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Aタワーの戦い(前編) - (2025/01/25 (土) 21:30:59) のソース
ゲームが開始してすぐに、玉柳 水華(たまやぎ みずか)は自宅を飛び出し、Aタワーを目指していた。 老朽化によりテレビ塔としての役割こそ失っていたが、全長155mの巨大建造物が、あにまん市のランドマークである事実は変わらない。 少しでも人の集まる場所へ。それが水華の方針だった。 怖い、と思う。 水華は街のパトロールを日課としている。 エネミーと戦ったり、悪い魔法少女を捕まえたこともある。 修羅場だって潜ってきたし、戦闘で大怪我をしたこともある。 それでも、怖い。 玉座の間で宣告された殺し合い。魔法の国の王さまという想像だにしていなかった存在に、水華は戦うことさえ思考に浮かばなかった。 殺し合いという事実も、魔法王も怖い。 何より、あの場所に居た魔法少女たちが、怖い。 泣いている子が居た。怯えている子が居た。 それはいい。水華だって泣きたいし、怯えているから。 けれど、笑っている子が居た。喜んでいる子が居た。 意味が分からない。何が面白いの? 何を喜んでいるの? 私たち、殺し合いをするんですよ? なまじ場数を踏んでいたからこそ、水華は人間不信に陥ってしまったのだ。 あるいは彼女が【トリックスター】のように、魔法の国の光と闇を知っていれば、そういうものだと受け入れていたかもしれない。 しかし、水華は未だ17歳、戦闘経験こそあれ知っているのは光だけだ。 今まで捕まえた悪い魔法少女だって、殺し合いで笑うような人格破綻者は居なかった。 だから、怖い。 (……外部の魔法少女や、人間の大人たちに助けを求めることはできません) 呪い。 ゲームのことを非参加者に話せば、プレイヤーは死亡する。 だから、頼れるのは同じゲームのプレイヤーしか居ない。 それなのに。 (信用できない……違う、信用しなくちゃ、だけど……!) 惑う。 惑いながらも、水華はAタワーを目指し駆けていく。 既に変身を終えている少女は、常人の十倍の身体能力を備える。 乗用車に匹敵する速度で駆けながら、水華は徐々にAタワーに近づいていくのだった。 ◇ Aタワー1階、ショップエリア。 往年はあにまん市の土産物、コンビニ、バーガーショップに喫茶店などが並んでいたが、建物ごと廃棄された今では、それらの店舗も移転され、今ではスペースだけが遺されている。 それは、小規模な『街の残骸』とさえ表現できた。 しかし、移転の際にトラブルが起こったのか、とあるローカルレストランだけが、店舗ごと残っていた。 もちろん従業員は誰一人おらず、調理室の冷蔵庫を開けても何も入っていないし、そもそも電気さえ通っていない。 ただ、テーブルが並べられ、ソファが置かれ、店の外には看板が掲げられている。 終わった場所。捨てられた場所。 ——それでも、客は滅んでいなかった。 店の奥、テーブル席に腰かけているのは、9歳くらいの少女である。 灰色の髪、眠たげに細められた目、微妙に身長に合っていないだぼっとした服装は、少女がこれから成長していくことを示すものか。 テーブルには、少女の持ち物なのか、デフォルメされた三等身ほどのドラゴンのぬいぐるみが置かれている。 少女の名は、【裁原編】といった。 そして、ぬいぐるみの名は、パペッタンである。 時刻は深夜。窓からは月光が注がれている。 廃墟に年端のいかない少女が一人きり。大人ならば誰もが心配で声をかけるだろうか、今この場には少女しか居ない。 そして、編にとって、これは日常の一部だった。 「懐かしいのだわ……」 何年も前に、まだ【彼女】が生きていた頃、Aタワーがテレビ塔として稼働していた頃。ここは編にとって行きつけの場所だった。家族と共に何度も訪れ、子ども用に置かれていた絵本も、間違い探しのシートも、内容を覚えてしまう程に通い詰めた。 確か、【彼女】の父親と、店のオーナーが親友同士だったとか。 だから、魔法少女になった編は、よくこの捨てられた場所を訪れ、廃レストランで郷愁に浸るのだ。 ——だが、郷愁に浸ってばかりでは駄目だ、と編は気づいている。 今は、日常ではない。 魔法王に命じられ、殺し合いの真っ最中である。 「最悪なのだわ……」 溜息をつき、編は立ち上がった。未だ彼女の喪失感は満たされていない。