第一話 オリノという男

ここは、何処なのだろうか…
真っ暗だ…何も見えない…


声が聞こえてくる…少女の声か…?


私には『何故』と問う事も許されなかった。
ただ、『命令』のままに『敵』と戦い、滅ぼし、傷つく。
私が何かを望む事は許されなかった。

私は、私が生まれた事を呪った。
世界中で、私のような存在は生み出されているらしい。
不幸なのは私だけじゃない…。
不幸の元凶は、私達を生み出した人間達…。
何故、人間の為に私が、私達が命を賭けねばならないの?
私達が戦う理由…人の為に命を賭けるのって、一体何故なのだろう…。


…この声には聞き覚えがある…そうか、私が喰らったあの少女か…。
何故、か…もしかすると、その疑問を口に出せるのは、幸せな事なのかもしれないな…。

言葉を聞いている内に、私はゆっくりと目を開ける。

ああ、成る程、私は眠っていたのか…。
ならば、これが夢という奴か…初めて見るな。
いや、だが、これはコアの記憶なのか?
いずれにせよ、これは初めての体験だな。

私はその場を立ち上がる。

ここは、ザハーラ。
今、私の目の前には、一面の砂漠が広がっている。
ここに、オリノはいるらしい。

私が彼女を喰らった後、私はその先で撤退する人間どもに追いついて皆殺しにした。
コアから放たれる人間への激しい憎悪のままに、私はその力を存分に振るった。
…コアに刻まれた憎悪の理由が、今日、少しだけ分かった気がした…。

…おっと、話が本題から逸れる所だった。

私が彼…オリノと出会ったのはその直後の事だ。
彼は私にコアエネルギーの使い方を教えてくれた。
彼は私に言った。「お前も自分で己が答えを探すが良い」と。
その時は、私にはその言葉の意味は分からなかった。

だが、今となっては彼が言った言葉はこういう意味だったのか、と、得心が行った。
コアを取り込む前は、本能のままただ戦うだけだった。
だが、コアを取り込んでからは、それそのものに対する疑問を抱く事になった。
成る程、自分で考えて行動する必要があるのだな、コアを取り込んだGは…。

Gの群れを逆走しながら、オリノを探す。

「誰かをお探しかね?」
自分の斜め上、砂が盛り上がって丘のようになっている方から声が…我らの言葉での声が聞こえる。
ん?どこかで聞いた声だが…。
私は、その方向を見た。

…あ。

その黒い鎧のような甲殻、まるで人間で言うクローのような腕…見間違うわけが無い。
「オリノ!」
「リード君、まさか君がここに来ているとは思わなかったよ!」
何故高い所に立っているのだろうか?私は少し疑問に思った…が、何となく彼らしいと感じたので、敢えて訊かない事にした。
「とうっ!」
妙に芝居がかったかけ声とともに、オリノが私の隣に着地する。
「で?私が見るに、君は誰かを探している様子だったのだが?」
オリノが尋ねる。
「オリノ、お前を探してここまできたのだ」
「ほう、私を探してきたのか…何があったのだね?」
どうやら、私の言葉で何かを悟ったらしい。
…何を悟ったのかは定かではないが。
「…私は、『何故』という問いに取り憑かれてしまったらしい」

私は、ここまで来た経緯を説明した。

「…成る程、何があったのかは理解できた…君は説明が上手いな」
褒められたのか?
「これは、褒められた、というのか?ならば、礼を言っておく」
「何、事実をありのままに返しただけさ…。
…さて、君から聞いた経緯を考えた上で、だ。
君は何のために私に会いに来たのかね?」
「奴の力の正体が知りたい。情報があったら教えてほしい。
…それと、私は人間についてあまりに無知だ。感情についてもな。
私よりの長く生きている者に知恵を求めるのが、最大の近道だと思ってここに来た」
私は、躊躇い無く答えた。
「成る程、確かにそれは私の専門だな…ついてきたまえ、まずは私の住処に行こう」
オリノが歩き出す。
答えが早い。私は少し安心した…気がした。

オリノはあの頃と何ら変わっていない。

そして、彼からは私が人間から感じた『何か』を感じないのだ。
濁ったものを感じない、それが何を意味するのかは分からない。
しかし、私はそれを感じ、安心している…私にも分からない。
人間は、その『何か』を感じて不安になったりはしないのだろうか?

…!

