裏切り会議 - (2024/07/04 (木) 21:44:02) の1つ前との変更点
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魔法少女とは、人を超えた存在である。
そんな御伽噺(フェアリーテイル)を、ああああは信じていない。
なるほど確かに人を超えた能力は持っている。筋力も、耐久力も、敏捷性も、常人を遥かに超えている。もし陸上競技に出ればあらゆる競技の記録を塗り替えるだろうし、もし格闘技をやれば無差別級の永年チャンピオンだろう。
ああああは魔法によって騒音を耳栓無しでも拒絶できるし、ビルから落下しても衝撃を拒絶できる。銃撃されても拒絶できるし、ウイルスだってへっちゃらだ。
超人。怪物。天使。最も神/天上に近しい存在。
魔法少女(ヒーロー)。
——だから何なんだよクソが。
もし、仮に魔法少女が世界に一人しかいなければ。
魔法が存在しない世界でたった一人の魔法少女だったなら、きっとその子は己の快不快だけを信条に、好き勝手生きていられただろう。
何て、羨ましい。
ああああには、望むべくもない世界。
ああああは、魔法少女だ。生まれながらの超人で、神に祝福された存在で、この世界の主人公だ。
——ただ、この世界で超人はありふれており、神の祝福など珍しくもなく、ジャンルは群像劇だった。
そして、ああああは弱かった。
川を泳ぐナマズは、甲殻類や虫、小魚を襲って食べる。食べられる彼らにしてみればナマズは、絶対的捕食者であり、どう足掻いても勝てない存在だ。
——そんなナマズは、オオカワウソの餌でしかない。
自然界に存在する残酷なピラミッド。
万物の霊長を誇る人間にしてみても、明確な格差が存在する。
暴力、知力、権力、財力。上には上が居て、下には下が居る。
魔法少女も、例外ではない。
むしろ、現代日本の法を超越した存在(何しろ犯罪者を捕まえる日本の警察機構は、魔法少女に対抗できるどころか、その存在すら知らないのだから)である彼女たちの世界は、一皮むけば死で溢れている。
ああああは、泥水を啜って生きてきた。なまじ生来魔法が使え、才能があったことが運命を狂わせた。思慮が定まる前から裏の世界にどっぷりと浸かり、がんじがらめに縛られて逃げ出せなくなった。
ああああは、あらゆる物を拒絶する。だがそれは、魔力がある限りという条件が付く。そして、攻撃手段は一切持ち合わせない。
魔法だけでは、身を守れない。一つの大きな組織が本気でああああを消そうと思えば、二十四時間波状攻撃を仕掛けてくるだろう。
ああああは、媚びた。嫌いな奴に頭を下げ、相手の靴を舐めて生きてきた。
何の才能も持たない、モブに過ぎない同年代が中学校に通っているとき、超人であるはずのああああは社畜をやっていた。
階層構造で心を殺して働きながら、ああああは徐々に狂っていった。
もう嫌だ、もうたくさんだ、もう解放してくれ……!
どこに逃げても追手は来る。逃げられない、逃げられない。
……本当にそうか?
