Prologue 6 : Dietrich×2

(投稿者:怨是)



 シュバルツ・フォン・ディートリッヒ少佐。生まれは貴族階級。
 幼き頃より、亜人という人と獣の橋渡しとなるような人種の伝説について聞かされ、収集に興味を持った男である。


 時は1944年7月1日朝方、自室にて。
 その彼は待ちに待った“亜人救出作戦”への出発を目前として、嬉しさ半分、複雑な気分だった。



 二人目、三人目の亜人の“救出”がもうすぐ行われる。
 シュバルツが秘密警察の暇な部署に気まぐれで行わせた調査が、ついに実を結んだ。
 調査の結果クロッセル連合王国南端の集落で目撃情報があり、そこへ向かうのである。しかも、今回観測されたのは大人しめな二人だ。
 以前手に入れた亜人は凶暴で臭いのきついものであったが、今度こそは従順で「もふもふ」した子に出会えるに違いない。

 シュバルツが上層部へ申し出た所、技術開発の好機であるとして、速やかな戦力動員が行われた。
 今回は国防陸軍参謀本部による人選らしく、陸軍中心の配分であり、それの監視目的なのか皇室親衛隊からも狙撃兵らしき人物も派遣されるという。

 シュバルツは思案しながら、タイプライター特有のインク臭さや熱のまだ残る文書に目を通す。
 計画書を片手に上層部へ打診するや否や、およそ数十分で作戦概要の文書が届けられたのだ。
 仕事は早いに越したことは無いのだろうが、問題はその人選だった。

「ホント何考えてるのさ」

 今回の作戦の概要はずばり、連合王国南端の集落へ急行し、Gの脅威から未然に救い出すというものである。
 相手はどうやら“かたぎ”の団体ではないらしく、救出の際に根強い抵抗が予測される。
 そこで腕っ節と正義感の強いディートリヒ、そしてそれを率いる陸軍第七機甲大隊――通称ダリウス大隊が起用された。

「確かに“救出”だから、こいつらが一番気合を入れそうだけどさ」

 ディートリヒのみであれば確かに扱いやすかったのだが、一番の問題はこのダリウス大隊を統べる、ダリウス・ヴァン・ベルン少将である。
 “亜人救出作戦”にはそれなりの人員を要するとはいえ、将官クラスまで動員するのはいささか荷が勝ちすぎるのではないか。
 そもそもベルン少将は非人道的な計画には直ちに異を唱える実直な性格で、また妙に勘の鋭い男でもある。
 この作戦も真の目的を知られてしまえば、彼はディートリヒを“そそのかして”裏切り行為に発展するかもしれない。
 そうなってしまえばこちらの計画が潰れてしまう恐れもあるのだ。

 死んでもいない亜人をMAIDに改造するなどという事を、きっと彼らは暴挙と捉えるかもしれない。
 逆にこちらがひどい目に遭って、最悪の場合は亜人を目にする事無くあの世へ飛び立ってしまうかもわからない。

 シュバルツをよく知る周囲の人間ならば、別に彼を責め立てたりはしない。
 “そういう人”や“ちょっと変わった奴”程度の見識を持つ程度である。
 どうせならそういう無関心な人間を起用してくれれば良かったのにと、思えば思うほど溜め息が出た。
 彼らが選定された理由を参謀本部に問い質してみれば『貴殿の神経がか細くない事を祈る』などと云われてつき返されただけだった。

「あいつらこそ化け物だ。イナゴの集まったアバドンみたいなもんだ」

 アバドンは、異国の神話に出てくるイナゴの集合体であり、全てのものを喰らい尽くすというものである。
 シュバルツにしてみれば、彼らの奇妙な団結力はアバドンのそれだった。
 一致団結と云えば言葉は美しいが、そんな美辞麗句の鍍金を剥がしてみれば実情はどうか。
 彼にとってのダリウス大隊は、頭に異を唱える事なく一つのベクトルへと思考を固めたアバドンである。
 脳みそが一つに繋がっているイナゴの集合体である。

 彼らが今のシュバルツの胸中を覗き見れば、きっと烈火のごとく怒りだすに違いない。
 自分達がきちんと物を考えた上でダリウス・ヴァン・ベルンに付いて行っていると、声高に叫ぶに違いない。
 意識しない欠点を指摘されれば人間は誰しも怒るものであるという事に、シュバルツも人並み程度には共感していた。
 しかし、心の底から理解しろと云われても、彼には土台無理な相談である。
 別に僕は怒らない、と。利害にかかわる事さえされなければ、彼にとってはどのような指摘も無害だった。
 だからこそ、この人選は彼にとって“利害に関わる鬱陶しい連中”と映る。
 これからやろうとする事の是非はともかくとして、シュバルツは己のテリトリーにとんでもない闖入者を放り込まれた心地であった。


「……」

 先ほどから気配を消して壁際に立っていたガスマスクの人影が、腕時計を指差しながらシュバルツの傍らに立つ。
 シュバルツのお抱えMAID――スルーズである。

 元々は奴隷だったものをシュバルツが気まぐれに救い出し、彼女はそれを受けて「恩返しをしたい」と自らMAIDに志願した。
 以降紆余曲折あり、現在は専ら私兵として使役されている。他人が“少佐殿の飼い犬”などと云おうと、彼ら二人にしてみればノロマの僻みに過ぎない。

「シュバルツ様、そろそろ出発のお時間です」

「アレ? もうそんな時間?」

「ええ」

「あと五分くらい寝ようと思ったのに」

 そう云ってシュバルツは机に突っ伏しながら、制服の上着を頭まで上げる。
 こういう突拍子も無い言動や奇行が、彼を周囲から浮かせる理由の一つである。
 が、スルーズにとっては既に見慣れた光景であり、また命の恩人である彼の可愛い行動の一つだった。

「かしこまりました。今から丁度五分後に起こしますので。毛布は要りますか?」

「いや冗談」

「左様ですか」

 冗談の通じない彼女ではあるが、ノリが悪いわけでもない。
 そういう素直さがまた、シュバルツが彼女を気に入る理由の一つでもある。

「前回のレオ・パールは止むを得ずザハーラに送り返したが、今回はちゃんと救出できるといいな」

「ええ……」

「いよーし出発だ! 前途多難なのは解りきってるけども、せめて出発だけでもウキウキ気分じゃないとね! ぁーハイ! ハイ!」

 両手に扇子を持ちながら羽ばたくポーズをとり、片足で小刻みに跳ねながらドアを開ける。
 これが彼らの、テンションを上げる儀式である。

「ハイ! ハイ!」

 朝方の小鳥のさえずりに紛れ、彼もまた羽ばたかんとしていた。
 亜人に囲まれた生活という、幼き日々より抱いていた到達点の一つへと。
 そして、愛する恩人の歓喜の表情という、MAIDとしての新たな命を得てから抱いていた到達点の一つへと。



最終更新:2009年02月04日 18:12
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