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妖精城の絵の前に立ち、懐かしい風景に心をこらす。

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 妖精城の絵の前に立ち、懐かしい風景に心をこらす。
 行き先は、アルカパ。
 すでにゴールドオーブは手に入れている。昔の自分に会うことができた今、リュカの望みはもう十年近くも離れ離れになっている妻の顔を見たいということだった。
 大人になった彼女の時間には、もうすでに青年の姿の自分が存在している。けれども、子供の時間の彼女になら、時間の流れを狂わすことなく、会うことができるのではないだろうか。
 絵から光があふれ、リュカの体を包んだ。引き潮に体が飲み込まれるような、強い力でぐんっと引っ張られ――リュカはまぶしさに負けて、目を閉じる。
 そしておそるおそるまぶたを持ち上げたとき、立っていたのは、懐かしいあのアルカパの町だった。
 風の匂いも、空の色も、リュカがこれまでいた現実の世界と何ら変わるものではない。
 本当に無事、過去のアルカパに着けたのだろうか……。不安にかられて辺りを見回すリュカの耳に、町の人の談笑の声が聞こえた。
「聞いたかい? ダンカンさんのところのビアンカちゃんったら、レヌール城のお化けを退治しちゃったんだとさ!」
「サンタローズの男の子と二人で、だろ。やるじゃないか、あのおてんば娘」
 道具屋の店先で、店主と買い物客がそんな会話を交わしている。
 リュカは思わず微笑んだ。やはり、自分は戻ってきていたのだ。ビアンカと二人、お化けを退治した直後の、あの時間に。
 それならば八歳のビアンカもどこかにいるはず…と思い、左右の町並みを見渡しながら、ためらうような
歩調で散策した。足は無意識に宿屋の方へと向く。胸は徒に高まった。
 石像だった期間を含めれば、十年も会っていないビアンカ。その顔の造作も、声の響きも、体つきや表情も、何もかも覚えているけれど。目の前であの瞳の色を、ひらめく笑顔を見ることができるかと思うと、足が急く。
 ――八歳の女の子に会いに行くのに、こんなにドキドキしているなんて、まるで変態じゃないか。
 そう思い至ったら、急におかしくなって口元が緩んだ。
 ふっ、と肩の力が抜ける。
 焦っても仕方がないだろうと、泉に囲まれたアルカパの広場のベンチまで歩いて行き、そこに一休みするつもりで腰を下ろした。

 そういえばここは、昔初めてプックルと会った場所だ。
 ちょうど昼飯時だからだろうか、今は誰もいない広場の中央に視線を投げて、そこに影絵遊びのように思い出を重ねてみる。
 子供たちにいじめられていたプックル。それを目にするや否や、一目散に駆けていき、いじめっ子たちをしかりつけるビアンカ。ビアンカの後ろについていく幼い自分。
『やめなさいよ! 猫ちゃんがかわいそうでしょう!』
 あの頃から、正義感は人一倍強かったっけな。
 微笑むリュカの耳に、とつぜん声が弾けた。
「きゃああ! どいてっ!」
 ハッと声の方を振り仰ぐと、驚くべきことに、頭上の梢から人間が落下してくるではないか!
「あぶない!」
 とっさにリュカは叫び、両手を差し出してその体を受け止めた。たくましいリュカの両腕と言えど、落下の勢いまでは受け止めきれず、体ごとしりもちをついてしまう。
 リュカの体をクッションにして、どうにか落ちてきた人物は無事だったらしい。
「あ、あら、ごめんなさい……」
「あいたた……」
 体を起こして、目をあけたリュカは、その落ちてきた人物が誰であるのかに気づき、息を呑む。
「ビアンカ!」
「え?」
 八歳のビアンカは、目をぱちくりさせてリュカの顔をのぞきこむ。
「あなた、だれ? どうしてわたしの名前を?」
「あ……いや……」

「ふうん……、あやしいわね!」
 眉をしかめて、ビアンカは青い瞳でじっとリュカの瞳をのぞきこんでくる。
「えと…あの、その前に、僕の上からどいてもらえるかな?」
「え? あら、ごめんなさい!」
 ビアンカはぴょこんと立ち上がり、パンパンとスカートのほこりを払った。今日は旅装束のマントではなく、普通の町娘風の普段着を身に着けている。
 二人して、並んでベンチに腰かけた。
「さて、と。説明してもらいましょうか。あなたはだあれ? 見かけない顔だけれど」
 利発そうな口調でビアンカは改めてそう尋ねてきた。リュカは戸惑う。まさか、きみの未来の夫だよとは言えまい。
 返事をしあぐねているリュカに、ビアンカはにっこりと笑った。
「まあ、いいわ。あなた、悪い人じゃなさそうだし。助けてくれてありがとう」
 陶器のようにすべすべの頬、淡いさくらんぼの唇、吸い込まれるような澄んだ青い瞳の色。
小さい頃から、ビアンカはハッとするような美少女だった……子供心にもきれいな子だとは
思っていたが、大人になってみると、あらためてその価値がわかる。
 ぼさぼさになってしまった三つ編みと、木の上から落ちてきたせいで、鼻の頭につくってしまったすり傷をのぞけば、きっともっと可愛らしさが際立ったに違いない。
「一体どうして、木の上なんかに登っていたの?」
「鳥のヒナが地面に落ちていたんですもの。あのままだったら、のら猫に食べられちゃうから、巣に戻してあげていたの!」
 明るくそう答えるビアンカに、リュカは微笑む。
 相変わらずなんだね、という言葉が口をついて出そうになるが、ビアンカにとって自分は初対面の人間だ。なんとかこらえる。

