(投稿者:店長)
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コレは未来ある得るかもしれないお話。
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セントレーア市国、セントヘレナ聖堂。
この日、数多くの教会の関係者らが出席する一大イベントがあった。
マークス助祭と
アリッサとの、人間とメードとの結婚式が執り行われることになったのだ。
賛同者らが多く聖堂へと赴く。その最前の壁には巨大な鋳造の十字架が飾られており、その天井には実に絢爛なステンドグラスで彩られた天使と主の絵があった。
そこから差し込む光に照らされるように、牧師の立つ壇の上には分厚い書物──セントレアの聖書が鎮座している。
その厚み同様の歴史を持つこの聖書はその天井から差し込む光を受けてその古い表皮を鈍い光を放っていた。
数多くの婚礼を祝福したこの聖堂であるが、流石にメードと人間との結婚式を祝うのは今日が最初であろう。
遠い海の向こうではいち早く婚約をしたメードと人間のカップルがいるようであるが……。
その聖書の置かれた壇へと、ゆっくりと歩み行く足音が聞こえる。
ただし、その足音は靴による音ではなく、金属の歩みである。
現れたのは正式な格好をした──
ヘレナだからだ。
花嫁であるアリッサからの願い出があって、急遽牧師を務めることになったのだ。
因みにヘレナが牧師を務めると決まったときに、
テレサが前奏等を引き受けると言い出した。
そしてその約束どおり、テレサは普段見せないようなパイプオルガン捌きを皆の前に披露しているのだ。
──アリッサからお願いされたときは困ったものですが……。
妹であるアリッサの願いを断ることはできないヘレナは承諾し、今日に至るまで
シスター・ベルに進行の仕方等をみっちりと教わったのである。
それでも幾多の戦場に挑むのとは違った緊張が彼女の心臓の拍動を早める。
今日は戦闘用の義手ではなく、儀礼式典に出席するときに用いる通常規格のもの。
妹の一生に一度の晴れ舞台、見事に完結してみせよう……そう壇の前で黙しながら念じて。
結婚式を控え、賛同した一同の半数──つまり花婿側──はあまり着慣れない礼服に身を包んで来る時間を待っていた。
ソレもそのはずで、ここに来た半数はマークスの預かる部隊の隊員の非番の者達や幹部らである。
その最前列に比較的近い席に、彼らは陣取っていた。
「まさか隊長が婚儀を……しかもアリッサ様とはなぁ」
「いうなよ。……だが、よく認めたものだな」
「シスター・ベルの一喝のおかげらしいな。……と、来たぞ」
ティウルケとカリッツァの両名も他に漏れずに黒を基準とした礼服を窮屈そうに身を包んでいる。
その彼らはゆっくりと振り返る。同時にヘレナから、落ち着いた、静かに響く声で告げるのだ。
「一同お起立を。──花婿の入場です」
中央に走る道に沿って、リボンと花とで彩られた道の上に歩くのは純白のタキシードで身を包んだ花婿であるマークス。
マークスがゆっくりと壇の前まで堂々と歩む。それを拍手で迎えていく一同は心からの笑みで祝福していく。
「──続きまして、花嫁の入場です」
荘厳な調べの最中、純白に身を包んだ可憐な白百合が現れた。
純白の
ドレスは花嫁の清らかな肌を包み込み、布と刺繍のみで飾られた最中にほんのりと飾る銀のアクセサリー。
ティアラと薄い白のヴェールに覆われたアリッサの唇には、薄い紅が差されている。ブーケには白をメインとした花が上品に飾られている。
その長いスカートで綺麗な聖堂の赤い絨毯を擦りながら、付き添いであるアガトの手を持ちながら一歩一歩、定められた歩み方で進んでいき、途中でアリッサはアガトの手を離して先を歩む。
──そして差し出されたマークスの手と、代わりに組むのだ。
こうして、牧師役のヘレナの前に、花婿と花嫁が集う。
二人の顔を、ヘレナは暖かい日向のような笑みで見つめた。
「それでは皆様──賛美歌312をご一緒に」
流石は全員が
セントレア教会に携わるだけあって、賛美歌を歌うための歌詞を見るものはいなかった。
テレサの奏でるパイプオルガンの伴奏に合わせて、皆は声を合わせて歌う。
今日を祝うために。眼前の新しき夫婦となる者たちを文字通り賛美するために。
──慈しみ深き、友なるレーアは。
罪とが憂いを 取り去りたもう。
こころの嘆きを 包まず述べて。
などかは下ろさぬ 負える重荷を。
慈しみ深き 友なるレーアは。
我らの弱気を 知りて哀れむ。
悩み悲しみに 沈める時も。
祈りにこたえて 慰めたまわん──Amen。
静かに引いていく余韻を待ち、ヘレナは眼前に二人以外に着席を促す。
そして聖書を、捲っていく。
「……完全な信仰を持っていても、愛が無いなら何の値打ちもありません。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません」
聖書に記された聖句、その一つを取り上げて唱える。
セントレア教の精神を伝える、かの者への第一の手紙という題である。
マークスとアリッサに、これより夫婦となる者たちに送る言葉。
「愛は自慢せず、傲慢にならず。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。
全てを我慢し、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍びます。
愛は決して耐えることがありません。
こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛です。
その中で一番優れているのは愛です。
愛を追い求めなさい──。貴方方に祝福があらんことを、Amen」
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最終更新:2009年02月21日 21:24