、飲み物が入った入れ物と、先ほど完成した煮物料理を食堂に運び込むだけだったけどな。それ以外の準備は既に整ってい
たからこの調理番には感謝したいところだ。
そうそう、このおっさんの処遇に関してだが、このまま起きてもらっても困るので、さるぐつわと手足を縛って調理場裏の勝手口付
近でお休みいただくことにした。最悪でも明日の朝、次の当番が存在に気付いてくれるだろう。
全てが終わった後、先ほど来た道を戻り、分かれる前にいた森へとやってきた。各々の仕事が終わった後、ここで待ち合わせようと
約束していたからである。
しかし、ここで俺達の予想を裏切る事件が発生していた。
「九曜さん達、来てませんね……」
そうなのである。俺達がここに到着して約半時間。九曜と藤原は未だ姿を見せなかったのだ。既に息を整えた俺達は暇を持て余して
いた。
だがここで勝手な行動をとるのは早計だ。
「あいつらが攻めあぐんでいるとは思えん。何かしら思い立ったことでもあるんだろう。当初の約束通り、ここで待って様子見してお
けばいいさ。それにもう少しすればあの睡眠薬入りの飯を食った奴らが眠りこけるだろう。賢者の石探しもあいつらの手助けも、その
後すればいいことさ。それまでは休んでいてもいいと思うぜ」
「……うん、それもそっか。それじゃあ少し休んでおきましょう。ふぁあ~」
うちの妹にも劣らぬ、マヌケなあくびを一つした後、橘は近くの木陰に背をもたれ、十秒と立たずに眠りに陥った。
おいこら、休むってのは寝ると言う意味じゃないぞ。
「すう……すう……」
……ダメだ、こいつ。まるで緊張感が見られない。敵の陣地に忍び込んで活動していることを忘れてもらいたくないね。こんなんだ
から俺が苦労する羽目になるわけで。
はあ、ハルヒとはまた違った意味で扱いづらい奴である。
今後本当に上手くやっていけるのかね。
ふう、やれやれ……
形となったわけだ。
とは言え、飲み物が入った入れ物と、先ほど完成した煮物料理を食堂に運び込むだけだったけどな。それ以外の準備は既に整ってい
たからこの調理番には感謝したいところだ。
そうそう、このおっさんの処遇に関してだが、このまま起きてもらっても困るので、さるぐつわと手足を縛って調理場裏の勝手口付
近でお休みいただくことにした。最悪でも明日の朝、次の当番が存在に気付いてくれるだろう。
全てが終わった後、先ほど来た道を戻り、分かれる前にいた森へとやってきた。各々の仕事が終わった後、ここで待ち合わせようと
約束していたからである。
しかし、ここで俺達の予想を裏切る事件が発生していた。
「九曜さん達、来てませんね……」
そうなのである。俺達がここに到着して約半時間。九曜と藤原は未だ姿を見せなかったのだ。既に息を整えた俺達は暇を持て余して
いた。
だがここで勝手な行動をとるのは早計だ。
「あいつらが攻めあぐんでいるとは思えん。何かしら思い立ったことでもあるんだろう。当初の約束通り、ここで待って様子見してお
けばいいさ。それにもう少しすればあの睡眠薬入りの飯を食った奴らが眠りこけるだろう。賢者の石探しもあいつらの手助けも、その
後すればいいことさ。それまでは休んでいてもいいと思うぜ」
「……うん、それもそっか。それじゃあ少し休んでおきましょう。ふぁあ~」
うちの妹にも劣らぬ、マヌケなあくびを一つした後、橘は近くの木陰に背をもたれ、十秒と立たずに眠りに陥った。
おいこら、休むってのは寝ると言う意味じゃないぞ。
「すう……すう……」
……ダメだ、こいつ。まるで緊張感が見られない。敵の陣地に忍び込んで活動していることを忘れてもらいたくないね。こんなんだ
から俺が苦労する羽目になるわけで。
はあ、ハルヒとはまた違った意味で扱いづらい奴である。
今後本当に上手くやっていけるのかね。
ふう、やれやれ……
………………
「……さん、……さんったら!」
………………
「起きてください! 時間ですよ!」
……あと五分……
「……もうっ、こんなに寝起きが悪いなんて……こうなったら……」
………………
「えいっ!!」
「うごあぁああいぃぃっっ!!!」
――余りの激痛に、絶叫を上げる暇すらなかった。
「何しやがるっ! このバカ橘っ!!」
「しーっ!!」
……っと、そうだ。大きい声を上げちゃダメだったんだな……だがこの一撃はきつい……
「(お前、よりにもよって男の一番大事なところを……もっと普通に起こしやがれ!)」
