桜 - (2024/11/29 (金) 11:02:08) の1つ前との変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
綺麗な桜だと、そんなことを思った。
美しく咲き誇る桜並木の奥から、二人の少女が歩いてくるのが見える。
コンビニのレジ袋を陽気そうに振り回しているのはらいとちゃんで、古式ゆかしいふろしきを大事そうに持っているのは、葉月さんだった。
そうだ、と私、七海真美は思い出す。
今日は、お花見の日だった。
魔法少女の友達をたくさん呼んで、みんなで美味しいものを持ち寄って、お花見とお疲れ様会を兼ねて。
「場所取り、感謝であります!」
びしっ、とらいとちゃんは敬礼した。
私も見様見真似で敬礼を返す。
場所取り? ああ、そうだった。
私は周囲を見渡す。
これだ! と思った桜の下にピクニックシートを敷いて、私は皆を待っていたんだ。
皆より1時間も早く待っていたけれど、全然苦じゃなかった。
むしろずっとわくわくそわそわしていて、場所取りの役目を負っていなければ公園を走り回っていたに違いない。
二次元好きの匿名さん24/04/19(金) 22:52:10
とんでもねぇ、待ってたんだよ。
「申し訳なかったですね。1時間退屈じゃなかったですか?」
葉月さんは右手を立て、ごめんのジェスチャーをする。
気にしないでいいです、と私は首を振った。
本当に、全然苦ではなかったのだ。
むしろ、この1時間は楽しかった。
私は、一緒に場所取りをしていた友達に顔を向ける。
「全然退屈じゃなかったですよね——テンガイさん」
「ああ、僕様が真美を退屈させるわけないだろ」
緑色の綺麗な髪には、桜の花びらが付いていて、薄い胸を張るテンガイさんはそのことに気づいてないみたいだった。
その可愛らしい様子に私はくすくすと笑った。
「あ、裂華殿と夏実殿も駅に着いたみたいであります」
「じゃあ、私とらいとさんで迎えに行って来ますね」
「他の皆さんもそろそろ来る頃合いでありますな」
「ちょっと遅れる人も多いみたいですよ。昨日日本に着いてまだ時差ぼけが治ってないとか」
「じゃあ、私とテンガイさんは、引き続き場所取りしてますね」
「僕様に任せておけ~」
コンビニで買ったジュースと、お家から持ってきた高級そうなお弁当をシートに置いて、らいとちゃんと葉月さんは他のメンバーを迎えに行ってしまった。
なにしろ大人数だ。
そーっとお弁当に手を伸ばすテンガイさんの手を、私は優しくはたく。
「もう、私たちだけ先に食べちゃ悪いですよ」
「僕様は全知全能だぜ、スナックのつまみ食いだってできる」
「出来てないじゃないですか、私に阻止されて」
テンガイさんが取らないように私はレジ袋を背中に隠す。
ちぇっ……とテンガイさんは肩を落とした。
三千歳に近い年齢だとは知っているが、こうしてみると、同年代の女子にしか見えない。時々、もっと子どもに見えるときもある。小学生のジェイルフィッシュ……夏実ちゃんの方が、よっぽどしっかりしている。
「けど、不思議ですね。私とテンガイさんが、こうして同じピクニックシートの上で、桜を見ているなんて」
「だなぁ」
テンガイさんは桜を見上げた。きっと私の何百倍も桜を見ているだろうに、テンガイさんの顔は新鮮に輝いていた。
「最初に会ったときは、僕様と真美、敵対してたもんなぁ」
「だってテンガイさん、めちゃくちゃ危険人物な言動してましたもん。テンガイラッシュとか、心臓持って来いとか、優勝させてやるとか。私てっきり、巨悪だと思いましたよ」
「その認識は間違ってないぜ。僕様は——悪だ。君たち正義の魔法少女とは相反する存在だぜ。
けど、その境界をぶった斬っちまったのが君だ」
まさか、なぁとテンガイさんは呆れたように笑う。
「参加者全員と友達になってデスゲームを破綻させるとは思わなかったよ」
私も笑った。
そうだ、私たちはついこないだ、デスゲームに巻き込まれた。
魔法の国の王さまに呪いをかけられて、あにまん市で最後の一人になるまで殺し合いと命じられたのだ。
