Chapter 3-2 : 宿命の黒い糸

(投稿者:怨是)



 1945年3月1日、昼下がり。
 ベーエルデー連邦首都ベオングラド、議員庁舎一階の個室にて。
 空戦MAID部隊ルフトヴァッフェの最高司令官カラヤ・U・ペーシュは、この一室を間借りして新聞を読み耽っていた。すぐ横の窓から射し込む陽光のお陰で、デスクライトも必要ない。また、この季節にしては珍しいことに、風も温かい。春の訪れを感じさせるこの気候は、ラジオの天気予報によるとここ一週間程は続くらしい。

 ふと視線を窓へと向けると、緑色の髪のMAIDが窓枠で頬杖を付いている。
 MAIDの名はキルシーという。タイフーン計画によって生み出された三番目のMAIDで、強力な身体能力が特徴である。
 持て余した怪力はしかし、並大抵の組織には制御しがたいものだったらしく方々を(たらい)回しにされ、つい昨年の夏ごろにこのルフトヴァッフェへと編入される事になった。
 今はカラヤの側近として同僚のルフェルと共に働く傍ら、庁舎の裏庭に簡易温室を構えて植物の栽培に勤しんでいる。
 その彼女が頬杖を付いているという事は、仕事がひと段落着いたのだろう。
 カラヤは途中まで読み進めていた新聞をはためかせながら、キルシーに軽く挨拶する。


エントリヒ帝国から仕入れた新聞だよ」

 ――もっとも、こんなものが新聞と呼べたものかどうかは甚だ疑問だよ。提燈(ちょうちん)記事ばかりじゃないか。
 隣国のエントリヒ帝国では、この帝都栄光新聞というものが主流となっているらしい。この新聞は、外交官である知人が帝国へ出張した際に手土産として何部か貰って来たものの一部だった。

「見るかえ?」

 カラヤが訊ねると、キルシーは首を傾げた。

「ねぇお婆様、それは退屈しのぎになるかしら」

「……じゃあ見せない」

「なんでよ。そんなにつまらないの?」

「いや、見物である事は確かなんだがねぇ。お前の手合わせ相手ほど面白くはないかもしれないよ」

 シーアルーラといった手応えのあるエースとの戦いのような、心地良い汗を伴った面白さはこの新聞には無い。
 ただキルシーも単なる怪力持ちではなく、それなりの教養を会得しており、曲がりなりにもクロッセル連合全土を挙げて輩出されたエリートMAIDでもある。性格はどうあれ、このようにして新聞に興味を持たせて意見を請うのもカラヤにとっては必要だったし、何より、

「かもしれないって何よ。見ないと判らないじゃない」

 と云って、日頃から他者を見下しているキルシーが頬を膨らませるという反応が、たまらなく可笑しかった。

「どうだろうね。見なきゃ良かった、と後悔するんじゃないかねぇ?」

 新聞をわざと窓から遠ざけるや、キルシーが身を乗り出してそれを取ろうとする。
 彼女が左から手を伸ばせばカラヤは右へ遠ざけ、右から手を伸ばせばその逆へと交互に動かす。窓枠に腹を乗せながら激しい運動をしているせいなのか、キルシーの顔は真っ赤になっていた。

「いいから見せなさいよ。私を差し置いて独り占めするなんて、絶対に許さないんだから」

「わがままな孫娘だ。仕方ないねぇ、ほら」

 じゃれ合いを通り越して必死な形相になっているキルシーがそろそろ不憫に思えてきたので、新聞を手渡す。
 肩で息をしていたキルシーは窓枠に座り直し、「お茶、頂戴」と一言云ったきり、新聞を睨みながら黙ってしまった。

「……ふーん」

 彼女が何に感心したかは、カラヤには解らない。

「見なきゃ良かったと思っただろう?」

 ポットの湯を温めなおしながら、カラヤはキルシーに振り向く。
 普段は笑みを浮かべている彼女が、珍しく気難しい顔でいる。初めてこのベーエルデーへと連れられて来た時でさえ余裕の表情を崩さなかった彼女がそのように真剣になる事に、カラヤは興味をそそられた。
 老女カラヤが見るに、この帝都栄光新聞は新聞としての出来は悪くないが、主張の強すぎる社説のせいで何もかもが台無しになってしまっている。特にここ最近のバックナンバーから通して読むと、ザハーラへ赴いたジークフリートの事ばかりを書き連ねているのだ。

