「龍の望み」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
龍の望み - (2024/12/27 (金) 20:46:00) のソース
「ねぇ、約束してよ」 「約束?」 「生き残った方が、お互いの夢を叶えるの。 龍明ちゃんが生き残ったら、私の代わりに、お店を開いて。料理でも、雑貨でも、本屋さんでも、何でもいいからさ……。 私が生き残ったら、龍明ちゃんの代わりに……大人たちが作り出そうとしている、『始まりの魔法少女』と戦う。 そうすれば、そうすればきっと……私たちの死にも、意味が生まれるから……」 「よく分からんが、まぁいいじゃろ。 カカカ、では始めようぞ」 「うん……始めよう……」 ——そして、ブレイズドラゴンは生き残った。 ◇ ブレイズドラゴンの蹴りは、『始まりの魔法少女』の顔面を蹴り抜いた。 並の魔法少女なら、首から上が吹き飛ぶ一撃。 碌にガードも、反応すら出来ず、『始まりの魔法少女』の顔は無惨にも——傷一つつかなかった。 「カカカ……」 「鬱陶しい……」 蠅でも払うかのように、『始まりの魔法少女』は右手を振る。 ただそれだけの動作で、今しがた再生したばかりの繁華街が、再び塵へと還る。 冷や汗を流しながらブレイズドラゴンは射程範囲外に体を屈める。 気によるガード、生来のフィジカル……一切無駄。 ただ、磨いた技術と培われた経験だけが、彼女をぎりぎりで生に留めている。 (こやつ……『対人経験』が無いのか……) その辺の小学生でももう少しマシだと思うほど、敵の動きは素人くさい。 一般人でも下位層……いわゆる運動音痴のレベルだ。 だが、一撃一撃の破壊力が、かつて戦ったティターニアのマジカルストラッシュに匹敵する。 ……それだけなら、まだ対処できる。 どれだけ強力な火力を有していようと、ブレイズドラゴンの技術なら一度も被弾せずに、袋叩きにできる。 現に、敵の攻撃は一度もブレイズドラゴンに当たらず、ブレイズドラゴンの攻撃は全てが少女に当たっている。 当たっているのだ。 並の魔法少女なら一撃で即死させる一撃が。 あるいは相手の物理耐性を狂わせ、確実にダメージを与える『絶招』が。 何度も何度も何度も、当たっている。 ——何も起こらない。 当たってなどいないかのように。 ブレイズドラゴンは敵に干渉できない。 「参ったのう……」 (どうすれば勝てるのか、まるで分からんッ!) ブレイズドラゴンの口角が吊り上がった。 頭上を大破壊が通り過ぎる。 ブレイズドラゴンの周囲は地獄絵図だった。 華やかなネオンビルが、磨き抜かれた外車が、けばけばしい桃色の看板が、一瞬で消し飛び、微塵になる。 ——次の瞬間には、それは修復されている。 ——次の瞬間には、再び崩れ去っている。 一瞬で切り替わる破壊と再生。 それらに巻き込まれないよう細心の注意を払いながら、ブレイズドラゴンは敵に攻撃を当て続ける。 千日手だ。 お互い、敵にダメージを与えられない。 『始まりの魔法少女』の技術では、ブレイズドラゴンに攻撃を当てられず。 ブレイズドラゴンの領域では、『始まりの魔法少女』に干渉できない。 あまりにも不毛な戦い……それは、ブレイズドラゴンの詰みを意味していた。 彼女は、既に致命傷を負っている。 このまま戦えば、いずれ限界が来る。 更に言えば、『始まりの魔法少女』の攻撃は、徐々にキレを増してきている。 学習したのか。 あるいは、遠い過去の戦いの記憶を、思い出し始めたのか。 「ドラゴン……しぶとい……鬱陶しい……」 「カカカ、なんじゃ、せっかくの戦いじゃ、もっと楽しめ」 ブレイズドラゴンが生き残る方法は、ある。 『始まりの魔法少女』が憎悪を向ける対象は竜(ドラゴン)であり、ブレイズドラゴンは龍(ドラゴン)こそモチーフにしているが、種族は人間である。 つまるところ、人違い。 仮にブレイズドラゴンが変身を解除し、必死に自身が人間であることをアピールすれば、『始まりの魔法少女』はブレイズドラゴンへの関心を失う。 