「ぐっ……うう……」
膾切り、という表現が近いだろう。
全身に大小の切り傷を負いながら、メリアは慈斬を見上げていた。
メンダシウムから『殺すな』と命令を下され、今のところ慈斬はその命令を忠実に実行していた。
戦闘とすら呼べない、一方的なリンチ。
それでも、メリアの心は折れていなかった。
全身に大小の切り傷を負いながら、メリアは慈斬を見上げていた。
メンダシウムから『殺すな』と命令を下され、今のところ慈斬はその命令を忠実に実行していた。
戦闘とすら呼べない、一方的なリンチ。
それでも、メリアの心は折れていなかった。
「山田さん……!」
と、メリアは慈斬に訴える。
「自分を取り戻して……! メンダシウムなんかに、負けないで……!」
(安っぽいなぁ)
腕を組みながら見物していたメンダシウムは、つまらなさそうに息を吐いた。
(呼びかけるほど友情深めてないでしょ君たち♧)
メリア・スーザンと山田浅悧に接点は無い。あるはずがない。
メリア・スーザンは、メンダシウムがこの殺し合いのために作った魔法少女だからだ。
それ以前の経歴など存在しない。故に山田浅悧と接点があるはずもない。
メリア・スーザンは、メンダシウムがこの殺し合いのために作った魔法少女だからだ。
それ以前の経歴など存在しない。故に山田浅悧と接点があるはずもない。
(失敗したかもなぁ♧)
とさえ、思う。
メリア・スーザンは正義を愛する。そう設定したせいで、今この状況でも山田を説得しようと言葉をかけ続けている。
まるで壊れたラジカセのように。
メリア・スーザンは正義を愛する。そう設定したせいで、今この状況でも山田を説得しようと言葉をかけ続けている。
まるで壊れたラジカセのように。
(配分を間違えたかな。もっと葛藤とか欲しいんだけど。これじゃあただのロボットだ。そんな奴、曇らせても楽しいかな……♧)
廃棄するか、とメンダシウムは悩んだ。
せっかく曇らせるためにあにまん市に降り立ってティターニアともバトルを展開しているが、そこまでする旨味が無いような気もしてくるのだ。
(他のプレイヤーにもちょっかいをかけたいしね。さっさとネタバラシをしてしまおう)
せっかく曇らせるためにあにまん市に降り立ってティターニアともバトルを展開しているが、そこまでする旨味が無いような気もしてくるのだ。
(他のプレイヤーにもちょっかいをかけたいしね。さっさとネタバラシをしてしまおう)
「メリア、どうして君はそこまで愚直なんだい♦」
「どういう意味……?」
「その正義の心の源泉はどこだい? 君のオリジンはどこにある?」
「そんなの……」
語ろうとして、メリアは口を閉ざした。
思い出せない。
断片すら無い。
思い出せない。
断片すら無い。
(いや、今は戦闘中。それに、敵の言うことに耳を傾けるなんて)
「無いんだろ、記憶♠」
断定的なメンダシウムの言葉に、メリアは虚を突かれた。
「メリア、君には記憶が無い。戦う理由が無い。切欠が無い♧」
「な、何を言って……」
「君はね、私の分身に過ぎない。君の名前も日課も人格も——私が設定した架空の産物だ」
そんなはずはない。
メリアは否定しようとした。自分は確かに生きた人間だと主張しようとした。
どれだけ体が痛んでも、どれだけ切り刻まれようと、それだけは否定しなければならない。
嘘だ。私には確かに記憶がある。お前の言っていることは出鱈目だ。
そう主張しようとして、しかし、舌が張り付いたように動かない。
否定するだけの材料を脳から掻きだそうとしても、何も出てこない。
玉座の間で魔法王から殺し合いを宣告され、廃ビルにワープし、天城千郷に襲われ、ティターニアと山田浅悧と合流し……。
その前は。
殺し合いが始まるその前は。
日課で人助けをしている、という知識はある。
その人助けは、いつどこで誰と何を何故どのようにしていた?
思い出せない。
否、無い。
生まれる前が無いように、メリアには殺し合い以前の記憶が、無い。
メリアは否定しようとした。自分は確かに生きた人間だと主張しようとした。
どれだけ体が痛んでも、どれだけ切り刻まれようと、それだけは否定しなければならない。
嘘だ。私には確かに記憶がある。お前の言っていることは出鱈目だ。
そう主張しようとして、しかし、舌が張り付いたように動かない。
否定するだけの材料を脳から掻きだそうとしても、何も出てこない。
玉座の間で魔法王から殺し合いを宣告され、廃ビルにワープし、天城千郷に襲われ、ティターニアと山田浅悧と合流し……。
その前は。
殺し合いが始まるその前は。
日課で人助けをしている、という知識はある。
その人助けは、いつどこで誰と何を何故どのようにしていた?
