「っ、きゃあ!」
つるっ、と足を滑らせて、気が付いたときには水の中。
まったくこの滝の洞窟ってば、行けども行けども水ばかり。苔にぬめった岩の道やら、くるぶしまで浸かる水浸しの部屋やらが続くと思えば、水面で乱反射する光で目がくらくらしてしまう。
濡れそぼったの革靴が滑って、わたしは不安定な足場から水の中へと落っこちてしまったのだ。
「ビアンカ、大丈夫?」
リュカは一瞬びっくりしたような顔になって、しりもちをついたわたしに手を差し伸べてくれた。
その手の意外な大きさに内心驚きながら、差し伸べられた手をとると、リュカはくすくすと笑う。
「ビアンカってば、相変わらずだね。昔からおっちょこちょいだった」
レヌール城での冒険のことを言っているのだ。
ええ、そうでしょうとも。確かにわたしは色々やらかしたわ。
メラの呪文を失敗して、うっかりリュカに火傷させちゃったりとか、暗いせいで階段を踏み外して落っこちそうになったりとか、毒消し草と薬草を間違えて使っちゃったりとか……色々、ね。
「どうせ、わたしはおっちょこちょいよ。悪かったわね」
あなたがこれから結婚しようとしてる、おしとやかなお嬢様とはきっと天と地ほども違う。
拗ねるわたしに、リュカは優しい顔で微笑みかけてわたしに言った。
「ううん、ビアンカが変わってなくて嬉しいよ」
その何の屈託もない笑顔に、胸がどきんと鳴った。
……リュカは、変わったわ。
十年前のリュカは、こんなに大きな手は、たくましい体はしていなかった。
そばにいるだけで、いたたまれないような、泣き出したいような、安らげるような……こんな複雑な気持ちに、わたしを追い立てたりはしなかった。
それとももしかして、変わったのはわたしなのかしら。
――馬鹿ね、わたし。リュカはこれから結婚しようっていう人じゃないの。
つるっ、と足を滑らせて、気が付いたときには水の中。
まったくこの滝の洞窟ってば、行けども行けども水ばかり。苔にぬめった岩の道やら、くるぶしまで浸かる水浸しの部屋やらが続くと思えば、水面で乱反射する光で目がくらくらしてしまう。
濡れそぼったの革靴が滑って、わたしは不安定な足場から水の中へと落っこちてしまったのだ。
「ビアンカ、大丈夫?」
リュカは一瞬びっくりしたような顔になって、しりもちをついたわたしに手を差し伸べてくれた。
その手の意外な大きさに内心驚きながら、差し伸べられた手をとると、リュカはくすくすと笑う。
「ビアンカってば、相変わらずだね。昔からおっちょこちょいだった」
レヌール城での冒険のことを言っているのだ。
ええ、そうでしょうとも。確かにわたしは色々やらかしたわ。
メラの呪文を失敗して、うっかりリュカに火傷させちゃったりとか、暗いせいで階段を踏み外して落っこちそうになったりとか、毒消し草と薬草を間違えて使っちゃったりとか……色々、ね。
「どうせ、わたしはおっちょこちょいよ。悪かったわね」
あなたがこれから結婚しようとしてる、おしとやかなお嬢様とはきっと天と地ほども違う。
拗ねるわたしに、リュカは優しい顔で微笑みかけてわたしに言った。
「ううん、ビアンカが変わってなくて嬉しいよ」
その何の屈託もない笑顔に、胸がどきんと鳴った。
……リュカは、変わったわ。
十年前のリュカは、こんなに大きな手は、たくましい体はしていなかった。
そばにいるだけで、いたたまれないような、泣き出したいような、安らげるような……こんな複雑な気持ちに、わたしを追い立てたりはしなかった。
それとももしかして、変わったのはわたしなのかしら。
――馬鹿ね、わたし。リュカはこれから結婚しようっていう人じゃないの。
「あのねリュカ、わたしだって……」
少しは成長したのよ、と言おうとしたとたん。
「は、くしょん! はくしょん!」
二連発でくしゃみが飛び出してしまった。濡れた服が体温を奪っているのだ。
リュカは心配そうにわたしを見、
「いけない、このままじゃ風邪ひくね」
「大丈夫よ、このくらい」
慌てて首をふるわたしに、リュカはびっくりするくらいの強引さでわたしを引き寄せ、リュカのマントをわたしにかけてくれた。
どきん。
また心臓が高鳴る。抑えようもないくらいに、体の中で血液が沸騰してる。
「あ、ありがとう……」
珍しく素直にリュカの好意を受けてしまったのは、思いもかけないリュカの大人っぽい振る舞いに戸惑ってしまったから。
わたしはリュカの紫色のマントにくるまれて、その暖かさに驚いていた。
……このマント。リュカの匂いが、する……。
たっぷりした厚手のマントに包まれていると、なんだかリュカに抱きしめてもらっているみたいな気持ちになる。
切なさにたまらなくなって、わたしはマントに口元まですっぽりくるまって、目を閉じた。
今だけは、いいでしょう。――いいよね?
このリュカの暖かさを感じていても。
マントの暖かさは、わたしをつつむこのたっぷりとした感触は、リュカの腕、リュカの体なんだって。
優しい錯覚に、この身を浸していても、リュカを困らせることにはならないよね?
胸の前で、わたしはマントをぎゅっとかきあわせた。ひとときの幸せを、強く、強く抱きしめるように。
少しは成長したのよ、と言おうとしたとたん。
「は、くしょん! はくしょん!」
二連発でくしゃみが飛び出してしまった。濡れた服が体温を奪っているのだ。
リュカは心配そうにわたしを見、
「いけない、このままじゃ風邪ひくね」
「大丈夫よ、このくらい」
慌てて首をふるわたしに、リュカはびっくりするくらいの強引さでわたしを引き寄せ、リュカのマントをわたしにかけてくれた。
どきん。
また心臓が高鳴る。抑えようもないくらいに、体の中で血液が沸騰してる。
「あ、ありがとう……」
珍しく素直にリュカの好意を受けてしまったのは、思いもかけないリュカの大人っぽい振る舞いに戸惑ってしまったから。
わたしはリュカの紫色のマントにくるまれて、その暖かさに驚いていた。
……このマント。リュカの匂いが、する……。
たっぷりした厚手のマントに包まれていると、なんだかリュカに抱きしめてもらっているみたいな気持ちになる。
切なさにたまらなくなって、わたしはマントに口元まですっぽりくるまって、目を閉じた。
今だけは、いいでしょう。――いいよね?
このリュカの暖かさを感じていても。
マントの暖かさは、わたしをつつむこのたっぷりとした感触は、リュカの腕、リュカの体なんだって。
優しい錯覚に、この身を浸していても、リュカを困らせることにはならないよね?
胸の前で、わたしはマントをぎゅっとかきあわせた。ひとときの幸せを、強く、強く抱きしめるように。
