(投稿者:エルス)
A.D.1944年6月16日 アルトメリア西部戦線 後方
補給基地 時刻22:00
乾いた銃声が響いた時、私には何が起きたのか理解できなかった。
閉じられていた扉が開き、スミス大尉の顔が見えた瞬間、ジェイムズ上等兵がタックルを仕掛け、そして銃声が響いたのだ。
その軽い銃声は拳銃のもので、スミス大尉のコルトンM1911A1の銃口からは硝煙が上がり、床に落ちた薬莢がたてた短い金属音が頭に木霊した。
ジェイムズ上等兵は、バランスを崩し、そのまま壁に激突し、バキリと嫌な音をたて、床にずり落ちて静止した。
首が、おかしな方向に曲がって、左側面のこめかみから、小さく出血しているのが、見えた。
「おや、おやおや、死んでしまったようだ」
スミス大尉が抑揚の無い声で言う。
少尉が血管を浮かび上がらせ、唾を吐き散らしながら怒声を上げる。
「っ!!てんめえぇぇ!!何したか分かってんのか!?この糞ミイラ野郎があぁぁ!!」
「おっと、動かないでもらいたい、私はアルフレッド技術少尉と話がしたいだけなんだよ」
何を言っているのか、私には分からなかった。スミス大尉が私と話があると言っているのか?
でも、ジェイムズは?何時も陽気で、エイミーや少尉と笑っていた、ジェイムズは?
死んだ、死んだのか。こんなにも呆気なく、容易く、死んだのか。
馬鹿な、そんな何で?ジェイムズは、彼は何も、悪い事はしてないのに。
「付いて来てもらうよ、アルフレッド君」
左腕を無理矢理引っ張られ、引きずられるようにして部屋から出た。
旧兵舎から出たとき、私は彼の右腕を跳ね除け、自分の力で立ち、スミス大尉を睨みつけた。
そして私の人生中一番大きな怒声を上げた。怒声だ、通常の大声ではない。
「ふざけるな!!」
「?」
司令所から漏れる明かりが、スミス大尉のガリガリに痩せた横顔を映し出す。
それはまるで、墓場から這い出てきた骸骨のように白く、骨のラインがよく見えている。
その顔に、似つかわしくない宝石のような碧眼と白と金の合間の色をした髪が付着している。
私は、こいつを殺したいと思った。
「アンタが・・・・・・アンタがあぁ!!」
「まぁ待て、ここで話すべきではない、司令所で話そう。ゆっくりとな」
スミスは私に背を向けて歩き出した。
今ここで殴り倒す事も出来る、だがそれは賢明な判断ではないだろう。
司令所という密室空間なら、誰に見られることも無く、スミスを殴り殺す事が出来る。
私は司令所のドアを開け、スミスの部屋に入った。
目が痛くなるほどに白い部屋だ。
「さて、改めてこんばんは、アルフレッド技術少尉」
私は唇を噛締めた。唇が裂け、血の味が口の中に広がる。
手を顎の下に置き、無表情でスミスが私を見ている。
「私は君が嫌いではない、だから話し合おうと、そう思ってね」
スミスが薄ら笑いを浮かべる。何が、何がおかしいんだ?
何が、何が、一体何が?
「話したい事は一つだ。そう・・・たった一つ、たった一つだ。実に簡単で単純、そして手のこんだ人形劇の事だよ」
「人形劇?」
「そう、今ここで上映している人形劇。主演は君と化け物にブルーノー、監督はこの私だ」
何を言っているのか、私にはさっぱり分からない。コイツは何を考えている?
私には、永遠に理解できないことのように思えた。
いや、理解する必要が無い事だ。
「さぁ目的は何だ?さぁ何故何故?・・・・・・今の君はそう考えている、だろう?」
「この羊野郎がっ・・・・・・」
「ふむ、まぁ良い、当然と言えば当然だ。適当に聞いていてくれ、どうせ私の気紛れなのだから」
気紛れ?だったらコイツは気紛れで人を殺すんだろう。
呆気なく、簡単に。人を殺す。
私は憤怒を覚えながら、こう思った。
人の命が尊いと言った奴は、人が呆気なく死ぬ瞬間を見てない馬鹿な奴だ。
最終更新:2009年04月01日 19:25