大声が出せないから迫力もイマイチどころかイマサンくらいである。
「(股間を蹴ったことは謝りますけど、でもずっと寝ているあなたが悪いんですから。しかも敵地のど真ん中だと言うのに)」
さっきまでぐうぐうと寝ていたこいつに言われるともの凄く腹が立つ。
「(あたしは気配を感知して起きる能力があるから大丈夫なのです。決して無防備に寝ているわけじゃありません)」
絶対嘘だ。なら今度試してやる。寝ているところで額に「肉」って書いてやるからな。
「(低俗な悪戯は好きになれません……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ。ほら、あっちを見て)」
橘が指差したのは、俺達が先ほど侵入した建物。
「(昼休みになって暫くたつんですけど、その後全く動きが見られません。おそらく食事を食べて皆寝込んでるんだと思います。今が
チャンスです!)」
確かに見てみると、作業場には人っ子一人見えない。だがまだ休憩中で外に出ていないだけと言う可能性もある。
「(一旦あの建物の様子を観察してからだ。念には念を入れたほうがいい)」
「(そうですね、分かりました。では様子を確認しに行きましょう)」
急いで走り出す橘に、「ちょっと待て」
「(どうしました?)」
「(言っておくが、誤魔化そうともしても無駄だ。さっきの蹴りの痛みは忘れないからな。後で責任とって貰うぞ)」
「(わ、わかりましたよっ。だから早く行きますよ!)」
「……さん、……さんったら!」
………………
「起きてください! 時間ですよ!」
……あと五分……
「……もうっ、こんなに寝起きが悪いなんて……こうなったら……」
………………
「えいっ!!」
「うごあぁああいぃぃっっ!!!」
――余りの激痛に、絶叫を上げる暇すらなかった。
「何しやがるっ! このバカ橘っ!!」
「しーっ!!」
……っと、そうだ。大きい声を上げちゃダメだったんだな……だがこの一撃はきつい……
「(お前、よりにもよって男の一番大事なところを……もっと普通に起こしやがれ!)」
大声が出せないから迫力もイマイチどころかイマサンくらいである。
「(股間を蹴ったことは謝りますけど、でもずっと寝ているあなたが悪いんですから。しかも敵地のど真ん中だと言うのに)」
さっきまでぐうぐうと寝ていたこいつに言われるともの凄く腹が立つ。
「(あたしは気配を感知して起きる能力があるから大丈夫なのです。決して無防備に寝ているわけじゃありません)」
絶対嘘だ。なら今度試してやる。寝ているところで額に「肉」って書いてやるからな。
「(低俗な悪戯は好きになれません……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ。ほら、あっちを見て)」
橘が指差したのは、俺達が先ほど侵入した建物。
「(昼休みになって暫くたつんですけど、その後全く動きが見られません。おそらく食事を食べて皆寝込んでるんだと思います。今が
チャンスです!)」
確かに見てみると、作業場には人っ子一人見えない。だがまだ休憩中で外に出ていないだけと言う可能性もある。
「(一旦あの建物の様子を観察してからだ。念には念を入れたほうがいい)」
「(そうですね、分かりました。では様子を確認しに行きましょう)」
急いで走り出す橘に、「ちょっと待て」
「(どうしました?)」
「(言っておくが、誤魔化そうともしても無駄だ。さっきの蹴りの痛みは忘れないからな。後で責任とって貰うぞ)」
「(わ、わかりましたよっ。だから早く行きますよ!)」
それから数分の後、鈍い痛みがようやく治まった俺は橘とともに建物の近くまでやってきた。森の中に身を隠しながら、建物の中を
探る。すると、
「(ほらっ、皆さん寝てますよ!)」
かすかに見える食堂の窓から見えたのは、橘の言葉通りの光景だった。あるものは椅子に座ったまま、あるものは机に突っ伏したま
ま。もしかしたら床に寝転んでいるかもしれないが、ともかく人と言う人全員が沈黙を続けていた。
どうやら藤原の睡眠薬の効果はバッチリだったようだ。いや、疑ってたわけじゃないが、実際目の当たりにすると結構怖いものだ。
願わくばあの薬がただの睡眠薬であって、永遠の眠りを与える睡眠薬じゃないと願うことのみだ。
「(念のため建物の中に入って確認するぞ)」
