サンファングの後悔 - 魔法少女を集めてバトロワするスレ@ ウィキ

　魔法少女は、安全な仕事ではない。
　元・魔法少女、平瀬アキラは、そのことを痛い程知っている。文字通り、痛みを伴った経験があるからだ。
　魔法少女は、超人である。
　だが、戦う相手——エネミーも怪物であり、戦闘には、常に死がつき纏う。

（なんて、当時は思っていなかったけど）

　浮かれていた面はあったのだろうと思う。
　九歳の時に魔法少女になり、順調に成長を重ね、最初は怖かったエネミーを倒せるようになり。
　魔法少女の常識を理解し、どうすれば無理なくエネミーを倒せるか把握し、仲間との連携を覚え。

　十五歳の平瀬アキラ——魔法少女サンファングは、戦いを作業のように捉えていた。
　相棒の犬上沙奈がトラブルメーカーであり、それの解決に振り回されることの方がよっぽど大変であり、決まりきった雑魚エネミーとの戦闘はよっぽど楽な仕事である。
　そんな風に、思っていた。

　——だから負けた。
　雑魚の中に紛れていた上位個体に気づかず、二人の魔法少女は致命傷を負った。
　犬上沙奈は戦死、平瀬アキラも二度と変身出来なくなった。

　死と隣り合わせの戦いをしていた、という危機意識がすっぱりと抜け落ちてしまったせいなのだろう。
　——よくあることらしい。
　魔法少女でも中堅クラスになってきた者が緊張感を失い、戦死してしまうというのは。
　人間を超えた力を持った所で、所詮中身は十代の少女。
　大人と違い、心は未成熟、人生の経験も浅い。
　仮にアキラが緊張感を持っていれば、上位個体に勝てずとも紛れていることに気づき、逃げることはできたはずだった。

　魔法少女を引退した者の大多数は、二度と魔法に関わらなくなる。
　妖精に頼み、記憶を消してもらう者さえ居る。
　しかし、アキラは違った。

（これで終わっちゃったら、沙奈の……ハスキーロアの死が、無駄になる）

　正直なことを言えば、相棒のことは、人間的にはあまり好きではなかった。
　トラブルメーカー、傍若無人、考え無しの無鉄砲。
　他の魔法少女と喧嘩をしたり、突然魔法の国のダンジョンに潜ったり、一般人に悪戯を仕掛けたり。
　自分が世界の中心であるかのような振る舞いは、協調性を重視するアキラにとって受け入れがたいものだった。

　それでもコンビを組めたのは、アキラに優れた協調性があったことと、ハスキーロアの実力にアキラが敬意を抱いていたからだ。

　いい意味でもわるい意味でも物語の中心人物であるはずの彼女が、何てことのない仕事で死んだ。

　そんな事実は、間違っている。

　だから、平瀬アキラは、あにまん市の魔法少女のサポートに周るようになった。
　戦闘面での支援は出来ない。
　魔法方面の支援（目撃者の記憶処理や戦闘痕の回復）は魔法の国の妖精の仕事だ。
　平瀬アキラの主な仕事は、魔法少女のメンタルケア。
　学生と魔法少女の二重生活に疲れていないか。
　他の魔法少女との人間関係に悩んでいないか。
　戦闘で、緊張感を失っていないか。

　人外である妖精よりも、同性で年齢が近い、元魔法少女のアキラになら、打ち明けられることもある。
　『メンタルをケアできるよ』なんて魔法は持っていない以上、高校二年生で出来る範囲の知識と経験と人格で対応しなければならないため、上手くいかないことは何度もあったが、元々協調性が高い性質だったことが幸いし、アキラは魔法少女のサポーターとしてそれなりの活躍が出来るようになっていた。

　特に気にかけたのは、沙奈の妹である、沙美……二代目ハスキーロアだった。
　まだ幼い彼女は、姉の死を受け入れらえず、留学したと勘違いをしており。アキラはことさら、その間違いを正そうとは思わなかった。
　矯正していいものなのか、高校生のアキラには分からない。そういう判断は、大人に、両親や学校の先生、お医者さんに任せるべきだ。
　ただ、姉の相棒として——姉を守れなかった者として、沙美の魔法少女生活を支えなければならないとは思った。
　悩み事を聞き、分からないことにもアキラの知っている限り教え、時には家庭教師の真似事もしてみせた。

