「たったひとつの冴えたやりかた(前編)」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
たったひとつの冴えたやりかた(前編) - (2024/03/18 (月) 16:39:23) のソース
&color(#F54738){【木羽 マミ/ビリーバー 死亡】} &color(#F54738){【残り 34人】} ◇ 私の名前はビリーバー。本名は木羽マミ。あにまん市立第二中学校の生徒会長にして超常現象調査部の唯一の部員にして部長だ。 そして、既に死人である。 といっても、幽霊になったわけではない。 この手記が読まれている時に、既に私は死んでいるのだ。 私は、未来視でそれを知っている。知っていて、今、手記を書いている。 この手記に記された情報をどう使うのか、それは読者である君に任せる。 精々、上手く活用したまえ。 ◇ 魔法王を名乗ったアンドロメダ星人から殺し合いを宣告された後、私は質素な作りの部屋にワープしていた。 テレビ、椅子、テーブル、雑誌類を一通り揃えただけの、旅館の休憩スペースのような場所で、私はしばし書き物をすることにした。(私が普段調査に持っていく鞄には、当然筆記用具が一式入っている) 椅子に腰かけ、テーブルにノートを広げ、書き物をしていると、一つだけ備え付けられていたドアが開かれた。 とある事情により疲弊していた私は、頼みの綱である超能力——未来視が使えず(もっとも使えたとしても出口は開かれるドアしかない以上、あまり意味は無かっただろうが)、みすみす他星人との接触を許してしまうことになった。 他星人、それは獣の耳と尻尾を生やした獣人だった。髪は灰色、目は赤く、歯は鋭く尖っている。 獣人は質素な部屋を注意深く観察し、ゆっくりと中に入って来た。 その動きから、確かな知性を感じた私は、獣人と接触することにした。 「やぁ、私はビリーバー。地球人だ」 私の言葉を聞くと、獣人は思慮深い瞳で私を眺めた。彼女が私に好奇心を抱いていることを私は察した。 私もまた、この獣人に強い好奇心を抱いているかだ。 「オオカワウソ! 魔法少女だよー!」 楽しそうにオオカワウソは言う。魔法少女……それはアニメなどがよく作られている、あの魔法少女だろうか。どうやら宇宙でも日本のサブカルは人気のようだ。 あるいは、魔法少女というのは、彼女たちの言葉で、『戦士』や『探検家』、『大使』という意味なのかもしれない。 宇宙人との交流に胸をときめかせながら、私は更なる情報を得ようとした。 しかし。 「みんなー! ここ、安全だよー!」 ドアの外に向かって、オオカワウソが声をかける。 信じられない事が起こった。 わーい! 安全、安全! 誰かいるー、誰かいるよー! 口々に聞こえてくるのは、オオカワウソとまったく同じ声。 そして、部屋の中に次々と、オオカワウソと同じ顔の獣人が入って来た。 「新部屋だー! わーい」 「大発見! 大発見!」 「調べよう! ねぇ、調べよう!」 「これは誰? 何に使うの?」 興奮しきった様子で口々に喚くオオカワウソ達。 この時、私は自らの思い違いに気づいた。 最初の場所で、各自の恰好を見た時、全員が違う姿をしていた。 なので、アンドロメダ星人によってそれぞれの星の代表が拉致されたのだと勘違いをしていた。 違う。 少なくともオオカワウソ星人は、群れ(コロニー)で来ている。 狭い部屋の中に三十人あまりでおしかけたまったく同じ顔の獣人を相手にして、私の知的好奇心は更に高まるのだった。 ◇ 実に興味深い。 オオカワウソ達から話を聞き、私の知的好奇心は大いに満足した。 まず、彼女たちはコロニー(群れ)ではない。 全て、同一個体である。 私の当初の推察通り、アンドロメダ星人によって開かれたこのデスゲームは、各惑星から一人ずつ拉致されている。 オオカワウソも例外ではなく、殺し合いの説明を受けたのは一体のみだ。 地球人と違うのは、彼女たちは——増えるのだ。 地球人が生殖活動によって増えるのに対し、オオカワウソは単一での生殖を可能にしている。 否、生殖ですら無いのかもしれない。 