そして、今までの言動から、ブレイズドラゴンは相対している敵が『ドラゴン』に執着していることは察せていた。 故に。 「どうした? ドラゴンはここにおるぞ? 儂を殺したいんじゃろう?」 両手を広げ、自ら名乗る。 それどころか。 「早く儂を殺さんと、ぬしの大切なもの……根こそぎ奪ってしまうぞ?」 ニタリと邪悪な笑みまで浮かべた。 「ドラゴンッッ!」 『始まりの魔法少女』は激昂する。 怒りと共に振るわれた一撃。 ブレイズドラゴンはその場を飛び退いて一撃を躱し。 「ぬ……?」 右腕が根本から抉られる。 『始まりの魔法少女』の動きが加速している。 ブレイズドラゴンの死が徐々に迫ってくる。 「カカカ……良いのう」 残った左腕で少女の頬を殴り抜く。 ノーダメージ。 「やはり、ぬしがそうなのか」 超越者。 絶対的存在。 全ての始まり。 「ぬしが、儂の夢か」 一人の少女が、脳裏をちらつく。 (ならば、勝たんとのう——) ◇ 「何なんだよ、あいつ……!」 この世のものとは思えない光景だった。 一瞬ごとに破壊され、再生されていく世界。 その中心部で拳を交わし合う二人の魔法少女。 情報通を自認するメリィでも理解が追いつかない、異次元の領域。 バーストハートに偶々聖遺物が埋め込まれており、それが覚醒した。 そこまではいい。偶然にしても出来過ぎているし、どうして自分がそれを知っていたのかまでは、考えている余裕がない。 バーストハートは覚醒し、神に匹敵する力を手にした。そこまでは都合がいいので、受け入れよう。 「何であいつ、まだ死んでないんだ……!?」 ブレイズドラゴンは決して無傷ではなかったはずだ。 毒を浴びたような反応を示していたし、チェーンソーで斬られていた。 いくら強いといっても、まともに戦えるコンディションではないはず。格闘技の試合なら棄権どころか直ちに救急車を呼ぶレベルだ。 ましてや一撃一撃が周囲を消し飛ばす威力のバーストハートと戦って、渡り合っている方がおかしい。 それどころか。 「あいつ、どんどん速くなってないか……?」 バーストハートの動きが徐々に洗練されていってることは、メリィでも分かる。 動きに無駄が無くなり、拳にキレが増し、立ち方が堂に入ってきた。 唯一持ち合わせていなかった戦闘技術を、急速に獲得している。あるいは——思い出している。 ならば、均衡は崩れるはずだ。 初期も初期なら、圧倒的格闘センスの差でブレイズドラゴンが生き残ることは出来たかもしれない。 だが、バーストハートの動きが洗練されていくのなら、ブレイズドラゴンとの技術差は縮まり、ブレイズドラゴンの生存条件は削られていくはずだ。 そうはならない。 バーストハートの動きに比例するかのように、ブレイズドラゴンの動きもまた、キレを増していく。 技術力の差が縮まらない。 (今まで本気を出していなかった……違う、少なくとも覚醒したバーストハートと戦い出してからは、ずっと本気だったはずだ……) メリィの目からそうやって見えた。 ならば答えは一つ。 (あいつ……くそっ、そんなのアリかよ……あいつ、『成長』してやがる……!?) 空手有段者レベルにまで成長した『始まりの魔法少女』の回し蹴り。 周囲の世界が、真横に両断される。 身を屈めたブレイズドラゴンに、アッパーカットが襲いかかる。タイミング、切れ味、共に一級品。雲が裂け、天が割れるかと錯覚するほどの一撃。 ブレイズドラゴンの前髪が跳ねた。 攻撃範囲の僅か外側を見切り、紙一重で躱す。 その動きに、致命傷の影響は見られない。 魔法少女であろうとも、とっくに死亡しているはずの身でありながら、ブレイズドラゴンの動きは洗練されていく。 それは、万全の時よりも更に。 (じゃが、これでは勝てんのう……) 避け続けても、じり貧だ。 不死ではない。先延ばしにすることは出来ても、死を踏み倒すことは出来ない。 その前に、勝利を。 (さぁ、始めようか) 撃ちだされる正拳突き。 山すら穿つその一撃を——ブレイズドラゴンはわざと回避を遅らせ、撃ちだされた右腕に、自身の左腕を這わせた。 