「アキラさん、本当にいい人ですね……まったくもう、お姉ちゃんも見習ってほしいくらい」

「…………うん、私も沙美ちゃんみたいな可愛い妹欲しいなぁ～。沙奈から盗っちゃおうかな～」

「絶対お姉ちゃんどうぞどうぞって言いますよ、私に興味ないですもん。留学先からもラインの一つもよこさないし……たぶん私に興味ないですよ」

「……そんなことは、無いと思うけどなぁ」

『ロアちゃんって、エネミー退治だけは真面目にやるよね。どうして？』

『だって、この化け物がうちの妹に手出したら嫌じゃん。
　沙美を泣かせていいのはうちだけなんだから』

『ぼ、暴君……』

「……沙奈なりに、大切だったと思うよ」

　——そして今。
　二代目ハスキーロア、犬上沙美は意識不明のままベッドに横たわっている。

（…………どうして？）

　亡くなった姉の友人、そして沙美とも仲の良いアキラは、沙美の家族から連絡があり、早朝には病院に辿り着いていた。
　街全体が、おかしくなっていることは、起きてニュースを見て、すぐに気づいた。
　通っている高校では深夜に爆破事件があり、小学生の女の子が重傷で発見された。
　その女の子が、犬上沙美だったのだ。

　どうして沙美が夜の高校に居たのか。
　彼女の親は何も分からない。姉の死も、妖精によって交通事故だったと思わされているのだ。
　混乱する沙美の両親を上手く宥めることも出来ず、少し離れた場所で、アキラは異常事態に混乱することしか出来なかった。

（たぶん、沙美ちゃんはエネミーとの戦いで負傷したんだ……）

　それは、理解できる。
　だが、沙美は沙奈と違い、無鉄砲な性格ではない。
　勝てないエネミーに遭遇すれば逃げるはずだし、常に逃げられる準備を怠らないよう、何度も言い聞かせていた。
　素直な性格の沙美が、無茶をするとは思えない。

（逃げることさえ出来ない程のエネミーが出現した……？
　それこそ沙奈を殺した奴みたいな、あるいは、もっと強い奴が……。
　けど、じゃあそいつはどこに行ったの？）

　沙美は重傷を負ったが、命を落としたわけではない。
　エネミーがとどめを刺さなかった、と考えるのは非現実的だ。
　エネミーに敗北したアキラが今も生きているのは、すぐに他の魔法少女が助けに入ったからである。居合術を使う、凄腕の魔法少女だった。
　きっと沙美を負傷させたエネミーも、他の魔法少女が討伐したのだろう。

　だが、その後の動きが妙だ。
　何故、魔法の国は、妖精たちは、事実を隠蔽しようとしていないのだろう。

　校舎が崩落した夜の学校で九歳児が重傷、など世間が注目するに決まっている。
　今までの魔法の国のやり方ならば、交通事故などで誤魔化していたはずだ。
　校舎の崩落も、一晩で修復していたはずである。

（それだけじゃない……魔法の国が、全然動いていない）

　アキラは、学校を休んでいない。
　学校が、休みなのだ。
　校舎で起きた爆発事故。
　地下鉄で起こった爆破テロ。
　廃病院の大量殺人。
　どう考えても魔法少女絡みの様々な事件が、一切秘匿されずに世間にあるがままに公開されている。

　SNSにはティターニアの戦闘シーンまでアップされており、アキラは眩暈がするかと思った。

（もしかして、魔法の国で何かあったのかな……？）

　魔法の国でとてつもない事件が起こり、あにまん市の隠蔽に手が回っていない。
　否、あにまん市で起こっている様々な事柄も、魔法の国で起こった大事件に関連しているのかもしれない。

　１４年前のオムネグ襲来や、１０年前のデッドマンズ事変でも、騒動は魔法の国だけでなく、あにまん市に及んだと聞いている。

　どちらも１６歳のアキラが魔法少女になる以前の出来事であり、詳細は把握していないが、大規模な混乱があったらしい。

　今回もそのような、魔法の国絡みの騒動なのだろうか。

　そうなら、元魔法少女のアキラに出来ることは何もない。
　——そもそも、今まで何かを為したことがあっただろうか。
　相棒を死なせ、その妹もまた、重傷を負っている。
　沙奈の代わりに守ってあげる、と勘違いをしていた身を、強く恥じる。
　どれだけ安全策を教えようと、どれだけ様々な知識を伝えようと、戦うのは魔法少女で、アキラは見守るだけだ。

