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竜の宴 - (2024/12/25 (水) 21:40:19) のソース
&image(465.jpg) 殺し合いが始まって、六時間と少しが経過している。 あらゆる場所で、あらゆる魔法少女が殺し合ってきた。 此度の舞台は、白昼堂々の繁華街。 集ったのは八人。 ブレイズドラゴン、ウェンディゴ、ネコサンダー、バーストハート、ハニーハント、プア、ナイトメア★メリィ、クリックベイト。 今までにない数である。 それだけではない。 ハニーハントは初恋の人のためにゲームに乗っており。 クリックベイトは黒竜の呪いに罹っている。 バーストハートは自由人だ。 八人の思惑は様々。 で、あれば待っているのはバトルロワイアル。 複数の陣営が入り乱れる大混戦。 ——そうは、ならなかった。 この場において最強でおり、もっとも我儘な存在が居るのだから。 ブレイズドラゴン。 世界中の戦争を渡り歩いた——傭兵の魔法少女である。 ブレイズドラゴンの宣言を聞き、即座に動けた者は少なかった。 この地に集った魔法少女の殆どは、魔法少女同士の殺し合いなど経験したことがない。 ましてや、ブレイズドラゴンの言葉は、常軌を逸したものだった。 ネコサンダーは未だに混乱から立ち直れず、メリィも自分の次の行動を測りかねていた。 ——最初に動いたのは、ブレイズドラゴンの次に『荒事慣れ』した二人だった。 クリックベイトと、バーストハート。 ゲーム開始直後に顔を合わせた二人は、仲間でもなければ親友であるはずがなく、絶対に恋人ではない。 また、バーストハートは異常自由愛者であるため、他者との連携など一切考慮しない。 バーストハートは——変身していた。 濡羽色の長髪少女から、猫耳と尻尾を生やした、エジプト風の衣装へと。 他の魔法少女より六時間以上遅れての変身だった。 変身せずに挑めば——鎧袖一触で死ぬと、バーストハートは本能的に理解していたのだ。 平均的な魔法少女を遥かに超える速度で、バーストハートはブレイズドラゴンに肉薄する。 変身前のスペックが、変身後に反映されているのか。 常人の三倍の身体能力のヨシネが変身するバーストハートは、通常の魔法少女の三倍の身体スペックを備える。 並の魔法少女なら反応できない速度。 だが、ブレイズドラゴンは期待に満ちた顔で、両腕を組み、待っている。 圧倒的フィジカルと技術を兼ね備えた魔法少女が襲いかかっているのに、構える様子さえ無い。 油断か、慢心か。 あるいは——桐生ヨシネ/バーストハートの力量を正確に把握しているのか。 「——バードストライク」 ブレイズドラゴンの視界を遮るかのように、急降下した烏が彼女の顔面目掛けて落下した。 その足には、クリックベイトの糸が結びついている。 バーストハートに、他人と合わせる気はない。 だが、クリックベイトはそうではなかったのか。 サンバイザーを目深に被る彼女の真意は、クラスメイトのネコサンダーでさえも分からない。 ただ、今の攻撃の意図は明確だった。 まさか、大型トラックを吹き飛ばす怪物に、烏の落下如きでダメージを与えられるとは思っていない。 ——意識を逸らす。それだけのための攻撃。 避けるでも、弾くでも、掴むでも。 どの対応でも、そこには隙が発生し、バーストハートが有利になる。 果たして烏はブレイズドラゴンの視界に侵入し。 ——消し飛んだ。 ブレイズドラゴンは、何もしていない。指先ひとつ、瞬きひとつしていない。 ただ、彼女の纏う、高密度の気が、烏という質量を蒸発させてしまったのだ。 「……っ!」 クリックベイトの喉から、驚きとも戦慄ともつかぬ音が鳴った。 彼女の思惑は外れ、バーストハートはまったく隙を見せないブレイズドラゴンの間合いへと入ることになる。 「しゃあっ」 気合と共に、バーストハートは右拳を放つ。 怪力と技術が載った一撃は、並の魔法少女を失神KOさせるだけの威力が載っている。 ブレイズドラゴンは、腕を組んだまま、その一撃を躱す。 体を傾け、ギリギリで掠らせることを楽しむかのように、余裕に満ちた態度で対応する。 「しゃあっ!」 だが、武術家の一撃が、一発で終わるはずがない。 右拳はフェイント。 ブレイズドラゴンが避けた方向に、すらりと伸びた脚が待っている。 勿論、そこには拳以上の威力を秘めている。一般的に蹴りは、突きの三倍以上の破壊力がある。 ただでさえ、一般的な魔法少女の三倍の身体能力のバーストハート。命中すれば、相手はただでは済まされない。 柳のようにしなる蹴りは—— 「カカカ……」 流水のように、受け流された。 