「(何もそこまでしなくても……もしかしたら起きちゃうかもしれないじゃないですか)」
「(念のためだ、念のため。サッと見渡して確認するだけだ)」
「(でも……)」
「(さっき股間を……)」
「(……もうっ、わかりましたよ!)!」
というわけで、恐る恐る建物の勝手口へと近づき、慎重に辺りを探る。人の気配はするものの、ここから流れる空気はおよそ場違い
のものだった。
できるだけゆっくりと、音を立てずドアを開く。たしかここは休憩所の一つだったよな。
小指すらも入らない程の隙間を開け、中の様子を探る。するとそこにいたのは、屈強な男たち。しかし全員が全員ともその場に倒れ
こんでいた。よく見ると俺達が先ほど配膳した食事や飲み物を手にしている。
中に入って更に確認。男たちはすうすうと寝息を立てている。どうやら本当に眠っているだけだ。
「(もういいでしょ。起こしたらまずいんだし、さっさと賢者の石を探しに行きましょうよ)」
まあ待て橘。少し気になることがある。そこを調べてから行くことにする。
「(ま、まだ調べるんですかぁ……)」
「(俺の大事なところを蹴ったお前が……)」
「(言わないで下さい! わかったわよ、行けばいいんでしょ!?)」
探る。すると、
「(ほらっ、皆さん寝てますよ!)」
かすかに見える食堂の窓から見えたのは、橘の言葉通りの光景だった。あるものは椅子に座ったまま、あるものは机に突っ伏したま
ま。もしかしたら床に寝転んでいるかもしれないが、ともかく人と言う人全員が沈黙を続けていた。
どうやら藤原の睡眠薬の効果はバッチリだったようだ。いや、疑ってたわけじゃないが、実際目の当たりにすると結構怖いものだ。
願わくばあの薬がただの睡眠薬であって、永遠の眠りを与える睡眠薬じゃないと願うことのみだ。
「(念のため建物の中に入って確認するぞ)」
「(何もそこまでしなくても……もしかしたら起きちゃうかもしれないじゃないですか)」
「(念のためだ、念のため。サッと見渡して確認するだけだ)」
「(でも……)」
「(さっき股間を……)」
「(……もうっ、わかりましたよ!)!」
というわけで、恐る恐る建物の勝手口へと近づき、慎重に辺りを探る。人の気配はするものの、ここから流れる空気はおよそ場違い
のものだった。
できるだけゆっくりと、音を立てずドアを開く。たしかここは休憩所の一つだったよな。
小指すらも入らない程の隙間を開け、中の様子を探る。するとそこにいたのは、屈強な男たち。しかし全員が全員ともその場に倒れ
こんでいた。よく見ると俺達が先ほど配膳した食事や飲み物を手にしている。
中に入って更に確認。男たちはすうすうと寝息を立てている。どうやら本当に眠っているだけだ。
「(もういいでしょ。起こしたらまずいんだし、さっさと賢者の石を探しに行きましょうよ)」
まあ待て橘。少し気になることがある。そこを調べてから行くことにする。
「(ま、まだ調べるんですかぁ……)」
「(俺の大事なところを蹴ったお前が……)」
「(言わないで下さい! わかったわよ、行けばいいんでしょ!?)」
さて、俺が気になって向かった先というのは、この建物にある一つの部屋だった。
それは他の部屋が簡素な板で出来たドアなのに対し、その部屋だけは鉄製で頑丈なつくりになっている件。実はここに侵入してから
気になっていたのだが、当初の目的とは関係ないためスルーしていた。だがこうなった以上、ここも調べておきたいものだ。
先ほどと同じく微かに扉を開く。えらく重要そうな佇まいの割に鍵はかかっていなかった。油の切れが悪いのか錆付いているのか、
ギギギギと響く音が一瞬俺達を驚かせる。そこそこ反響したにも関わらず、廊下、そして部屋の中から誰かが動き出す様子は見られな
い。無人なのか、あるいはここも眠りこけているのか……
なるべく音を立てず、部屋の中に潜り込む。そこにあったのは……
「ここは……設計室……ですか?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、橘が俺に続いた。
「ああ、多分な」
同じく部屋をきょろきょろと見渡しながら、俺は頷いた。
部屋の中央に置かれたテーブルには、模造紙クラスの大きさの紙が何十枚と転がっており、その上には重りなのかはたまた設計用の
道具なのか、数種類の定規とコンパスが無造作に置かれていた。
