ある烈将の一日

(投稿者:店長)

V4師団ことヴェードヴァラム師団の本部のある秘密基地。
その地下に設けられた私室にて一人、小さめの机に面向かって書類にサインをし続ける少女然とした存在がいた。
色素の抜けた白髪が彼女の積み重ねた苦労を反映しているようで、時々浮かべる表情に幼さは微塵も感じない。
外見こそ少女と幼女の中間といった程だが、手に持つ書類を手早く処理する様は成人した人物だと思わせるに十分だった。

「ふぅ……」

溜まっていた書類を一つに纏め上げ、白い丘を一つ机の上に築き上げる。
長時間同じ姿勢を続けていたのか、首を軽く一回しして肉体の緊張を解きほぐしていった彼女は漸く一息を入れたのだった。

「にしても、書類処理をするのが私とカートン殿とだけとは杜撰なことだ……」

書類処理の前に準備していた、すっかり冷え切ったコーヒーを不味そうに啜りながら次の予定を確認するべくメモ帳を取り出す。
そこにはびっしりとスケジュールが書き込まれており、彼女が多忙であることを顕著に示している。

「次はスポンサー方との会談を兼ねた祝宴……か。おっとその前に部隊の訓練があったな」

こうしてはいられない、と座っていた椅子に掛けられていたコートを羽織って、彼女は仕上がった書類を持って部屋を後にする。
これから訓練をする部隊は彼女……クリスティアが力を入れている特殊な運用をするための部隊。
ヴィナンシュ・ヴァクロティ・ヴェードヴァラムから面白いから許可をくれと言葉巧みに──それとなく褒め称える台詞を付け加えることがポイントだ──交渉をした結果だ。

「工作部隊とか後方支援部隊がいないからな……私が一々教えていかないといけないのが面倒だが」


場所は移って、だだっ広い荒野。
周囲には荒野しか広がっていないが、いずれここにV4師団の秘密基地を建造する予定だ。
この際に現在教育中の部隊による発破の実習をさせようとクリスティアは考案した。
巧妙に隠匿された防御陣地も、同時に作り方を教える。

彼らには今まで彼女が培ってきた技術を少しは叩き込むつもりだ。
発破はテロをする上で必須ではないが重要な技術だし、そもそも部隊が飢えてしまったら戦えない。
補給の大事さを知ってもらわないと……。

「──私が前に出れんからな」
「その……教官?」
「……おっと、皆終わったか?」

まずは工兵爆薬──俗に言うプラスチック爆弾で、アルトメリア軍の倉庫から奪取したもの。相手に痛撃を与える上に費用が安く済ませることができる──による爆破で、岩盤を砕くことから始める。
ここらの荒野の地下には事前の調査で岩盤があり、効率よく発破を仕掛けないといけない。
効率のよい発破の練習台にはもってこいだった。

「よし!……全員安全圏まで退避した後、起爆だ」

綺麗に信管に繋げられた──戦場で用いるなら十二分な──配線を手繰り寄せ、予め準備した起爆装置へと接続する。
十分に離れてたのを確認したクリスティアは、その箱型の物体にくっついたボタンを押す。
大地を揺るがす振動が、ほぼ同時に発生しては鼓膜を揺るがす。
舞い上がる砂埃があたり一面へと広がり、吹き抜けた風がそれらを吹き飛ばしていくのを彼らと彼女は待つ。
漸く砂埃が失せた後に、クリスティアは真剣な表情で本日の実演の評価を開始した。
プラスチック爆弾の破壊力をしっかりと伝えるようにするための工夫は伝授してある。
あとはそれを実践できているかを見るだけだった……。

「──A班とB班は合格!、C班! 貴様ら何をしていた! お前達全員腕立て伏せ200回だ馬鹿者っ!」
「イエス、マム!」
「残りは休憩! C班は腕立て伏せ終わった奴から休みに入れ、以上!」

C班に所属していた隊員らが、汗水垂らしながら腕立て伏せを規定数まで繰り返していく様子を、他の隊員は気の毒そうに見つめていた。
あるものは短い休み時間を休息にあてようとし、またあるものは他の隊員らと談話を楽しんでいた。
真剣な時とそれ以外のメリハリをつけることがクリスティアの行う訓練の特徴といえた。

