ふしぎ風使い ◆PsYvyHEupY


少女はぱちくりと数回瞬きを繰り返す。
幼い彼女には、さっき目の前で繰り広げられた惨劇への理解が少し遅れてしまった。

それでも、幼いなりに解ることがある。
あの人込みの中で、沢山の命が失われた。
ポーキーと呼ばれた老人の手によって、無価値に無残に奪われた。

少女――袴田ひなたは小学六年生の少女だ。
特別な魔法が使える訳ではないし、玉座を懸けた壮絶な戦いへ身を投じた経験も勿論ない。
人が死ぬのを見たのもあれが初めてな彼女に、探偵ドラマじみた極限状況を経験したことなどある筈もない。

だけど、そんな幼く未熟なひなたでも、「人を殺してはいけない」ことくらいは分かる。

あのおじいちゃんは、悪いことをした。
それさえ分かっていれば、最低限これからの指標を定めることは可能。
仮に分からなくたって、彼女が誰かを手にかけることは無かったろう。

袴田ひなたは、無垢(イノセント)な少女なのだから。

「おー?」

彼女が目覚めたのは、神社の中だった。
時刻が深夜帯なだけあって気温は涼しいが、どこか神聖な雰囲気がある。
さっきのは夢だったのかと思い、古典的な手段ではあるものの、自らの頬を抓ってみた。
……痛い。鋭い痛みが皮膚を伝って神経を刺激する。

「おー……夢じゃない……」

残念そうに、がくりと肩を落とすひなた。
夢だったらどれほどよかったことか。
彼女はその温厚な気性と裏腹に、極めて素早く状況を理解していたが……だからこそ、これが現実であるというショックは大きい
悲劇が起こったあの場には、ひなたの知った顔もあった。
バスケットボール部の仲間たちで、みんな優しい子ばかりだ。
こんなところに突然連れて来られて、誰かを殺さなきゃ帰れないなんて言われたら、泣いてしまうかもしれない。

ぼんやりと考えただけでブルーになった。
自分は、笑っているみんなが好きだから。
けれど今の自分に出来ることは、ただ無事を祈ることだけ。
なんだかそのことが、とてももどかしくてたまらなかった。

「……ランドセルー?」

ふとひなたは、自身の傍らに目を向けた。
そこにあるのは日頃から見慣れた通学鞄……平たく言えばランドセルである。
とりあえず背負ってみようとして、中に何かが入っているらしいことにやっと気付いた。
がさごそ。やけに牧歌的な擬音を鳴らしながら、収められた道具を石畳の上へ出す。

まず最初に目に付いたのは一冊の冊子。
適当に頁を捲ってみると、聞いたことの無い名前がずらりと並んでいる。
日本人のものから外国人のものまで、多岐に及ぶ人名の数々。
いーち、にー。
子供らしく声に出しながら人数を数えていくひなたの手が、ある箇所に差し掛かった時、突然止まった。

「ともか」

「湊智花」――同じ部活の、かけがえのない友人の名前だ。
最初の説明を聞いている時に姿は確認していたものの、やはり改めて突きつけられると現実は肩に重く圧し掛かる。
その隣に続いて「香椎愛莉」、「三沢真帆」、それから自分「袴田ひなた」。
彼女たちと永遠のお別れになるかもしれないと思うと、どうしても哀しくて仕方が無い。

「……まってて」

しかしひなたが呟いたのは泣き言ではなかった。
まってて。自分が必ず迎えに行くから、まってて。
人一倍幼さを多分に抱いていたひなただからこそ、恐怖を吹き飛ばすのは存外に容易かった。
とはいっても、彼女がそんな細かいことを一々考えているかと問われれば否。

理屈じゃなく、心だ。
友達と別れたくない。
確かに卒業や色々な理由で、みんなとは離れ離れになることもあろう。

でも、それは今じゃない。

いつかの話であって、決して今じゃない。

まして―――こんなところでなんて、もってのほか。

幼い少女が幼いなりに、大人顔負けの決意を固めた次の瞬間だった。
ぴょん、とランドセルの中から何かが飛び出してくる。
驚きよりも好奇が勝り、ひなたが飛び出したモノのその先を追ってみると――

「ぬいぐるみ?」

そう。そこにあったのは小さなぬいぐるみ。
傍にはメモ用紙が落ちている。
「台風のフー子」――とだけ書かれた簡素なメモ書きだった。
ぬいぐるみは、ひなたが触れていないにも関わらずぴょこぴょこと可愛らしく動いている。
よく確認しても、電池を入れるような場所は見当たらない。
玩具かと最初は思ったが、どうも違うらしかった。
人懐っこく自分の周りを跳ねたり歩いたり、はたまたきょろきょろ辺りを見渡したり。
そんなぬいぐるみ……もといフー子を見て、ひなたは瞳を輝かせた。