机を挟んで両脇にあるのは傾斜がつけられた製図用の台。たしかドラフターっていうんだっけな。
橘の言うとおり、ここはどう見ても設計室にしか見えなかった。恐らく、これから建てられる施設を製図するための部屋だろう。
何とはなしに、ドラフターに設置されている書きかけの製図を覗き込む。図面には『本館 1F カジノ』とかかれていいた。どん
なものが設置されるかまでは書かれてないが、板や壁の太さ大きさはミリ単位まで細かくかかれている。
へえ、海賊共が考えた割にはやたらと細かいものだ。もっと大雑把にしてもいいと思うんだが。すげえ、ネジの材質やトルク、果て
はピッチまで指定しやがる。ここまで緻密に作られてるってことは、海賊達にとって余程重要な収入源になるに違いない。
いや、金儲けどころか、もしかして……あいつら……
「あ、これ! 見てください!」
橘の声で自分の中に沸き出でた、仮説にも劣る妄想を振り払った。「どうした?」
「これって、怪しくないですか?」
指を指したのは、机の上に広がっていた一枚の製図だった。レイアウトからして、海賊共が設立しようとするリゾート施設全体の見
取り図だろうか。
「これがどうかしたのか?」
「ここを良く見てください、ここ! 怪しくないですか!?」
言って更に指を製図に近づけた。
それは他の部屋が簡素な板で出来たドアなのに対し、その部屋だけは鉄製で頑丈なつくりになっている件。実はここに侵入してから
気になっていたのだが、当初の目的とは関係ないためスルーしていた。だがこうなった以上、ここも調べておきたいものだ。
先ほどと同じく微かに扉を開く。えらく重要そうな佇まいの割に鍵はかかっていなかった。油の切れが悪いのか錆付いているのか、
ギギギギと響く音が一瞬俺達を驚かせる。そこそこ反響したにも関わらず、廊下、そして部屋の中から誰かが動き出す様子は見られな
い。無人なのか、あるいはここも眠りこけているのか……
なるべく音を立てず、部屋の中に潜り込む。そこにあったのは……
「ここは……設計室……ですか?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、橘が俺に続いた。
「ああ、多分な」
同じく部屋をきょろきょろと見渡しながら、俺は頷いた。
部屋の中央に置かれたテーブルには、模造紙クラスの大きさの紙が何十枚と転がっており、その上には重りなのかはたまた設計用の
道具なのか、数種類の定規とコンパスが無造作に置かれていた。
机を挟んで両脇にあるのは傾斜がつけられた製図用の台。たしかドラフターっていうんだっけな。
橘の言うとおり、ここはどう見ても設計室にしか見えなかった。恐らく、これから建てられる施設を製図するための部屋だろう。
何とはなしに、ドラフターに設置されている書きかけの製図を覗き込む。図面には『本館 1F カジノ』とかかれていいた。どん
なものが設置されるかまでは書かれてないが、板や壁の太さ大きさはミリ単位まで細かくかかれている。
へえ、海賊共が考えた割にはやたらと細かいものだ。もっと大雑把にしてもいいと思うんだが。すげえ、ネジの材質やトルク、果て
はピッチまで指定しやがる。ここまで緻密に作られてるってことは、海賊達にとって余程重要な収入源になるに違いない。
いや、金儲けどころか、もしかして……あいつら……
「あ、これ! 見てください!」
橘の声で自分の中に沸き出でた、仮説にも劣る妄想を振り払った。「どうした?」
「これって、怪しくないですか?」
指を指したのは、机の上に広がっていた一枚の製図だった。レイアウトからして、海賊共が設立しようとするリゾート施設全体の見
取り図だろうか。
「これがどうかしたのか?」
「ここを良く見てください、ここ! 怪しくないですか!?」
言って更に指を製図に近づけた。
「……なるほど、確かに」
「でしょ? でしょ? 早く行きましょう!」
遠足に行きたくて行きたくてたまらない幼稚園児のように、橘は興奮した表情を見せた。
「でしょ? でしょ? 早く行きましょう!」
遠足に行きたくて行きたくてたまらない幼稚園児のように、橘は興奮した表情を見せた。
「リゾート施設のど真ん中にこんなものがあったとはね……」
「ホント、絶対隠していたとしか思えません」
橘が示した『怪しい場所』――島のおよそ中心に存在する下向きの洞窟に進入した俺は、微妙に感心しながら暗い足場をゆっくりと
下っていた。
