白斑の赤薔薇(戦争・いさかい)

(投稿者:店長)



中は明るい、地下室だった。
空気はひんやりとしていて、彼の凍れる血がそのまま周囲を冷却しているのではないかと思わせる。
本棚と執務用の机、それ以外は特に見当たらないシンプルな部屋の一番奥に彼がいた。
ワイズマンと呼ばれている男が。

「凡その見当はついている。正直言えばこうしてしゃべっているのが無駄と思う」

開口一番、ワイズマンの切れ味鋭い台詞が飛ぶ。
流石情報部とマクスウェルは思い、同時にこの男は自分の全てを知っているのではないかという錯覚を覚えた。
背筋が凍る思いだったが、後退りしたくなるのを堪えて、ワイズマンの眼差しを受ける。

「だがあえて言わせてもらおう。……手を引け。そして関わるな」
「ここまで来てはいそうですか、とは簡単に言えませんね。准将」
「ほう……」
「もう調べがついているとは思いますが……これでもコネは広くてですね、無論ジャーナリストにも友人が沢山います」
「応じなければ、どうするのかね?」
「無論情報を流しますよ。”ガラン・ハード大佐は軍情報部第7課の陰謀で殺された”と」
「悪くない手だな」

マクスウェルが緊張を伺わせないようにしながらワイズマンに対して交渉していく様子に、
ルルアは彼をこれほど頼もしいと思ったことはないと痛感した。
マクスウェルは頭の切れる人物で、武器を使うよりも口と頭で物事を解決できるのだ。
それに比べて、私は剣を振るうことしか出来ない。
だが彼ならそれでも構わないといってくれるかもしれない。
そんな甘えが緊張している中でも心の中にあった。

「そういえば書類の中にとある人物たちのリストがあってね、確か……キャスパー・グリッテン。ドゴール・オルフレッド。アレキサンドル・フレッチャー」

マクスウェルに対して贔屓目を持っているルルアから見ても、
ワイズマンが何気なく呟いたその人物名にマクスウェルは明らかに動揺したのは丸判りだった。
彼の手が強く握られる様がルルアに彼が窮地に追い詰められたことを悟らせる。
それもそのはず、今あげられた名前はマクスウェルが事前に情報を渡してあるフリーのジャーナリストなのである。
つまりは、彼らは眼前の男の指示一つで如何様にでも出来ることに他ならない。

「っ……」
「何故判った、と言った様子だな?……我々を、甘く見ないことだ」

ゆっくりと席を立ち、後ろで手を組んで歩み始める。
マクスウェルとそう変わらない身長のはずだが、彼が人よりはるかに大きな体を持つ魔物に見えたのだ。
形勢逆転、まさにその通りの結果となってしまった。
此方が何かアクションを行えば、今名前を挙げた人物はりんごが地面に落下するのと同じぐらいに容易く、首が地面に落下していくことだろう。

何か反論を告げようとワイズマンを睨み付けたマクスウェルに対し、ワイズマンは鋭く無駄のない手刀を首に命中させた。
頚椎を狙った、正確無比な一撃にルルアは動けずにいた。

──強い。

殺気を抑えたまま、繰り出された一撃は文字通りの奇襲。
力なく倒れていくマクスウェルには、何が起きたのか理解できずに意識を手放したことだろう。
これで動けるのは、ルルア一人だけだった。

「中佐ッ!」
「……君が1ヶ月の間に何をしてきたのかを様子見させてもらった……使い捨ての駒のために動いているとは驚いたが」
「貴方は──ッ!」
「どうしたのかね? もとより君も磨耗品に過ぎない……軍とは効率よく敵の死骸を生産するかという職にすぎないのだからな」
「……なっ…」
「その点彼女はいい駒だった。与えたコストに見合う働きをしていたからな」

この人は板状のチェスの駒と同程度にしか、エルフィファーレを思っていない。
ルルアはそれを理解すると言い用のない怒りを感じた。エルフィファーレは駒なんかじゃない。
エルフィファーレはちゃんと笑っていた。エルフィファーレは、私と戦ってくれた。
思い出せる限りの記憶が渦を巻いて氾濫し、眼前の人物がそれら全てを否定し、戦友を物扱いした事が、許せない。
許せない。認めたくもない。こんな人がエルフィファーレの上司である事実が。

「エルフィファーレを、駒扱いにしないでくださいッ!!」
「ふむ、駒ではないのなら何だ?」
「──戦友です」
「そうか……非常に残念だ」

指をパチン、と弾く。
するとそれを合図にして、先ほどルルアとマクスウェルを案内した娼婦が室内に入ってくる。
改めてみると、人形のような女性だと言えた。ガラスのように感情が無い目、殺気も何も感じられない透明な気配。
いや、誰かに似ている。ルルアは考え、そして思い出した。
そう、エルフィファーレだ。
彼女も、どこか生気のなさげな様子でいたことがあった!

「さぁ、ドロッセル。──粛れ」




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最終更新:2010年02月09日 01:36
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