「……おー! かわいいー!」

袴田ひなたは子供だ。
それも、女の子。
当然かわいいものが嫌いなわけがない。
フー子を抱き上げると、そのまますりすりと頬を擦り付けてみる。
最初は幾らか戸惑った様子のフー子だったが、暫くすると気持ちよさそうに目を細めていた。
殺し合いの最中とは思えない、微笑ましい光景だ。

――と。そんな時間が一分ほど続いた時、フー子の目があるものを捉える。

「? フー子、どうしたのー?」

フー子が見つめるのは、放り出されたままの冊子。
その中のとある名前を、じっと見つめていた。
不思議に思ったひなたは冊子を取り寄せ、その名前を声に出して読み上げる。

「野比……のび太?」
「ふーん、ふーん!!」

名前に反応し、フー子が独特な鳴き声をあげる。
フー子もまた、今この場所で何が起こっているのかは薄々理解していた。
流石に生き残りの座を巡る殺し合いとまで予想は付かずとも、とにかく善からぬことが起きているのは確かだと思った。

「フー子……?」

ぬいぐるみの身体が、がっくりと項垂れる。
動作はあまりにも人間的で、ひなたにフー子はフー子という生き物なんだ、と再認させる。

彼女の知らないことだが。
フー子は本来、この場所に存在する筈のない生命体だ。
たくさん遊んだ。たくさん笑った。でも、「さよなら」しなければならなかった。
蘇った風の怪物「マフーガ」へ単身でぶつかって、やりたいことは出来たけれど、代わりに存在は保てなくなってしまった。
そうして、消滅した筈なのだ。
最期の瞬間まで後悔なく、皆の為に戦えたことに誇りさえ抱きながら、消えた筈なのだ。

なのに自分は今、こうしてここにいる。
フー子にはそれが解せずにいたが……記された「野比のび太」の名を見た途端、どうしようもない感情に襲われた。
彼に会いたい。
自分の一番の友達である、彼に。
心配だった。
彼は優しいけれど、臆病な少年だから。
傍にいて安心させてあげたい、そう願わずにはいられなかった。

「おー。フー子、この人にあいたいのー?」
「ふーん!」
「おー! じゃあ会いに行こー?」

ひなたは何ら難しいことを考えずに、会いに行こうと提案する。
会いたい友達がいるなら会いに行けばいい、何も難しいことじゃない。
それに、どの道ひなただって友達を探しに行く腹積もり。
智花、愛莉、真帆――自分だってみんなに早く会いたい。
こんなに自分は会いたいと思っているんだから、きっとフー子もそうに違いないのだとひなたは思う。
難しいことはよく分からないから、思ったなら行動あるのみだ。
フー子の友達と、自分の友達を探そう。

力なく項垂れていたフー子は、ひなたの提案を聞くとぱあっと瞳を輝かせて彼女を見上げた。
ひなたは笑顔で「おー」といつもの口癖を口にし、フー子を抱き上げ肩へと乗せる。

「じゃあ、しゅっぱつしんこー!」
「ふーんふーん!!」

あんなこともこんなことも、みんなみんな出来たらいいな――誰もが心に一度は抱くだろう普遍の願い。
この殺し合いの中でも、そんな願いはありふれていた。
友達を助けたいし、死にたくないし、ここから帰りたい、けれど人殺しなんて絶対にしたくない。

ひなたは一人、新しく出来た「友達」と一緒にその願いをみんな叶えちゃおうと歩き出す。
幼い考えから起こった一歩だが、それは確かに光へと向かう一歩。
一人と一体のいのちが、果たして何処に辿り着くのか―――


それは、まだ誰にもわからない。



【E-5 月峰神社/深夜】

【袴田ひなた@ロウきゅーぶ!】
[状態]:健康、ちょっとご機嫌
[装備]:台風のフー子@ドラえもん
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:みんなで帰る。悪いことはしない。
1:ともかたちと、フー子の友達(のび太たち)を探す


【台風のフー子@ドラえもん】
袴田ひなたに支給。
映画「ドラえもん のび太とふしぎ風使い」に登場したキャラクター。
台風の子供で、暖かい空気を食糧とし、一方寒い空気は苦手。

≪017:その星の名は、雷炎(らいえん) 時系列順に読む 019:忍び寄る闇
≪017:その星の名は、雷炎(らいえん) 投下順に読む 019:忍び寄る闇
袴田ひなたの登場SSを読む 023:闘え!ぬいぐるまー!

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最終更新:2014年03月11日 20:02