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dog fight(後編) - (2025/01/31 (金) 03:43:22) のソース
ハートプリンセスの魔法、『どんな場所にも旅行に行けるよ』。 その能力は、爆発転移魔法。 爆発の衝撃で空間を歪ませて瞬間移動する。爆発は自分にも当たるが、転移場所は自由。 そして爆発の規模もまた、ハートプリンセスの好きなように調整できる。 フライフィアーの糸から逃れるためにハートプリンセスが行使した爆発は、フライフィアーを巻き込み、近くの売店コーナーを吹き飛ばし、地下鉄に残っていた人々を恐慌状態に陥れた。 「テロだっー!」 「逃げろ、逃げろーっ!」 疲れた体に鞭打ってパニック状態になりながら地上への階段を駆け上る。 無人の通路で、フライフィアーは自身に生じたダメージを確認する。 「油断、でありますな……」 咄嗟に両腕を交差して爆風から身を守ったことで、軽度の火傷で済んでいる。 最高速度を出せれば爆風から逃れることは容易いが、元が戦闘機である性質上、一瞬で零から加速することは苦手だ。 (戦闘自体は十分に続行可能。できれば処置をしたいところですが……中々、そう上手くはいかないようでありますな) 駅に現れた二つの魔力反応。 一つは、ハートプリンセス。 もう一つは。 「大丈夫ですか」 静かにこちらに近づく、犬耳を生やした魔法少女。 「私、麦っていいます。魔法少女名は、ワンワンドッグ……」 「今しがた、人を殺したばかりでありますね?」 フライフィアーの言葉に、麦は足を止めた。 「…………臭い、ですか?」 それは犬系魔法少女ならではの発想だった。 いえいえ、とフライフィアーは首を振る。 「簡単な話なのですよ。貴殿がただのお人よしならもっと焦ってこちらに駆け寄るはずであります」 ふと、フライフィアーのメモリーに最近知り合った少女の顔が思い浮かぶ。 神様と友達になったの初めて~と無邪気に笑っていた、七海真美のような少女なら、きっとそうしていた。 「そして、現実主義者であるなら、爆発が発生すればその場を離れる。あるいは、息を顰めて様子を窺うはずであります。 貴殿のようにゆっくりと近づくことはまずないかと」 「……それだけで、私を殺人者だと?」 「カマかけでありますよ。間違いだったら謝罪するつもりでありました」 フライフィアーは元が戦闘機とは思えない程お花畑な性格をしている。日課もアニメ鑑賞で、自衛隊基地でのんびりと暮らしている。 が、彼女は馬鹿ではない。むしろ、賢い部類に入る。 戦闘機に乗れるのは少尉からである。優秀な者にしかパイロットは務まらない。 その概念が付与されているのか、フライフィアーもまた、優秀な頭脳を有していた。 「当機を撃破するつもりでありますね?」 「……はい、そのつもりです」 (出会う魔法少女がいずれもゲームに乗った者ばかり。先が思いやられますな) 彼女は場慣れしている。民間人ではない。 (最悪の場合——火器が必要でありますな) 無人の通路で、元戦闘機と元ゴールデンレトリバー、異色の対決が始まろうとしていた。 (相手は犬系でありますな……) 犬耳と尻尾からフライフィアーはそのように判断する。 実のところ、フライフィアーは対魔法少女の経験が乏しい。しかし豊富なアニメの知識から犬系の魔法少女ということで幾つかの仮説は立てられる。 (恐らく得意とするのは接近戦) 遠距離戦を得意とするなら、わざわざフライフィアーに近づこうとする理由がない。 姿を晒す前に不意打ち遠距離攻撃をかませばいいのだから。 (犬……噛みつきに警戒でありますな) 視線を逸らさずこちらにじりじりと近づく様は、正に猟犬。 (まずは捕らえる) 糸を出す魔法を、フライフィアーは重宝している。 ――フライフィアーが本気で武装を展開すれば周囲が更地と化すからだ。 人払いがされている状態とはいえ、インフラを破壊したくはない。 フライフィアーと麦の視線が交錯する。 麦を囲うように魔力で編まれた糸が出現し――捕らえる前に、麦は獣じみた軽やかな身のこなしで糸をすり抜ける。 (予想以上に速いっ……!) だが、まだ距離はある。それに、麦の速さは把握できた。 次は、避けられることを前提として糸を二重に用意するなどの工夫ができる。 フライフィアーは冷静に次の手を考え——未だ距離が離れている麦が、こちらに手を翳すのを見た。 そして、熱源反応が急速に上昇するのを。 (なっ、まさか彼女の魔法は……) 「烟火(yānhuǒ)」 1000℃を超える高温の炎がフライフィアーを呑み込んだ。 ◇ (上手くいった……) 燃え上がる通路を注意深く見守りながら、麦は自身のブラフが上手く機能したことに安堵する。 