五指で、『始まりの魔法少女』の腕に、そこから溢れ出す次元の異なる魔力に、指を這わせる。 『気を探る』……その応用。 ブレイズドラゴンの目が見開かれる。 手首が、消失する。 右腕喪失。左手首喪失。もはやブレイズドラゴンは拳を打ちこむことは出来ない。 (…………なるほど、なるほどのう……そういう絡繰りか) やはり、次元が違う。住む領域が違う。 ブレイズドラゴンの攻撃では、この絶対者にダメージを通すことが出来ず、またブレイズドラゴンではその領域に辿り着けない。 (ふむ、同格になるのは無理じゃな) だが、ブレイズドラゴンは——戦闘の天才である。 両手を破壊したことで好機と捉えたのか、敵が追撃をかけてくる。 大振りの一撃を、ブレイズドラゴンは難なく躱してのける。 そして——瞬時に両腕を再生させた。 魔力は瞬時に枯渇する。 もはや、変身を維持するのがやっとの状態。 トドメとばかりに、『始まりの魔法少女』の一撃が、ブレイズドラゴンを貫き。 世界が衝突した。 『始まりの魔法少女』の一撃は、ブレイズドラゴンの掌で弾かれた。 少女の顔が、驚愕で歪む。 「カッカッカ、なるほど……こうするのか」 世界の理が乱れる。 龍の爪が、天蓋を砕き、天へ届こうとしている。 「至近で何度も観察し、一度触れ、掴めた……。 あまりにも次元外れの力。拳の先だけ再現するので精一杯じゃが……」 「お前……ドラゴン……ドラゴン……!!」 「我が生涯最期にして最強の一撃、受けて見せよ、勇者よ!」 掌に灯されるは、今までとはまったく異質な魔力。 『始まりの魔法少女』と比較しあまりに矮小な、されど同質の力。 (名付けて——『天招』) ガチャン。 と、ブレイズドラゴンの首に金属の輪が嵌められた。 掌に込められた魔力が霧散する。 「——は?」 マギカロック。魔力操作以外の、相手の魔法を使えなくする。 ブレイズドラゴンは首輪を掴んだ。 もはや、首を切断し再び繋げる魔力など残っていない。 瓦礫の中に立つのは、バイザーを付けた一人の魔法少女。 「横入り失礼するよ」 「貴様は……」 ブレイズドラゴン。性格。豪放磊落。死のやり取りを心から楽しむ戦闘狂。卑怯な手段も自分はやらないがオールオッケー。 故にこの結末も彼女は受け入れ——。 『生き残った方が、お互いの夢を叶えるの。 そうすれば、そうすればきっと……私たちの死にも、意味が生まれるから……』 「巫山戯るなあああああッ! よくも、よくも儂の夢をッ!」 漏れたのは、怒号。悲願を踏みにじられ、ブレイズドラゴンは幼子のように癇癪を起した。 そして。 「滅びろ、ドラゴン!」 放たれるのは、『始まりの魔法少女』の一撃。 避ける余力も、余裕も、ブレイズドラゴンには残されていなかった。 直撃。 ブレイズドラゴンの肉体は瞬時に微塵となり、存在の痕跡すら残すことなく、この世から消失した。 【王 龍明(ワン・ロンメイ)/ブレイズドラゴン 死亡】 【残り 28人】 &color(#F54738){【王 龍明(ワン・ロンメイ)/ブレイズドラゴン 死亡】} &color(#F54738){【残り 28人】} 「儂の夢を……か。 ブレイズドラゴン、君は今まで誰かの夢を顧みたことがあったのかい?」 クリックベイトは皮肉気に呟く。 その言葉は、風に消え、誰の耳にも届くことはなかった。 『始まりの魔法少女』は荒野となった場所に佇んでいる。 その背中はどこか寂し気であった。 「それで、君はいったい何者なんだ?」 「…………くそっ、くそっ、くそっ!」 「……どうしたんだい?」 ぱちり、と『始まりの魔法少女』は指を鳴らす。 街はあるべき姿を取り戻す。 しかし、少女の顔は悔し気に歪んでいた。 「嵌められた、嵌められた、嵌められたっ!」 「いったい何を……」 「あれは、囮かっ! くそっ、ドラゴン、ドラゴン、黒竜め、許さない、絶対に許さ——」 ふっと、憑き物が落ちたかのように、バーストハートは崩れ落ちた。 クリックベイトは慌ててそれを抱える。 何がどうなっているのか、まるで分からない。 ただ、今分かることは。 「僕たちは、生き残ることができた……のか」