そうだ、奴からも…そう、竜式からもその『何か』を感じなかった。
私は、奴からは別の『何か』を感じた。
それが、私が勝てないと感じた理由…今、理解できた。
しかし、相変わらずその何かの正体は分からない。

…そうだな、今は考えるのは止そう。オリノの住処につくまでは、移動に専念するとしよう。

暫く行くと、人間の住居の廃墟が見えてきた。
オリノの住処はそこなのだろうか?
廃墟の中の、一つの家にオリノは私を招きいれた。
「…人間の『家』というものは、中々に機能的で興味深いものだ」
私が気になったのは、家の構造ではなかった。
「一面に張られているこれは?」
一面に、何やら、メード等のポスターが張られている。
「いや何、美しいものを集めるという行動に、人間やメードやGの垣根は無いのだよ」
「…良く分からんが、そういうものなのか?」
…少し思い出してみる。
このポスターのメード達が『美しい』というのならば、私が捕食したメードは…
白に近い水色の髪の少女だったな…少なくとも、このポスターのメード達に引けは取らないだろう。
「…私が捕食したメードも、この判断基準で行くならばかなりのものだったと判断する」
…だが、何故私はこのような事に対抗心を燃やしているのだろうか…。
「ほう、それは素晴らしい…しかし、事情は君に最初に会った時に聞いている。
…美しいものを傷つける人間の愚かしさには、改めて憤りを覚えるよ、私もな…」

ふと目をやる。部屋の隅に書庫がある。
そういえば、私は人間の言葉が読めるのだろうか?
「あれは?」
私が、その書庫を指差して尋ねる。
「私の仲間には、人間に擬態して人間社会に入り込んでいる者もいる。
ポスターも、その本も彼らに頼んで調達してきてもらったのだよ」
「成る程な…少し読ませてもらって良いか?」
「勿論だとも」
私が手に取ったのは『月間ルフトバッフェ』という題名がついた雑誌だった。
隣にも、『エントリヒ通信』や、『グランシャリオの読むラジオ傑作選』等の興味を引く題名の本がある。
…これを読み終わったら読んでみよう。
ああ、字は読めるのだな。これはコアに刻まれた記憶なのだろうか?
「…メード達の個性が良く分かる。成る程、色々と楽しくやっているらしいな」
表の世界と裏の世界…私や彼女が見てきたのは裏の世界だけか。
「人間世界というのも、随分と分かりにくいもののようだな」
「ああ、我々Gの世界よりも遥かに複雑だよ…厄介な事だ…」
オリノは、ため息をついた。しかし、その直後何かを思い立ったように歩き出す。
「…そうだ」
…何だ?
「少し本でも読んで待っていたまえ」
オリノが、少し離れた所にある『何か』の前に立つ。
何かの下にある引き出しが開かれ、そこには無数の『剣』のようなものがある。
「オリノよ、それは何だ?」
「人間が使う『包丁』というものだ。人間はこれを使って『料理』という行為をする」
「料理…」
オリノの二本の腕が分かれて四本になる。
四本の腕それぞれに包丁が握られている。
「そして、その料理という行為をする聖域こそ、この『台所』なのだよ」
そう説明するオリノは、どこか得意げだった。
何だ?あの肉片は。
『台所』なる場所に置かれた肉片。恐らくは牛か豚だろう。
オリノが、包丁なる刃を使って、その肉片を巧みに切り分ける。
他にも色々な材料を使って、数十分後に私の目の前には、今まで見たことの無い食べ物が存在していた。
いや、正確に言えば、その元となっているものを私は知っている。
しかし、これは初めて見る物だ。
四角く切り分けられた幾つもの肉の上に、野菜が基になっているのだが、原形を留めていない液体がかけられている。
これが『料理』と言う行為…単なる肉片と野菜やら何やらが、こんなものになるとは…。
「これは、人間の作る『サイコロステーキ』なるものだ…まぁ、食べてみたまえ」
「了解した」
それを口に入れる。

そして、次の瞬間…



世界が、変わった。




「何という、何という素晴らしい味だ…これを、これを人間が考案したと言うのか…!!!」



私は、その味に感動していた。
何よりも、今はまず、この感動を、噛み締めていたいと思った。



続く


二話目はオリノ登場です。
そして、何やら馬鹿な事をやっていますが、まぁ、彼らは基本的にこういうのんびりな人たちです。
…真面目になると強いんですがね。
しかし、この温かさこそが、リードにとっては進化の足がかりになっていくんです…。
最終更新:2009年04月22日 23:59
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