ブレイズドラゴンは、腕組みを辞め、左腕を出していた。 そして、バーストハートの蹴りを、手でいなしたのだ。 バーストハートはバランスを崩した。 無様にも転倒し、アスファルトに両腕を付け。 「しゃあっ!!」 カポエイラの如く、回し蹴りを放った。 あらゆる状況からでも技が繰り出せて、初めて武術家として一流である。 バーストハートの一撃は、ブレイズドラゴンの喉元を掠め——掌で防がれる。 「なにっ」 バーストハートの口から驚愕が漏れた。 右足首を掴み、ブレイズドラゴンが、不機嫌を隠さない表情で、バーストハートを見下ろした。 「まるで成長していない……」 「な、なんだぁっ!?」 「桐生の娘よ……ぬし、ここ数年、ちゃんとした師匠の下で修業しておらんじゃろ。 独学でもしとったか? 二十歳にも届いていない童(わっぱ)が、独学で強くなれるわけないじゃろ。 守破離ではまだまだ守の段階よ、未熟者め」 「お…お前何か変なクスリでもやってるのか?」 ゲームが開始してずっとマイペースを崩さなかったバーストハートが狼狽していた。 初対面のはずの魔法少女が急に師匠面で語り始めたのだ。 普通に怖かった。 「莉鈴とはずいぶん差がついたのう。陣内の小娘も死んだし、やはり表で育てると碌なもんにならんわ」 「お前……お前まさか……」 ようやく、ヨシネがブレイズドラゴンの正体に感づいた。 陣内道場での同世代との交流の日々。 武術にいい思い出があまりないヨシネにとって、数少ない楽しかった時間。 「莉鈴の師匠か!」 「今更気づいたか、うつけ者め」 ぶん、とブレイズドラゴンは無造作にバーストハートを振り回した。 バーストハートの怪力に勝るとも劣らない膂力。 犬系の魔法少女が敏捷性に優れるように、ブレイズドラゴンもまた、ドラゴンを連想させるパワーを備えているのか。 叩きつけるのか、投げつけるのか。 バーストハートは何とか体制を立て直そうとして。 真っ赤なスポーツカーが、二人の魔法少女を跳ね飛ばした。 一撃を喰らわせたことを確認したクリックベイトは、すかさず糸を周囲の電柱に絡ませる。 リールを引き、ワイヤーのようにその場からの離脱を開始した。 (馬鹿正直に、付き合っていられないな) と、クリックベイトは思う。 何故、自分はプアやメリィを裏切ったのか。 (生き残るためだ、仕方ないさ) と、あっさり結論づける。 Aタワーでスピードランサーが短絡的にゲームに乗ったように、クリックベイトもまた、生存したいという欲求から、発想が飛躍して他参加者を一網打尽にするという思考に陥っていた。 バーストハートはともかく、ブレイズドラゴンはあの程度では死なないだろう。 ならば、未だまともに動けていないメリィやネコサンダー、ペストマスクやホッケーマスクは順当に殺されるはずだ。 その間に遠くへ逃げる。 最後の一人になるまで生き残るのなら、ああいった規格外は他の化け物と潰し合うのを待つに限る。 クリックベイトは堅実に。 「——これこれ、逃げるでないわ」 「……え?」 跳ね飛ばしたはずのブレイズドラゴンが、目の前にいる。 まともな外傷ひとつなく、爛々と輝く瞳がクリックベイトを見据え。 「まだ仲間が残っとるじゃろ。一人だけ帰ろうとするでない」 衝撃。 腹部で手榴弾でも炸裂したのかと錯覚するほどの一撃が、クリックベイトに突き刺さった。 手刀ではなく、拳だったのが幸いしたのか。 クリックベイトは血を吐きながら吹き飛ばされ——ネコサンダーの足元に墜落した。 「クリックベイト……先輩……」 ネコサンダーは、恐る恐る声をかける。 彼女の脳は、未だ現状を理解できていなかった。 優しくて立派な大人のブレイズドラゴンが突如牙を剝いたのだ。 そして、クリックベイトが自分たちを見捨てて逃げようとした。 いや、最初のトラック攻撃。ああいう攻撃方法も、クリックベイトの十八番ではなかったか。 「だ、大丈夫ニャ……?」 クリックベイトは、何も言わない。 先輩言うな、というツッコミもない。 ただ彼女は立ち上がろうとし——アスファルトに血を吐いた。 ここまでダメージを負った姿を見るのは、初めてだった。 「ネコサンダー。ぬしは戦わんのか」 いつの間にか、傍らにブレイズドラゴンが立っている。 何の気配もなかった。 気配をオンオフできるのだと、何となくネコサンダーは思った。 「強いと言うとらんかったか? 雷ネコになるのじゃろう? はようせい」 「どうして……?」 まるで分からなかった。 ネコサンダーはライトノベルが好きだ。 好きな女の子のために戦う主人公が好きだ。 自らの信念のために戦う主人公が好きだ。 