部屋に置いてあった雑誌を「増やし」、ジュースサーバーも「増やし」、私でさえも「増やそう」とした様子を見るに、これは彼女たち固有の能力であるようだ。 また、オオカワウソ達は一つの集団として機能し、個々に個性の違いは見受けられない。外見だけでなく、どうやら内面にも違いはないようだ。 しかし、同一意識というわけではない。個々が独立した意識を持っており、独自の判断を下せる。 それでいて、一個体の死に頓着しない。我々地球人の感覚で行くと、増えた一個体であろうと、死んでしまえばそこで意識が断絶するのだから、死の恐怖などを感じると思うのだが、オオカワウソ達にはそれが無いようだ。 人型であり、人語を介するが、その性質は蟻に近いのかもしれない。もっとも蟻のように女王蟻と働き蟻のような個体差すら存在しないが。 では、オオカワウソは知能が低いかといえば、そんなことはない。 たのしー! と幼児のように天真爛漫な様子を見せているが、これは地球人とは感情の構造が異なるからだ。知能自体は極めて高いと言える。 最初、彼女たちは情報を提供しなかった。 情報が欲しいなら見返りを要求する、との彼女たちの言葉に、私は自らの未来視を明かし、彼女たちに協力することを約束した。 するとオオカワウソの一体が私に触れた。 「あれ? 増えないよ?」 「何で? 何で?」 「増えないなら希少だよ、大事にしないと」 どうやら彼女たちは私を増やそうと思ったらしい。しかしそれは上手くいかなかった。 オオカワウソ達から話を聞いたが、他の魔法少女(他星人……と私は解釈した)でも増やすことは出来るらしい。 最近ロストしてしまったああああというフレンズも、増やして運用していたようだ。 地球人同士なら「許可なく増やそうとしないで!」と怒ったが、相手は異星人。常識が違うのだから、怒っても仕方がない。 ただ、自分と同一個体が出現するというのも、地球人である私からするとかなり嫌悪感がある。 ドッペルゲンガーを見ると死期が近いというが、やはり地球人の無意識には同一存在への嫌悪感があるのだろう。 増やされたとき、どちらが本当の私か、とアイデンティティの崩壊が起きる可能性もある。 さて、協力すると言ったことでオオカワウソは警戒を解き、様々な情報を私に教えてくれた。 前記したオオカワウソの特性。それ以外にも此処が[[あにまんマンション]]の内部であることや、オオカワウソの一部は既にマンション外部へ行ったことなど。 「マンション探検も進めたいけど、殺し合いも気になる! 気になる!」 「だからね、チーム分けしたの!」 「Aチームはマンション探検チーム! 今まで通り、マンション探検を進めるの!」 「Bチームは市外探索チーム! 会場の外に出るとどうなるのか実験!」 「Cチームは情報統制確認チーム! 殺し合いのことを他の人に伝えるとどうなるか実験!」 「Dチームは対運営チーム。魔法王の打倒を目指して他の魔法少女と協力!」 「Eチームは優勝狙いチーム。他の魔法少女を襲って優勝を目指すの!」 つまり、私が遭遇したのはAチームだ。 元々は各チーム十人規模だが、此処まで辿り着く過程で、徐々に増やしていったのだという。 「ここは知らない場所!」 「でも、第一発見者はビリーバーだから、部屋の名前決めていいよ!」 「ふむ……では、『サロンスペース』というのはどうだろう?」 私の案にオオカワウソはいい名前! と褒めてくれる。……いささか照れるな。 一通りの情報交換(オオカワウソの持つ情報は圧倒的だったが)が終わり、約束通り、私はオオカワウソに協力することにした。 疲労もやや回復し、未来視もある程度使えるようになった。 協力……つまり、あにまんマンション探索である。 オカルトを愛好している私だが、あにまんマンションは視ないようにしてきた。 何故なら——入ると死ぬと、知っているからだ。 未来視の有効な使い方として、何か行動を起こす前に未来視を発動し、その行動の結果を見る、というものがある。 私は何度か、あにまんマンションに探索に行く自分の未来を見た。 ——未来は、無かった。 入ると死ぬのだ。 故に私は、あにまんマンションに近づくことはなかった。 が、今回は既に内部に入ってしまっている。初期位置があにまんマンション内なので、仕方がない。 