That's my pleasure

(投稿者:Cet)



 ある日、エントリヒ帝国のニーベルンゲ。
 大きな広場に、一頭の馬。
 その首に縋りついて、男は狂ったように泣いていた。



 少女は闘う。赤色の少女は闘っている。
 何と闘っている? 人間と闘っている。
 ふざけるな、少女は口から流れ落ちる血を拭いながら呟いた。
「ふざけるな……」
 こんなところで終わるわけがないだろう。少女はそう確信していた。
 赤い少女は燃えていく町の中で、ただ待ち続けていた。
 思うに、それは自らの死そのものだろう。
 というのも、彼女にはもう帰る場所はなかったのだ。
 彼女は何だかんだで、他人指向型の人間だったのかもしれない。
 地響きが続いている。
 視界の端から一台の戦車がやって来るのが見えた。
 少女はそれを見遣ったまま、動けないでいた。
 動けなかった。
「ふざけるなっ」
 少女は叫んだ。
 赤色の少女は叫んでいた。
 戦車の砲身が、鈍い音を立てて動くのが、少女の目にはしっかりと見えた。
 あるいは何も見えていなかった。
 少女の体が、無くなった。



 空をたゆたうように飛んでいた。
 青色の空は幾重にも重なって、そのグラデーションを形作っている。
 彼女はそこに浮かんでいた。
 彼女にも帰る場所はもう無かった。
 どこに行けばいいのか分からなかった。
 逃げればいいのだろうか、でもどこに逃げればいいのだろうか。
 自問を続ける中で、彼女は一丁の重機関銃を、手放した。
 ひらりと、それは木端か何かのように、雲の中に身を躍らせて、消えた。
 少女は思った。私もあんなものになろう。
 透明になってしまえばいい。そう思えた。
 少女は青の中に身を躍らせる。
 思うに、人生とは青色であった。
 青とは、人生の外側に吹いている、暴風雨であった。
 彼女は今、透明になる。
 透き通った青になるのだ。
 あるいは



 青年は地面で死んでいた。
 青年は二十歳であった。
 青年は人間に撃たれて死んでいた。
 青年の目標は家族を守ることだった。
 しかしもうその家族もいなかった。
 全ては透明になっていた。
 それは彼自身の色だった。



 士官は二十八歳であった。
 彼はコネに手伝われて、階級は中尉だった。
 士官も死んでいた。
 国は滅びていた。



 赤色の少女は消えていく間際に叫んでいた。


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最終更新:2009年11月13日 21:56
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