否、満たされるはずがないのだ。 【彼女】は、二度と帰って来ない。 殺し合いについて考えねばならない。だから、編は店を出たのだ。 ここは思い出の場所だから。 ここは幸せの場所だから。 ここで殺伐としたことを考えてはいけない。 名残惜しい気持ちを振り払って、編はパペッタンを掴み、店を出る。 眠たげな顔のまま、面倒くさそうな表情で、彼女は店の外に出て。 ——瞬間、顔に険が走った。 通常9歳児が見せないような表情のまま、郷愁を振り払った彼女は思考を開始する。 「優勝、狙うべきなのかしら」 声に出す。 【彼女】ならば、絶対にしないはずの表情と声色で。絶対に口にしないはずの言葉を。 何でも願いが叶う。 死んだ人が生き返るという。 ならば、【彼女】も? 「……ううん、駄目だわ。許されないわ」 一度は考えた血塗られた道を、しかし編は否定する。 「そんなこと、【彼女】はきっと、望まない……」 だから、裁原編はゲームに乗らない。 悲しいけれど、苦しいけれど、喪失は何年経っても満たされないけれど。 だけど、【彼女】を汚すわけにはいかないから。 編は、殺し合いを否定する。 (けど……) 殺し合いはしない。絶対にしない。 が——殺しをしないとは言っていない。 (さっきの場所で、確かに居た……) たくさんの魔法少女の中に、そいつは居た。 にたにたと笑みを浮かべて、まるでゲーム画面を見ているような楽しそうな顔で。 あの時と同じように。 【彼女】を殺したときと同じように……! (【テンガイ】……お前だけは) 歯を軋ませ、目を血走らせるその顔は、九歳どころか、人間のそれですらなく。 それはまるで、竜の形相だった。 (お前だけは、絶対に殺してやるの……!) 裁原編は気づかない。 頭上。Aタワーの頂上に、自分以外の魔法少女が居ることを。 裁原編は気づかない。戦いの気配はすぐそこまで来ていることに。 ◇ ゲーム開始より、三年前。 魔法の国北部、山脈地帯。 並の魔法少女では太刀打ちできない強さのエネミーが跳梁跋扈する危険地帯であり、ここに足を踏み入ることを許される【下限人数】は、五人である。 魔法の国にスカウトされるレベルの魔法少女が、最低でも五人。 それだけこの場所は危険だ。 ましてやたった二人で入るのは自殺行為。 「だから、二人で入る奴は、よっぽどの馬鹿、だろうね」 「ああ、違いないぜ」 屈託なく笑う赤い魔法少女に、サンバイザーに釣り竿装備の魔法少女は肩を竦めた。 「ねぇスピードランサー、どうして五人集めなかったんだ?」 「はぁ? だって足手まといだろ、相手は黒竜だぜ?」 北部の山脈に黒竜を見た。 近隣住民の証言を受け、調査に出向いたのが【槍ヶ崎 舞矢/スピードランサー】と【佐々利 こぼね/クリックベイト】である。 黒竜。数百年前、魔法の国を滅亡寸前まで追い込んだが、魔法王に認められた一人の魔法少女が討伐したという、伝説の怪物。 それが再び姿を表したというなら、人間の国と魔法の国、双方にとって重大な危機である。 現状は、あくまでただの一証言に過ぎない。 見間違いかもしれないし、幻覚かもしれない。 ここは魔法の国だ。幻覚魔法、変身魔法の可能性もある。 事実、悪戯好きの魔法少女や、王国に敵意を見せる魔法少女が、黒竜に変身したり、虚像を創り出した事件は枚挙に暇がない。 だからこそ、魔法の国も本腰を入れておらず、【槍ヶ崎 舞矢/スピードランサー】と【佐々利 こぼね/クリックベイト】を含めた五人での調査を命じたのだ。 もっとも魔法の国もまさかスピードランサーが三人を追い返して二人で行ってしまうとは、夢にも思っていなかっただろうが。 「だったら一人で行って欲しいと僕思うんだけどな~」 「だってこぼねの魔法便利じゃん。危ないやつ釣りあげてこっちに引っ張ってこれるんだから。不意打ちされなくて楽だろ」 「じゃあ釣り竿貸すから一人で頑張りなよ」 「魔法の主体はお前だろ~。おいおい拗ねるなって。あたしとお前の仲じゃないか、なぁ?」 「ただの腐れ縁、釣り仲間ってだけだろ、まったくもう……」 そう言っている間にも、クリックベイトの釣り竿が反応する。 自動的に針と糸が目標物へと向かう。 そして 「おお、けっこう大物だな」 スピードランサーが感嘆の声を挙げた。 二人を襲おうと息を潜めていたのか、【バーゲスト】と呼ばれる5mほどの大きさの魔獣が針に引っ掛けられ、二人の前に引きずり出される。 