黒薔薇(貴方はあくまで私のモノ)

(投稿者:店長)


最初の一撃は、エルフィファーレから繰り出された。
外套を締めるベルトを覆うように固定されたサイドバックに手を伸ばすと、勢い良く手を振る。
ピン、と柄付手榴弾の遅延信管を起動させる紐を引き抜いた音が静かに両者の耳に伝わる。
紐を引き抜く時に掛かった力が、引き抜かれた手榴弾をふわり、とサイドバックから飛び出させる。
エルフィファーレが後方の建物へと飛び下がるのと、手榴弾が地面に転がるのはほぼ同時。
炸裂することで生じる衝撃波と破片によるダメージを音を聞いた瞬間から回避行動をとっていたルルアは避け、エルフィファーレが飛び込んでいった建造物へと進む。
僅かに、薔薇の香水と思われる香りが漂っている。そこでルルアはエルフィファーレがよく、薔薇の香水をしていたことを思い出した。

「確かにおしゃれはいいことです……けれど」

──それで自分の不利を招くとは……少々、油断しすぎではないでしょうか?

不審に思いワイヤートラップの有無を確認しながら、ルルアは残り香に誘われるように、匂いの強いところへと進む。
通路の曲がり角に差し掛かる。
周囲には戦闘の跡があったのだろうか……空薬莢や硝子や壁の材質の破片がそこらじゅうに散らばり、
壁には銃弾の痕と血がこびりついていた。

そこでルルアは、曲がり角を曲がろうとして──咄嗟に踏み出した足を逆行の為に蹴る。
あのまま足を踏み出し、歩いていれば顔面があっただろうその場所に、スローイングダガーが飛翔する。
コンクリート製の壁に深く突き刺さったナイフから、ルルアは判断を間違っていたら己の頭蓋を砕いていただろうと背筋を凍らせ、一方でその威力を推測した。

──手は抜かない、そういうことですか。

深く深呼吸をする。
曲がり角に飛び出すのと、二本目の投擲はほぼ同時だった。

「──シッ!」

神狼の刃が火花を一瞬だけ閃かせ、スローイングダガーの軌道を逸らし、僅かな角度で逸らされたダガーは壁に突き刺さる。
一瞬でも気の抜けない攻防。ふとドロッセルとの攻防が頭を過ぎり、次にエルフィファーレの笑顔を見たルルアは、もう一度深呼吸をした。

ルルアの眼前には、既に駆け去るエルフィファーレの外套の裾以外は映っていない。
ヒットアンドアウェイ。真正面からの白兵戦はルルアに分があることからの戦術。
仕掛けるとしたら、ルルアが回避も反撃もできないような状況に入ってからだろう。

だが、例え罠があろうとも……ルルアの決心はなんら揺らがない。
悉くを喰い破り、彼女とシリルを連れ帰るという決心。その鉄壁の思いは、四肢を持っていかれたとしても動じないだろう。

「だから、覚悟してくださいねエルフィファーレ。この勝負、決して負けるわけにいかないのです」






エルフィファーレの残す、薔薇の香水の香りを追う。
今来た区画は、どうやら士官用の部屋が集まっている場所なのだろう。
エルフィファーレの放つ足音も、飛んでくるナイフもない、トラップすらもなかった。
遠くからの銃声と爆発音以外、静寂が広がる。

「……」

自らも足音を立てないように細心の注意を払いつつ、ただ、薔薇の香りを頼りに索敵する。
いくつもの部屋が並ぶ中、唯一つ、香りが強く残っている部屋を見つけた。

──ここに、潜んでいる?

ドアは開いている。
ふわりと漂う花の香りは、間違いなく今まで嗅いできたエルフィファーレのものだ。
じり、と入口のある側の壁を背にして突入のために近寄る。
一歩一歩が、じれったくてやけに遅く感じる。
そして最寄まで近寄ると、一気に飛び入った。

「──!?」

そしてそこには誰もいなかった。
ただ、あるのは、部屋の真ん中に置かれたガラス製の瓶だ。
凄く小さく、掌に隠せそうなほどのサイズ。
その瓶からは、エルフィファーレの身につけていた香水の香りが強烈に漂わせている。
おそらく、香水の原液なのだろう。
図られた。恐らくはルルアを貶める為に……。

「──僕が何故香水をしているか、知っています?」

背後からの声に、驚いて振り返る。
エルフィファーレが、ドアの影に隠れていたのだ。
緊張のあまり、軍人として素人であるが故に、出来た死角だった。

「一つは僕の趣味。それは前から知っていますよね? ですがじつはもう一つ、本当の理由があるんです」
「本当の……理由?」

エルフィファーレが、懐から瓶を取り出す。丁度部屋の中央あたりに置かれた瓶と同じものだ。
中には僅かな液体が、漂っている。

「──実はねルルア、僕は能力持ちなんだ♪」

ルルアに目掛けて、アンダースローで繰り出される瓶を咄嗟に回避する。
ガラス瓶は床に落ちて砕け、濃密な薔薇の香りを撒き散らす。

「今投げた物質を作る能力なんだ……別に酸でもなんでもないよ。液体やその気体は何ら害はないから安心してくださいな。
 ……ただ、下手に動かないほうがいいよ?」

不吉なことを告げるエルフィファーレの言葉に、ルルアは見えない恐怖に体を押さえつけられる。
そんなルルアの様子を眺め、エルフィファーレは無邪気な笑みを浮かべた。
彼女の左手にはスローイングダガー、右腕には近接用のナイフを握りながら、

「ブラックバカラ。それが僕のコードネームであり、能力の名前でもあります。
 正式な名称は高揮発性火気物質生成操作能力。
 揮発性が高くて、少しだけ薔薇の香りに似た匂いのする、猛爆性の物質。
 ……この存在を秘匿するために、普段から香水をしているんですよ」
「なっ──!!」

今、ルルアとエルフィファーレのいるこの部屋は、粉塵の舞っている火薬庫といっていい。
こんな中、火花を散らすとどうなるか?──二人揃って、吹き飛ぶことになる。
あのナイフを投擲されたなら、神狼や義肢ではなく己の体そのもので受け止めないといけない。
即ち、戦闘力減少、もしくは死亡を意味する。
そうなれば、彼女を止めることができなくなる。

「……この距離からなら、外しようがありません。受け止めもできない以上……チェックメイトですね♪」
「エルフィファーレ……貴女は……っ」
「もう、おしまいですよ。……これで、僕の任務は完遂できる」

彼女の硝子細工のような瞳が、無理やり作ったような笑みが痛かった。
感情を押し殺すための、自分を騙しきるための、自己暗示。
今一度、傷つけたくない相手を害するために身につけた硝子の仮面。
恐らく、これが無ければ、彼女は壊れていたのかもしれない。
ゆっくりと構え、



「さようなら、ルルア」



腕が鞭のように撓り、手に持ったスローイングダガーは、ルルアに目掛けて放たれて……





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最終更新:2010年02月11日 19:45
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