けど、私たちは魔法少女だ。バッドエンドは似合わない。
私たちは時にはぶつかり合いながらも互いを理解していき、遂に『誰一人犠牲者が出ることなく』『ゲームをぶった斬る』ことに成功した。
この花見は、そのとき友達になった参加者の皆とのお疲れ様会だ。
最初は敵対し、激しい戦いを繰り広げたテンガイさんとも、分かり合うことが出来た。
他にも悪い魔法少女や、強い魔法少女と、戦って、気持ちをぶつけ合って——友情を育んだ。
牢屋に閉じ込めた魔法王やその手下ともいつかは友達になれる。
私は、そう信じている。
ああ、それにしても、なんて綺麗な桜なんだろう。
あにまん市の何処に、こんな絶景スポットがあっただろうか。他のお客さんは全然見えないし、貸し切り状態だ。
こっそり変身して飛んだり跳ねたりしても、大丈夫かも。
テンガイさんに魔法を教えてもらうのも、楽しそうだ。
「テンガイ、さん」
私は、友達に微笑みかけた。
「私は、死んだんですね」
「…………そうだな。僕様が勝って、君が負けた」
「今見ているこれは、テンガイさんが?」
「僕様は、全知全能だからな……。『安らかな夢を見る魔法(イープノス)』なんてものも、使えるのさ……」
私は、覚えている。
らいとちゃんも、葉月さんも死んでいる。
他にも、たくさんの犠牲者は出ている。
何より、私はらいとちゃんや葉月さんとお花見をしたことはない。
二人に互いを紹介する機会を準備している間に、殺し合いが開かれ、二人は喪われてしまったから。
「どうして、私にこんなことを……?」
「それはもちろん、君にさっさとあの世へ行って欲しいからさ。無駄に足掻かれても迷惑だっつーの」
それは、確かに本音なのだろう。
けれど、それだけではないような気もした。
「私、今日初めて、本気で人と戦いました。
エネミーと戦うときとは全然違う。痛いし、怖いし、何より、とっても悲しい……」
「だったら君には戦う才能がまるでないな。
ご近所の困りごとを解決でもしてるべきだった」
「そうですね……愛の力で、強くなる……きっとこれは、誰かをやっつける魔法じゃなかった……」
ああ、それが敗因なのだろうか。
ブラックブレイド……葉月さんの魔法は、本当に凄かった。
担い手が私でさえなければ、きっとテンガイさんを——テンガイに、勝てていたのだろう。
「戦いは、僕様の勝ちだ。これだけは譲らないぜ。それにな、言っとくけど、僕様、マジで本気出してないから。
分かってると思うけど、めっちゃ手抜いてたから。ガチでやってたら僕様の圧勝だったから。
そこんとこ、勘違いすんなよ?」
素が出たときの葉月さんくらいのテンパり具合を見せるテンガイに、私はどこか親しみを覚え——けれど、結局は、彼女は以前他者に害を為す存在で、私は彼女を止めることは出来なかったことを思い出した。
たぶん、テンガイを止める最大のチャンスを、私は無為にした。
奇跡に奇跡が重なっての、一時的な拮抗。
きっとテンガイはもう二度と同じミスを犯さない。
リングに上がったのは私で、本当に良かったのだろうか。
ただ私は、意味も無く死んだだけなのだろうか。
「勘違いするなよ、凡愚」
と、テンガイは苛立たし気に言った。
「お前のせいで、僕様の計画ぶっ壊れたからな。
お前のせいで、僕様は積極的に人を襲えなくなった。
お前のせいで、心臓探しも慎重にやる必要が出てきた。
お前のせいで、僕様は大幅に弱体化だよ、ムカつくけど」
テンガイは大きなため息をついた。
「あの切断魔法はナーフしろよクソ運営、とは思うけどさ。
担い手がお前じゃなかったら僕様はもっと楽に勝ってたよ。
本当に——反吐が出るほど嫌いだぜ、七海真美」
それはきっと、テンガイの偽りざる本音で、同時に、私への手向けだったのだろう。
ああ、間違っていなかった。
テンガイの無数の魔法をぶった斬って、その息の根を止めようとしたとき。
私は、どうして、と疑問に思ってしまったのだ。
どうして、魔法少女同士で殺し合っているのだろう。
私が今、友達の魔法で殺そうとしている相手は、生来の悪なのだろうか。
果たして、生まれながらの悪人が、魔法少女になるだろうか。