 ビアンカは、じっとリュカの顔をのぞきこんだ。
「ん、どうしたんだい?」
「あなた、似てるわ……」
 ビアンカは考え深げに、首をかたむけてリュカを見つめる。
「そうして笑ったところなんて、ちょっと前に別れてしまったわたしの友達にそっくり。
わたしね、その子と一緒にお化け退治に出かけたのよ。ほんの何日か前のことなんだけど、もうずっと昔のことみたい……」
 言いながら、ビアンカは遠くを見つめ、夢見るような瞳になる。
 まさかその『友達』が、今となりに並んでいるリュカ自身だとは思いもせずに。
「その子、泣き虫で怖がりなんだけどね、いざというときはとっても勇敢なのよ。それにちょうど、あなたみたいな不思議な瞳をしてた」
「そうか……」
「会いたいなあ。元気でやってるのかしら。あの子ってばちっちゃいから、わたしのことなんてキレイに忘れて、新しい友達を作って遊んでるかもね」
 強がった笑顔を浮かべて、明るくそう言ってみせるビアンカを、リュカは不意に抱きしめてやりたいような衝動にかられた。
 もちろん実行には移せなかったけれど、その代わりにリュカは想いの全てを、言葉に込めてビアンカに語りかけた。一つ一つの言葉で、ビアンカを抱きしめるような気持ちで。
「ううん、その子はきみのことを絶対に忘れないよ」
「……え?」
「あの子はこれからたくさんのつらい目にあう。だけど耐え切れないような壁にぶつかるたびに、きみの勇敢さを思い出して、勇気を奮い立たせるよ。暗闇の中で、きみが引いてくれた手の力強さを心に浮かべる。くじけそうなとき、絶望しそうなときには、きみにいつか会えるってことを信じて、また頭をあげる――そんなふうにして、あの子は生きていくんだ。きみがくれたリボンを、いつも心の支えにしながら」

「……どうして、あの子にあげたリボンのことまで……? あなた、予言者か何かなの?」
「あ……いや」
 思わずあふれてしまった言葉の洪水を、押しとどめるようにリュカは口を手で覆った。
 その手を抑えて、ビアンカは不安そうにリュカの顔をのぞきこむ。
「あの子がつらい目に遭うって、どういうこと? 思い出なんかじゃなくて、わたし自身があの子に
力を貸してあげることはできないの?」
 その真剣な瞳を見て、リュカは胸がしめつけられるようなつらさを感じた。
 ああ、リュカと同じように、ビアンカもまた、これから多くのものを失うのだ。
 母を亡くし、まだ幼い身で病気の父親を看病する羽目に陥るビアンカ。いまリュカの手を抑えている、白パンのようにふっくらとした手は、過酷な家事労働にさらされることになる。山菜を摘みに行くたび、指先を鋭い葉や棘で傷つけ、冬の間もかかさずに凍るような冷たさの水を汲みに出かけて。
 けれどまた、リュカにはわかっている。
 ビアンカのその魂はどんな過酷な状況の中にあっても、いきいきと輝かずにおかないであろうことを。
 彼女の心地よい明るい笑顔と声は、逆境の中でなお、いつも光の中にある。
 そしてその輝きは、数年後になっても、リュカをひきつけてやまないのだ。
 いま、目の前で鼻の頭にすりきずを作っている小さな少女は、やがてリュカと結ばれ、二人の子供たちの母親となる――
 だから、どうかくじけないで……何もかも伝えて、そう励ましてやりたかったが、リュカはその言葉を飲み込んだ。
 これから待つ運命がつらいものだからこそ。
 今こんなところで、言葉にして下げ渡していい未来ではない。
 それはこれから先、彼女が自分自身の力で、築いていく未来なのだから。

「……ごめん、もう行くよ」
 リュカは立ち上がった。ビアンカはリュカのマントを小さな手でつかむ。
「待って。あの子のこと、聞かせて!」
「大丈夫。あの子とは必ずまた会えるから、心配しなくてもいいよ」
 リュカはビアンカの手を優しくにぎりしめ、マントからそっと手をはずさせながら、言った。
「さよなら、ビアンカ。また会う日まで」
 ……また、寄り添いあって、苦楽を共にするその日まで。
 さようなら。
 かならず行方不明になったきみを見つけ出して、大人のきみを抱きしめるよ。こんどは言葉じゃなく、この腕で。
 リュカは大きな歩幅で歩き始める。
 胸の中に、温かなものが宿ったのを感じながら。
 この感覚は、遠い昔、ビアンカとまた会う約束をしたときのものによく似ていた。大丈夫、また会える――そんな確信だった。

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