アンサンブル

(投稿者:Cet)



1944/06/12

私の名前はアルヒヴァール。
そういうことになっている。
中性名詞のこの名前は私の女性性を否定してる。
いや、さしてそれがどうという訳でもないのだが、ふとそんなことを思った。



「ああ、貴方が書庫係(アルヒヴァール)」
 そう私を納得するように呼ぶ、黒髪の男の名前をアイヒマンと言った。
「書庫係なんですか?」
「そういうことらしい、まあ、俺も正直似たような雑用だ。よろしく」
 黒髪の男は笑う。人当たりのいい笑いだった。こちらも一つ微笑みを返す分に、嫌な気持ちはしなかった。
 ところで私は出版社に入社した新人という扱いだったはずなのだが、どうしたことだか私はこの都市の政庁舎に案内されている。そして現れた年配の男性に案内されるまま、一つの部屋に辿り着いた。
「ここが、君の仕事場だよ」
 一言でいうならば広い。そもそも一部屋を占領していいものなのだろうか。
「いいんですか? こんな広い部屋を」
「いいのさ、何故ならウチは少数精鋭主義でね。まあ私みたいのは凡人止まりだが」
 そう言って少しシニカルに笑ってみせる。
 私は恐縮してしまう。
「そんなこと、言わないで下さい」
「ありがとうお嬢さん。ひとまず荷物を置いて、後で別の部屋に来てほしい」
 そう言いながら男性は地図を私に手渡す。
「はい、一体この後はどういう予定なんですか」
「さっきも言ったがここは小所帯でね。君みたいな新参者を歓迎する習わしなんだ」
「なるほど、分かりました。ではすぐに参ります」
「いや急がなくていいよ、こちらとしても準備をしなくてはならないからね」
 そういうことらしい、社会には色々とタイミングというものがあるみたいだ。
「分かりました」
 私がぺこりと頭を下げると、アイヒマンはにこやかに手を振りながらその場を後にした。


 私の仕事は記録すること。
 フレデリカさん(彼女は私よりも年下でありながら、何やら凄い仕事をしている)の通信記録やら、課の皆さんの行動記録やらを時系列を正しながら記していく。書庫係とはよく言ったものだ。
 そういえばアイヒマンさんが言うには、ここでは誰も本当の名前を名乗らないらしい。
 という訳で私はアルヒヴァールだ。
「いつまで続くのかなぁ……この仕事」
 私は一つ溜息をついてしまう。そりゃ、肉体労働をされている方々とは仕事の種類が違うのだけど、重労働には違いない。時系列を整理するというのは思いの外疲れるのである。知らず知らずの内に神経を酷使してしまうのだ。
 しかしひとまず暇が出るまで仕事を続けなければいけないのは、確かである。
 そういえば私は大学で文学部に所属していて、特に詩についてよく学んだ。
 私自身に詩作の才能はなかったものの、何と言うか詩を聞いて回ったり評論を聴いたりするのは、嫌いじゃなかった。私から評論をするとなれば、まあ大したものにはならなかったのだけれども。
 少なくとも仕事をしていては夢を見れない。そんなことなのだろうな、と実感した。
 そうして今日も私はタイプライターを叩いている。



1939/03/07

俺の名前はリオール。リオール・アイヒマン。
格好良いだろう? 改名したんだ。
それ以前の名前は忘れてしまった。ついでに言うと記録も残していないはずだ。多分。
だから、この名前が俺の本名なのである。