そんな風に迷ってしまったから、負けた。
……なんていうのは、きっと言い訳だろうけど。
もしかしたらテンガイにも、譲れない事情があるのかもしれない。
私はそれを尋ねようとして——時が来たのだと、悟った。
シートから降りる。
もう、逝かなければならない。
「じゃあな、七海真美。死後の世界は楽しいところだぜ。僕様の夫もいるから、会ったらよろしく言っといてくれ」
テンガイのその言葉に、私は腑に落ちるものがあった。
殺されたのは悔しいし、友達だとは口が裂けても言えない。生き残った他の友達に今後危害を加えるなら怨霊になってでもあの世へ引っ張り込んでやるとも思うけれど。
私は、テンガイの本質に、少し触れた気がした。
だから、私なりに、好きか嫌いかで言えば限りなく大嫌いに近い彼女に、けれど素敵な夢を見せてくれた彼女に。
——事実を、教えてあげようと思った。
「貴女と戦っているとき——亡くなった友達の声が、確かに聞こえました」
それだけで、良かった。
テンガイは、目を見開いていた。
私に追い込まれていた時にさえ見せなかった動揺が、顔いっぱいに広がっていた。
「……本当に?」
まるで縋るような声色に、私は頷く。
どうしてそうなったのかは、分からない。
私は、この人のことを、まるで知らない。
けれど、このテンガイという悪人が、死後の世界の存在を語りながら——まったくその存在を信じてなくて、かつ、どうしてもあって欲しいと願っているのだということは、何となく悟れた。
……むぅ、生前ももっと察しが良ければ勉強好きになれたかも。
なんて、後悔を数えだしたらキリが無いけれど。
家族のことを思うと胸がキリキリと痛むし、学校の友達のことも考えたくない。
将来やってみたかったことも考えだすと、辛くなる。
やっぱり二、三発この緑髪殴ってから逝こうと思ったけれど、そんな時間はもう無いみたいだった。
らいとちゃんの声が聞こえる。
葉月さんの声が聞こえる。
他にもたくさんの人が話している。
暖かい場所に向かって私は歩み出した。
そして私は、魔法少女・七海真美は——その生涯を終えたのだった。
&COLOR(red){【七海真美 死亡】}
&COLOR(red){【残り 31人】}
二次元好きの匿名さん24/04/20(土) 00:32:26
何かが違えば友達になれたのかな
デスマッチリングから敗者が去っていく。
穏やかな顔をしたまま粒子化していく少女を見送り、テンガイは乱れた髪を整えた。
果たして何を思うのか。それを悟れた者は、既にこの場になく。
ただ残った剣を拾うと、テンガイはそれを高々と掲げ——解説席へと向けた。
その顔は——七海真美には見せなかった悪辣な笑みを浮かべて、テンガイは解説席へと剣を振る。
そして、ゆっくりと唇を動かした。
「げっげっげ、何のアピールだ?
飼い主に尻尾でも振ってんのか。
剣闘士としちゃ、立派な態度じゃねぇか」
グレンデルはテンガイの態度を、自らへの媚びだと感じ、愉快そうに笑った。
それが叛意を隠す偽りの態度だとしても構わない。
ここまでの戦いで、テンガイは強いことは理解したが——戦闘IQに関しては、自分の方が遥かに高い。
ましてや、今の戦い(色々パラサイトドールに解説してもらった)を経て、戦闘力を大きく失ったテンガイならば、狩りの獲物としてちょうどいい。
まだまだこのゲームは楽しめそうだ、とグレンデルは囁いた。
パラサイトドールは、じっとテンガイを見下ろしていた。
剣を振り、こちらに向かってゆっくりと唇を動かすテンガイを、支配者として当然のように観察していた。
『お』・『く』・『びょ』・『う』・『も』・『の』
(……気づいたか)
第二試合でブラックブレイドの魔法を再現する際に使われた大剣。
それを使ったアピールは、パラサイトドールへの挑発が目的だった。
ブラックブレイドを殺したのはお前だろう。
お前が直接手を下さなければならないほど、ブラックブレイドの魔法は都合が悪いのだろう、とテンガイは言外にそう言っているのだ。
「…………マジムカつく」