絶対に追ってこれない場所がある。
死だ。
死の虚無こそが、最後の逃げ場所だ。
自殺をしよう。
ただ、ああああは魔法少女だ。
普通に自殺をしても、死に切る前に蘇生されてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。死の苦痛なんて、一回しか経験したくない。
だから——ああああは、確実な死を求めて、あにまんマンションを訪れた。
ゲームが開始する、一年ほど前のことである。
「……引きずり降ろす、ですか?」
オシウリエル。よく分からない魔法少女。
嫌いだ。大嫌いだ。
未知が嫌いだ。不明が嫌いだ。混沌が嫌いだ。狂気が嫌いだ。
あのマンションを思い起こさせるもの、全てが嫌いだ。
どうやって、と聞く前にああああの口からは否定が溢れた。
「無理、無理っすよ。そんなの。どうして、みんなそうなんすか。魔法は万能じゃない。私たちは、人間に毛が生えた程度の矮小な存在なんすよ、神を引きずり降ろすなんて絶対無理!」
自殺するために足を踏み入れたあにまんマンション。
そこで、オオカワウソは自分が井の中の蛙だったことを知った。
闇の秩序。裏の掟。社畜な私。
そんなものは——天国に過ぎなかった。
外の世界の地獄を知らない、ユートピアな井戸の中で生きていた蛙に過ぎなかったのだ。
命令にさえ従っていれば、組織に忠実であれば、生存と報酬が与えられる。仮に逆らっても、たった一度の死で済む。
あのマンションは、違った。
伏魔殿。
マンションに入ってすぐに、オオカワウソと名乗る『集団』に捕まった。
そして、ああああは『増やされ』——無限の死を、味わうことになった。
目の前で自分が死んでいく。
水に沈められ、怪物に殺され、オオカワウソに喰われ、拒絶の抵抗も空しく死んでいく。
分身ではない。使い魔でもなければ、偽物でもない。
全て自分だ。同じ記憶を持ったああああだ。
オオカワウソに触れられ、増やされ、生かされる方か、殺される方かは、ああああの自意識では運に過ぎない。
偶々、マンションに入り、今まで殺される側にならなかったああああ、それが今、この場にいるああああだ。
魔法王の使いによってオオカワウソの元から逃がされなければ、ああああは今も、マンションに囚われていた。
感謝はしている。
けれど、彼女たちもまた、オオカワウソと似た空気を感じる。
狂気。
そんな彼女たちを統括するのが黒幕——神。
オオカワウソが、自身とああああを使い潰しても完全攻略が叶わなかったマンションを作ったのも、きっと神なのだろう。
「私ら殺し合わなくていい、安泰な地位じゃないすか。何でわざわざ黒幕に喧嘩売るような真似するんすか」
オシウリエルの口から煙が漏れる。
内面の年齢はどうあれ、フリフリな格好の少女が喫煙をする様子はああああにとって——見慣れたものだった。裏社会の魔法少女ならよくあることだ。どうせ煙草程度の毒など魔法少女には効かない。
「どうしてって、さっきも言ったろ。
その方が、面白いからだ」
パンデモニカの受け売りじゃないけどな、とオシウリエルはシニカルに笑った。
「まぁ話を聞けよああああ。私は何も……世迷言を吐いてるわけじゃないんだ」
「そう言う風にしか受け取れないんすよ、こっちは。神を、天上を引きずり降ろせる根拠って何すか」
「そうだな、まずはその、神は殺せないって偏見を無くした方がいい。魔法は、イメージだ。神とか、天上って言葉に惑わされるな」
「漫画やアニメ、ゲームを見てみろ。人間が神をやり込めたり、倒す物語なんかありふれているぞ? ドラゴンボールでも、ブロリーは神様より強いだろ? アトラスのゲームをやったことがないのか? ポケモンでも神と呼ばれたポケモンは捕まえられるし、モンハンだって神と呼ばれたモンスターをハントできるだろ」
「知らねぇっすよ」
ああああは、サブカルに明るくない。生涯の殆どを裏で過ごしてきた彼女にとってそれら人間界の娯楽など、縁の無い話だ。
「そういうのって、現実にはありえないから描かれるんでしょ? 不老不死になれないから不老不死の薬が出てくるし、空を飛べないから空を飛べる人間が出てくる。
フィクションであったからといって、現実なわけがないっすよ」
魔法はあっても、空想は存在しない。
「そんなことはないさ。知っているか? 宇宙旅行も、携帯電話も、核兵器も、最初はSF小説からだ。人は不可能を空想し、それを可能にしていく生き物だと、私は思っている」
それはまた——随分と前向きでけっこうなことだ。オオカワウソに聞いても同じことを返すのだろうか。否、きっとあれらはそこまで自らの衝動を言語化できないだろう。
オオカワウソが狂気の生物なら、オシウリエルは狂気の少女だった。
「別に、オシウリエルさんの信条はどうでもいいすけど、現実は、今この時代では、人は神に勝てないのは自明じゃないすか。
殺し合いは恙なく進行してるし、あのマンションも攻略されてない。
そりゃあ、つい数時間前、なんだか一か月以上前な気さえしますけど、メンダシウムさんが死んだのは驚きましたよ。けど、結局黒幕までは辿り着けてない。
無理なんですって」
「——マンションは、攻略されたよ」
「…………はい?」
「オオカワウソの言う、隅々まで探索という形ではないがね。怪異の発生源は——死んだ。今すぐとまではいかないだろうが、徐々にあにまんマンションは……ただのマンションに戻るだろうね」
「な、何すかそれ……」
あの不条理な、あの理不尽な、あのオオカワウソを持ってしても全貌が解明されない怪異の、発生源が死んだ?