何人かのオオカワウソをサロンスペースに残し、私たちは次のエリアへと向かう。 「あ、ビリーバーにもこれあげる」 「む? これは何だい」 「透明なレ〇ブロック、踏むと痛いから逃げる時に使ってね」 「………………」 あにまんマンションの闇は深い。 ◇ あにまんマンションは、外観はごく普通のマンションである。 ベージュ色の五階建てであり、あにまん団地と比べその規模は小さい。 ベランダには洗濯物が干されており、夜になればカーテン越しに明かりが浮かび、テレビの音や家族の笑い声が外部に漏れ聞こえる。 郵便物も届けられ、NHKやセールス、宗教勧誘なども時折訪れている。 ネットで噂される様々な心霊スポットと比較するとあまりにまっとうであり、歓楽街や「糧鮴」の方がよっぽど危険、同じ心霊スポットというジャンルでもアニマ精神病院の方が雰囲気があると評判である。 だが、私は決してあにまんマンションには近づかなかった。精神病院やAタワー、共同墓地などは何度と散策し、多少の危険は未来視で乗り越えてきた私でも、あにまんマンションだけは絶対に調査しなかった。 にも関わらず、私は、オオカワウソと共にマンション内部を散策することになっている。 これも運命か。 あるいは、アンドロメダ星人の思し召しか。 ◇ サロンスペースを出る。 暗い。 何処までも続く真っ暗な廊下。先は視えない。 ヘッドライトを点けたオオカワウソが先導し、続いてスコップとピッケルを構えた二人のオオカワウソが続く。 その後ろを地図を持ったオオカワウソ、メモを取るオオカワウソ、ナイフを構えたオオカワウソが続く。 その後ろを私が歩く。 その後ろを雑誌を読み耽るオオカワウソ、サーバーを背負ったオオカワウソ、椅子を掴んだオオカワウソが続く。彼女たちが所持している物はサロンスペース(私が命名した)で複製した物である。 その後ろを、ボーガンを持ったオオカワウソ、パチンコを持ったオオカワウソ、拳銃を持ったオオカワウソが続く。 その後ろを、拡声器を持ったオオカワウソ、盾を持ったオオカワウソ、懐中電灯を持ったオオカワウソが続く。 これ程の大人数で探検をしたことは無い。また、これだけの装備を整えて探検もしたことは無い。 ——心細い。 孤独とは、集団の中で孤立することで発生する。 自分以外全て同一個体であるという境遇は、私に孤独を感じさせた。サロンスペースに居た時は明るい雰囲気と非日常感で感覚は麻痺していたが、改めて暗い廊下を歩くと、正常な感覚を取り戻してしまう。 「オオカワウソ君、君たちは今までどれくらいマンションを調査したんだい?」 孤独を紛らわせるために、私は前を歩く、地図を持ったオオカワウソに声をかけた。 地図を持ったオオカワウソは鬱陶しそうな表情で私を睨んだ。赤い目に犬歯を生やした少女の、苛ついた表情は、獣を想起させる。 地図を持ったオオカワウソは、面倒そうに自らの頭を撫でた。 瞬時に、オオカワウソが一人増える。 手ぶらのオオカワウソは私の横に並ぶと 「今まで探検したのはねー」 と楽しそうに話し始めた。 地図を持ったオオカワウソは再び地図に視線を落とす。 彼女たちは、完全に個体ごとに分業しているらしい。 地図係は地図係であり、話し相手が欲しければビリーバー係が新たに作られる。 地球人とは全く異なる生態だ。 ビリーバー係のオオカワウソは、様々なことを教えてくれた。 例えば、このあにまんマンションには心臓部があるらしい。此処に到達するまで様々な妨害があり、累計で一万を超えるオオカワウソとフレンズ(ああああという異星人)の犠牲が出たが、昨年遂に到達した。今、この心臓を壊すか壊さないかでオオカワウソは協議しているようだ。何が起きるのか確かめたい……という意見と、狩りにも心臓を模している以上、もし壊してマンションが死んでしまったら、完全攻略の前に探索が終わってしまう。 ビリーバーはどう思うと問われ、私は実物を見ないと分からないと回答した。 例えば、ウォールマンという怪異が居る。壁の中に取り込もうとしてくる人型の怪異だが、物理攻撃が通用し、筋力も人間程度しか無いので、問題なく対処できるのだとか。 