(投稿者:店長)
グリーデル王国、王城。
立憲君主制国家となった王国において、王城の意味することは瑛語が話せず、閣議に出席しなかった王が在った時より変わらない。
君臨すれども統治せず
その王が住まう場所である。最も、この城の主たる王はまだまだ若さの残る女子高校生ぐらいの年齢であるが、議会の腐った部分の老翁よりは優れた頭脳の持ち主でもある。
ユピテリーゼ一世こと、ユピテリーゼ・ラ・クロッセル。
そんな彼女の日課は、狭苦しい城から抜け出しては人々の顔を見ることだ。
その途中で困っている者がいれば、持ちえる正義感によって動く。
自力で解決できなければ、解決できる能力を持つものに当たらせる。
出来る出来ないを判断し、出来る者を扱う。
まだまだ社会的に幼いと言われる彼女だが、もう既に国を始めとする大型組織のトップになる資質は備えていた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、オットー。いつも以上の追い込みだったわね」
今先ほど、もう一人の自分……自称中流貴族の跡取り娘の
ユピテルから、王城に住まう君臨者ユピテリーゼ・ラ・クロッセルとなって眼前の老執事に微笑を浮かべ──無論皮肉である──言葉を吐く。
彼女を連れ戻すべく派遣される黒服の者。彼らは王家に仕える護衛なのだ。
そして眼前の老執事こそ黒服の者達の長であり、嘗ては軍人として名を馳せた英雄でもあった。
社会的には引退しているものの、その影響力は未だに衰えていない。
普段はユピテリーゼの皮肉に同じように微笑を浮かべながら流すのだが、今回ばかりは老執事の表情は歪まない。
そしてユピテリーゼも鈍くはない。
咄嗟に皮肉の微笑みから真剣な目つきに、女王としての凛々しい表情になりながら尋ねた。
「……緊急のようね」
「左様にございます。こちらを」
ユピテリーゼに手渡される手紙。
しっかりと蝋で封印されたそれを同時に渡されたペーパーカッターで開け、中身を取り出す。
長い空色の髪の毛を一度だけ払い、凝視しはじめた。
メード、
エルフィファーレの離反。その裏に隠された軍情報部第7課の暗躍。
生きて戻る事の許されない彼女に下された命令。
最後に記されているのは、その彼女に下された命令を撤回させて助けて欲しいという切実な願いの言葉。
「なるほどね。裏でそんなことがあったの……」
己の頭髪よりも蒼い瞳に、義憤と決意の色が映える。
もしも、自分の親しい友人に死んで来いと命令されたらという想像が過ぎる。
ユピテルとしての自分と親しいメードの友達である
ライラ、彼女がエルフィファーレというメードと同じ立場に立っていたらと思う。
──許せるわけ、ないじゃない。
あの無邪気で愛くるしい、あの笑顔が奪われる。
それも犯罪者の烙印を押され、冤罪であるのに歴史に記録される。
ユピテリーゼはそんな曲がったことが大嫌いだ。
──けど、私じゃ手出しできないわね。……少なくとも私では。
ならば、手出しできる人物らに”お願い”すればいいのだ。
それが出来る立場に、ユピテリーゼはいる。
「オットー、すぐにアーラン・ブルック元帥へ電話を繋げなさい」
「畏まりました」
アーラン・ブルック陸軍元帥。
現在の王国陸軍のトップにいる人物であり、クロッセル連合の数少ない元帥の地位にいる人物。
初老に差し掛かっている年齢だが、初期のGとの戦闘における奇跡的な撤退戦と戦線構築の実績を持つ隠れた英雄だ。
そしてプライベートな面で、彼との面識がある。
──ブルックの御爺様なら、止めてくれるわ。それでもダメなら片っ端から当たるしかないわね。
オットーと呼ばれた老執事が受話器を持ってくる。
さあ、ユピテリーゼとして果たすべき義務を果たそう。
「──ごきげんよう、ブルックの御爺様」
☆
クロッセル連合陸軍総司令部。
その中にあるアーラン・ブルックの執務室に、二人の老人がいた。
共に勲章や認識章によって彩られた軍服を身に纏っており、老人ながらも堅牢で力のある雰囲気を出している。
一方は来賓席で、受話器を受け取って会話している様子を真剣な表情で眺めていた。
「──はい、それでは」
がちゃり、と受話器を下ろした老紳士は執務机の引き出しに入れてあった葉巻を取り出す。
一緒に取り出したカッターで先端を切断し、切り口にマッチの火で炙る。
茶色の筒がジジジと音をたてて、紫煙がゆっくりと広がっていく。
「……お嬢からかね?」
「ああ、まったく……コネの広さは随一だな? ゴドウィンの倅は」
二人は控えめに笑った。草臥れた、老人の笑顔というやつだ。
自分達にも、ユピテリーゼよりも以前に連絡が回ってきたのだ。
そもそも、彼らに軍情報部第7課の情報を回したのはこの老人達だ。
ゴドウィンとハードも含めた彼らは親友同士であった。利口な軍人同志で笑い合い、語り合い、互いに頭の固い部分を補い合っていた。
階級が階級だけに全員が顔を見せるのは稀な事だったが、それでも四人は堅い友情で結ばれた戦友だった。
マクスウェルはそんな中でゴドウィンが気に入り、自分の後継だと紹介した、まさに親友の可愛い息子のような位置づけにあったのだ。
もっとも、その頃のマクスウェルは今に比べてまだまだ軍規に固い一将校だったのだが。
「
アーサーよ……どうして老人は死にづらいのに、若者はこうも早く死んでいくのだろうな?」
メード然り、教育担当官然り、兵士然り。
将来を期待され、優秀な人格と能力を持った若者ほど、早くこの世を去っていく。
そして残されるのは何時だって湿気た老人だ。有能で経験豊富な老兵よりも無能で世間体を気にする老害とも言える者共が、若い者の代わりに死ねば良いのだと四人は語り合っていた事もあった。
彼らより若干若かったゴドウィンとハードは二人を置いて逝ってしまった。
貴族出ででっぱった腹の持ち主だったが、優れた思考と人格を持っていたゴドウィンと、真摯だが優しさを持ち、鋭い観察眼と回転の速い頭を持ったハード。
二人とも、生き続けるべきだったのだとアーランは心中思いつつ、紫煙を天井に向けて吐き出した。
アーサーと呼ばれた、アーサー・マクラウド中将は先ほどサインを施していた書類を手に取り、眺める。
「どうしてかね。神に好かれた者ほど早死にするとは言うが……まぁ、アーランよ……ワシに判るのはさっさと目の前の命令書にサインすることだな」
「そうだな……遠まわしだがゴドウィンの倅が頼み込んできたのだ。無視すればあのハンプティ・ダンプティが枕元に化けて出て来るのは確実だからな……」
「ゴドウィンなら……いや、エルフィファーレも絡んでいるのだ、サインしなければ二人の霊が枕元で呪詛を呟くだろう」
「………フム、そうだな」
今の書類……命令書こそが、彼らが考えた
ルルアとマクスウェルに対する支援射撃の弾丸である。 いや、発射してから着弾するまでの時間や効果を考えれば砲弾といっても過言ではない。
この書類に幾人かのサインを施すことで、ワイズマン―――オーベル・シュターレン准将に対して無視できない命令をクロッセル陸軍総司令部から発令される。
こうなった以上形式的に軍に所属している軍情報部第7課は無碍にできない。
眼前の命令書にはこうかかれていた。
『クロッセル陸軍総司令部より。 メード、ルルアに対して次の命令を下す……』
最終更新:2010年02月09日 01:28