妄想メード戦記 1

 高い針葉樹と、荒涼とした大地が形作る冷寒地帯。
 雨期が過ぎ、少しずつ気温が下がり始めたヴォストルージア社会主義共和国連邦、国境沿いの道を一台の軍用車が走る。
 舗装されていない農道のため、タイヤが浅い溝や砂利の上を通り過ぎるたびに車体は跳ね上がり、サスが悲鳴を上げる。
 決して快適ではない道中に辟易したように、運転手である国際対G連合統合司令部(G-GHQ)所属のMAID派遣現地担当官エメリア・イスメリアはため息を吐いた。
 見事な赤毛のショートカットが特徴的な30前後の女性であるが、年相応の貫禄という物は備わっておらず、スーツを着ていながらも気怠さが滲み出る猫背と、少しずれた細い眼鏡が何とも頼りない。

「いやいや失敗した。もっと厚着してくればよかったよ。やはり北方だけあって寒いわ。指先が動かないよ」

 そう言いながら、助手席に座る相方に手を振って見せる。
 もちろんその間ハンドルから手は放れるため、車は制御を失い大きくぐらつく。

「おおっと」

 あと少しで周囲の林に突っ込み、大惨事を引き起こしかねないというのに、当の本人は悪びれた顔すらせずに飄々と車体を道の中央に戻す。

「そんな薄着で来るからです。グローブでもしてください。というかそんな状況なら運転をしないでください。私が変わります」

 スリル満点のニアミスを体験したにもかかわらず、取り乱した様子もなく助手席に座る女性はさらりとそう言ってのけた。
 肩口で切られた黒髪と、翡翠色の瞳、それに整った顔のライン。絶世の美女というには少々迫力が足りないが、確実に美麗と称されるであろう儚げな容姿。
 身を包むのは紺色のクラシカルなエプロンドレス。手足には不格好な黒塗りの防刃繊維で編まれた装具。頭にのせられた白いヘッドドレス。
 そして、外見からは分からないが胴体の心臓部にはエターナル・コアと呼ばれる未知の資源体を備えている。
 彼女は人間ではなく、M.A.I.D.と呼ばれる対G用の生体兵器。名前をアレッシオといった。

「いいっていいって。現地に着く前にメードを働かすなんてアテンドオフィサーとして私が随伴している意味が無いじゃんよ」
「それで事故でも起こされては、たまったものではないのですが」

 エメリアの軽口にアレッシオは肩をすくめる。
 事故が起きたところで、生体兵器であるところのアレッシオには傷ひとつ付かないだろう。それに、車が無くともアレッシオは時速数十キロ以上で数時間走れる。
 だが、そういう問題ではない。事故が起きればもちろんエメリアはそれなりの事態に陥るだろうし、どのみち立ち往生になることは目に見えている。
 アレッシオとしてはわざわざ任務で地球の裏側まで来ているのに、つまらないことで中断を余儀なくされるは願い下げだった。
 と言ったところで、エメリアの態度が変わることが無いのもアレッシオは承知の上であったのだが。

「それにしても、今回はめんどくさいかもよ?」
「何がです?大物だという話は聞いていませんが?」

 エメリアにめんどくさいと言われて、アレッシオは真っ先に自分が任務で駆除すべき物、人類の天敵「G」を思い浮かべた。
 数年前、突然世界に出現し、人類に対して侵略行為を開始した巨大生物群。
 今でこそメードの開発で戦局は五分にまで回復しているが、未だにその勢いは衰えていない。最も獰猛なる隣人。
 アレッシオも度重なる交戦でそのことは嫌と言うほど知っているし、油断するつもりもさらさら無い。
 だが、今回はそこまで困難な状況だとは聞いていない。そもそもこの地のような北方地域では寒さに弱いGは繁殖すらまともに出来ない。強力な個体が増えない以上、戦力的に平凡なメードである自分でもそうそうに遅れを取るとは思えない。そこまでアレッシオが考えたところで――

「いやいや、そうじゃなくてね」

 エメリアが首を振った。

「ほら最近ヴォ連が近隣の自治区と紛争起こしたじゃない?」
「ああ、トラビア自治区ですね」

 数か月前にパイプラインの利権を巡り開戦。小さな小競り合いが数回程度で集結したが、当時は結構なニュースになったのをアレッシオも覚えていた。

「今回さ。G出現報告があった場所が自治区とヴォ連の国境線ど真ん中なんだよね」
「……え?」

 エメリアが言ったことが冗談にしか聞こえずアレッシオは小首を傾げた。
 それもその筈。彼女はその事を一度として耳にしたことがなかった。
 まさかそんな重要事項を矢面に立つ自分が聞いていないはずがない。そう、これは質の悪い冗談だ。あくまで冷静に常識的に分析する。

「もう場所がナーバス過ぎてさ、迂闊にヴォ連は正規軍や所持してるメードを出せないし、かといって大々的にG-GHQの名目で他国からメードとか大規模な兵員送り込むわけにもいかなくてさ。だからG-GHQ直属で使い勝手の良いアレッシオにお呼びが掛かったんだけどね。ハッキリ言って援護、救援、その多一切はないと思った方がいいかもね」

 わはは。と珍しく怠惰な雰囲気を捨て、妙に軽快に笑ったエメリアに一瞬軽い殺意を覚えたアレッシオは、それでも鉄のような自制心でそれを押さえ込んだ。

「もうこのジープ一台確保するだけでやっと。でも、よくよく考えるとさー後ろにのせてる分じゃ弾足りないよね」

 わざわざその鉄の自制心を鉄鋼芯弾でぶち抜こうとしてくるエメリア。一瞬で8通りの罵倒を思い浮かべたアレッシオは、しかしそのどれも口にすることはなかった。

 結局どうあがいた所で、状況は変わらなかっただろう。問題が国際的な物である限り、メード一人が騒いだところでどうすることも出来ない。
 たぶん持ち込める物資は現状の物で最大だろうし、増援だって望める物ではない。
 むしろアレッシオとジープ一台に少々の物資が用意されただけでも行幸だと言えるだろう。
 それに、どんな状況であれ、アレッシオに託されるG掃討という任務は絶対であり、アレッシオ自身も自分のレゾンレートルを否定するつもりはない。
 それを全部わかっていて、エメリアはわざと戯けて見せているのだろう。戦火に飛び込むアレッシオを気遣うように――

 と思いたかったが、残念ながら大抵のことは許容できる広い心を持っているアレッシオであっても、そんな性善説を信奉する聖人君子のような過大解釈はできなかった。
 単にブリーフィングで伝え忘れた事を今言ってるだけなのだ。この頼れる相棒は。

「次からはそういう事は先に言ってください。できれば出発する前に」

 アレッシオの吐いたため息は、冷たい空気に混じり、虚空に消えた。



to be next...
最終更新:2009年11月20日 20:17
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