今は壁に取り込まれるとどうなるのかの実験、そして恨み言の書き取り作業が行われているのだとか。 私も、超能力者の特性ゆえか、人類の数倍の身体能力を備えている。不意を討たれない限り問題は無いだろう。未来視もあるし。 また、「危」という文字を踏むと、自転車に乗った少年に激突される、という罠もあるから気をつけろと言われた。自転車程度大したダメージにならないのではないかと訊いたが、トラック並の衝撃らしい。なるほど、さすがにトラックに轢かれれば、私も死亡する可能性が高い。 どうしてトラック並だと分かったのかと訊いたら、マンションの外で実際に比較実験をしたようだ。 列車事故程のダメージでは無いのだとか。 例えば、ただのプールが間取りを無視して出現したりもする。外観は25mプールだが、奥行きも水深も無限に広がっている。それだけであり無害なものだが、向こう岸に辿り着けなければ探索が進まないのでかなり難儀したのだとか。最終的には、水の中に入らない(カヌーや筏などを浮かべるとのこと)ことで無限の奥行きは発生しなくなり、向こう岸に渡れたらしい。 現在はあえて水の中に入り、奥行きや水深が本当に無限なのか実験中なんだとか。 非常食も用意し、数か月間ずっと潜り続けているチームも居るのだという。 興味深い話ばかりだった。 真っ暗な廊下の中で、私は大いに気を紛らわせることが出来た。 と、先頭を歩いていたオオカワウソが立ち止まった。 私も合わせて足を止める。 ——微かな、塩素の臭い。 「ただのプールだぞー」 先頭のオオカワウソが言う。 「——場所が違うよ」 「どうして? どうして?」 「迷った? 迷った?」 「変わってる! 配置が変わってる!」 口々に騒ぎ出すオオカワウソ。 どうやらマッピングしていたものと、現実が異なっているらしい。 「殺し合いしてるから、変わったのー?」 「それともビリーバーが居るから?」 「魔法王の仕業?」 「ああああが居ないから?」 ビリーバー係であるオオカワウソが、私に指示を出した。 「未来視」 「分かった」 私は、三十分後の自分を対象に未来視を発動する。 【私を含めたオオカワウソたちはプールの前で立ちすくしている。 『カヌー組、まだかなー』 『ああああがいれば、水面歩けて便利なのにね』 『ちょっとお腹すいたね』 『ビリーバーにする?』 『ビリーバーは一つしかないから駄目。サーバー使おう』 『わーい、サーバー使うよー』】 およそ三十分後の未来。 少なくとも私たちは生存し、無事である。 私を対象に未来視を発動した場合、指定した時間に死亡してれば何も視えない。 私は、未来視の結果をオオカワウソに共有した。 オオカワウソは未来視の通りに行動することを決めたらしく、新たに三人増やし、カヌーを持ってくるよう指示を出した。 そのまま、三十分が経過した。 私たちはプールの前で立ち尽くしている。 配置が違うため、このプールがオオカワウソが知っているプールか確証が無いとして一人増やした個体が水に入り、反対側に向かって泳ぎ出した。 しかし、半ばまで進んだところで、いつまで経っても、そこから動こうとしない。 否、犬かきで進んでいるのは確かなのだが、まったく進んでいないのだ。 無限の奥行きは事実であるらしい。 やがて力尽きたオオカワウソはプールの中に沈んでいった。 二人目のオオカワウソもまた、半ばまで進んだ所でそれ以上進めなくなり、しばらく抵抗した後、こちらに帰還しようとした。 が、やはりいつまで経ってもこちらに帰って来れず、一人目と同じように沈んでいった。 「カヌー組、まだかなー」 「ああああがいれば、水面歩けて便利なのにね」 「ちょっとお腹すいたね」 「ビリーバーにする?」 「ビリーバーは一つしかないから駄目。サーバー使おう」 「わーい、サーバー使うよー」 未来視通りの会話が行われ、サーバー―からジュースが振る舞われる。 私はコーヒーを所望した。 いくら異星人とはいえ、目の前で知的生命体が二人死んだショックはかなり大きかった。 ドリンクタイムが終わり、三人目のオオカワウソが投下された。 プールに入り、すぐ陸地に上がる。 問題なく上がれた。 そのまま三体目のオオカワウソは1m単位で進み、陸地に上がることを繰り返した。 