 恐らくキルシーも、そういった提燈記事ばかりが書き連ねられている文面に何かしら思う所があるのではなかろうか。
 なにぶん、彼女は自身を『最強の存在である』と信じて疑わぬ性質である。この帝都栄光新聞に頻繁に出てくる“ジークフリート最強論”というものを、不愉快に感じているに違いない。単純な力比べであっても、キルシーが本気を出せばヨロイモグラ級のGなどは徒手空拳で外殻を陥没させられる。武器を使うジークフリートとは違うという事を、彼女は日頃から語っていた。

「別に」

「そうかい」

 一瞬だけいつも通りの余裕の笑みへと戻って返答したキルシーに対し、カラヤはこれ以上話しかけないようにした。この自由奔放なMAIDは邪魔を嫌う。放って置いても所見は後で述べてくれるし、もし何も云わないなら帝都栄光新聞は彼女にとって語るに値しないという事になる。
 出来上がった紅茶を用意していると、ドアをノックする音が聞こえた。カラヤはキルシーに紅茶を渡し、ドアを開ける。

「カラヤ老」

 来訪者は議員の一人だった。犬の亜人特有の耳を物憂げにうな垂れさせている。
 カラヤは不機嫌そうな表情でキルシーと紅茶を指した。

「何だえ。折角の団欒のひと時だってのに」

「私の表情が、団欒を邪魔するような風に見えますか」

 議員も負けじと不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
 その様子にカラヤは思わず噴き出しそうになったが、とりあえず本題へと誘導する。

「してるじゃないか。まぁいいさね。早く云いな。ただし、下らない用事だったら一ヶ月間トイレ掃除だよ」

「例のプロトファスマの件についてです」

「あぁ」

 つい最近、アオバーク市内に一匹のプロトファスマがたむろしている。“彼”は今、バッド・カンパニーという会社を立ち上げるべく資金繰りをしているらしく、その融資をつい最近ベーエルデー銀行へと申し出てきた。他にも、不透明な動きは山ほどあった。
 それらについて、側近のルフェルから報告は聞いていた。そして“彼”が様々な名前を使い分けている事も、本当はどのような名を名乗っているかも、カラヤはその報告を通して知っている。
 カラヤは、机の上の黒い糸くずを拾って解し始めた。

「……カ・ガノの事かえ」

 “彼”の本名はカ・ガノ・ヴィヂだ。帝国側から身柄引渡しの交渉を何度も受けているが、この議員も大方それについての相談事を持ち込んで来たのだろう。
 眼前に佇む議員は、我が意を得たりと云わんばかりに頷いた。

「然様。彼奴めをいつまで置いておくつもりです。いくらアオバーク市が辺境であるとはいえ、いつか彼奴めがGを率いてベオングラドへと攻め込まないとは限りません」

「あの男には念を押して、他の町への立ち入りを禁じてる。それにツラが割れてるんだから、いつ殺されても可笑しかないって事は、あやつ自身がよく知っておる筈さね」

 カ・ガノは青白い肌に無精髭の目立つ痩せこけた頬、ぼさぼさのアッシュグレーの短髪という風体をしている。服装は、皺だらけのシャツの上に喪服のようなスーツを常に身に纏い、目には両目用の眼帯。それだけ異様な外見であるからして、写真で一目見ればすぐに顔と名前が記憶に刻まれる。
 彼が妙な動きをすればすぐにでもベーエルデー連邦各地で国境警備を行っている空戦MAIDを現地に召集し、晒し首にしてしまえる。

「し、しかし、カラヤ老」

「ワタシがあやつを泳がせている理由が解るかえ」

「存じません。そも、彼奴がGと接触している以上、瘴気を持ち込まれて食料、農作物を汚染される危険性とて大いに有り得ます。事実、我が国の農場のおよそ五割は、Gの襲撃に伴う瘴気汚染で失われたというデータが。適当に切り上げて、帝国なり黒旗のクズ共なりに引き渡してやれば良いではありま――」

「――“理由が解るか”とワタシゃ訊いてるんだよ。解らないなら教えてやる。プロトファスマは何もあやつだけじゃない。他にも大勢、どこかに潜んでいる。そいつらを纏めて吊るし上げるためにも、あやつが必要なのさ」