思い出せない。
否、無い。
生まれる前が無いように、メリアには殺し合い以前の記憶が、無い。
「嘘……」
メリアは、膝から崩れ落ちた。
慈斬は表情を変えずに、メンダシウムはやや楽し気な様子でそれを見下ろした。
慈斬は表情を変えずに、メンダシウムはやや楽し気な様子でそれを見下ろした。
「私……私は……」
私は誰?
「さて、ネタバラシも出来たところで、廃棄するか♧ 私の意思で君なんかいつでも消せるが……せっかくだし、後の展開に繋いでおこう」
慈斬、メリア・スーザンを殺せ。
命じられた通りに慈斬が動く。
血塗れの脇差を持ったまま、メリアの首を狩るべく刃を振り下ろし。
命じられた通りに慈斬が動く。
血塗れの脇差を持ったまま、メリアの首を狩るべく刃を振り下ろし。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 俺様大復活!」
周囲を破壊の嵐が襲った。
ビルを支えていた支柱がへし折れる。
タイルが捲れ上がり、塵となっていく。
破壊を巻き起こした張本人、全身から高密度の魔力を放出した天城千郷は、吹き飛んだメリア、浅悧、メンダシウムに向けて獰猛な笑みを向けた。
ビルを支えていた支柱がへし折れる。
タイルが捲れ上がり、塵となっていく。
破壊を巻き起こした張本人、全身から高密度の魔力を放出した天城千郷は、吹き飛んだメリア、浅悧、メンダシウムに向けて獰猛な笑みを向けた。
「んん? 剣持った奴はどこ行った? そんでお前はどちら様?」
「私の名前はメンダシウム♡ 運営側の魔法少」
その言葉は途中で途切れることになった。崩落した瓦礫に呑み込まれ、千郷の耳には入らなかったのだ。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハ! まぁいいや! まだまだ俺様は、ぶっ壊す!」
千郷の一撃は、元々ティターニアとメンダシウムを始めとする魔法少女の戦闘によってダメージを蓄積していた廃ビルにトドメを指すことになった。
爆破解体をされたように、ビルそのものが崩れていく。
落下してくる瓦礫を魔力で弾きながら千郷は笑い続ける。
爆破解体をされたように、ビルそのものが崩れていく。
落下してくる瓦礫を魔力で弾きながら千郷は笑い続ける。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハ……うん?」
自分の前に、うさ耳をつけた魔法少女が立っている。
「ヒャハハハハハハハハ!」
「ヒャハハハハハハハハ!」
「ガハハハハハハハハハ!」
二人は、どこか通じ合ったものがあったのか、互いに近づきあう。
千郷の上に落下する瓦礫は、千郷が纏う高密度の魔力によって塵になる。
慈斬の上に落下する瓦礫は、瞬時に切り刻まれ破片になる。
千郷の上に落下する瓦礫は、千郷が纏う高密度の魔力によって塵になる。
慈斬の上に落下する瓦礫は、瞬時に切り刻まれ破片になる。
「俺様の名は天城千郷。魔法少女名なんか必要ねぇ! この世全ての破壊者、天城・デストロイヤー・千郷様だ!」
「慈斬」
ティターニアの正義も、メリアの混乱も、メンダシウムの計画も、全てを押しのけて、破壊者と処刑人は互いに名を交わし合い——激突する。
いくら夜間と言えど、学生街にも人は居る。
車を走らせていた者たち、繁華街から遠征してきた不良たち、このエリアに居を構える市民たち。
彼らは、廃ビルが倒壊していく様を目撃し、ある者は叫び、ある者は少しでも遠くに逃げ出し、ある者はスマホを向けた。
車を走らせていた者たち、繁華街から遠征してきた不良たち、このエリアに居を構える市民たち。
彼らは、廃ビルが倒壊していく様を目撃し、ある者は叫び、ある者は少しでも遠くに逃げ出し、ある者はスマホを向けた。
「なぁ、あれ、なんだろ?」
「え、どれ?」
一人の若者が空を指差す。
若者の友人が指の方向にスマホを向ける。
若者の友人が指の方向にスマホを向ける。
「…………人?」
倒壊するビルから、飛び出した二つの影が、落下するのではなく、上へ上昇していく。
一人は鎧を纏い、大剣を担いでいる。
一人はタキシードを纏い、手から紐が伸びている。
月を背景に、二人の魔法少女は空中で相対する。
一人は鎧を纏い、大剣を担いでいる。
一人はタキシードを纏い、手から紐が伸びている。
月を背景に、二人の魔法少女は空中で相対する。
「メンダシウム」
と、ティターニアは言った。
「認めるわ、あんたは——割と厄介な敵だわ」