10mを超えた所で戻ってこれなくなり、三人目は沈んでいった。 「ねぇ、ビリーバーを入れてみない?」 「私たち以外ならどうなるか見てみたい!」 「でも、ビリーバーは一つしかないよ?」 「じゃあ駄目だね」 「貴重だもんね」 「ちょっと待ってくれ。未来視で何とかなるかもしれない」 私がプールに入るという体で話を進めてもらい、私が自らを対象に未来視を発動する。そうすれば、私が死ぬことなく、結果を見れる。 「すっごーい!」 「便利! 便利!」 「増やしたいなぁ……」 計画通り、オオカワウソは私をプールに入れるという体で話を進めてもらい(こういう機微を理解できるので、やはり彼女たちは非常に知能が高いと言わざるを得ない)、、私は自らに未来視を発動した。 何も視えない。 どうやら私もまた、辿り着けずに溺死したようだ。 「ねぇ、カヌー班遅くない?」 「トランシーバー、連絡はまだ?」 笛を持っていたオオカワウソがトランシーバーを取り出す。 「…………繋がらない」 「えっ」 「何で?」 「困ったよ、困ったよ」 異常事態が続いているようだ、と私は察した。 もしや、これも魔法王——アンドロメダ星人の策略なのだろうか。 確かに、オオカワウソは恐らく、参加した異星人でもっともあにまんマンションに精通している。 彼女がマンションに立て籠れば、他の参加者はオオカワウソを倒すことは出来ず、ゲームは時間切れ、あるいは地の利を生かしたオオカワウソの勝利で幕を下ろす。 オオカワウソはマンションから出ないことを選択するだけで、限りなく優勝に近づける。 それを、アンドロメダ星人は疎い、オオカワウソの地の利をナーフしたのか。 地球人である身からすれば、異星人の考えは完全に読めない。 とにかく、オオカワウソは協議を開始していた。 「一旦引き返そうよ」 「もう少し待ってみよう。非常食もあるし」 「貴重だから駄目。サーバーで我慢しよう」 「自分は食べてもお腹すくのが難点だよねー」 「ねぇ、私たちを使ってカヌーを作らない?」 「骨と皮と肉を使えば、上手く作れるかな?」 「その前に、浮き輪を試してみようよ」 そう言って、スコップを持ったオオカワウソは、ビリーバー係のオオカワウソを殴りつけた。 後頭部から血を流しながら倒れる、私と楽しそうに言葉を交わしていた個体。 スコップを持ったオオカワウソは何度も彼女に叩きつける。彼女は痙攣をしてたが、やがて動かなくなった。 「——な、なぁ」 「どうしたのビリーバー?」 スコップを持ったオオカワウソは返り血で身体を濡らしたまま私に返事をする。 「さ、さっきみたいに増やして、じゃ、駄目だったのか?」 「駄目。長期戦になるかもしれないから、魔力は節約しないと。もしもの時に残しておかないといけないし。ビリーバーの話し相手は今は必要ないでしょ?」 「必要なーい」 「リサイクル! リサイクル!」 きゃはははははははははははははははははははは。 オオカワウソは楽しそうに笑いだした。 そして、ビリーバー係だった彼女をプールに突き落とす。 死体となった彼女は、ぷかりと浮いた。 地図係だったオオカワウソがプールに飛び込む。そして、ビリーバー係を浮き輪画係にして、向こう岸目指して泳ぎ始めた。 私はその様を、呆然と見るしかなかった。 理解、しなければならない。 相手は異星人であり、地球人の常識で測るものではない。 10mまで進んだところで、地図係だったオオカワウソはバタ足を止めた。 「何か流れてきたよー!」 私たちはプールの奥を見る。 25mプールにしか見えない、しかし奥行きも水深も事実上無限であるそのエリアに、いつの間にか、幾つもの漂流物が浮かんでいる。 水で濡れ、脆くなり、塵に等しくなっているが。 これは。 「……本?」 豪華な装飾に彩られた分厚いハードカバーの本が、何冊もプールに浮かんでいる。 それは、冒涜的な光景だった。 オカルト探求のために書籍を読み漁る私にとって、本をプールに浮かべるという行為は酷く不快であり——今しがた話し相手が殺されたばかりにも関わらず、そのような怒りが自分に残っていることに驚いた。 「これって、図書館の本じゃん!」 「あの、ムカつく場所の本じゃん!」 