それを知っただけでは、テンガイを始末できない。
自らの不自由さに、パラサイトドールは不機嫌を隠さないまま、億劫そうに息を吐いたのだった。
綺麗な桜だと、そんなことを思った。
美しく咲き誇る桜並木の奥から、二人の少女が歩いてくるのが見える。
コンビニのレジ袋を陽気そうに振り回しているのはらいとちゃんで、古式ゆかしいふろしきを大事そうに持っているのは、葉月さんだった。
そうだ、と私、七海真美は思い出す。
今日は、お花見の日だった。
魔法少女の友達をたくさん呼んで、みんなで美味しいものを持ち寄って、お花見とお疲れ様会を兼ねて。
「場所取り、感謝であります!」
びしっ、とらいとちゃんは敬礼した。
私も見様見真似で敬礼を返す。
場所取り? ああ、そうだった。
私は周囲を見渡す。
これだ! と思った桜の下にピクニックシートを敷いて、私は皆を待っていたんだ。
皆より1時間も早く待っていたけれど、全然苦じゃなかった。
むしろずっとわくわくそわそわしていて、場所取りの役目を負っていなければ公園を走り回っていたに違いない。
「申し訳なかったですね。1時間退屈じゃなかったですか?」
葉月さんは右手を立て、ごめんのジェスチャーをする。
気にしないでいいです、と私は首を振った。
本当に、全然苦ではなかったのだ。
むしろ、この1時間は楽しかった。
私は、一緒に場所取りをしていた友達に顔を向ける。
「全然退屈じゃなかったですよね——テンガイさん」
「ああ、僕様が真美を退屈させるわけないだろ」
緑色の綺麗な髪には、桜の花びらが付いていて、薄い胸を張るテンガイさんはそのことに気づいてないみたいだった。
その可愛らしい様子に私はくすくすと笑った。
「あ、裂華殿と夏実殿も駅に着いたみたいであります」
「じゃあ、私とらいとさんで迎えに行って来ますね」
「他の皆さんもそろそろ来る頃合いでありますな」
「ちょっと遅れる人も多いみたいですよ。昨日日本に着いてまだ時差ぼけが治ってないとか」
「じゃあ、私とテンガイさんは、引き続き場所取りしてますね」
「僕様に任せておけ~」
コンビニで買ったジュースと、お家から持ってきた高級そうなお弁当をシートに置いて、らいとちゃんと葉月さんは他のメンバーを迎えに行ってしまった。
なにしろ大人数だ。
そーっとお弁当に手を伸ばすテンガイさんの手を、私は優しくはたく。
「もう、私たちだけ先に食べちゃ悪いですよ」
「僕様は全知全能だぜ、スナックのつまみ食いだってできる」
「出来てないじゃないですか、私に阻止されて」
テンガイさんが取らないように私はレジ袋を背中に隠す。
ちぇっ……とテンガイさんは肩を落とした。
三千歳に近い年齢だとは知っているが、こうしてみると、同年代の女子にしか見えない。時々、もっと子どもに見えるときもある。小学生のジェイルフィッシュ……夏実ちゃんの方が、よっぽどしっかりしている。
「けど、不思議ですね。私とテンガイさんが、こうして同じピクニックシートの上で、桜を見ているなんて」
「だなぁ」
テンガイさんは桜を見上げた。きっと私の何百倍も桜を見ているだろうに、テンガイさんの顔は新鮮に輝いていた。
「最初に会ったときは、僕様と真美、敵対してたもんなぁ」
「だってテンガイさん、めちゃくちゃ危険人物な言動してましたもん。テンガイラッシュとか、心臓持って来いとか、優勝させてやるとか。私てっきり、巨悪だと思いましたよ」
「その認識は間違ってないぜ。僕様は——悪だ。君たち正義の魔法少女とは相反する存在だぜ。
けど、その境界をぶった斬っちまったのが君だ」
まさか、なぁとテンガイさんは呆れたように笑う。
「参加者全員と友達になってデスゲームを破綻させるとは思わなかったよ」
私も笑った。
そうだ、私たちはついこないだ、デスゲームに巻き込まれた。
魔法の国の王さまに呪いをかけられて、あにまん市で最後の一人になるまで殺し合いと命じられたのだ。
けど、私たちは魔法少女だ。バッドエンドは似合わない。
私たちは時にはぶつかり合いながらも互いを理解していき、遂に『誰一人犠牲者が出ることなく』『ゲームをぶった斬る』ことに成功した。