この洞窟、洞窟と言うよりは穴と言っても過言じゃないもので、直径およそ十メール、深さは全くの未知である。暗くて底が見えな
いというのもあるが、この穴が限りなく深いということもあるだろう。
また、その穴に沿うような形で螺旋状の道が作られている。そこそこの幅はあるものの、踏み間違えれば穴の底、およそ助かりそう
にないだろう。目印代わりのロープが張ってあるが、踏み間違えたらロープを掴んだところで助かりそうにも無い。
しかし、いかにも何かありそうな場所なのは間違いなかった。
「ホント、絶対隠していたとしか思えません」
橘が示した『怪しい場所』――島のおよそ中心に存在する下向きの洞窟に進入した俺は、微妙に感心しながら暗い足場をゆっくりと
下っていた。
この洞窟、洞窟と言うよりは穴と言っても過言じゃないもので、直径およそ十メール、深さは全くの未知である。暗くて底が見えな
いというのもあるが、この穴が限りなく深いということもあるだろう。
また、その穴に沿うような形で螺旋状の道が作られている。そこそこの幅はあるものの、踏み間違えれば穴の底、およそ助かりそう
にないだろう。目印代わりのロープが張ってあるが、踏み間違えたらロープを掴んだところで助かりそうにも無い。
しかし、いかにも何かありそうな場所なのは間違いなかった。
あの後、他の設計資料や議事録と言った資料も調べてみた(会議の資料を取っておくなど結構律儀な海賊共である)。
それによると、この洞窟自身は海賊共が住みだす以前から存在していたようで、その一番奥、つまり一番深い部分には温泉が湧き出
ていることが分かった。
これに目をつけない海賊共ではない。当初の計画は単なる温泉施設だったのだが、話は肥大化し、スパや温水プールといった一台レ
ジャー施設にしようという計画を掲げ、設立に向けて着々と計画を進めていったことが議事録から読み取れた。
何ともまあ、欲深い海賊共である。
俺達が洞窟があることに気付かなかったのは、建設物が邪魔をしていたのと、この洞窟を覆うように三角屋根の建物が建てられてい
たからだ。恐らく掘削施設か、あるいは温泉汲み上げ施設のどちらかだろう。
あるいは、意図的に隠しているのかもしれないが、な。
それによると、この洞窟自身は海賊共が住みだす以前から存在していたようで、その一番奥、つまり一番深い部分には温泉が湧き出
ていることが分かった。
これに目をつけない海賊共ではない。当初の計画は単なる温泉施設だったのだが、話は肥大化し、スパや温水プールといった一台レ
ジャー施設にしようという計画を掲げ、設立に向けて着々と計画を進めていったことが議事録から読み取れた。
何ともまあ、欲深い海賊共である。
俺達が洞窟があることに気付かなかったのは、建設物が邪魔をしていたのと、この洞窟を覆うように三角屋根の建物が建てられてい
たからだ。恐らく掘削施設か、あるいは温泉汲み上げ施設のどちらかだろう。
あるいは、意図的に隠しているのかもしれないが、な。
「気をつけろよ、橘」
「大丈夫ですよ、これくらい」
悪い足場をものともせず先陣を切るのは、非高所恐怖症なのか、あるいは何も考えてないだけなのか。
「だって、またスカートの中を覗かれるの嫌だから。あなたより低いところにいないと安心できないわ」
いくら俺でもそこまで飢えてはおらん。しかもこれだけ暗いと見ようと思っても見えないさ。よっぽど近づかない限りな。
「だから距離をとっているのです」
そうかい、もう何でもいいよ。
「……でも、本当にここにあるのかしら、賢者の石って」
おいおい、いきなり失望するようなこと言うなよ。お前だってここが怪しいと思ったんだろ。
「そうだけど、確信はないから。せめて九曜さんがいてくれたら助かるんだけどな……」
ああ。そう言えばさっきから音信不通状態だったな。あいつらならそうそう敵にやられる事もないだろうけど、これだけ長い時間連
絡が取れないと不安であるな。だがな、橘、
「まずはあたし達ができるだけのする、でしょ。大丈夫、分かってます。何ならあたし達が賢者の石を見つけ出しましょうよ。最近ち
ょっとバカやってたから、あたしの実力を知らしめてやるのです」
……バカやってた自覚はあったのな。まあ、落ち込んでいるよりはいいけど。
「それに、いつの間にか賢者の石を手にしているかもしれません。先日の一件のように。あたしってばその手の運はある方ですから」