スカイウィッチにやったように、あくまで自信を犬系のみと誤認させ、炎系であることは秘匿する。 そうなれば相手は近接戦を警戒し、遠距離攻撃への警戒を疎かにする。 すかさずそこに必殺の一撃を叩き込み、勝利する。 魔法少女の身体能力が常人の十倍であろうと1000℃以上の炎をまともに浴びれば即死する。 麦は勝利を確信し 「なるほど、これが魔法少女同士の戦いでありますか」 炎の中から出現したフライフィアーに驚愕した。 (そんな、彼女の魔法は糸だったはず……どうやって炎を凌いで……) 否、よく見れば無傷ではない。 身体中から煙が噴き出し、焦げている部位もある。 しかし、フライフィアーは平然としているのだ。魔法少女にだって痛覚はあるはずなのに。 「どうやら、魔法少女は人間兵器と解釈するのは正しいようでありますな」 で、あるならばこちらも相応に対処するであります。 そうフライフィアーは宣言し、彼女の傍らに[[魔法陣]]が展開される。 (くっ……) 一旦退くべきかと麦は逡巡した。だが、自分が殺し合いに乗っていると喧伝されると今後やり辛い。 どう対処すべきか。その焦りが、彼女の行動を遅らせ。 (いや、ここは見極めるべきだ。フライフィアーの魔法を!) そう決めた時には、フライフィアーは武装を出現させていた。 ミサイル全長 2,490mm、ミサイル重量 304kg、空対地ミサイルAGM-65 マーベリック。 (……何て出鱈目!) 「FIRE!」 一個人に向けるにはあまりにオーバーキルな一撃が、麦へと命中する。 回避は不可能。マーベリックの速度は——超音速であるが故に。 破壊の嵐が、駅内を蹂躙した。 ◇ オーバーキルだ、とフライフィアーは自覚していた。 が、判断は間違えていないと、自己を評価する。 麦と名乗った魔法少女は、犬系だけでなく、炎を放射してみせた。 フライフィアーが戦闘機の付喪神であったために、戦闘不能に陥らずに済んだが、例えばあれを浴びたのが他の魔法少女なら、死亡していたであろう。 麦は危険だ。 戦争は、互いの性能を披露し合い、讃え合う場ではない。 これ以上の攻撃を許す前に圧倒的火力で殲滅する。駅を破壊してしまうことは忍びないが、コラテラル・ダメージだと許してほしい。 マーベリックは麦に命中し、閃光が光る。 そして、人体を消失させる程の熱が麦を包み 「……馬鹿な」 爆発によって生じる熱が、麦の身体に吸い込まれていく。 否、麦そのものが炎と化しているのだ。 マッチに灯った火に別の火を近づければ融合するように、マーベリックの熱と麦の炎は融合し 「ロギア系でありましたか……」 フライフィアーは自身の失敗を認めた。 彼女は――自分の天敵だった。 「星火(xīnghuǒ)」 マーベリックによって生じた超高温の炎が自身に迫りくるのを目視しながら、フライフィアーは自身の敗北の理由を考え、明晰な頭脳は直ちに答えに辿り着いた。 戦闘機は、ただそれだけで成立するものではない。管制官、整備員、そしてパイロット。 (なるほど、一人で戦おうとしたのが当機の敗因ですな) 仲間が居れば、戦闘を開始する前に撤退を促すことも出来た。 仲間が居れば、麦が炎を放出するだけでなく、自身も炎に転じ、フライフィアーの火器が通用しない可能性を提示出来た。 仲間が居れば、この状況からでも逆転の一手を繰り出せた。 それらは今のフライフィアーに望むべくもなく。 かくして、一人の魔法少女が業火の中でその命を散らせたのだった。 &color(#F54738){【らいと/フライフィアー 死亡】} &color(#F54738){【残り 39人】} ◇ 「格上でしたね、完全に」 と、麦は眼下を眺めながら言った。 フライフィアーの放ったミサイルは地下鉄駅を完全に破壊し、結果として崩落を招いた。 完全に崩落しきる前に麦は地上へと逃れたが、改めて惨状を目にし、背筋に冷たいモノが流れる。 地上から、線路が見える。 つまり、ぽっかりと大穴が空いているのだ。 (糸とミサイルを操る魔法……? 二つも魔法を操る存在が居るなんて……) どちらも麦の脅威にはなりえない。 しかしそれは、麦の相性がいいからであって、麦がフライフィアーより明確に強いということを意味しない。 むしろ、麦の炎を一度は耐えて見せた耐久性も含めると、カタログスペックは完全に向こうが上だった。 あの力がもしご主人様に向けられていたら。 想像するだけで恐ろしい。 とにかくにも、麦は勝利した。 短時間で二人。 順調なペースだ。 (けど、思ったより消費が激しいな) 燃費が良いことも麦の長所の一つだ。にも関わらず、彼女は確かな疲労を覚えていた。 連戦をする前にどこかで体力を回復させた方がいいかもしれない。 麦は休息地を求めて、音も無く夜の闇に消えていった。