 カラヤは悪鬼羅刹も裸足で逃げるような眼力を双眸に込め、議員を睨む。
 これは、癖だった。また、自分が今どれほど真剣にこの問題について考えているかを、言外に含ませる為の処世術でもある。

「売り渡しちまったらそれこそ元の木阿弥だ。これは個人的な義憤の話になるんだがね。帝国の連中はカ・ガノを殺さないと不都合があるんだ。表向きとは別にしてね」

「……?」

「ガキの頃に寝小便した事をさっさと忘れたいのと同じようなもんさ」

 敢えて、内容はぼかす。当たり前だ。
 人伝に聞いた話によるとプロトファスマのカ・ガノ・ヴィヂが生まれた理由は、エントリヒ帝国によるG殲滅作戦“303作戦”において一人のMALEがGに喰われたからだという。
 勿論、つい最近までそのような作戦が行われていたとは夢にも思わなかった。1938年から翌1939年に至るまで帝国に抱いていた奇妙な違和感もこれで合点が行くというものだが、それでも確証までは至らない。故に敢えて、内容はぼかす。

「はぁ」

 対する議員は要領を得られぬままカラヤの迫力に気圧され、ただ、ただ、両耳を横に寝かせるほかに無いようだった。ばつの悪そうに、口元の髭の何本かを片手で弄っている。
 結局の所、この議員の性根は犬そのものだ。願わくばもっと反論があれば核心を突いた話にも持ち込めるかもしれない。生憎、彼にはそれ程の根性は無いらしい。

「それに、化け物一匹飼い慣らせないで一国の主が務まるかってんだい」

 とどめに一句、そう云ってのけた。
 カラヤはあくまで軍事顧問の長であり、一国の主というのは名目上は決まっていない。
 が、彼女の統率するルフトヴァッフェという組織がこの世界に広まって、初めてベーエルデー連邦という国家が確固たるものとして認知された。それ以前においても、相棒と云えるブロッケン・チターマン議長と共に国家としての体裁を取り繕うべく奔走してきたのだ。その事実は国内の誰もが知っている。一国の主というのは、決して過言ではなかった。

 それを誇っても良かったが、敢えて誇ろうという気はしない。今日までに支払われた血税の重みを知っているからだ。
 淡々と述べるだけに留め、議員の両肩に手を置く。


「ただね。その為にもアンタら議会が力を合わせてくれないと困るのさ」

 この国の歴史とて他の国がそうであったように、決して明るいものではなかった。エテルネに倣って自由と平等と博愛を掲げ、グリーデルに倣って産業革命を起こし、数多の国に倣って宗教勢力を漸進的に縮小させ、各都市の自治権を已む無く撤廃し、その代わりに各都市から議員を集め、憲法一つ立ち上げれば血で血を洗う抗争が起き、長らく続いた問題を解決させた。
 そうして「来る者拒まず、去る者追わず」をようやく絵空事から現実へと持ち込む事が出来た。各国で迫害を受けた亜人達も、今では積極的に受け入れられるようになった。
 それでも山積みされた問題の数々が、次々と出番を待ち侘びてこちらに目配せする。個々人が協力し合わねば、それらを捌き切れないのは火を見るよりも明らかだった。

「で、用件はそれだけかい」

「はい、これだけですが」

「じゃあトイレ掃除だ。今日からだよ。四十秒で支度しな!」

 議員の尻を二、三度叩いて急かす。議員は悪態を付きながらも、手渡された掃除用具をしっかりと握っていた。

「ちくしょう……!」

「チターマン議長にも、よろしく伝えておくよ……さてと、キルシーや。新聞は堪能したかえ」



 手を振って見送りを済ませると、カラヤはキルシーのほうへと向き直る。
 彼女は窓枠に座ったまま両足をぶらぶらさせていた。新聞をどこかへ遣ったようで、両手には何も無い。

「読んでたら苛々してきたんで、山羊の亜人のおやつにくれてやったわ」

「おやおや何て事してくれたんだい、ワタシゃまだ読みきってなかったのに。ったく、仕方ないねェ。じゃあ代わりの新聞を探……」

 何の事は無かった。
 カラヤは窓枠とカーテンの間を指差す。そこには、丸めた新聞紙がカーテンに包まれた状態で立て掛けてあった。
 キルシーは残念そうな表情で舌をぺろりと出す。