「うーん、こいつけっこう強いよ。どうするスピードランサー、逃げるかい?」 「馬鹿言うなよ、最悪あたしら、黒竜と戦うんだぜ。こんな黒い犬っころから逃げるわけにはいかねーだろ」 「いや、黒竜と戦うつもりなら体力温存しておくべきじゃないのかなぁ……」 呆れながらも、クリックベイトは釣り竿を持つ手に力を込める。 スピードランサーもまた、自らの周囲に無数の朱槍を展開する。 バーゲストが吠えた。 スピードランサーは、壮絶な笑みを浮かべて向かい打った。 ◇ Aタワー、頂点。 訪問者が足を踏み入ることを許される80mの展望台……ではない。 その更に上。一般人は立ち入ることを禁止され、職人でも命綱無しでは絶対に昇ることを許されない、テレビ塔の頂点に、赤い女が立っていた。 赤色のぴちぴちスーツに赤色の槍。 吐く息さえも赤い彼女は、名を【槍ヶ崎 舞矢/スピードランサー】と言う。 Aタワーの頂点に立った彼女は、夜景を見下ろしながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。 それは直情的で単純明快な彼女にしては珍しい、腐れ縁の【佐々利 こぼね/クリックベイト】が見たら腹でも壊したのかと心配するはずだ。 しかも、その物思いの内容が、クリックベイトのことなのだから、彼女が知れば驚愕で目を剝くかもしれない。 (3年前の黒竜調査……結局、バーゲストは討伐できたが、黒竜は見つからなかった) 目撃者は、巨躯の黒犬であるバーゲストを黒竜と見間違えた。表向きはそのように処理された。 スピードランサーもそれで納得したはずだ。 しかし、どうもあの時の調査と、今回の殺し合いは繋がっている気がするのだ。 スピードランサーの、天性の直感が、それを告げている。 (前から王宮はきな臭いとは思っていたが、まさか魔法王がこんな暴挙に出るとはね。あるいはこれも……いや、考え過ぎか) 魔法王は既に黒竜に支配、あるいは取って変わられているのではないか、という疑いが首を擡げたが、証拠となるものは何もなく、スピードランサーもさすがに直感だけでそう結論を出そうと思う程自信家ではなかった。 (クリックベイト……こぼねの奴とも情報交換を……。はぁ……いるんだよなぁ、あいつも) そのことを考えると、スピードランサーは憂鬱になる。 人間態のときに釣り堀で知り合った歳の離れた釣り仲間。偶々二人で釣りしているところに巨大ブラックバスが襲いかかってきて、咄嗟に二人同時に変身して応戦、正体がバレることになった。 そこからは釣り以外でもちょくちょくコンビで活動している。 神出鬼没、のらりくらりと単独行動をする傾向の強いスピードランサーにとって、クリックベイトはたった一人の友達といってもいい。 命がけの戦いで自分が死ぬ分にはまったく後悔が無いが。 クリックベイトが死ぬのは嫌だ。 「どうしよっかな~」 頭を掻きむしりながら、スピードランサーは悩む。 彼女がここまで悩むことは珍しい。きっと死ぬ時でさえ、こんな風には悩まない。 それでも彼女はスピードランサーである。 行動が遅いことは、あり得ない。 歴戦の魔法少女である彼女は、自分の眼下、今自分が足蹴にしているタワーの中に、複数の魔力を感じ取った。 (エネミーが湧いてきたか。しかも複数……珍しいな) エネミー。怪異、魔獣、魔物、モンスターとも呼ばれるこれらの存在は、時々人間の世界や魔法の国に出現する。概して人を襲う危険な存在だが、それを退治することで、魔力の糧とすることができる。そのため修行の一環でエネミー狩りを行う魔法少女も一定数存在しており、スピードランサーもその経験があった(彼女の場合、戦いそのものが目的の節もあるが)。 「とりあえず体動かすか。面倒なことは動いてから考えればいいや」 殺し合いに抵抗はない。 相手がエネミーでも、魔法少女でも、人間でも。 その心理構造は、1階で復讐を決意する【裁原 編/パペッタン】や、Aタワーに向かう【玉柳 水華/アレヰ・スタア】とは、明確に異なるものだった。 殺し合いの最中でありながら、スピードランサーは手元に朱槍を創り出し、それを器用に振り回しながら鼻歌を歌い出した。 彼女が殺し合いの参加者である二人の魔法少女と遭遇するのは、もう少し後のことである。 ◇ 【テンガイ】を探すために、上へ向かうか。それともタワーから出るか。 編はぬいぐるみを持ったまま、考えあぐねていた。 