「オオカワウソが、やったんすか……?」
「いや、殺したのはハニーハントだ」
「誰だよそれ!?」
ああああは思わず立ち上がった。
あの、地獄が、ああああに生涯残るであろうトラウマを刻み付けたあにまんマンションが——負けた?
「言っておくが、ハニーハントは決して強い魔法少女じゃない。
私や、パンデモニカ、メンダシウムには勝てないだろうし、オオカワウソを相手にしても厳しいだろうな。実力的には、参加者の中でも中の下、といったところか。
そんな彼女が、『偶然にも』、マンションの怪異の核を殺してのけた」
「そんな、そんなのって……」
それは、喜ばしいニュースのはずだった。
例え、絶対に起こってほしくない未来だが、万が一、オオカワウソが優勝したとしても、もうあにまんマンションはダンジョンではない。
ああああが地獄に連れ戻される可能性はない。
ああああは、ハニーハントに最上級の感謝を表明するべきだ。
それなのに。
「私らの冒険は、何だったんだよ……!」
口から漏れたのは、恨み言だった。
地獄だった。狂気と混沌の坩堝だった。
それでも、あにまんマンションの攻略はオオカワウソとああああの力があったからこそ進んでいた。様々な罠を死に覚えで攻略し、遂には心臓部さえ掌握していたのだ。
一つエリアを突破する度に、オオカワウソがハイタッチをしてきたのを覚えている。
散々使い潰しておいてと、怒りを覚えたが、それでも、確かにああああには自負があったのだ。
あのマンションでは、ああああは社畜ではなく、探索者だった。(非常食でもあったが)。
「ああああ、この世の中に絶対はない」
オシウリエルは、真っすぐああああを見据えていた。
「私も魔法少女になって長いが、無敵を誇った魔法少女も、最強を謳った魔法少女も、死ぬ時はあっさり死ぬもんさ。まるで賽の目で1を出しちまったみたいにな。
黒幕、神、天上……どう装飾しても、そいつがこの世に存在するものなのは間違いないんだ。絶対の椅子に座り続けられるわけじゃない」
「……確かに、マンションは絶対じゃなかったかもしれない。けど、それが黒幕に隙があることに繋がらないすよね。何の根拠があるんすか」
「根拠ならあるさ。このゲームの展開を見ていれば、違和感がある。
このゲーム……どこか、変だろ?」
「変、すか。殺し合いにしちゃ自由度が高いとは思うすけど」
組織の処刑法として殺し合いをやらせるというのはポピュラーだ。ただそれはもっと閉所でもっとシンプルな形で行う。
こんなイベントのような真似はしない。
「参加者は十人十色、様々な個性を与えられている。誰が優勝するか、容易には予測がつかないエンタメ性がある。
ただ、全員がその強みを生かしきれるようには出来ていない」
「何が言いたいんすか」
「スカイウィッチとフライフィアーは、どうして地下がスタートだったんだ?」
確か、空を飛ぶのが得意な魔法少女だったか。
「……偶然ですよ」
「わざわざ同じ地下にゲームに乗る確率が高いヒートハウンドを用意している。はっきり言って、スカイウィッチとフライフィアーが、地下でヒートハウンドに勝てる可能性は零パーセント。それどころか、逃げることすらまず無理だろう」
犬は嗅覚が鋭いからな、とオシウリエルは笑った。
「結局この二人は、強みを生かしきれないまま退場した。
……空を飛ぶことが得意な魔法少女を、わざわざ地下からスタートさせ、近くに天敵を配備する。……恣意的なものを感じないか」
「黒幕は、その二人が嫌いだったんじゃないすか」
「もう一つある。お前にも馴染みが深い、あにまんマンション。ここが初期位置だった参加者は、ビリーバー、オオカワウソ、ハニーハント。
そして、ビリーバーは脱落した」
魔法特化型の魔法少女は複数いる、とオシウリエルは言う。
「電子の海に潜れるナイトメア・メリィ、千里眼のクレアボヤンス。この二人は初期位置も比較的安全な場所であり、周囲に危険人物は配備されていない。にも関わらず、ビリーバーだけが全エリアでぶっちぎりで危険なあにまんマンションスタートで、かつ近くには危険人物のオオカワウソとハニーハント……まるで一刻も早く死んでくれと言わんばかりの采配だ」
「……何が言いたいんですか?」
「私はね、この三人は、黒幕を脅かす可能性があったと思っているんだ」
スカイウィッチ、フライフィアー、ビリーバー。
