ここは、何処なのだろうか…
真っ暗だ…何も見えない…
声が聞こえてくる…少女の声か…?
私には『何故』と問う事も許されなかった。
ただ、『命令』のままに『敵』と戦い、滅ぼし、傷つく。
私が何かを望む事は許されなかった。
私は、私が生まれた事を呪った。
世界中で、私のような存在は生み出されているらしい。
不幸なのは私だけじゃない…。
不幸の元凶は、私達を生み出した人間達…。
何故、人間の為に私が、私達が命を賭けねばならないの?
私達が戦う理由…人の為に命を賭けるのって、一体何故なのだろう…。
…この声には聞き覚えがある…そうか、私が喰らったあの少女か…。
何故、か…もしかすると、その疑問を口に出せるのは、幸せな事なのかもしれないな…。
言葉を聞いている内に、私はゆっくりと目を開ける。
ああ、成る程、私は眠っていたのか…。
ならば、これが夢という奴か…初めて見るな。
いや、だが、これはコアの記憶なのか?
いずれにせよ、これは初めての体験だな。
私はその場を立ち上がる。
ここは、ザハーラ。
今、私の目の前には、一面の砂漠が広がっている。
ここに、オリノはいるらしい。
私が彼女を喰らった後、私はその先で撤退する人間どもに追いついて皆殺しにした。
コアから放たれる人間への激しい憎悪のままに、私はその力を存分に振るった。
…コアに刻まれた憎悪の理由が、今日、少しだけ分かった気がした…。
…おっと、話が本題から逸れる所だった。
私が彼…オリノと出会ったのはその直後の事だ。
彼は私にコアエネルギーの使い方を教えてくれた。
彼は私に言った。「お前も自分で己が答えを探すが良い」と。
その時は、私にはその言葉の意味は分からなかった。
だが、今となっては彼が言った言葉はこういう意味だったのか、と、得心が行った。
コアを取り込む前は、本能のままただ戦うだけだった。
だが、コアを取り込んでからは、それそのものに対する疑問を抱く事になった。
成る程、自分で考えて行動する必要があるのだな、コアを取り込んだGは…。
Gの群れを逆走しながら、オリノを探す。
「誰かをお探しかね?」
自分の斜め上、砂が盛り上がって丘のようになっている方から声が…我らの言葉での声が聞こえる。
ん?どこかで聞いた声だが…。
私は、その方向を見た。
…あ。
その黒い鎧のような甲殻、まるで人間で言うクローのような腕…見間違うわけが無い。
「オリノ!」
「リード君、まさか君がここに来ているとは思わなかったよ!」
何故高い所に立っているのだろうか?私は少し疑問に思った…が、何となく彼らしいと感じたので、敢えて訊かない事にした。
「とうっ!」
妙に芝居がかったかけ声とともに、オリノが私の隣に着地する。
「で?私が見るに、君は誰かを探している様子だったのだが?」
オリノが尋ねる。
「オリノ、お前を探してここまできたのだ」
「ほう、私を探してきたのか…何があったのだね?」
どうやら、私の言葉で何かを悟ったらしい。
…何を悟ったのかは定かではないが。
「…私は、『何故』という問いに取り憑かれてしまったらしい」
私は、ここまで来た経緯を説明した。
「…成る程、何があったのかは理解できた…君は説明が上手いな」
褒められたのか?
「これは、褒められた、というのか?ならば、礼を言っておく」
「何、事実をありのままに返しただけさ…。
…さて、君から聞いた経緯を考えた上で、だ。
君は何のために私に会いに来たのかね?」
「奴の力の正体が知りたい。情報があったら教えてほしい。
…それと、私は人間についてあまりに無知だ。感情についてもな。
私よりの長く生きている者に知恵を求めるのが、最大の近道だと思ってここに来た」
私は、躊躇い無く答えた。
「成る程、確かにそれは私の専門だな…ついてきたまえ、まずは私の住処に行こう」
オリノが歩き出す。
答えが早い。私は少し安心した…気がした。
オリノはあの頃と何ら変わっていない。
そして、彼からは私が人間から感じた『何か』を感じないのだ。
濁ったものを感じない、それが何を意味するのかは分からない。
しかし、私はそれを感じ、安心している…私にも分からない。
人間は、その『何か』を感じて不安になったりはしないのだろうか?
…!