自身の魔法と、Aタワーの相性は、あまり良くない。 大雑把に人型の物なら何でも操れる魔法。 手に持っているドラゴンのぬいぐるみ、そして普段は魔法空間に収納しいつでも出現させることができる自作人形たち。 元々編は日課がにんぎょう作りの、穏やかでのんびりとした性格だ。ガチ戦闘ができる装備は整えていない。 (人型のものがたくさん置いてあるとした、ショッピングモールとかかしら) ぬいぐるみ、マネキン。それらのものを操作対象にすれば、【テンガイ】を殺す戦力になるだろう。 かつてのAタワーならお土産屋にぬいぐみ(あにまん市非公認キャラクターの紫色の恐竜が並んでいたのを思い出す)がたくさん置かれていたが、当然廃棄された今ではそれらは姿を消している。 ならばAタワーを出るべきだろう。 ここは【彼女】の思い出の場所。 復讐を誓った自分が、長く居ていい場所ではない。 そう決め、編が出口に向かおうとしたとき。 タワー上階から複数の小さな魔力反応と、強大な魔力反応が出現するのを感じた。 (誰かが、エネミーを狩っているのかしら?) Aタワーにエネミーが出たことは、編の知る限り何度かある。 故に、そう珍しいことではないが……。 (……数が多すぎるの) 通常、エネミーは雑魚が一体程度だ。 今、上で蠢いているのは、十、二十を軽く超えるエネミーである。 こんなに出現することは、通常ありえない。 (偶々……? それとも、これも殺し合いの一部なのかしら) 誰もが【テンガイ】のように危険人物というわけではない。 ならば殺し合いを促進するために、殺し合い期間中はエネミーが発生しやすくなっているというのは、納得できる答えだ。 (……行くしかないの) 編は、上へ続く階段を駆け上った。逃げる、という選択肢は存在しない。 エネミーを放って置けば、Aタワーを壊されてしまう恐れがある。 とっくに廃棄され、近い将来解体される場所だとしても、編が守れる範囲なら守りたい。 そう思い、変身を済ませた彼女は(姿に変化は無く、手に持っているぬいぐるみだけが鎧を纏っている)2階を駆けのぼり、3階に顔を出した。 階段を昇りならも、音は聞こえていた。 金属音だ。 建設現場で聞くような、金属と金属を撃ち合わせる音。 それが何を意味するのか、戦闘経験の薄い編——パペッタンでは分からなかったが。 辿り着いて、理解する。 3階、元々は交流エリアと呼ばれる外の景色を見ながら訪問者同士で自由に雑談ができる場所だったそこは、鉄屑とスクラップの楽園になっていたいくら廃棄された場所として、いったいどこにこれだけ鉄屑やスクラップがあったのか。タワー常連のパンペッタでも呆れかえるほど、3階はそれらで溢れていた。 そして、それらの鉄屑は蠢いていた。 まるで生物のように。 意思を持って、3階中央に陣取る魔法少女に襲いかかっている。 編は知る由もないが、このエネミーの名はスラグソウル。魔法王の命によりあにまん市に放たれた怪物の一つである。 (危ないのだわ……) すぐに助けに入ろうとして、編は気づく。 赤い装束に、赤い槍。 纏う気配さえも赤い、魔法少女。 スピードランサー。 彼女は、手にもった槍を 薙ぐ。 瞬間、彼女の周囲で破壊の嵐が巻き起こる。 巨大な鉄球を解体現場で振り回したかのように、スラグソウルたちは掌サイズの鉄屑へと分解されていく。 一振りで十体を粉砕したスピードランサーに対して、それでもスラグソウルの群れは臆することなく向かっていく。 恐らく彼らに心は無いのだろう。 無機物に心は宿らない、と編は知っている。 綿の塊に意識が無いように、鉄屑の塊に意識が生まれるはずがない。 ただ創造主にプログラムされた通りに動く、システムに過ぎない。 故に、滅びる。 接近する十体のスラグソウルに向けて、スピードランサーは先ほどとは違う手段を取った。 『槍を出せるよ』。それが、スピードランサーの魔法。槍を操る技術は自前である。 スピードランサーの周囲に[[魔法陣]]が展開し、外側に向けて槍の穂先が姿を表す。 瞬間、十のスラグソウルは爆散した。 超高速で射出された槍は容易くエネミーを貫通し、破壊し、粉砕し、それでもなお勢いは止まらず ぎゃあっとドラゴンのような悲鳴をあげて、編はのけぞった。 足元に朱槍が根本まで突き刺さっている。 「あ、危ないのだわ!」 「あ、わりぃわりぃ」 あやうく殺人者となるはずだったにも関わらず、肩がぶつかった程度の謝り方をするスピードランサーにパンペッタは怒る前にちょっと引いた。 (な、仲良くなれる気がしないのだわ……でも) 改めて3階の惨状を見る。足の踏み場もないほど散乱したスクラップ。壁や床に突き刺さる朱槍。 そして、疲れた顔一つ見せないスピードランサー。 (強いわこの人……) 自分なら、いくら相手が雑魚エネミーだとしても、二十を屠るのはちょっと苦戦する。 それをたった一瞬で。 自分より強い。【彼女】よりも。 (もしかしたら、【テンガイ】に匹敵する? だとしたら……) 「お前みねー顔だな。この街の住民じゃないのか?」 「パンペッタはいつもお家でお人形を作っているから……そうじゃなくて、あの、私の仲間に」 なってくれませんか、と聞く前に、スピードランサーは動いた。 一瞬で踏み込み、槍を突き出す。 「へ……えっ!」 パンペッタは思わず尻もちをついた。 貫かれたのは——鉄屑。 倒したはずのスラグソウルが、再び融合し、背後からパンペッタに襲いかかろうとしていた。 それを再びスクラップに変えたスピードランサーは、面倒そうに頭を掻く。 「そういうタイプか……」 「あの、どういう……」 「こいつらに魔力を供給しているコアを見つけないと……」 周囲を見渡す。破壊したはずのスラグソウルが再び融合し、動き出している。 「永遠にこいつらと戦うことになるぞ」 ◇ 水華は、二度の挫折を経験している。 一度目は、自分の学校でいじめが起こっていると発覚したとき。真面目で委員長気質の水華は、いじめっ子を救うために奮闘し——何一つ事態は好転しなかった。 いじめっ子を注意しても冗談だと流され、いじめられっ子の盾になろうとしても拒絶され、教師に相談しても受け流され。 真面目で、一生懸命やれば、どんな問題でも解決できる。 そんな、漠然とした全能感に浸っていた水華にとって、自分がどう頑張っても事態が好転しない状況は、自己嫌悪に浸らせるに十分なものだった。 水華は、学校に行けなくなった。 いじめられたわけではない。いじめを止めようと尽力する水華は、周囲から褒められ、真面目だと評価され、愛されていた。 ただ、それだけで、いじめはまったく解決しなかったけれど。 まるで、水華が自分の価値を高めるためにいじめを利用したような構図になってしまったけれど。 それが嫌で、何よりそれが事実だと心のどこかで認めてしまっていて、そんな自分が汚く思えて。 水華は初めて、仮病で学校を休んだ。 ずる休みが三日に増えて、とうとう一週間を超えた時。 ベッドで蹲る水華の前に、妖精が現れたのだ。 君みたいないい子が、落ち込んでいるところを、これ以上見ていられない。 そんな、妖精の同情心から、水華は魔法の力を授かった。 経験した事象を再現する魔法。それは、今までの自分がぐらついていた水華にとって、必要な魔法だった。 経験は武器になる。今までの道程が力になる。過去の自分が、今を支える。 自己否定に陥った水華にとって、そんな前向きな気持ちになれる魔法は、再び学校に行くきっかけを作ってくれたのだ。 一週間学校を休んでも水華を心配する声ばかりで、彼女がずる休みしたとは思っていなかった。 過去の信頼。積み上げた実績。 だから、水華は再びいじめ問題に立ち向かえた。 現状、完全解決は出来ていないけれど。それでも、水華が魔法少女になる前より、ずっと良くなっている。 いじめられっ子のストレスをいじめっ子にそれとなく与えてみたり、暴力的ないじめが発生しないように教室に魔法で細工をしたりと、色々ズルはしているかもしれないけれど、それでも前に進んでいる。 だから、一度目の挫折は、成功体験。 将来面接でも使えそうな優等生エピソード。 それに比べて、二度目の挫折は……。 (ティターニア……) 水華の師匠。そして、苦手な魔法少女。 魔法少女になった水華は、その真面目さから、魔法少女として強くなろうと決意した。 そしてその真面目さから、市内最強との噂もあるティターニアに教えを請い。 スパルタに耐え切れず三日で逃げた。 ◇ 水華の変身態、【アレヰ・スタア】は、タワーに近づくにつれ、内部で戦闘が行われていることを察知した。 魔力の反応から二人の魔法少女が、無数のエネミーと戦っている。 (二人組……ということは、殺し合いには乗っていませんね!) だったら安心だ。 アレヰ・スタアは飛び上がると、二階の窓ガラスを蹴りで破壊し、そのままダイナックエントリーを決める。 