「単純な実力ならティターニアやテンガイ、ブレイズドラゴンやスピードランサーはフライフィアーに並ぶ、あるいは凌駕するかもしれない。スカイウィッチやビリーバーとは隔絶した実力差のはずだ。
にも関わらず、彼女たちはそのような理不尽な目に遭っていない」
恐れているのは、実力ではない。
「空を飛ばれること、未来を視られること。黒幕は、それを何より恐れた」
「……それが、弱点だっていうんすか?」
「さてね。そうシンプルな話ではないのかもしれないが……。
少なくとも、黒幕は全知全能の存在ではない。むしろ、一部の参加者を極度に恐れている——エンタメ性を排してまで身の安全を図る、小心者だよ、『彼女』は」
天上、とオシウリエルは悪徳セールスマンが他社の商品名を読み上げるように、見下しと侮蔑が混じった声色で、言った。
「天の上が神の領域だったのは、近世までだよ。
今の時代、人は、天の上を遥か飛び越えて——宇宙にだって、行っているんだから」
「………………つまり、オシウリエルさんは、私らが天上に昇って行けると?」
「ああ、いつかはな」
オシウリエルは、二本目の煙草に手を伸ばす。
ゆったりと、くつろぐように煙草を吸う。
果たして、とああああは思う。
このオシウリエルとは、何者なんだろうか。何歳なのか、どれくらい強いのか、どこまで本気なのか。
「が、それでは時間がかかる。
——だから、天上には、下まで降りてきてもらう」
「そんな方法、本当にあるんすか」
「ああ、策がある」
「それはいったい……」
「何、簡単だよ……」
悪戯を思いついた子どものような顔で、オシウリエルは言った。
「黒幕を、あにまん市の殺し合いに参加者として放り込む」
「……は?」
「『制限』と『呪い』を、黒幕にも適用させるのさ……!」
魔法少女とは、人を超えた存在である。
そんな御伽噺(フェアリーテイル)を、ああああは信じていない。
なるほど確かに人を超えた能力は持っている。筋力も、耐久力も、敏捷性も、常人を遥かに超えている。もし陸上競技に出ればあらゆる競技の記録を塗り替えるだろうし、もし格闘技をやれば無差別級の永年チャンピオンだろう。
ああああは魔法によって騒音を耳栓無しでも拒絶できるし、ビルから落下しても衝撃を拒絶できる。銃撃されても拒絶できるし、ウイルスだってへっちゃらだ。
超人。怪物。天使。最も神/天上に近しい存在。
魔法少女(ヒーロー)。
——だから何なんだよクソが。
もし、仮に魔法少女が世界に一人しかいなければ。
魔法が存在しない世界でたった一人の魔法少女だったなら、きっとその子は己の快不快だけを信条に、好き勝手生きていられただろう。
何て、羨ましい。
ああああには、望むべくもない世界。
ああああは、魔法少女だ。生まれながらの超人で、神に祝福された存在で、この世界の主人公だ。
——ただ、この世界で超人はありふれており、神の祝福など珍しくもなく、ジャンルは群像劇だった。
そして、ああああは弱かった。
川を泳ぐナマズは、甲殻類や虫、小魚を襲って食べる。食べられる彼らにしてみればナマズは、絶対的捕食者であり、どう足掻いても勝てない存在だ。
——そんなナマズは、オオカワウソの餌でしかない。
自然界に存在する残酷なピラミッド。
万物の霊長を誇る人間にしてみても、明確な格差が存在する。
暴力、知力、権力、財力。上には上が居て、下には下が居る。
魔法少女も、例外ではない。
むしろ、現代日本の法を超越した存在(何しろ犯罪者を捕まえる日本の警察機構は、魔法少女に対抗できるどころか、その存在すら知らないのだから)である彼女たちの世界は、一皮むけば死で溢れている。
ああああは、泥水を啜って生きてきた。なまじ生来魔法が使え、才能があったことが運命を狂わせた。思慮が定まる前から裏の世界にどっぷりと浸かり、がんじがらめに縛られて逃げ出せなくなった。
ああああは、あらゆる物を拒絶する。だがそれは、魔力がある限りという条件が付く。そして、攻撃手段は一切持ち合わせない。
魔法だけでは、身を守れない。一つの大きな組織が本気でああああを消そうと思えば、二十四時間波状攻撃を仕掛けてくるだろう。
ああああは、媚びた。嫌いな奴に頭を下げ、相手の靴を舐めて生きてきた。
何の才能も持たない、モブに過ぎない同年代が中学校に通っているとき、超人であるはずのああああは社畜をやっていた。
階層構造で心を殺して働きながら、ああああは徐々に狂っていった。
もう嫌だ、もうたくさんだ、もう解放してくれ……!