 俺は人身売買まがいの仕事をやるつもりはないんだって。そうフォッカーには説明したものの、これは上からのお達しですだのと言いながらそれらしい命令書を手渡してきやがったんだ。
 俺は情報戦略課なんていううさんくさい部署に身を置いた覚えなど一度もなかったが、しかし気が付いたら俺はこの課の一員になっていた。一員なんていうのもアレだ、俺が向いているのはあくまで雑用であって、連中のように想像力を働かせたり自分から出歩いて調査したりなんていうのははっきり言って、向いてないんだ。
 そう思う、切実に。
 だから俺が皇室親衛隊に入って、まあ軍人としての仕事をこなせている間はよかった。
 要領がよかったんだと信じたいが、出世にもそう手間は取らなかった。
 しかし気が付いたら曹長になっていた。齢については言及を控えておくが、まあ俺としてはこれで満足である。どっちにしろ独り身の男がそうそう高いポストに就いたって、暇潰しくらいにしかなるもんじゃない。
 そしていつの間にやら俺はヘッドハンティングの仕事をやらされていた。
 いや、やらされることについては満足してるんだ。問題はそれがフォッカーの出した指令であることだ。やつもいつの間にやらよく分からん地位にいた。諜報少佐。情報戦略課、課長。
 俺は情報戦略課所属、曹長。
 いつの間にか俺はこんなきな臭い場所にいたらしい。
 逃げれるものならとっとと逃げてしまいたいところなんだが、どうにかならないもんだろうか。
 しかし俺は流れるままにされておく。それが分別というものだと俺は思う。



1945/03/30

 アイヒマンとアルヒヴァールは二人で一緒に行動していた。
「今回は私も同行しなくてはいけないんですね」
「そうだ、何でも皇室親衛隊からの転向らしい」
「どんな人でしょうね」
 アイヒマンが立ち止まって、アルヒヴァールの方を見た。
「双子だ」
「双子」
「名前はアカシアとアイシャ。フォッカーの護衛にあたるらしい」
「どんな双子さんなのでしょう」
「さあね」
 アイヒマンは溜息をついた。
 アルヒヴァールはきびきびとしていた。
「行くぞ」
「はい」
 二人は風のように歩いていく。

 そしてその二人を前にした。
 皇室親衛隊には健常な男子が入隊するのが常であった。しかしこの場合はその例に漏れるらしい。
「こんにちは」
 まず口にしたのはアルヒヴァールだ。デザインものの眼鏡の奥から柔和な眼光を覗かせる。
 茶褐色の髪の双子は首を傾げた。女性用にアレンジされた皇室親衛隊の制服を身にまとっているものの、どこかその瞳からは知性が抜け落ちているようにも見える。
「こいつらはあまり喋らない」
 双子に付き添っていた男はそう言った。
 男は灰色のジャケットに赤いネクタイと、何やら煙ったい格好をしていた。ただそれに収まっている身長はすらりと高く、痩せていて、茶色のサングラスのかかった容貌はひどく整っていた。
「孤児院?」
「ああ」
 アイヒマンの問いにその男は応えた。
「またもう一つ届け物があるから、その時はまたよろしく人を遣ってくれ。フォッカーさんにそう伝えてほしい」
「今度はなんだよ。もうきな臭いのは勘弁だぜ」
「MAIDと言ったら分かるか」
 アイヒマンは顔を大いにひきつらせた。男はニヤリと笑う。
「貴方方ののような好色にとっちゃ、気に入ると思うがね」
「俺をあいつらと一緒にするなよ」
「どうだか」
 アイヒマンは憤然とすることもなく、続いて双子に視線を遣った。双子はそれに対し自然なタイミングで視線を合わせる。
「よろしく」
 アイヒマンが言う。
「「よろしくお願いします、リオール・アイヒマン様」」
 アイヒマンは驚くことをしなかった。
「アルヒヴァール」
 アイヒマンの呼びかけに、彼女は頷く。
「はい、じゃあアカシヤちゃん、アイシャちゃん。行きましょう」
「「はい。アルヒヴァール様」」
 双子は並んでにこりともせずに言ってみせた。



「後は一人ですね」
「そうですおじさま。後少しです」
 たくさんの電話に囲まれた、フレデリカの個室で二人は話していた。
「問題は、メンバーが揃ってからのことですね」
 フォッカーの問いにフレデリカはすかさず答える。
「最低でも半年と思っておいて下さい」
「分かりました」
 フォッカーは窓から外を見遣った。
 整然とした街並みが広がっている。


最終更新:2009年06月27日 16:18
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