「おやおや、まだその程度の認識なのかい♦ 随分と自信家じゃないか♡」
「私としても不本意なのよ。——今からたくさんの人に迷惑をかけることになる」
「何をするつ——」
「『マジカル・ストラッシュ』!」
非殺傷設定の極太ビームが地上へ向かって放たれる。
夜の中でもなお輝くその光は見物者の目を光で塗りつぶす。
夜の中でもなお輝くその光は見物者の目を光で塗りつぶす。
「うおっ、眩しっ!」
「ねぇ、何の光? 人体に有害だったりしない!?」
非殺傷設定のマジカル・ストラッシュは、一般人に影響は無い。
倒壊した廃ビルとその周囲は光で覆われ、直撃したメンダシウムは消滅する。
そのまま地面に降り立つティターニア。
倒壊した廃ビルとその周囲は光で覆われ、直撃したメンダシウムは消滅する。
そのまま地面に降り立つティターニア。
「君は一体何者なんだ?」
「映画の撮影? それとも、さっき繁華街で買ったドラッグの幻覚かしら?」
「ははーーん、なるほどこれがバーチャールというやつじゃな」
「君可愛いね、てかLINEやってる? 私の愛玩奴隷にならな——ぐはぁ!」
人込みに混じっていた、新たに出現したメンダシウムの腹部に大剣が突き刺さる。
そのままティターニアは大剣を持ち上げる。
両断したメンダシウムは粒子となって消滅する。
そのままティターニアは大剣を持ち上げる。
両断したメンダシウムは粒子となって消滅する。
「うわぁあああああああ、殺したぁあああああああああっ!」
「でも、消えちゃったわよ」
「ははーん、これがイルミネーションというやつじゃな」
「『マジカル・ストラッシュ』」
横薙ぎに光の大剣を払う。
「うわっ、また眩しい!」
周囲の人間たちは苦情を言うがティターニアは意に返さない。
大剣を一周させた後は、そのまま無造作に斜め後ろに投げつける。
静かに近づこうとしていたメンダシウムは首を刎ねられて消滅する。
それを見届けるティターニアの首に紐が纏わり——その前にメンダシウムの顔を、ティターニアの掌が覆う。
マジカル握力によって顔を軋ませたメンダシウムは恍惚の悲鳴を上げる。
大剣を一周させた後は、そのまま無造作に斜め後ろに投げつける。
静かに近づこうとしていたメンダシウムは首を刎ねられて消滅する。
それを見届けるティターニアの首に紐が纏わり——その前にメンダシウムの顔を、ティターニアの掌が覆う。
マジカル握力によって顔を軋ませたメンダシウムは恍惚の悲鳴を上げる。
「あんた、魔法はまぁ大したもんだけど、同格以上との戦闘経験少ないでしょ。——いい加減、パターンが見えてきたわ」
「……くくく、言葉責めも乙なもんだね♡」
「それに、どう? 片っ端からマジカル・ストラッシュで魔力を消し飛ばしまくってるから、せっかくあんたが、事前に周囲にばら撒いていた魔力が消し飛んで困ってるんじゃない?」
「っ!?」
「言ったでしょ、パターンが見えてきたって。このフロアと隣のフロアと見せかけて、実はビル全部掌握してましたって、展開をやったんだから。次は、ビルだけじゃなく周囲一帯掌握してましたってやっててもおかしくなかったからね。念のため、周囲一帯はマジカル・ストラッシュで殺菌したわ」
「……く、くく、中々やるじゃな」
「あんた、メリアが本体とかくそどうでもいいこと言ってたけれど、本当にくそどうでもいいわよね。
だってあんた、脅威でも何でもないんだから。
あんまり周囲に迷惑かけずに、魔法少女の存在を公に秘密にした状態で戦うと厄介なだけで——その辺の制限取っ払えばどうとでもなるわ」
だってあんた、脅威でも何でもないんだから。
あんまり周囲に迷惑かけずに、魔法少女の存在を公に秘密にした状態で戦うと厄介なだけで——その辺の制限取っ払えばどうとでもなるわ」
「……これは、随分と見くびられたものだね♡ 知っているかい、君が私にかまけている間に、君の仲間がどうなったかを……♠」
「その口ぶりからして生きてるってことよね? 死んでたら、あんたの性格なら死んでしまったと表現するはずだもの」
「……さて、どうだろうね♧」
「図星突かれて誤魔化してんじゃないわよ。まぁいいわ。とにかく、これで『メンダシウムはティターニアより格下』って既成事実は作れたし、もうあんたは用済みね。
次はもう少し強い戦力連れてきなさい」
次はもう少し強い戦力連れてきなさい」
ぐしゃりと、メンダシウムの顔を文字通り『握り潰した』ティターニアはふぅと息を吐く。
(よっしゃ、言ってやった、言ってやった……! ざまぁみろ!)