どこに逃げても追手は来る。逃げられない、逃げられない。
……本当にそうか?
絶対に追ってこれない場所がある。
死だ。
死の虚無こそが、最後の逃げ場所だ。
自殺をしよう。
ただ、ああああは魔法少女だ。
普通に自殺をしても、死に切る前に蘇生されてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。死の苦痛なんて、一回しか経験したくない。
だから——ああああは、確実な死を求めて、[[あにまんマンション]]を訪れた。
ゲームが開始する、一年ほど前のことである。
「……引きずり降ろす、ですか?」
オシウリエル。よく分からない魔法少女。
嫌いだ。大嫌いだ。
未知が嫌いだ。不明が嫌いだ。混沌が嫌いだ。狂気が嫌いだ。
あのマンションを思い起こさせるもの、全てが嫌いだ。
どうやって、と聞く前にああああの口からは否定が溢れた。
「無理、無理っすよ。そんなの。どうして、みんなそうなんすか。魔法は万能じゃない。私たちは、人間に毛が生えた程度の矮小な存在なんすよ、神を引きずり降ろすなんて絶対無理!」
自殺するために足を踏み入れた[[あにまんマンション]]。
そこで、オオカワウソは自分が井の中の蛙だったことを知った。
闇の秩序。裏の掟。社畜な私。
そんなものは——天国に過ぎなかった。
外の世界の地獄を知らない、ユートピアな井戸の中で生きていた蛙に過ぎなかったのだ。
命令にさえ従っていれば、組織に忠実であれば、生存と報酬が与えられる。仮に逆らっても、たった一度の死で済む。
あのマンションは、違った。
伏魔殿。
マンションに入ってすぐに、オオカワウソと名乗る『集団』に捕まった。
そして、ああああは『増やされ』——無限の死を、味わうことになった。
目の前で自分が死んでいく。
水に沈められ、怪物に殺され、オオカワウソに喰われ、拒絶の抵抗も空しく死んでいく。
分身ではない。使い魔でもなければ、偽物でもない。
全て自分だ。同じ記憶を持ったああああだ。
オオカワウソに触れられ、増やされ、生かされる方か、殺される方かは、ああああの自意識では運に過ぎない。
偶々、マンションに入り、今まで殺される側にならなかったああああ、それが今、この場にいるああああだ。
魔法王の使いによってオオカワウソの元から逃がされなければ、ああああは今も、マンションに囚われていた。
感謝はしている。
けれど、彼女たちもまた、オオカワウソと似た空気を感じる。
狂気。
そんな彼女たちを統括するのが黒幕——神。
オオカワウソが、自身とああああを使い潰しても完全攻略が叶わなかったマンションを作ったのも、きっと神なのだろう。
「私ら殺し合わなくていい、安泰な地位じゃないすか。何でわざわざ黒幕に喧嘩売るような真似するんすか」
オシウリエルの口から煙が漏れる。
内面の年齢はどうあれ、フリフリな格好の少女が喫煙をする様子はああああにとって——見慣れたものだった。裏社会の魔法少女ならよくあることだ。どうせ煙草程度の毒など魔法少女には効かない。
「どうしてって、さっきも言ったろ。
その方が、面白いからだ」
パンデモニカの受け売りじゃないけどな、とオシウリエルはシニカルに笑った。
「まぁ話を聞けよああああ。私は何も……世迷言を吐いてるわけじゃないんだ」
「そう言う風にしか受け取れないんすよ、こっちは。神を、天上を引きずり降ろせる根拠って何すか」
「そうだな、まずはその、神は殺せないって偏見を無くした方がいい。魔法は、イメージだ。神とか、天上って言葉に惑わされるな」
「漫画やアニメ、ゲームを見てみろ。人間が神をやり込めたり、倒す物語なんかありふれているぞ? ドラゴンボールでも、ブロリーは神様より強いだろ? アトラスのゲームをやったことがないのか? ポケモンでも神と呼ばれたポケモンは捕まえられるし、モンハンだって神と呼ばれたモンスターをハントできるだろ」
「知らねぇっすよ」