「どうしてここにあるの?」 「何で? 何で?」 オオカワウソたちが口々に言い合う。 図書館、なるものもこのマンションにはあるらしい。 地図係だったオオカワウソは、しばらく思案していたが、浮いていた本を手に取ると、こちらに帰還しようとした。 「待って、待って!」 「まだ、流れてくるものがあるよ!」 本だけではなかった。 何時の間に出現したのか。 人が、流れてくる。 異形、である。 スーツを着た男性であることは分かる。だが、頭が三角形なのだ。 違う。怪物、ではない。 三角コーンを頭に被せられているのだ。 そのままぷかぷかとこちらに流れ着いてくる。 「引き揚げよう!」 「何だろう! 何だろう!」 オオカワウソは次々と手を出し、三角コーンを頭に被った男性を陸地へ引き揚げる。 「取れないよー? 外れないよー?」 「じゃあ斬っちゃおう」 ナイフでざくざくと切断を始めるオオカワウソ。 猟奇的な光景を前にして、私は立ち尽くし、未だプールを漂う地図係と、ビリーバー係の死体を見て。 「あれは……」 プールを埋め尽くすように、人が、流れてくる。 様々な服装の、様々な年齢層の、皆一様に三角コーンを被らされて。 『アイアムアフール』。 三角コーンに書かれたその言葉が、妙に印象に残った。 ◇ 其処は、コンピュータの墓場、という印象を私に与えた。 幾重にも累積されたモニターには、個別に異なる顔が映し出されている。 あるモニターには青いドレスの騎士が。 あるモニターには、全身を刺青が彩る褐色の少女が。 あるモニターには、濡羽色の髪を揺らす少女が。 あるモニターには、チョーカーを首に巻いたドレスの少女が。 市内各地で展開している殺戮劇を、モニターは余すところなく照らしていた。 キャスター付きの椅子に腰かけ、一人の男がそれを見ていた。 スーツに身を包み、顔を布で隠した男。 腕を生み、殺し合いを閲覧する男の表情は伺い知れない。そもそも布で視えないのでは、と私は疑問に思ったが、その場にいない以上ツッコミも入れられない。 彼もまた、異星人なのだろうか。 ドゥルルルン。 男の首が、刎ねられた。 背後からの一撃。 武器は、チェーンソー。 ホッケーマスクを被り、巨大なチェーンソーを持った少女が、モニターを見ていた男を殺した。 彼女は異星人か、地球人か、私には判断できなかった。 ホッケーマスクから伸びる髪は桃色だが、それくらいなら髪染めでどうにでもなる。 ホッケーマスクの少女は、お嬢様風の衣装の少女が映ったモニターをしばらく眺めていたが、のっそりと移動を始め、サーバールームを出て行った。 私が死んでから二時間後の話である。 ◇ 「退却だね」 ヘッドライトを装備したオオカワウソが言った。 「やっぱりプールを超えるにはカヌーが居るし、分からない部分が多すぎる」 「知りたいけどねー、気になるけどねー」 「調べよう! 調べよう!」 「でも、足りないよ」 「いつもより疲れるね、何でだろう?」 口々に言い合うオオカワウソを横目に、私は疲労困憊して座り込んでいた。 どこからともなくプールに流れてきた本と人間たち。 オオカワウソたちは引き揚げたが、本は濡れて読むことが出来ず、三角コーンをかぶせられた人間たちは死亡していた。おまけに、頭部を切断しても、三角コーンは外れることはなく、中の顔を確認することが出来なかった。 10m地点まで進んでしまっていた地図係のオオカワウソも帰還できず、沈んでいく。 私は、オオカワウソの指示で、未来視を酷使した。 再び私がプールに入るパターン。 オオカワウソがプールに入るパターン。 三角コーンを掴んで入るパターン。 オオカワウソが増やした三角コーンを頭に被って入るパターン。 いずれも、待っていたのは死。 様々なパターンを未来視で先取りしたオオカワウソたちは、遂に撤退を決意したようだった。 この辺りの判断力は、さすが探検家だ。 地球人とは価値観がまったく異なっているが、愚鈍でも幼稚でもない。 私たちは再びヘッドライト係を先頭に、サロンスペースへと戻った。 サロンスペースは、血で濡れていた。 居残っていた10人あまりのオオカワウソ。 彼女たちは、一様にぐちゃぐちゃに斬り刻まれて死んでいた。 