そして群がる鉄屑の化け物に 「『メモリアル・シャワー』!」 シャワーのように、水を浴びせる。 ずぶ濡れになるスラグソウル。 が、あくまで鉄屑の塊であり精密機器ではないので、濡れた程度で機能は停止しない。 そのことに水華も気づき 「『メモリアル・サンダー』!」 すかさず再現魔法で雷を再現し、周囲に放った。 雷撃の威力にスラグソウルは崩れていく。 (なるほど、一定のダメージを与えると機能を停止するようですね) 雑魚とはいえ、こんなにもたくさんのエネミーが出現することは通常ありえないが、これなら制圧できるとアレヰ・スタアは歩みを進め——その場でたたらを踏んだ。 (……え? 何で私こんなに疲れて……) 確かに『メモリアル・サンダー』……雷の再現は、かなりの大技だが、本来ここまで疲労はしない。いつもより魔力消費量が数倍になっている。 (一応雑魚を倒したことで多少は回復しましたけど……失った魔力と比べると、雀の涙ですね) どうやらこのゲームでは、大技の多用は控えるべきらしい。 そのことを肝に銘じ、水華はその場を後にしようとして。 右足首を、スラグソウルに掴まれた。 「嘘……倒したはずなのに! っ!」 痛みで顔を顰めながらも、左足をスラグソウルに何度も振り下ろし、再び機能停止に追い込む。 その間にも、他の倒したスラグソウルが次々と立ち上がる。 「そういうタイプですか……」 コアを破壊しない限り完全撃破が不可能。稀にそういう性質のエネミーが居ると体ターニアに教えられ、翌日魔法の国のダンジョンに放り込まれ、該当の魔物群と戦わされた。 あの時のトラウマ経験が、アレヰ・スタアを支えている。 (けど、大技は多様できません……。ここは逃げる? いえ、いくら立ち入り禁止のAタワーとはいえ、一般人がここに侵入する可能性もあります。それに、このエネミーが街まで侵攻する可能性も) 逃げる選択肢はありえない。 そう決意し、アレヰ・スタアは拳を固める。 突如、壁が爆散する。 咄嗟に身を躱したアレヰ・スタアは、土煙の向こうから姿を表す、二人組の魔法少女を見つける。 (あの魔力反応は、この子たちだったのね) 恐らく壁破壊の張本人、槍を構えた赤い魔法少女。 「思い出の場所を壊さないで欲しいのだわ……」と涙目で可愛らしいぬいぐるみを抱えている、灰色の髪の魔法少女。 ぬいぐるみの方は知らないが、槍の方には見覚えがあった。 「貴女は、スピードランサー……!」 「ん? あ、なんかパトロールしてるやつじゃん。あんたも来てたのか」 街をパトロールするアレヰ・スタアと、神出鬼没に街をふらつくスピードランサーは顔見知りである。 といってもそれほど親しいわけではなく、中身も知らないし、得意な魔法も詳しく知らず、パーソナリティはまるで分からないが。 「あたしら、今エネミーのコア探してんだよね。あんたもどう?」 殺し合いの最中とは思えない気さくな言葉に、毒気を抜かれたアレヰ・スタアは警戒を解く。 (……そうですよね、いくら魔法の国の王様だからって、命令されていきなり殺し合いなんて、するはずがないですもんね) 「ええ、私も街の平和のために、協力させていただきます」 「おう、じゃあ行こうぜ」 断れることを一切想定していなかったのか、スピードランサーはこちらに背を向け、次のフロアへと進んでいく。 ぬいぐるみを抱えた魔法少女は、こちらをじっと見つめると 「私、パペッタン。よろしくなのだわ」 「私はアレヰ・スタア。一緒に街の平和を守り、正しさを貫きましょう」 「……ええ、そうね。パペッタンもそう思うのだわ」 (おや……?) 気のせいだろうか。パペッタンの表情が僅かに曇った気がした。 (何か困りごとが? ……後で相談に乗るとしましょう) 魔法少女が外見と中身で必ずしも年齢が一致するとは限らないが、それでも雰囲気からパペッタンが外見相応に幼いということは分かる。 年上として、否年齢に限らず、助けを求めている人なら助ける。それがアレヰ・スタアの信念。 (といっても、メンタルケアはこの難事を突破してからですね) 「行きましょう、パペッタン」 「……うん! アレヰ・スタア」 二人は肩を並べてスピードランサーの後を追う。 この子とは上手くやっていけそうだ、とアレヰ・スタアは思うのだった。 ◇ 無限に湧き続けるスラグソウル。 もしここに一般人が紛れ込めば、五分と生きてはいられない死地の中で、しかし三人の魔法少女は健在だった。 