ああああは、サブカルに明るくない。生涯の殆どを裏で過ごしてきた彼女にとってそれら人間界の娯楽など、縁の無い話だ。
「そういうのって、現実にはありえないから描かれるんでしょ? 不老不死になれないから不老不死の薬が出てくるし、空を飛べないから空を飛べる人間が出てくる。
フィクションであったからといって、現実なわけがないっすよ」
魔法はあっても、空想は存在しない。
「そんなことはないさ。知っているか? 宇宙旅行も、携帯電話も、核兵器も、最初はSF小説からだ。人は不可能を空想し、それを可能にしていく生き物だと、私は思っている」
それはまた——随分と前向きでけっこうなことだ。オオカワウソに聞いても同じことを返すのだろうか。否、きっとあれらはそこまで自らの衝動を言語化できないだろう。
オオカワウソが狂気の生物なら、オシウリエルは狂気の少女だった。
「別に、オシウリエルさんの信条はどうでもいいすけど、現実は、今この時代では、人は神に勝てないのは自明じゃないすか。
殺し合いは恙なく進行してるし、あのマンションも攻略されてない。
そりゃあ、つい数時間前、なんだか一か月以上前な気さえしますけど、メンダシウムさんが死んだのは驚きましたよ。けど、結局黒幕までは辿り着けてない。
無理なんですって」
「——マンションは、攻略されたよ」
「…………はい?」
「オオカワウソの言う、隅々まで探索という形ではないがね。怪異の発生源は——死んだ。今すぐとまではいかないだろうが、徐々に[[あにまんマンション]]は……ただのマンションに戻るだろうね」
「な、何すかそれ……」
あの不条理な、あの理不尽な、あのオオカワウソを持ってしても全貌が解明されない怪異の、発生源が死んだ?
「オオカワウソが、やったんすか……?」
「いや、殺したのはハニーハントだ」
「誰だよそれ!?」
ああああは思わず立ち上がった。
あの、地獄が、ああああに生涯残るであろうトラウマを刻み付けた[[あにまんマンション]]が——負けた?
「言っておくが、ハニーハントは決して強い魔法少女じゃない。
私や、パンデモニカ、メンダシウムには勝てないだろうし、オオカワウソを相手にしても厳しいだろうな。実力的には、参加者の中でも中の下、といったところか。
そんな彼女が、『偶然にも』、マンションの怪異の核を殺してのけた」
「そんな、そんなのって……」
それは、喜ばしいニュースのはずだった。
例え、絶対に起こってほしくない未来だが、万が一、オオカワウソが優勝したとしても、もうあにまんマンションはダンジョンではない。
ああああが地獄に連れ戻される可能性はない。
ああああは、ハニーハントに最上級の感謝を表明するべきだ。
それなのに。
「私らの冒険は、何だったんだよ……!」
口から漏れたのは、恨み言だった。
地獄だった。狂気と混沌の坩堝だった。
それでも、[[あにまんマンション]]の攻略はオオカワウソとああああの力があったからこそ進んでいた。様々な罠を死に覚えで攻略し、遂には心臓部さえ掌握していたのだ。
一つエリアを突破する度に、オオカワウソがハイタッチをしてきたのを覚えている。
散々使い潰しておいてと、怒りを覚えたが、それでも、確かにああああには自負があったのだ。
あのマンションでは、ああああは社畜ではなく、探索者だった。(非常食でもあったが)。
「ああああ、この世の中に絶対はない」
オシウリエルは、真っすぐああああを見据えていた。
「私も魔法少女になって長いが、無敵を誇った魔法少女も、最強を謳った魔法少女も、死ぬ時はあっさり死ぬもんさ。まるで賽の目で1を出しちまったみたいにな。
黒幕、神、天上……どう装飾しても、そいつがこの世に存在するものなのは間違いないんだ。絶対の椅子に座り続けられるわけじゃない」
「……確かに、マンションは絶対じゃなかったかもしれない。けど、それが黒幕に隙があることに繋がらないすよね。何の根拠があるんすか」
「根拠ならあるさ。このゲームの展開を見ていれば、違和感がある。
このゲーム……どこか、変だろ?」