一族の復讐のために戦う主人公が好きだ。 けれど、魔法王などというわけのわからない爺さんに強要されて。 更にブレイズドラゴンというわけのわからない魔法少女に強要されて。 戦おうとは思えない。 やりたくないことを強要されたくはない。 轟猫耳なら、嫌なことでも耐えるしかない。 けど、活発な性格のネコサンダーなら。 「嫌ニャ。意味わからないニャ。ブレイズドラゴンさんの言ってること意味不明ニャ。 ばーかばーか!」 「ふむ、そうかのう」 「だ、だって、戦いたいなら、今やる必要ないはずニャ! 魔法王を倒してからでいいはずだし、ゲームに乗っている参加者を止めるときでもいいはずニャ。 わざわざ、仲間に、戦いたくない人にまで襲いかかるなんて、どうかしてるニャ! そんなに戦いたきゃ、戦争にでも行けばいいニャ!」 「いや、儂傭兵だし……。 それにのう、ネコサンダー、主は気づいとらんかもしれんが。 とっくにこの街は戦場じゃ。儂らは戦争をしておる」 「そ、そんなの私は知らない!」 「そんな言葉に意味はないのう。 だいたい、お前さん、なんか勘違いしとりゃあせんか?」 「か、勘違い?」 「元々魔法少女は——魔法国を守る兵隊じゃぞ? 全ての魔法少女は軍人じゃ」 「知らない、知らないよ、そんなの……!」 ネコサンダーが軍人になった覚えはない。 明るい自分になりたくて魔法少女になったのだ。 戦いたかったわけでも、守りたかったわけでも、殺し合いたかったわけでもない。 「ふうむ、戦いたくないのか。困ったのう」 そう言って、ブレイズドラゴンは、蹲るクリックベイトの背中に、足を乗せた。 「では、戦う動機を作ってやるか」 「な、何を!?」 「復讐心は、長閑な村娘を、優秀な兵士へと変える。 ぬしを強くしてやろうぞ」 みしり、という音が聞こえた。 クリックベイトが苦悶の声を上げる。 「やめて、先輩に酷いことしないで!」 「カカカ……!」 クリックベイトが抵抗するべく糸を放ち、すかさずブレイズドラゴンはそれを掴むと、引き千切る。 「ほれ、頑張れ頑張れ」 「ぐっ、ぁああ、がはっ……」 「やめて、やめてよ!」 明るくなったはずなのに。 強くなったはずなのに。 どんな理不尽も、ネコサンダーなら突っぱねられるはずなのに。 目の前で行われる暴力行為に、ネコサンダーは何もできない。 ——そんなのは、嫌だ。 「っ、うわああああああああああああああああああああああああっ!」 悲鳴と共に、ネコサンダーは魔法を放った。 それは、リング上でテンガイが見せた雷の魔法に酷似していた。 違うのは、指向性。 上から下ではなく、ネコサンダーからブレイズドラゴンへ。水平方向へと雷が走った。 違うのは、その威力。 雷鳴と轟音と共に、雷はブレイズドラゴンへと向かう。 ブレイズドラゴンは、バーストハートにそうしたように、右腕で弾き。 ——痛みに顔を綻ばせた。 右腕の一部が、焼き焦げている。 ネコサンダーの一撃は、ブレイズドラゴンへ届きうる。 「カカカ、面白いぞ、ネコサンダー!」 「何も、面白くなんかない……」 怒り。 かつて、雷は——神の怒りとされてきた。 「よくも私を——キレさせたな!」 「それでいい。存分にその力を振るうのじゃ」 「時間を稼いで欲しいのだ」 と、メリィは言った。 ホッケーマスクの少女は、反応を示さない。 「詳細は言えないが、メリィの魔法は、相手の情報を探れる魔法なのだ。 時間さえくれれば、メリィはブレイズドラゴンの経歴、弱点、昨日何食べたかまで明らかに出来るのだ」 (どうしよう……) ハニーハントの信条としてはさっさと逃げ出したい。 だが、今しがた逃げようとしたサンバイザー少女が制裁されたのを見ると、現実的ではない。 かといって、ハニーハントを圧倒した(あの後逆転する可能性もあったが)バーストハートを一方的に打ちのめしたブレイズドラゴンに、勝てるビジョンは見えなかった。 (情報は、武器だ) マンションの戦いでも、ビリーバーの手記があったからこそ、オオカワウソ、そしてなんかえっちだったやつを倒すことが出来た。 真にメリィが情報戦に強い魔法少女なら、託すのも悪くは無い。 「分かった。なるはやでお願いね」 「お、おうなのだ……」 ホッケーマスクから思ったより俗っぽい言葉が出てきて、メリィは驚いていた。 今更そんなことには目をくれず、ハニーハントは分身を出現させる。 分身を肉壁として運用するしかない。近接戦闘では勝てる気がしないからだ。 分身したハニーハントは、ネコサンダーと対峙するブレイズドラゴンへ歩み出し。 メリィは繁華街の暗がりへと飛び込んでいく。 VSブレイズドラゴン戦は、終局へ向けて動き始めていた。