小さすぎる希望

(投稿者:エルス)




「そいで、あの幼女は我々が犯って良いんですかね?」

 基地にずっといる曹長が私に尋ねる。言葉が口から出るたびに酒と煙草の臭いが混じった気持ちの悪い臭いがする。
 軍服はだらしなく、発言も軍人とは思えない。
 私はコイツが嫌いだ。

「あぁ、勝手にして良い。犯すなり傷つけるなりすれば良い」
「ヘイヤァ!!伝えときますぜぇ、"スミス"大尉さんよぉ!!」

 妙なテンションで駆けてく曹長の背中に、愛用のコルトンM1911A1を向ける。
 心臓にポイントされた銃口は微動だにせず、曹長が司令所から出て行くまで揺るがなかった。
 少ししてから、馬鹿な自分が居る事に気が付いた私は上げていた右手を下げた。
 白銀色に光るスライドをしばし見詰め、自分の道が間違いでないことを再確認する。
 1933年の7月30日に、私は『亜黒人解放戦線』と名乗る民兵組織討伐に駆り出された。
 軍曹だった私は一歩兵分隊を率いて、戦った。
 彼らは元々アルトメリアに住む者達の子孫だと主張しているが、そんな事はどうでもいいのだ。
 我々は戦い、死に、傷つき、涙しながらも戦った。
 そして8月3日。奮戦していた私の分隊は、亜人と黒人の突撃でほぼ壊滅した。
 斧で頭を割られた者、首を掻っ切られた者、槍で刺された者、銃で撃たれた者、惨殺された者、色々だった。
 生き残った者は臭いを消す為に河を渡り、一週間近くあてもなく歩いた。
 12人いた分隊員が、3人にまで減った。それ以来、私はこう思っている。
 亜人や、肌に色の付いた猿は、下劣な下等生物に過ぎないのだ。
 部下の遺品であるこの45口径がそう言っている。
 白銀のスライドが、装填された鉛弾が、言葉を話さずともそう告げている。
 再び歩く。ドアを開け、椅子に座る。
 何と無く窓を開ければ、赤い夕方の風景に少女の悲鳴が木霊していた。
 次に男の下劣な笑い声が響き、旧兵舎のほうでブルーノーの怒声が弾ける。
 開かなければ良かったなと、心中愚痴り、溜めてしまっていた書類を機械的に処理する。
 下らない仕事だ。何をしているのだかすら、たまに忘れてしまう。
 時間という概念も、苦痛などという感情すらも、全てを忘れてしまう。
 この補給基地は、言わば牢獄だ。
 その牢獄から、私は出られるのだろうか?
 答えは返ってこない、誰も聞いてはくれない。
 分かりきった事だった。





 少尉が静かになってから、すでに……いや、時間は分からない。
 時間という概念が無くなったかのように、何時間も過ごしている気がする。
 エイミーの尋常ではない悲鳴が聞こえ、そして聞こえなくなった。
 私は何も出来ない拳を見詰め、ただ泣いた。
 この手には力が無い、あまりにも無力だ。
 たった、たった一人の少女すら救うことが出来ない。
 戦うための武器すらなく、ただその苦痛を耳にするだけ。
 何も、何も出来はしないのだ。
 ただ啜り泣き、起きるかもしれない奇跡とやらを待つしかないのだ。
 奇跡……そう、奇跡だ。
 アルトメリア連邦軍が組織した『サーペント部隊』のような、奇跡が起これば、私も戦える。





  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そこで気付いた。



 所詮私は、何かが起こるのを待っているだけだと。
 同時に、何かが起きて、自分が危険に晒されるのが嫌なのだと。
 心の何処かで、私はそう思っている私に気付いた。

  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。

 頭の中で、エイミーの声で、ソレが再生される。

「何故助けてくれなかったの?」

 それに対して、ただ私は謝るだけだ。

「ごめんなさい」

 と、私は独り言を呟いた。

「何、謝る事は無いさ」

 顔を上げれば、黒髭を生やしたデイモン軍曹が微笑んでいた。
 本人曰く生まれながらの老け顔で、部隊内で一番暖かそうな人物だ。
 軍曹は座っている私の両肩に手を置き、目を合わせて言った。

「君はエイミーを護ろうとしていたじゃないか、立派だ。私らはただ捕まってただけだ」
「しかし……私が武器を持ってさえいれば…」
「武器なんぞ持つもんじゃない、お前はお前で良いんだ。なぁ、少尉」
「ん。あぁ、そうだぞ技術屋。お前が銃持ったら怖くて前向けねぇしな!!」

 さっきまで静まり返っていた少尉が笑顔になると、その場の空気が軽くなったような気がした。
 他の二人も、少尉に合わせて笑っている。
 私も笑おうかと思ったときに少尉が笑いを止めた。

「あぁ、そういえばよぉデイモン」
「何だ?」
「弾が抜けねぇで入ったまんまだと思うんだがよ、どうすっか?」
「放っておけ、心配ならナイフとフォークと拳骨を使って取り出してやる」
「おぉよ、取り出してくれ」

 随分と軽いのりで自分の事を決めてしまうのは、少尉の性格なのだろうか。
 その性格ゆえに、私や少尉の部下達が救われているのは、言うまでも無い事だ。


 私は、希望が見えた気がした。
 小さすぎる希望かもしれないが、暗闇の中の蝋燭ほど、暖かく感じられる物は無い。
最終更新:2009年03月11日 00:01
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