「変、すか。殺し合いにしちゃ自由度が高いとは思うすけど」
組織の処刑法として殺し合いをやらせるというのはポピュラーだ。ただそれはもっと閉所でもっとシンプルな形で行う。
こんなイベントのような真似はしない。
「参加者は十人十色、様々な個性を与えられている。誰が優勝するか、容易には予測がつかないエンタメ性がある。
ただ、全員がその強みを生かしきれるようには出来ていない」
「何が言いたいんすか」
「スカイウィッチとフライフィアーは、どうして地下がスタートだったんだ?」
確か、空を飛ぶのが得意な魔法少女だったか。
「……偶然ですよ」
「わざわざ同じ地下にゲームに乗る確率が高いヒートハウンドを用意している。はっきり言って、スカイウィッチとフライフィアーが、地下でヒートハウンドに勝てる可能性は零パーセント。それどころか、逃げることすらまず無理だろう」
犬は嗅覚が鋭いからな、とオシウリエルは笑った。
「結局この二人は、強みを生かしきれないまま退場した。
……空を飛ぶことが得意な魔法少女を、わざわざ地下からスタートさせ、近くに天敵を配備する。……恣意的なものを感じないか」
「黒幕は、その二人が嫌いだったんじゃないすか」
「もう一つある。お前にも馴染みが深い、[[あにまんマンション]]。ここが初期位置だった参加者は、ビリーバー、オオカワウソ、ハニーハント。
そして、ビリーバーは脱落した」
魔法特化型の魔法少女は複数いる、とオシウリエルは言う。
「電子の海に潜れるナイトメア・メリィ、千里眼のクレアボヤンス。この二人は初期位置も比較的安全な場所であり、周囲に危険人物は配備されていない。にも関わらず、ビリーバーだけが全エリアでぶっちぎりで危険な[[あにまんマンション]]スタートで、かつ近くには危険人物のオオカワウソとハニーハント……まるで一刻も早く死んでくれと言わんばかりの采配だ」
「……何が言いたいんですか?」
「私はね、この三人は、黒幕を脅かす可能性があったと思っているんだ」
スカイウィッチ、フライフィアー、ビリーバー。
「単純な実力ならティターニアやテンガイ、ブレイズドラゴンやスピードランサーはフライフィアーに並ぶ、あるいは凌駕するかもしれない。スカイウィッチやビリーバーとは隔絶した実力差のはずだ。
にも関わらず、彼女たちはそのような理不尽な目に遭っていない」
恐れているのは、実力ではない。
「空を飛ばれること、未来を視られること。黒幕は、それを何より恐れた」
「……それが、弱点だっていうんすか?」
「さてね。そうシンプルな話ではないのかもしれないが……。
少なくとも、黒幕は全知全能の存在ではない。むしろ、一部の参加者を極度に恐れている——エンタメ性を排してまで身の安全を図る、小心者だよ、『彼女』は」
天上、とオシウリエルは悪徳セールスマンが他社の商品名を読み上げるように、見下しと侮蔑が混じった声色で、言った。
「天の上が神の領域だったのは、近世までだよ。
今の時代、人は、天の上を遥か飛び越えて——宇宙にだって、行っているんだから」
「………………つまり、オシウリエルさんは、私らが天上に昇って行けると?」
「ああ、いつかはな」
オシウリエルは、二本目の煙草に手を伸ばす。
ゆったりと、くつろぐように煙草を吸う。
果たして、とああああは思う。
このオシウリエルとは、何者なんだろうか。何歳なのか、どれくらい強いのか、どこまで本気なのか。
「が、それでは時間がかかる。
——だから、天上には、下まで降りてきてもらう」
「そんな方法、本当にあるんすか」
「ああ、策がある」
「それはいったい……」
「何、簡単だよ……」
悪戯を思いついた子どものような顔で、オシウリエルは言った。
「黒幕を、あにまん市の殺し合いに参加者として放り込む」
「……は?」
「『制限』と『呪い』を、黒幕にも適用させるのさ……!」
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