この花見は、そのとき友達になった参加者の皆とのお疲れ様会だ。
最初は敵対し、激しい戦いを繰り広げたテンガイさんとも、分かり合うことが出来た。
他にも悪い魔法少女や、強い魔法少女と、戦って、気持ちをぶつけ合って——友情を育んだ。
牢屋に閉じ込めた魔法王やその手下ともいつかは友達になれる。
私は、そう信じている。
ああ、それにしても、なんて綺麗な桜なんだろう。
あにまん市の何処に、こんな絶景スポットがあっただろうか。他のお客さんは全然見えないし、貸し切り状態だ。
こっそり変身して飛んだり跳ねたりしても、大丈夫かも。
テンガイさんに魔法を教えてもらうのも、楽しそうだ。
「テンガイ、さん」
私は、友達に微笑みかけた。
「私は、死んだんですね」
「…………そうだな。僕様が勝って、君が負けた」
「今見ているこれは、テンガイさんが?」
「僕様は、全知全能だからな……。『安らかな夢を見る魔法(イープノス)』なんてものも、使えるのさ……」
私は、覚えている。
らいとちゃんも、葉月さんも死んでいる。
他にも、たくさんの犠牲者は出ている。
何より、私はらいとちゃんや葉月さんとお花見をしたことはない。
二人に互いを紹介する機会を準備している間に、殺し合いが開かれ、二人は喪われてしまったから。
「どうして、私にこんなことを……?」
「それはもちろん、君にさっさとあの世へ行って欲しいからさ。無駄に足掻かれても迷惑だっつーの」
それは、確かに本音なのだろう。
けれど、それだけではないような気もした。
「私、今日初めて、本気で人と戦いました。
エネミーと戦うときとは全然違う。痛いし、怖いし、何より、とっても悲しい……」
「だったら君には戦う才能がまるでないな。
ご近所の困りごとを解決でもしてるべきだった」
「そうですね……愛の力で、強くなる……きっとこれは、誰かをやっつける魔法じゃなかった……」
ああ、それが敗因なのだろうか。
ブラックブレイド……葉月さんの魔法は、本当に凄かった。
担い手が私でさえなければ、きっとテンガイさんを——テンガイに、勝てていたのだろう。
「戦いは、僕様の勝ちだ。これだけは譲らないぜ。それにな、言っとくけど、僕様、マジで本気出してないから。
分かってると思うけど、めっちゃ手抜いてたから。ガチでやってたら僕様の圧勝だったから。
そこんとこ、勘違いすんなよ?」
素が出たときの葉月さんくらいのテンパり具合を見せるテンガイに、私はどこか親しみを覚え——けれど、結局は、彼女は以前他者に害を為す存在で、私は彼女を止めることは出来なかったことを思い出した。
たぶん、テンガイを止める最大のチャンスを、私は無為にした。
奇跡に奇跡が重なっての、一時的な拮抗。
きっとテンガイはもう二度と同じミスを犯さない。
リングに上がったのは私で、本当に良かったのだろうか。
ただ私は、意味も無く死んだだけなのだろうか。
「勘違いするなよ、凡愚」
と、テンガイは苛立たし気に言った。
「お前のせいで、僕様の計画ぶっ壊れたからな。
お前のせいで、僕様は積極的に人を襲えなくなった。
お前のせいで、心臓探しも慎重にやる必要が出てきた。
お前のせいで、僕様は大幅に弱体化だよ、ムカつくけど」
テンガイは大きなため息をついた。
「あの切断魔法はナーフしろよクソ運営、とは思うけどさ。
担い手がお前じゃなかったら僕様はもっと楽に勝ってたよ。
本当に——反吐が出るほど嫌いだぜ、七海真美」
それはきっと、テンガイの偽りざる本音で、同時に、私への手向けだったのだろう。
ああ、間違っていなかった。
テンガイの無数の魔法をぶった斬って、その息の根を止めようとしたとき。
私は、どうして、と疑問に思ってしまったのだ。
どうして、魔法少女同士で殺し合っているのだろう。
私が今、友達の魔法で殺そうとしている相手は、生来の悪なのだろうか。
果たして、生まれながらの悪人が、魔法少女になるだろうか。
そんな風に迷ってしまったから、負けた。
……なんていうのは、きっと言い訳だろうけど。
もしかしたらテンガイにも、譲れない事情があるのかもしれない。