「まったくあいつら、マゾか?」
「どーだろうねぇ……」
「そういやさ、クリスティア隊長ってさメードだろ? なんか違和感ねーよな」
「人間くさいっつーか、泥臭いというか」
「ザハーラの戦線で戦ってたそうだぜ? なんでここにいるのかはしらねーが……俺らよりは激戦をくぐってそうだよな」

いつしか遠くで煙草に火をつけている小さな隊長についての話題となっていた。
白い髪に青い目……幼いはずの容姿に老練の空気を纏わせるメード。
彼女の背中は、物理的に小さいくせに、やけに大きく映った。

「そうだよな、じゃなくてそうだったんだ……」
「お、ジョナサン……?」
「アンディ、俺は実はさ……クリスの姉御と同じ部隊にいたんだ」
「つーと、ザハーラか?」

彼らの間では、ザハーラというのは地獄と同意語となっていた。
クリスティアがザハーラの戦線にいたことは、この部隊にいる連中の常識となっている。

「部隊というよりは惨敗兵のかき集めだったな。……本隊が壊滅寸前なんて日常茶飯事、そんな中、あのクリスの姉御が他のメードや兵隊を指揮してたんだぜ?」
「すげーな。いろんな意味で」

少なくともメードが指揮を執るなど、将校がいる状態ではありえないだろう。
恐らくは指揮を行える人物らは全滅した。それはどれほど絶望的な状況だったのだろうか……。

「皆あんとき絶望してたな。そこでさ、クリスの姉御はいったんだよ。
『諸君!……この私に、クリスティアに命を預けては貰えないだろうか? 
 私は誓おう!諸君を死なせはしない』ってさ、あれでメードってんだからなぁ」

まだクリスティアの髪の色が金色だったあの頃から、ジョナサンは小さな背中を見続けた。
男女の愛ではなく、戦友としてのとも違うこの胸に抱く感情……。
それを確かめるように、彼は胸に手を当てる。

「だからさ、俺は姉御についていくって決めたんだ……他の奴もそう思っているんじゃないか?」

そう告げ終わると、ジョナサンは腰から吊るしていた水筒に入っていた水を飲む。
遠くで、煙草を吸い終えた小さな大将が起き上がる様子が見えた。


訓練を終了させた部隊を引き連れ、クリスティアは結果報告を持ってボスのいる部屋に赴く。
相変わらずそこにはボスの膝の上に寝転がる猫のような物体──レジーナのこと──を無視するように目線を合わさずに事務的な受け応えをする。
たまにレジーナと目線が合わさるが、その際に見えない火花が両者の間に飛ぶ。

「──以上で報告を終えます」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「そーだにゃ、帰れ帰れにゃ」

言われなくても、とレジーナに対して目線で答えてクリスティアは部屋を後にする。
どうもあの猫娘とは仲良くなれない、相手もする気がないだろうとクリスティアは無言で基地内の施設の一つである食堂に赴く。

そこには光るコーラを器用にヘルメットをしたまま隙間からストローで飲むナイト・ロウ・バイパーがいた。
どうも素顔を見られたくないらしく、彼がヘルメットをはずしているところを見たことがない。
器用なことだ、とクリスティアは思う。
食事ぐらいはずせばいいのだが、流石にそこまで口出しするのはどうかと控える。

「隣に座らせてもらうぞ、バイパー」
「ポォウ!」
「……」
「ちょ、すまなかったって…… いや、その目は、いい……」

妙な掛け声に目つきを鋭くさせてしまったクリスティアだったが、
なんだか彷彿してそうな様子で返す彼についつい目線をそらしてしまう。
時より浮かべる目に、久しく感じてなかった貞操の危機感を覚える。
俗に言うロリコンというのだろうか、長いこと文明的なことに遠のいていた彼女は軽いカルチャーショックを知るのだった。
その邪念を振り払うように彼女はさっさと頼んでた食事をかっ込む。
あまり胃によろしくない食べ方をする間の、隣で青白く発光する奇妙なコーラが心臓に悪かった。

「妙なものが入っているんじゃないだろうな?」
「何いってんの? んなわけないじゃん」
「……そうか」

多分末期だな。
ふとそんな言葉がクリスティアの脳裏に過ぎるのだった。
最終更新:2009年10月17日 15:49
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