それどころか、外傷一つなく、スピードランサーに至っては疲労さえ感じさせない足取りでどんどん前へ進んでいく。 (何となく実力者だとは感じていましたが……) 側面から襲撃するスラグソウルを、スピードランサーは一瞥すらせずに穂先で粉砕する。 (マジで強いですねこの人……) 堂々とした立ち振る舞い、流麗な槍捌き、あらゆる状況への対応力。 (ひょっとしてティターニアと同レベル……いや、まさか) あんな化け物が二人もいてたまるかとアレヰ・スタアは首を振る。 アレヰ・スタアも見学に徹しているわけではない。 魔法少女としての膂力でスラグソウルを次々に粉砕する。 再現魔法を使わないのは、先ほどの『メモリアル・サンダー』でふらついたことへの反省からだった。 1のダメージで倒せる敵に、10や20のダメージでオーバーキルしても意味が無い。 殺し合いが始まってまだ、1時間も経っていないのだから。 ふと、隣のパペッタンに目を向ける。 9歳くらいの外見の女の子。 赤いスーツのスピードランサーや、白いローブのアレヰ・スタアと比べて、その恰好はただの小学生にしか見えない。 ただ、鎧を纏ったドラゴンのぬいぐるみ(かわいい)が、縦横無尽に動いてスラグソウルを粉砕していく。 (あー、本人じゃなくて、使い魔で戦うタイプなんですね) アレヰ・スタアも、肉弾戦より中・遠距離の魔法戦を好む。 今ステゴロで戦ってるのは、成り行き上で、魔力消費さえ通常通りならもっと華麗に戦っている。 (現状、パペッタンが私よりかなり下、スピードランサーが私よりかなり上、ってところですか) 実力差である。 もっとも、パペッタンもスピードランサーも奥の手を秘めている可能性はあるが……アレヰ・スタアが、そうであるように。 (これでティターニアとも合流できれば心強いですけど……会いたくないですねぇ) たった三日で彼女には散々トラウマを刻み込まされた。 いくら実力を理解していても、中々苦手意識は消えないものだ。 「おーい、あんたたち。ちょっと来なよ」 スピードランサーの言葉に二人は駆け足で近寄る。 Aタワー2階。本来はテレビ塔の歴史などをパネルで紹介するエリアだったが、現在は当然それらは全て撤去され、代わりを埋めるかのように、スラグソウルの群れが蠢いている。 「他のフロアより明らかに数が多いのだわ……」 「つーことはさ、あるだろ、コア」 スピードランサーの推測は間違いないと、アレヰ・スタアも頷く。 問題はコアがどこにあるかだが。 「偵察はパペッタンに任せるのだわ……!」 そう言うと、パペッタンの周囲に魔法陣が展開し、様々なぬいぐるみが姿を表す。 (可愛いです……) (可愛いぜ……) 使役していた鎧の竜と比べてどこか手作り感を感じさせる仕上がりなのが、キュートさを上げていた。 ほっこりする二人を他所にパペッタンはスラグソウルの攻撃が届かない位置までぬいぐるみたちを浮かばせ、エリアの隅々を調べ始める。 「視界を共有してるの?」 「うん、でも、あんまり長いこと共有はできないの……っ!」 パペッタンは目を押さえる。一応道中説明したが、魔力消費が普段の数倍という制約を実感したらしい。 (というか、この消費量だと、ただ変身しているだけでも、24時間維持できない可能性がありますね……) かといって、人間態では変身態に勝てるはずがない。勝負の土俵にすら上がれない。 (そういう意味でも、集団は維持しておきたいですね……) 信頼できる仲間同士なら、一人が人間態で休んでいる間に、もう一人で見張りが出来る。 (このエネミーを倒した後もチームは継続したいですね。できれば魔法王を倒すまでずっと) 「コアがあったのだわ……!」 疲労を感じさせながらパペッタンが言う。 彼女が指差したのは、2階の天井部分。 一見したところ何もないが。 「パペッタンの人形に天井を突き破らせたの。裏側に、コアがあったのだわ……!」 「いい仕事するじゃないかパペッタン。そのまま破壊できるか?」 「今ぬいぐるみで殴ってるの。もう少し待って欲しいの」 (どうやら初戦闘は終了みたいですね……) アレヰ・スタアは、ほっと息を吐く。 油断。 無尽蔵のエネミーと遭遇戦。交流の無い魔法少女たちとの連携。 何より殺し合いによるストレス。それらの疲労がアレヰ・スタアに襲いかかったのか、彼女の緊張の糸は少々途切れた。 