なるほど。つまり、
「またあそこに賢者の石を挿れられたいって言うわけだ」
「なっ……!」
俺の言葉に、橘はくるりと振り向いた。
「橘さん、意外とお盛んですねえ」
「……そんなこと無いわよ!」
暗くてよく見えないが、若干橘の顔が紅くなっているように見えた。よし、いい機会だ。少しからかってやれ。
「いやいやいや。あなたも立派な青少年。体をもてあます事もありましょう」
「…………!」
「それは当然のことですよ。ただできればもう少し一目を憚っていただけたら嬉しいですねえ。あれじゃあただの○乱行為にしか見え
ません故」
「………………」
俺のセクハラ紛いの言葉に、しばしの沈黙。そして。
「大丈夫ですよ、これくらい」
悪い足場をものともせず先陣を切るのは、非高所恐怖症なのか、あるいは何も考えてないだけなのか。
「だって、またスカートの中を覗かれるの嫌だから。あなたより低いところにいないと安心できないわ」
いくら俺でもそこまで飢えてはおらん。しかもこれだけ暗いと見ようと思っても見えないさ。よっぽど近づかない限りな。
「だから距離をとっているのです」
そうかい、もう何でもいいよ。
「……でも、本当にここにあるのかしら、賢者の石って」
おいおい、いきなり失望するようなこと言うなよ。お前だってここが怪しいと思ったんだろ。
「そうだけど、確信はないから。せめて九曜さんがいてくれたら助かるんだけどな……」
ああ。そう言えばさっきから音信不通状態だったな。あいつらならそうそう敵にやられる事もないだろうけど、これだけ長い時間連
絡が取れないと不安であるな。だがな、橘、
「まずはあたし達ができるだけのする、でしょ。大丈夫、分かってます。何ならあたし達が賢者の石を見つけ出しましょうよ。最近ち
ょっとバカやってたから、あたしの実力を知らしめてやるのです」
……バカやってた自覚はあったのな。まあ、落ち込んでいるよりはいいけど。
「それに、いつの間にか賢者の石を手にしているかもしれません。先日の一件のように。あたしってばその手の運はある方ですから」
なるほど。つまり、
「またあそこに賢者の石を挿れられたいって言うわけだ」
「なっ……!」
俺の言葉に、橘はくるりと振り向いた。
「橘さん、意外とお盛んですねえ」
「……そんなこと無いわよ!」
暗くてよく見えないが、若干橘の顔が紅くなっているように見えた。よし、いい機会だ。少しからかってやれ。
「いやいやいや。あなたも立派な青少年。体をもてあます事もありましょう」
「…………!」
「それは当然のことですよ。ただできればもう少し一目を憚っていただけたら嬉しいですねえ。あれじゃあただの○乱行為にしか見え
ません故」
「………………」
俺のセクハラ紛いの言葉に、しばしの沈黙。そして。
橘はやおら背にした弓を構え始めた。
「……ちょっと、じっとしてもらえる?」
「……ちょ、冗談だ! 悪かった! 俺に向けるのは止めてくれ!」
マジでやばいって、そう言うのは。ほら、朝比奈さんも言ってただろ? 人に向けて撃っちゃいけませんって。
……あ、そうか、あの映画見てないかこいつは……などと余裕ぶっこいている場合じゃない。
橘の殺気は以前消えてない。ギシギシと音を立てる弓。右手に納まる獲物は、狙いをゆっくり定めている。
――まさか、本気で放つ気か!?
そう思った瞬間、橘の右手は矢を解き放った!
「えいっ!」
思わず目をつぶり、身を潜め……
「ぐっ、うおぁぁ~!」
「!?」
後方から聞こえる叫び声に思わず目をやる。
声は奈落の奥底に消えていったが、それと同時に緊張感が走った。。
暗くてよく見えないが、俺達にあからさまな殺気を送ってくる人数、およそ十。
直感で分かった。こいつらは現場作業員だった港町の漁師じゃない。おそらく――
「油断しないで! 敵よっ! 海賊達が現れたわ!!」
橘が叫ぶや否や、殺気が一斉に動いた!
「……ちょ、冗談だ! 悪かった! 俺に向けるのは止めてくれ!」
マジでやばいって、そう言うのは。ほら、朝比奈さんも言ってただろ? 人に向けて撃っちゃいけませんって。
……あ、そうか、あの映画見てないかこいつは……などと余裕ぶっこいている場合じゃない。
橘の殺気は以前消えてない。ギシギシと音を立てる弓。右手に納まる獲物は、狙いをゆっくり定めている。
――まさか、本気で放つ気か!?
そう思った瞬間、橘の右手は矢を解き放った!