噎せ返るような血と臓物の臭いに、私は蹲った。 オオカワウソたちに動揺は無かった。こういうことも日常茶飯事なのだろうか。 「この切り口……刃物じゃないよね」 「うん、切り口が搔きまわされてるね。こんな傷がつくのは、チェーンソーだよ」 「誰の仕業かな? 誰の仕業かな?」 「赤松華?」 「あいつがやるともっと粉微塵だよ」 「魔擬きの奴ら?」 「あいつらなら銃火器を使うはずだよ」 「黒贄かな?」 「確かにちょっと怪しいかも」 「ミノタウロス?」 「だいぶ前に倒したじゃん」 「生き返った? 生き返った?」 「だったらもっかい倒せばいいよ」 「——他の参加者、ではないのかい?」 私の言葉に、オオカワウソたちは一斉に振り返った。 「私のように、初期位置がマンションだった参加者が居たのかもしれない。……あるいは、外からマンションに忍び込んだのか」 「でもここ、けっこう深いよ。無理じゃない?」 「でも、もしそうなら……」 「使えるかも」 口々に話し合いを始めるオオカワウソ。 私はふと、机の上に残した書き物を確認する。 ……ふむ、無くなっている。どうやら下手人が持ち去ってしまったようだ。 「一回、外に出ようか」 が、その場に居るオオカワウソの総意となったようだ。 マンション内と比較して、外部の方が安全である。例え殺し合いが行われているとしても。 そこで、今後の方針を立て直す。それが、Aチームの結論。 私とオオカワウソはサロンスペースを出ると、さっき進んだ方向とは反対方向へ歩きだした。 ふと、すっかり血に慣れていることに私は気づく。 私の得意ジャンルはオカルトで、ホラーではない。スプラッター耐性は人並の自負があったが、意外とグロ平気系中学生だったのか。 違う、きっと私は麻痺しているのだ。 あるいは、異星人と異邦を探検するという興奮が、麻薬に近い作用を及ぼしているのかもしれない。 30分も歩かないうちに、私とオオカワウソは、エレベーターの前に立っていた。 「やっぱり配置が変わってるよ」 「不思議だね」 「素敵だね」 ドアが開く。私たちは乗り込んだ。 狭い。 オオカワウソの群れに圧迫されながら、私は下降を感じていた。 ——降りる。 ——堕ちる。 暗いから、てっきり地下だと思っていたが、どうやら私はずっと地上に居たらしい。サロンスペースやただのプールが何階にあったのか、あるいは「階」という概念すら曖昧なのか。 そういえば、オオカワウソは地図を持っていた。 配置が大きく変わってしまい、地図係は実験要員として消費されてしまったが、例え役に立たなくても、異邦の地図は興味がある。外に出たら、見せて欲しい。何なら、家に持ち帰りたい。 ふと、思った。 オオカワウソにとって、役に立たない地図は、価値があるのだろうか。 私にとっては価値がある。しかし、彼女たちにとって実用性が無ければ無価値なのだろうか。 そういうわけでもないのだろう。 今は使われてしまったビリーバー係のオオカワウソが言っていたが、オオカワウソは、既にマンションの最奥部、心臓部に到達している。 オオカワウソが単純にあにまんマンションの攻略を目的としているなら、さっさと心臓部を破壊なりしてしまえば、きっとこの異邦は消え失せる。 だが、オオカワウソはそれをしていない。 未だ探検していない場所があるから。そんな悠長なことを言っている。 きっと、彼女たちが探検をするのは——楽しいから、なのだろう。 その時、私は、引っ掛かりを覚えた。 心臓部に到達したオオカワウソ。配置が変わったあにまんマンション。 ……もしや、配置が変わったのは、オオカワウソの絶対的優位性を崩すため、だけではなく……心臓部へ辿り着くことを防ぐためだとしたら。 あにまんマンションの心臓部は、マンションだけでなく、このゲームにおいて根幹を為すものだったとしたら。 私は、エレベーターに密集しているオオカワウソに、思い付きを伝えようとした。 上方で、轟音が響いた。 思わず、上を見上げる。 エレベーターの天井部が凹み。 次の瞬間には、エンジン音と共に切り裂かれた。 ホッケーマスクが、落ちてくる。 視界一杯に、チェーンソーブレードが広がり。 どぅる、という音が頭の中で響き、私は絶命した。