私はそれを尋ねようとして——時が来たのだと、悟った。
シートから降りる。
もう、逝かなければならない。
「じゃあな、七海真美。死後の世界は楽しいところだぜ。僕様の夫もいるから、会ったらよろしく言っといてくれ」
テンガイのその言葉に、私は腑に落ちるものがあった。
殺されたのは悔しいし、友達だとは口が裂けても言えない。生き残った他の友達に今後危害を加えるなら怨霊になってでもあの世へ引っ張り込んでやるとも思うけれど。
私は、テンガイの本質に、少し触れた気がした。
だから、私なりに、好きか嫌いかで言えば限りなく大嫌いに近い彼女に、けれど素敵な夢を見せてくれた彼女に。
——事実を、教えてあげようと思った。
「貴女と戦っているとき——亡くなった友達の声が、確かに聞こえました」
それだけで、良かった。
テンガイは、目を見開いていた。
私に追い込まれていた時にさえ見せなかった動揺が、顔いっぱいに広がっていた。
「……本当に?」
まるで縋るような声色に、私は頷く。
どうしてそうなったのかは、分からない。
私は、この人のことを、まるで知らない。
けれど、このテンガイという悪人が、死後の世界の存在を語りながら——まったくその存在を信じてなくて、かつ、どうしてもあって欲しいと願っているのだということは、何となく悟れた。
……むぅ、生前ももっと察しが良ければ勉強好きになれたかも。
なんて、後悔を数えだしたらキリが無いけれど。
家族のことを思うと胸がキリキリと痛むし、学校の友達のことも考えたくない。
将来やってみたかったことも考えだすと、辛くなる。
やっぱり二、三発この緑髪殴ってから逝こうと思ったけれど、そんな時間はもう無いみたいだった。
らいとちゃんの声が聞こえる。
葉月さんの声が聞こえる。
他にもたくさんの人が話している。
暖かい場所に向かって私は歩み出した。
そして私は、魔法少女・七海真美は——その生涯を終えたのだった。
&COLOR(red){【七海真美 死亡】}
&COLOR(red){【残り 31人】}
二次元好きの匿名さん24/04/20(土) 00:32:26
何かが違えば友達になれたのかな
デスマッチリングから敗者が去っていく。
穏やかな顔をしたまま粒子化していく少女を見送り、テンガイは乱れた髪を整えた。
果たして何を思うのか。それを悟れた者は、既にこの場になく。
ただ残った剣を拾うと、テンガイはそれを高々と掲げ——解説席へと向けた。
その顔は——七海真美には見せなかった悪辣な笑みを浮かべて、テンガイは解説席へと剣を振る。
そして、ゆっくりと唇を動かした。
「げっげっげ、何のアピールだ?
飼い主に尻尾でも振ってんのか。
剣闘士としちゃ、立派な態度じゃねぇか」
グレンデルはテンガイの態度を、自らへの媚びだと感じ、愉快そうに笑った。
それが叛意を隠す偽りの態度だとしても構わない。
ここまでの戦いで、テンガイは強いことは理解したが——戦闘IQに関しては、自分の方が遥かに高い。
ましてや、今の戦い(色々パラサイトドールに解説してもらった)を経て、戦闘力を大きく失ったテンガイならば、狩りの獲物としてちょうどいい。
まだまだこのゲームは楽しめそうだ、とグレンデルは囁いた。
パラサイトドールは、じっとテンガイを見下ろしていた。
剣を振り、こちらに向かってゆっくりと唇を動かすテンガイを、支配者として当然のように観察していた。
『お』・『く』・『びょ』・『う』・『も』・『の』
(……気づいたか)
第二試合でブラックブレイドの魔法を再現する際に使われた大剣。
それを使ったアピールは、パラサイトドールへの挑発が目的だった。
ブラックブレイドを殺したのはお前だろう。
お前が直接手を下さなければならないほど、ブラックブレイドの魔法は都合が悪いのだろう、とテンガイは言外にそう言っているのだ。
「…………マジムカつく」
それを知っただけでは、テンガイを始末できない。
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