「えいっ!」
思わず目をつぶり、身を潜め……
「ぐっ、うおぁぁ~!」
「!?」
後方から聞こえる叫び声に思わず目をやる。
声は奈落の奥底に消えていったが、それと同時に緊張感が走った。。
暗くてよく見えないが、俺達にあからさまな殺気を送ってくる人数、およそ十。
直感で分かった。こいつらは現場作業員だった港町の漁師じゃない。おそらく――
「油断しないで! 敵よっ! 海賊達が現れたわ!!」
橘が叫ぶや否や、殺気が一斉に動いた!
「くっ!」
慌てて剣を抜き、構える。しかし。
「だめだ、どこにいるのかさっぱり分からん!」
辺りが暗いせいもあるが、足音が反響しまくって距離感すらつかめない。目で見える範囲が限りなく狭いこの中では、敵の存在がわ
かった段階ではもう遅い。
どうすりゃいい!?
「左っ! 左からです!」
――橘っ!? まさか見えるのか?
「もうすぐそこっ!」
声が終わるか終わらないかのタイミングで、人影が蠢くのが見えた。
「このっ!」
「――ぅおっ!!」
何か武器を振り上げたようにも見えたが、俺のほうが早かった。勢いに任せた俺の剣は襲ってきた男の腹を薙ぎ、そのままロープを
潜り抜けて崖へと落ちていく。
「今度は正面! 来るわ!」
反射的に剣を右九十度回転。正面から現れた影の武器を絡めとる。
「なにぃ!?」
間髪入れずみぞおちに蹴りを叩き込むと、堪らず男はその場に蹲った。
「やったわ。その調子ですよ! こっちも負けられないわ!」
言う橘も、瞬くほど華麗に弓矢を奮う。正しく矢継ぎ早に放った矢は都合三人の断末魔を上げさせ、
「ぎゃわぁああぁぁぁぁぁー!!」
訂正、四人の断末魔を上げさせた。
慌てて剣を抜き、構える。しかし。
「だめだ、どこにいるのかさっぱり分からん!」
辺りが暗いせいもあるが、足音が反響しまくって距離感すらつかめない。目で見える範囲が限りなく狭いこの中では、敵の存在がわ
かった段階ではもう遅い。
どうすりゃいい!?
「左っ! 左からです!」
――橘っ!? まさか見えるのか?
「もうすぐそこっ!」
声が終わるか終わらないかのタイミングで、人影が蠢くのが見えた。
「このっ!」
「――ぅおっ!!」
何か武器を振り上げたようにも見えたが、俺のほうが早かった。勢いに任せた俺の剣は襲ってきた男の腹を薙ぎ、そのままロープを
潜り抜けて崖へと落ちていく。
「今度は正面! 来るわ!」
反射的に剣を右九十度回転。正面から現れた影の武器を絡めとる。
「なにぃ!?」
間髪入れずみぞおちに蹴りを叩き込むと、堪らず男はその場に蹲った。
「やったわ。その調子ですよ! こっちも負けられないわ!」
言う橘も、瞬くほど華麗に弓矢を奮う。正しく矢継ぎ早に放った矢は都合三人の断末魔を上げさせ、
「ぎゃわぁああぁぁぁぁぁー!!」
訂正、四人の断末魔を上げさせた。
「……やったか?」
剣を構えたまま気配を探る。一応の攻撃が止み、殺気まで蔓延っていた気配はまるで感じなくなっていた。
「わからないわ。攻撃は止んだみたいだけど……」
弓を引いたまま、辺りを見渡す橘。
「……うん、姿は見えないわね。全部倒したか、あるいは逃げ帰ったか……そんなところね」
ようやく弓矢の構えを解く。その言葉に同調して俺も剣を鞘にしまいこんだ。
「しかし、こんな闇の中でよく攻撃が当てれるな。対したもんだ」
自分でも驚くくらい、橘への賞賛の声を上げた。俺が苦労して二人を倒している間に難なく四人を葬り去ったのだからそれも仕方の
無いことである。しかも俺が倒した二人も、橘のアドバイスが無ければ逆にやられていたかも知れん。まるでこの暗闇が見えているか
のごとく的確なアドバイスだった。
「まあ、見えてましたからね。言い忘れていましたけど、あたし普通の人より夜目が効くのです」
なっ……それは本当か?
