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猫・ウェンディゴ・龍 - (2024/02/24 (土) 13:47:47) のソース
船で逃げるのはどうだろうか、と轟猫耳、魔法少女名、ネコサンダーは思った。 特段、船に思い入れがあるわけでもなく、また船乗りのスキルを持っているわけでもない。 ただ、ふらふらと彷徨った末に辿り居たのが、あにまん市南東端、姐鎮(あねちん)埠頭であったというだけだ。 月光に照らされた、青と赤で鮮やかに彩られた貨物船は、ネコサンダーには希望の船に見えた。 「……いや、船とデスゲームの相性って、良くないよ……ニャ」 変身しているにも関わらず、素が出てしまい、誤魔化すように語尾を付け足す。 溌溂とした明るい魔法少女がネコサンダーだ。今の自分は陰気な文学少女、轟猫耳ではない。 「船でデスゲーム……カイジの限定じゃんけんのイメージが強いニャ……けど、殺し合いよりはマシかニャ……」 もしくは、と記憶を働かせる。 確か、『GOSICK -ゴシック-』の1巻でも船での殺し合いがあった気がする。 「密室とデスゲームの相性がいいのかな……、あ、ニャ……」 もう少し、現実的に考えてみる。 あにまん市の範囲はどこまでか。貨物船に忍び込んで脱出しようとしても、市内の範囲から出た瞬間即死しては意味が無い。 では、陸地から離れず、湊のどこかに貨物船を浮かべてそこに潜むか。 ネコサンダーの実力なら貨物船一隻シージャックするのは容易い。 (いや、やっぱり駄目ニャ。騒ぎになれば他の魔法少女に居場所がバレるし、陸地から港内の船に向かって攻撃する手段を持つ魔法少女もきっと参加してる……。 もしそういう遠距離攻撃持ちの魔法少女が来なくても、同じ貨物船……いや、ボートの一隻であったら乗り込んでくるに決まってるよ) やはり、船を使うというのは論外だ。 ただ、この場所自体はそう悪くない。 雷を使えるネコサンダーと水辺の相性は良い……はずだ。ポケモン理論では。 (実際に水辺で戦ったことないからその辺分からないニャ) ネコサンダーの戦闘経験は薄い。魔法少女としての日課はコスプレイヤーで、パトロールや強者との戦闘ではないからだ。 もっとも、ネコと雷というエネルとルッチを合わせた能力の自分はけっこう強いのでないかとネコサンダーは密かに思ったりしているが。 もう少し散策してみるか、とネコサンダーは歩を進める。 (水辺、水辺かぁ……。クリックベイト先輩が居たりしないかなぁ) 同じ高校に通う、一つ年上の魔法少女、佐々利 こぼね/クリックベイト。 魔法少女の先輩としてちょいちょい面倒を見てもらったりはしている。 合流できれば心強い、とネコサンダーは思った。 (確かここって、釣りスポットとしては有名だったはず……ニャン。クリックベイト先輩も釣りしてたりして……いやでも、さすがに殺し合いの最中にはしないか) クリックベイトはマイペースなようでいて、かなり堅実派だ。殺し合いで趣味を優先するような魔法少女ではない。 (はぁ、先輩今何して、じゃなくて、にゃにしているんだろう……) 自分よりよっぽど場数を踏んでいるが、絶対に生き残れる保証はない。 そのことを考えると、ネコサンダーは背筋が寒くなる。 と、ネコサンダーは足を止めた。 堤防に腰を下ろし、足をぶらぶらと揺らしている影がある。 感じる魔力からして、間違いなく魔法少女。 (嘘、クリックベイト先輩?) まさか本当に夜釣り? 知人の正気を疑いながらもネコサンダーは人影に近づき——すぐに、クリックベイトではないことに気づく。 というか、似ても似つかなかった。 サンバイザーとレザーコートがトレードマークのクリックベイトと違い、人影はどうやら真っ黒な礼服に身を包んでいたからだ。 (どうしよう、他の魔法少女に遭遇しちゃったニャ……いや、ここでは私が有利に戦える……恐れることはニャイ!) 「こんな夜中にこんな場所で、何をしているニャ?」 ネコサンダーの問いかけに、礼服の魔法少女は黒いスカートを翻して立ち上がった。 そして、こちらを振り返る。 魔法少女の顔は、ペストマスクで覆われていた。 (明らかにヤバい奴だー!?) 魔法少女の恰好はある程度自分のイメージが反映される。 ネコサンダーがネコミミと尻尾つきなのは、猫耳という名前からの発想だろうし、外見も非常に不本意だがクラスメイトそっくりなのも、これが猫耳の考える身近の最高美人だからだ。 つまり、変身衣装にペストマスクが反映されるような奴は、絶対にヤバい奴だ。 どんな経験をしたら、変身したらペストマスクを被ろうとなるのか。 (……大丈夫、まだ漫画とかアニメでペストマスクの推しキャラが居て~みたいな可能性がワンチャンある。掴み取るのニャ、ネコサンダー!) 「何をしていたかだって?」 くぐもった声が聞こえる。捨て鉢で投げやりな声だった。 「——自殺しようと思ってね」 自殺。 自殺はいけないことだと、ネコサンダーは思っている。 どうしていけないのか、とか深く考えたことは無かったが、何となくいけないことという認識だ。 ライトノベルや冒険小説の主人公たちも自殺を肯定しない。 (やっぱりヤバい奴ニャ……いや、でも……) 平時ならともかく、現在は殺し合いの真っ最中である。 誰かを殺したり殺されたりする前に自ら命を絶つ。 それは、死にたくないからゲームに乗るという考えより、かなり真っ当なものだと感じる。 (じゃ、じゃあ意外と普通の人かニャ……?) 「何で自殺したいのニャ? 私で良かったら話を聞かせて欲しいニャ」 明るく溌溂としたキャラ。魔法少女に変身している間はそう演じることを、ネコサンダーは決めている。 「私の名前はネコサンダーニャ!」 「ネコサンダーニャ……」 「いや、ネコサンダー」 「これは失礼。私はウェンディゴ」 (ウェンディゴ……) 不吉な名だと思った。よく知らないが、確かよくない物の名前だった気がする。 魔法少女名は基本的に自称である。ペストマスクといい、この少女は自己肯定感が限りなく低いのでは、とネコサンダーは推測した。 もしくは中二病の発露か。 「……そうだね。どこから話すべきか」 ウェンディゴはペストマスク越しに額を指で押し、思案の様子を見せた。 「……私の知り合いに殺人鬼が居るんだけど」 「……はい?」 「彼女は、美しい女性を選んで殺しをする。とても差別的な性格をしていて、どんな悪人でも醜ければ殺さないし、美しければどれだけ善人でも殺してしまう。彼女は正しくパブリックエネミーであり、この世に生まれるべきではなかった害悪だ」 何でそんな奴と知り合いなの? と思ったがネコサンダーは黙って話を聞くことにした。 「けれど、私はもっとおぞましい。 何故なら私は——無差別に死を振りまくからだ。 美しい者も、醜い者も、善き者も、悪しき者も、老若男女等しく、私は無差別に死を押し付ける。 誰を死なせるのか——私でさえも選べない」 だから私は死んだ方がいいんだよ、とウェンディゴは言った。 「いや、一刻も早く死ぬべきだ。殺人鬼が社会の敵なら、私は人類の敵なのだから」 (この人……) ネコサンダーはまじまじとペストマスクを眺めた。 (自己肯定感低すぎるニャ!) ネコサンダーは平和に暮らす魔法少女である。 魔法の力こそあるが、人間態では読書、変身時はコスプレイヤーとして活動する、戦闘とも修羅場とも、ましてや殺人とか殺し合いとはまったく無縁の人生を送って来た。 ウェンディゴのあまりにぶっ飛んだ話は、ネコサンダーのキャパシティを超え、結果として彼女の常識内で測ることを余儀なくされた。 結果、導き出された答えは。 (人って落ち込むとこんだけネガティブになるときあるよね……。 私なんて生まれてこなければ良かった~とか、全部自分のせい~とか。 それのレベル100って感じなのかな。殺し合いに放り込まれて精神のバランス崩れてるのもあるのかも。 うーん……『気のせいだよ』って言えば終わる話なんだろうけど、それは無神経だろうし……どうしようかな、じゃなくて、どうしようかニャ) ウェンディゴの告白を限りなく矮小化し、常識的に捉える。 その結果、ネコサンダーは初見の印象より、むしろウェンディゴに親しみを覚えた。 性格が暗いのも、言うことが大げさなのも、魔法少女になる前の自分に似ている。 