その隙を狙ったかのように、三人の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がる。 出現するのは、スラグソウル。 数は四十。 今までにない密度で、今までにない距離での戦闘に、アレヰ・スタアは虚を突かれる。 「パペッタンを守れ!」 すかさずスピードランサーは指示を飛ばした。 と、同時に彼女の周囲に四十の魔法陣が浮かび上がり、そこから槍が射出される。 スラグソウルを貫き、爆散させ、床に深く突き刺さるそれは、もはや刺突ではなく、爆撃と表現するのが相応しい。 (……凄い。スピードランサー、近接戦闘だけでなく、中・遠距離もカバーできるんですね) やはり、実力は市内最強、ティターニアに匹敵するのかもしれない。 実力に戦慄しながらも、指示通りにパペッタンを守り、周囲を警戒するアレヰ・スタア。 そして 「嘘でしょ……」 再び四十の魔法陣が自分たちを囲うように展開されるのを目にし、息を呑む。 「チッ、やっこさん、いよいよ焦り始めたってわけか」 「後もう少しなの!」 スピードランサーの顔に初めて焦りが浮かぶ。 (ここは、出し惜しみしている場合じゃないですね……!) 「『メモリアル・ランサー』!」 アレヰ・スタアは叫んだ。彼女の周囲に二十の魔法陣が浮かぶ。そしてそこから顔を覗かせるのは、槍である。 「あんた……!」 「残りはお願いします!」 「…………応っ!」 アレヰ・スタアが二十。スピードランサーが二十。 二人は息を合わせて、同時に槍を射出する。 爆撃、二回目。 スラグソウルは碌な抵抗も出来ずにバラバラに砕け散る。 (くっ……思った以上に、キツイ……!) 雷の再現に近い魔力消費に、たまらずアレヰ・スタアは膝をつく。 (これを、後何度繰り返せば……! 後一回、いえ、二回はいける……? 三回目はいよいよ無理かも……) 「これで——トドメなの!」 パペッタンの裂帛の気合と共に、天井が剥がれ、鎧を纏ったドラゴンのぬいぐるみと、それに貫かれた卵のようなもの——コアが落下してくる。 コアは地面に激突する前に、光の粒子となって消滅する。 とて、とドラゴンのぬいぐるみが地面に落ち——その場で右手を高く挙げた。 勝ったのだ。 殺し合いが始まって1時間余り。アレヰ・スタア、パペッタン、スピードランサーは初勝利を納めた。 エネミーを倒したことにより、アレヰ・スタアは、自身の失った魔力が戻っていくのを感じた。 一体一体は雑魚だが、無尽蔵に発生するとなればかなりの強敵。三等分されるとはいえ、殺し合いで失った魔力を補填する分は十分にあった。 (これで、プラマイゼロ……いえ、確かにプラス、ですわね) 新たに『メモリアル・ランサー』という技を覚えたことが1つ。 もう一つは、新たな仲間が出来たこと。 パペッタン、スピードランサー。共に難敵を倒した彼女たちとは、もう戦友だ。 アレヰ・スタアの思いは通じているのだろう。 パペッタンはにへらと笑い、スピードランサーもシニカルに微笑んだ。 「なぁ、アレヰ・スタア」 「なんですか、スピードランサー」 「さっきの魔法、あれってあたしの魔法だろ? なんで使えたんだ?」 実力者のスピードランサーでも驚くものらしい。そう言えば、ティターニアも随分と興味を示していたっけ。……だからあんなスパルタになったのか? え、そうなのかしら……。 と、アレヰ・スタアは再びトラウマと向き合いつつも、ええ、とスピードランサーに笑い返す。 「私の魔法は再現魔法。事象を再現できるんです。物理的な事象でも、概念的な事象でも、私が経験したり、この目で見た物は、魔力が許す限り何でも」 「へぇ、そりゃすげぇな」 スピードランサーが目を見開く。 「じゃあ、殺しとくか」 え、とアレヰ・スタアの喉から呆けた声が漏れた。 朱槍が貫いている。 血で濡れた穂先がこちらを向き、刃先に映るのは自分の間抜け面。 「どうして……?」 弱冠十七歳、修羅場を潜った経験のあるアレヰ・スタアは——当然のことながら、命の奪い合いの経験は、無い。 だから、目の前の状況が信じられない。 槍を突き出したスピードランサー。 体勢を崩した自分。 ——自分を突き飛ばして、槍に貫かれたパペッタン。 「に……逃げ……」 パペッタンの呟きが耳に届くが、アレヰ・スタアは未だに状況を理解できない。 槍が引き抜かれる。 パペッタンはまるで人形のように崩れ落ち、硝子玉のような瞳を、天井へ向けるのだった。 ——エネミー退治が終わり、殺し合いが始まる。