表情は平静を取り繕いながら、内心で勝利のガッツポーズを決める。市内最強ティターニア。基本的にめちゃくちゃ負けず嫌いである。
(さて、この次の反応は——)
ふ、とティターニアの足場が消失する。
鎧に包まれた体がどこまでも落下していく。
鎧に包まれた体がどこまでも落下していく。
(予想通りだわ。強い魔法少女ほどプライドが高い。キャラをガチガチに固めてる奴ほど、その傾向がある)
メリア・スーザンはメンダシウムの本体ではない、とティターニアは看過していた。
戦闘の中で読めてきたメンダシウムの性格ならば、本体でも何でもない人物を本体と詐称した可能性は大いにある。反運営側の魔法少女を混乱させる魂胆なのだろう。
戦闘の中で読めてきたメンダシウムの性格ならば、本体でも何でもない人物を本体と詐称した可能性は大いにある。反運営側の魔法少女を混乱させる魂胆なのだろう。
(たぶん、本体は別の場所に居る。分身の大元、分身より遥かに強い本体が)
そして今、ティターニアは本体が待ち構える空間に向かって落下していると理解していた。
このままティターニアに勝ち逃げを許すはずがない。
格の違いを見せるために、次は本体自ら向かってくる。
このままティターニアに勝ち逃げを許すはずがない。
格の違いを見せるために、次は本体自ら向かってくる。
(望むところだわ、返り討ちにしてやる)
魔法王に斬りかかることが出来なかった。もしもう少し勇気があれば殺し合いが開始する前に止められたかもしれない。
悔しさを胸に、ティターニアは落下を続け、
悔しさを胸に、ティターニアは落下を続け、
「っ!?」
ガン、と大剣を岸壁に突き刺し、落下を中断した。
眼下に想像だにしなかった光景が展開されている。
眼下に想像だにしなかった光景が展開されている。
(あれって……ガーゴイル?)
身長4メートル程の、悪魔を模した石像。似たようなエネミーは倒したことがある。ティターニアからすれば、大した敵ではない。
それが、大群となってティターニアを待ち構えている。
10や20といった数ではない。
100,200……否、もっともっと多い。
1000,2000……まだまだ足りない。
それが、大群となってティターニアを待ち構えている。
10や20といった数ではない。
100,200……否、もっともっと多い。
1000,2000……まだまだ足りない。
「お、大人げない……!」
「おいおい、勘違いしてもらっては困るよ、ティターニア♦」
一匹のひと際大きなガーゴイルの背に乗ったタキシードの少女が、楽し気に笑う。
「彼らは全て——私の魂を分け与えて生んだ存在さ♦」
「あんたが、本体ってわけね……」
「まぁ、この段階で嘘をつき続けても仕方ないだろうね。そうさ、初めまして、私の名はメンダシウム。ここは、魔法王のお城の一画、私に与えられた塔の内部さ」
「まぁ、この段階で嘘をつき続けても仕方ないだろうね。そうさ、初めまして、私の名はメンダシウム。ここは、魔法王のお城の一画、私に与えられた塔の内部さ」
「え、ここあにまん市の外なの?」
「ああ、安心してくれ。呪いは発動しないように根回しはしている。
鬱陶しい魔力消費倍増の制限も、その他あらゆる制限も解除されている。
互いに本気で——どちらが格上か決めようじゃないか♡」
鬱陶しい魔力消費倍増の制限も、その他あらゆる制限も解除されている。
互いに本気で——どちらが格上か決めようじゃないか♡」
「こ、この負けず嫌いめ……」
(くそっ、煽りすぎたわ……)
だがやるしかない。
ティターニアは剣を引き抜くと同時に、ガーゴイルの軍勢へと斬りかかった。
ティターニアは剣を引き抜くと同時に、ガーゴイルの軍勢へと斬りかかった。