あれだけ不気味に思えたペストマスクも、ラノベキャラの模倣として捉えればそう大したことのないように思えてきた。 知り合いの殺人鬼というのも、自称している痛い友人が居るのか、あるいは不良やいじめっ子をそう呼称しているだけだろう。 (で、問題はどうアプローチしよう。明るく溌溂、じゃむしろ逆効果だろうし……) ネコサンダーが頭を悩ませていると 「今の話は本当か?」 上から声が降って来た。 「へ?」 とネコサンダーはそれを見上げる。 白いボディスーツに、毛先が炎のようなメッシュになった、ポニーテールの長身女性。 何時の間に立っていたのか、ネコサンダー―はまったく気づくことが出来なかった。 「ウェンディゴというたな。貴様は今、無差別に死を振りまくといったが、真か?」 「……そうだよ。君は?」 「儂はブレイズドラゴン。このゲームに参加している魔法少女じゃ」 三人目の参加者。 ネコサンダーはウェンディゴを守るように二人の間に割って立つ。 「まぁそう焦るでない。何も貴様らを取って喰おうとは思っておらん。儂はただ確認したいだけじゃ」 「確認……?」 首を傾げるネコサンダーを無視して、ブレイズドラゴンはウェンディゴに話しかける。 「その、無差別に死を振りまく……といったか? それはどういう魔法じゃ? 殺人ウイルスをばら撒くということか? それともバーサーカー状態となって暴れまわるということか? あるいは全自動で即死カウンターが発動するといったものか? あ、今から儂と戦うつもりなら明かさなくてよいぞ? その方が楽しいからのう」 「どれでもないし、君と戦うつもりはない。 私の魔法は死を呼び寄せれる魔法だ。関わった人間に、死の運命を近づける」 「ほう。それは例えば急に心臓麻痺になったり、そういう類のものか?」 「違う。そうだな……この殺し合いに限るなら、危険人物と遭遇する率が上がるかも。何が起きるか私も分からない」 (それって、やっぱり気のせいなんじゃ……?) 何もかも自分のせいな気がするという、魔法ではなく心の病なのでは、とネコサンダーは思った。 「そうかそうか、うむ——気に入ったぞウェンディゴ」 するりとウェンディゴの礼服に、ブレイズドラゴンの腕が絡みつく。 「お前は自殺させん」 「………………」 「魔法少女は舌を噛み切った程度では死なんよ。自殺しようと思えばそれなりのアクションが必要になる。——そして儂は、全力でそれを妨害する。 お前はもう、儂のモノじゃ」 「………………」 ウェンディゴは何の反応も示さず、されるがままとなっていた。 (なるほど、ああすれば良かったんだ) お前が必要だと言うことで、自己肯定感を上げさせる。 さすが大人は違う、とネコサンダーは感心した。 「さて……儂らはここを去るが、ネコサンダー、お前はどうする?」 「あの、私も着いて行っていいですか……ニャ!」 「ほう。何故じゃ?」 「え、だってせっかく会ったし……なんだかお二人とは上手くやっていけそうな気がします……ニャ!」 陰気なウェンディゴ、そのウェンディゴに適切な対応をとったブレイズドラゴン。 人が苦手のネコサンダーでも、二人とは仲良くできそうな気がする。 「儂は一向に構わん。好きにすると良い」 「ありがとうなのニャ」 はぁ……とウェンディゴのマスクの内側から息が漏れた。 「……どうやら、もう手遅れみたいだな」 「え、何が?」 「申し訳ない、ネコサンダー。既に君を——巻き込んでしまったようだ」 (ネガティブだなぁ……) そんなことを言われるとますます心配になる。 「あ、そういえばブレイズドラゴンさんって、いつの間に私たちに近づいたんですか? あれが、ブレイズドラゴンさんの魔法ですか……ニャ!」 「ああ、あれは単純に『気が小さく』なっておったのじゃ」 あはは、とネコサンダーは溌溂に笑った。 (やっぱりブレイズドラゴンさんも不安なんだよね。大人として一生懸命魔法少女のキャラを貫こうとしているだけで……。うん、私も頑張るニャ) 「それで、こっからどこに向かいますかニャ?」 「そうじゃのう……『気を配って』みるとするか……」 ふむ、あっちに行こうとブレイズドラゴンはとある方向を指差した。