(投稿者:エルス)
A.D.1944年 6月15日 アルトメリア西部戦線 丘陵地帯
E-トランクのハッチから上半身を出して、周りを双眼鏡で見渡せば広がるのは小高い丘が幾つかと点在する四メートル四方の岩が二三個。
十年前は青々とした草が被っていた筈なんだがな、とブルーノーは溜息をつきながら心中思う。
Gの出す瘴気と繰り返される攻防戦で、今では草どころか生物すら見つからない。
今も、E-トランクを指揮車両とし、この丘陵地帯に4台のM4シェイマン中戦車がE-トランクの100メートル前方で扇形に展開している。
小隊の指揮をするのは何年振りだろうとブルーノーが思い出そうとし、途中で止めた。思い出して楽しい記憶ではないからだ。
不意に、右側だけ耳に付けていたヘッドフォンに通信が入った。
『こちら二番車、ブルーノー少尉、敵はまだでありますか?』
声から察すると20代そこらだろう。無理に畏まろうとしているのが嫌でも分かる。
嫌な予感が頭を過ぎったが、ブルーノーはそれを無視して言う。
「あのなぁ、二番車、そんなに化け物が見てぇなら映画館でも行って来い。フランケンシュタインが存分に見られる」
『は? はぁ……』
「ところで二番車、お前らの訓練期間はどのくらいだ? 実戦経験はあるのか?」
『訓練期間は三週間程度でして、実戦経験はありません』
「むぅ……」
『何か?』
「ん、いや、なんでもない」
一方的に通信を切り、ブルーノーは船を漕ぎ始めたジェイムズに怒鳴った。
「おいジェイムズ!野郎共三週間ぽっちしか訓練してねぇんだとよ!」
「んぁ、へ?何でい、あの新米共か?」
「あぁ、その新米野郎共だ」
「だぁ、畜生。三ヶ月前の新米は確か五週間でしたっけ?ありゃ、短くなってら」
「あのミイラ、次会ったらぶっ飛ばしてやる」
「頑張れよ、ブルーノー」
ウハハハ、と豪快な笑い声を響かせ始めたジェイムズの声から逃げるようにブルーノーはハッチから顔を出し、双眼鏡で地平線を見た。
先ほどまでは無かった。茶色い砂埃と、大きな影が見えた。恐らく、移動中の
ワモンと
タンカーだろう。
ブルーノーの目が細まり、右足でE-トランクの床を思い切り蹴った。
それが合図のように、ジェイムズは飛び起き、アレックスは帽子を被りなおし、デイモンは照準スコープに目を押し付けた。
車内に頭を入れたブルーノーが怒声を挙げる。
「初弾高速徹甲弾! 次弾も同じ!」
「Sir!Yes,Sir!初弾HVAP!」
「全車両に通達!初弾焼夷榴弾!」
『………』
「返事はどうしたこんの馬鹿もんがぁ!」
『さ、Sir,Yes,Sir』
「Gを間近で見てぇ馬鹿野朗以外は俺の合図で主砲を打ち噛ませ!分かったな!?」
『Sir!Yes,Sir!』
全くド新人め、と悪態をつくブルーノーだが、精確な射撃タイミングは見逃さなかった。
シェイマン中戦車に搭載されている75ミリ戦車砲の射程ギリギリに到達したワモンの小群は、何の警戒も無しに砂埃を上げている。
ブルーノーの口元が釣り上がり、唾を飛ばしながら声を張り上げる。
「全車、てぇっ!!」
轟音が響く。四発の焼夷榴弾がワモンの小群の先頭に直撃し、15匹程度が炎で奇声を上げながらもがき苦しむ。
続いてE-トランクの主砲が持ち上がり、ワモンを通り越してその先にいるタンカーに狙いを付けた。
ブルーノーが車内に顔を引っ込め、大声で言う。
「エイミー!主砲を強化しろ!上手く出来りゃご褒美でチョコをやる!」
「さーいぇっさー」
小さな背中が巨体のジェイムズの隣でE-トランク前面の装甲に両手を当て、静かに目を閉じると、ポォっと蒼白い光がエイミーの手から出始めた。
コアエネルギーを消費している証だ。
ブルーノーはまた顔を外に出し、双眼鏡でタンカーを見る。
何が起きたのか理解できてないらしく、不気味なデカイ頭を左右に動かしている。
「そのイカれたスッカラカンの頭を今直ぐに打っ飛ばしてやる……」
ニヤリ、と笑みを浮かべながらブルーノーが呟いた。
そして、その笑みが消えると同時に怒声が響き渡った。
「主砲っ!てぇっ!!!」
重々しい轟音が、荒野に響いた。
最終更新:2009年02月19日 00:56