「ええ。すごくよく見えるってわけじゃないけど、ある程度なら。例えばですね、ほら。あの崖に生えているハート型のヒカリゴケと
かくっきりと」
剣を構えたまま気配を探る。一応の攻撃が止み、殺気まで蔓延っていた気配はまるで感じなくなっていた。
「わからないわ。攻撃は止んだみたいだけど……」
弓を引いたまま、辺りを見渡す橘。
「……うん、姿は見えないわね。全部倒したか、あるいは逃げ帰ったか……そんなところね」
ようやく弓矢の構えを解く。その言葉に同調して俺も剣を鞘にしまいこんだ。
「しかし、こんな闇の中でよく攻撃が当てれるな。対したもんだ」
自分でも驚くくらい、橘への賞賛の声を上げた。俺が苦労して二人を倒している間に難なく四人を葬り去ったのだからそれも仕方の
無いことである。しかも俺が倒した二人も、橘のアドバイスが無ければ逆にやられていたかも知れん。まるでこの暗闇が見えているか
のごとく的確なアドバイスだった。
「まあ、見えてましたからね。言い忘れていましたけど、あたし普通の人より夜目が効くのです」
なっ……それは本当か?
「ええ。すごくよく見えるってわけじゃないけど、ある程度なら。例えばですね、ほら。あの崖に生えているハート型のヒカリゴケと
かくっきりと」
指差す方を目を凝らして見るが、そんなものは全然見えない。……いや、うっすらと光っているのは分かったが、それがハート型を
していることまでは判別つかなかった。
なるほど、橘が考え無しに足場の悪い道を下ったいけたのは、単なる命知らずと言うわけではなく、夜目が効くという実績から来たも
のだったのか。
「だから言ったでしょ。これくらい大丈夫って」
橘の自身たっぷりの表情(正直表情までは見えないが、おそらくそんな顔をしていると言う俺の憶測が強ち間違っているわけでもな
かろう)に、俺は返す言葉も無い。
「ふふふ、どうですか、これなら本当に役に立ったでしょ?」
「……まあな」
しぶしぶ言う羽目になった俺の言葉に、橘は、
「ふふふ、ありがとう」
思いがけない言葉を発しやがった。
「よかった。ようやく認めてもらえた。佐々木さんに誉められるのも嬉しいけど、あなたに誉められるともっと嬉しいわ」
えへ、と橘とは思えないくらい可愛らしい声を上げる。意味不明な行動に、思わず
「……それは一体どういう……」
――しかし、俺はこれ以上の言葉をかけることができなかった。
していることまでは判別つかなかった。
なるほど、橘が考え無しに足場の悪い道を下ったいけたのは、単なる命知らずと言うわけではなく、夜目が効くという実績から来たも
のだったのか。
「だから言ったでしょ。これくらい大丈夫って」
橘の自身たっぷりの表情(正直表情までは見えないが、おそらくそんな顔をしていると言う俺の憶測が強ち間違っているわけでもな
かろう)に、俺は返す言葉も無い。
「ふふふ、どうですか、これなら本当に役に立ったでしょ?」
「……まあな」
しぶしぶ言う羽目になった俺の言葉に、橘は、
「ふふふ、ありがとう」
思いがけない言葉を発しやがった。
「よかった。ようやく認めてもらえた。佐々木さんに誉められるのも嬉しいけど、あなたに誉められるともっと嬉しいわ」
えへ、と橘とは思えないくらい可愛らしい声を上げる。意味不明な行動に、思わず
「……それは一体どういう……」
――しかし、俺はこれ以上の言葉をかけることができなかった。
「…………!?」
「……? どうした、橘?」
「危ないっ! 逃げてっ!!」
橘京子は、いきなり俺にタックルをかました。
「いてえ! 何しやがる!! 怪我をしたらどうする気だ!」
――しかし、この言葉も橘の耳に届けることができなかった。
「……? どうした、橘?」
「危ないっ! 逃げてっ!!」
橘京子は、いきなり俺にタックルをかました。
「いてえ! 何しやがる!! 怪我をしたらどうする気だ!」
――しかし、この言葉も橘の耳に届けることができなかった。
――瞬間、俺のいた場所……つまり、橘が今いる場所が、突然崩れだしたのだ。
足場の崩壊で、それを構成していた岩は奈落へと吸い込まれていく。それはその頭上にいた橘もまた同様だった。
「きゃあぁぁぁぁっっっっ!!!」
「橘っ! 捕まれっ!!」
限界ギリギリのところまでやってきて剣の鞘を差し出す。……しかし。
「きゃあぁぁぁぁっっっっ!!!」
「橘っ! 捕まれっ!!」
限界ギリギリのところまでやってきて剣の鞘を差し出す。……しかし。
届かなかった。
「たちばなあぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」
――悲鳴を残しながら、橘は大穴の底へと消えていった――