そうだ、奴からも…そう、竜式からもその『何か』を感じなかった。
私は、奴からは別の『何か』を感じた。
それが、私が勝てないと感じた理由…今、理解できた。
しかし、相変わらずその何かの正体は分からない。
…そうだな、今は考えるのは止そう。オリノの住処につくまでは、移動に専念するとしよう。
暫く行くと、人間の住居の廃墟が見えてきた。
オリノの住処はそこなのだろうか?
廃墟の中の、一つの家にオリノは私を招きいれた。
「…人間の『家』というものは、中々に機能的で興味深いものだ」
私が気になったのは、家の構造ではなかった。
「一面に張られているこれは?」
一面に、何やら、メード等のポスターが張られている。
「いや何、美しいものを集めるという行動に、人間やメードやGの垣根は無いのだよ」
「…良く分からんが、そういうものなのか?」
…少し思い出してみる。
このポスターのメード達が『美しい』というのならば、私が捕食したメードは…
白に近い水色の髪の少女だったな…少なくとも、このポスターのメード達に引けは取らないだろう。
「…私が捕食したメードも、この判断基準で行くならばかなりのものだったと判断する」
…だが、何故私はこのような事に対抗心を燃やしているのだろうか…。
「ほう、それは素晴らしい…しかし、事情は君に最初に会った時に聞いている。
…美しいものを傷つける人間の愚かしさには、改めて憤りを覚えるよ、私もな…」
ふと目をやる。部屋の隅に書庫がある。
そういえば、私は人間の言葉が読めるのだろうか?
「あれは?」
私が、その書庫を指差して尋ねる。
「私の仲間には、人間に擬態して人間社会に入り込んでいる者もいる。
ポスターも、その本も彼らに頼んで調達してきてもらったのだよ」
「成る程な…少し読ませてもらって良いか?」
「勿論だとも」
私が手に取ったのは『月間
ルフトバッフェ』という題名がついた雑誌だった。
隣にも、『エントリヒ通信』や、『グランシャリオの読むラジオ傑作選』等の興味を引く題名の本がある。
…これを読み終わったら読んでみよう。
ああ、字は読めるのだな。これはコアに刻まれた記憶なのだろうか?
「…メード達の個性が良く分かる。成る程、色々と楽しくやっているらしいな」
表の世界と裏の世界…私や彼女が見てきたのは裏の世界だけか。
「人間世界というのも、随分と分かりにくいもののようだな」
「ああ、我々Gの世界よりも遥かに複雑だよ…厄介な事だ…」
オリノは、ため息をついた。しかし、その直後何かを思い立ったように歩き出す。
「…そうだ」
…何だ?
「少し本でも読んで待っていたまえ」
オリノが、少し離れた所にある『何か』の前に立つ。
何かの下にある引き出しが開かれ、そこには無数の『剣』のようなものがある。
「オリノよ、それは何だ?」
「人間が使う『包丁』というものだ。人間はこれを使って『料理』という行為をする」
「料理…」
オリノの二本の腕が分かれて四本になる。
四本の腕それぞれに包丁が握られている。
「そして、その料理という行為をする聖域こそ、この『台所』なのだよ」
そう説明するオリノは、どこか得意げだった。
何だ?あの肉片は。
『台所』なる場所に置かれた肉片。恐らくは牛か豚だろう。
オリノが、包丁なる刃を使って、その肉片を巧みに切り分ける。
他にも色々な材料を使って、数十分後に私の目の前には、今まで見たことの無い食べ物が存在していた。
いや、正確に言えば、その元となっているものを私は知っている。
しかし、これは初めて見る物だ。
四角く切り分けられた幾つもの肉の上に、野菜が基になっているのだが、原形を留めていない液体がかけられている。
これが『料理』と言う行為…単なる肉片と野菜やら何やらが、こんなものになるとは…。
「これは、人間の作る『サイコロステーキ』なるものだ…まぁ、食べてみたまえ」
「了解した」
それを口に入れる。
そして、次の瞬間…
世界が、変わった。
「何という、何という素晴らしい味だ…これを、これを人間が考案したと言うのか…!!!」
私は、その味に感動していた。
何よりも、今はまず、この感動を、噛み締めていたいと思った。
続く
二話目はオリノ登場です。
そして、何やら馬鹿な事をやっていますが、まぁ、彼らは基本的にこういうのんびりな人たちです。
…真面目になると強いんですがね。
しかし、この温かさこそが、リードにとっては進化の足がかりになっていくんです…。
最終更新:2009年04月22日 23:59