（私は、間違っていたのかも。
　沙美ちゃんに、魔法少女なんか、やらせるべきじゃなかったんだ……）

　また、同じ過ちを冒している。
　ちゃんと教えたから大丈夫、ちゃんとサポートしている大丈夫。
　——九歳児に戦わせて、大丈夫なはずがないのに。

　別に、沙美は世界でただ一人の魔法少女ではない。
　世界にはたくさんの魔法少女が居る。あにまん市に限ってもティターニアが居るし、同世代にも抜刀金のような凄腕が居る。
　沙美が戦う必要なんかないのだ。
　そう言って諭すべきだった。——こんな事態になる前に。

　沙奈と沙美の母親が涙を流し、父親が優しく抱きしめている。
　自分は此処に居る資格なんか無い。そう気づいたアキラは、病室から出た。
　沙美が目を覚ました時、魔法少女を辞めるように説得しよう。
　それは、彼女に酷な話かもしれない。
　けれど、本当はもっと早く言わなければならなかった。

　ハスキーロアの姿と名前を受け継いだことに、幻想でも見出してしまったのか。
　自己嫌悪に駆られながら、外の空気でも吸って落ち着こうと、アキラは病院の廊下を歩き——血の臭いがした。

　魔法少女を引退して半年程経っているとは思えない程、アキラの動きは俊敏だった。
　咄嗟に近くの病室に飛び込む。
　そして扉を僅かに開け、訪れる者の姿を確認しようとした。

　——黒騎士、だった。
　髑髏を模した鎧を纏う偉丈夫。
　抜き身の西洋剣は、血で真っ赤に汚れていた。

（エネミー……！）

　魔法少女ではないことは一目で分かる。
　不審者でもないことを。
　濃密な魔力の気配を漂わせる黒騎士は地獄の底から漏れだしたかのような息を吐きながら、ゆっくりと廊下を歩いていく。

「…………ハスキーロア」

（え……！？）

　確かに、この人型エネミーはハスキーロアの名を呟いた。

　エネミーに敗北したハスキーロア。病院に現れ、ハスキーロアを求めるエネミー。

　何が起こっているのかまるで分からないが——犬上沙美が危険だということは分かった。

（沙美ちゃんの病室の方へ向かってる……！
　沙美ちゃんや、ご両親が危ない……！　けど、私に一体何が……）

　本来なら、エネミーの痕跡、あるいはエネミーそのものを発見すれば、妖精を通して、街の魔法少女へ連絡する。

　しかし、今日は何度妖精を呼んでも姿を表そうとしない。

　アキラは、とあるアドレスに電話をかける。
　早口で要件を放すと、すぐに電話を切った。

（駄目、間に合わない……）

　直接連絡した魔法少女が駆け付けるまでどれだけかかるか。
　その間にハスキーロアは殺されてしまうだろう。
　血だまりに沈むハスキーロア。そんな光景は——もう二度と見たくない。

　アキラは、病室から飛び出した。

「そこのエネミー、待ちなさい！」

　黒騎士はゆっくりと振り返る。
　２m近くの肉体。ロングソード。表情を伺えない髑髏。何より纏う雰囲気が、並のエネミーのそれではない。
　かつて、沙奈とアキラが敗北したエネミーに匹敵、あるいは凌駕するかもしれない。

「あなた、病院に何の用？
　今魔法少女を呼んだから、とっとと逃げた方が身のためだよ！」

　これで退いてくれればいい。アキラはそう願った。
　血の臭いから、既に病院で何人も斬っていることは理解できる。到底許せることではない。
　だが、討伐することは、今のアキラには無理だ。否、かつてのアキラでも無理だろう。

　理解する。
　当然だ。人は、エネミーに勝てない。
　魔法少女ではないアキラは、ちょっと協調性が高い只の少女に過ぎない。
　怪物を倒す手段を持ち合わせていない。

　黒騎士は、ゆっくりとアキラに近づいた。
　そして、硬直するアキラに剣を振り降ろす。

　剣は——空を切った。

　黒騎士の側頭部に、アキラの——魔法少女・サンファングの蹴りが突き刺さる。

　黒騎士は崩れることはなかった。だが、驚愕からか動きが止まり、その隙に魔法少女サンファングは敏捷な動きで黒騎士から距離を取る。

　アキラは、魔法少女を引退した。
　怪我の後遺症と、精神的トラウマから、魔法少女の力の大部分を失っていたからだ。

　だが——変身できないわけではない。

　不安定ながらも、変身そのものは可能だ。

（応援が来るまで、私が、こいつを食い止める……）

　倒すことは出来ないだろう。
　だが、時間を稼ぐことならできる。

（もう二度と、ハスキーロアを死なせない……！）

「あなたの相手は、私だよ……！」

　黒騎士——ダークワンはロングソードを構え直す。
　エネミーVS元魔法少女。
　異質な戦いが始まろうとしていた。