「見つかっちゃったわ。残念」

 甘い。“老眼鏡要らずのカラヤ”と呼ばれたこのカラヤ・U・ペーシュに、斯様な子供だましは通用しない。
 カラヤは、見えざる仕掛けすらもたちどころに探し当てる程度の視力を有するのだ。その鷹の目とも云える両目を、じとりとキルシーに向けながら新聞紙を回収する。

「こんな簡単なところに隠したって、ワタシの目は誤魔化せないよ」

「老眼だろうから大丈夫だと思ったのに」

「やっかましいわ」

「――あ、痛っ」

 必殺のカラヤチョップでキルシーの額に衝撃を与える。往年の頃はこのチョップ一つで、そこらのゴロツキ連中などを片っ端から病院送りにしたものだ。今でも若かりしカラヤを知る議員にカラヤチョップの名を出せば皆、言葉に出すのも憚られるといった様子で口を噤む。

「老人を馬鹿にした罰だ。おやつのパフェはお預けだよ」

「やぁん、後生よ、許してお願い」

 流石に弱みを握られたキルシーは急に猫撫で声になり、カラヤの足元に縋り付く。
 いかなる手合いも、飼い慣らしておくとこういう時は便利だ。立場の違いというものを今一度理解させておくに越した事は無い。
 とはいえ、新聞紙の件は悪戯心によるものであるから、カラヤの処罰も相応に冗談めいたものだ。

「絶対に許さないよ。三回まわってワンと吼える事だね」

「う……」

 歯を食いしばりながら、キルシーはこちらを見上げた。
 いいぞ。あと三分ほどその屈辱に耐え切ったらパフェを喰わせる権利をやろう。
 久方ぶりに優位を確信したカラヤの表情は、自然、ニヤついたものへと変わっていた。

「ほぉれほれ、どうしたのかえ。やらんのかえ」

「うぅ……」

「ふむ、じゃあルフェルにあげちまおうかねぇ」

「もう知らなぁい!」

 絶呼しながらカラヤの(すね)に拳を弱々しく打ちつけ、キルシーは立ち上がる。彼女は目尻に浮かんだ涙を拭き取ると、さっさと駆け出してしまった。
 去り際に振り向き、

「お婆様の馬鹿! 冷蔵庫から勝手に漁っちゃうんだから!」

 と、捨て台詞を部屋中に響かせる。大好物のパフェを取り上げられるとなれば、彼女とて冷静ではいられないのだろう。
 それでもこちらの脛を粉砕するほどの力を出さず、また廊下を泣き叫びながら通らないといった所からは、彼女のプライドの高さが窺えた。


「ふふん、ちとやりすぎたかね」

 口ではそう云ってみたものの、新聞紙に一々必死になったりパフェでべそをかいたりする彼女の様子を思い出すや、込み上げて来る笑いを堪えられなくなってしまった。腹が痛くなるほど大笑いし、ひとしきり落ち着いてから新聞を元の形に戻す。
 彼女が弱みを見せる相手は、カラヤだけだ。当然ながら他の相手にあのような痴態を晒す事は無く、チターマン議長に至っては逆に議長が彼女に泣きつくような事態に発展することもある。弱みを見せる以上それは信用されているという事であり、カラヤの老後の楽しみという名の特権でもある。

 否、キルシーに限った事ではない。人も、そこから生まれたMAIDも、弱みを見せる相手が必要だ。また弱みを見せられる側も、その感情の仔細を可能な限り正確に汲み取り、包み込んでやらねばならない。心というものは時として朽ち木で作った吊り橋のように脆い。もし渡る事を許されたら、板が落ちないように丁寧に渡る必要がある。会話とは、その為にある筈だ。
 カラヤはそれをある種の信念として、ルフトヴァッフェを運営している。
 ただ徒に強くあろうとしたところで、その身体を支える柱となる心が崩れてしまえば全く意味を成さないからだ。


「303……か」

 カラヤの表情が翳りを帯びた。
 明後日には3月3日となる。303作戦は数年前のその日に実行されたという。
 あの皇帝が、まさかとは思うが、本当にそのような事を仕出かしたのだろうか。
 MAIDの性能に酔い痴れたが故の過信か。それとも、何かの陰謀でも渦巻いていたのか。何も解らない。真実は、国境や時間が暗中奥深くへと運び去ってしまった。それらを手繰り寄せるのは、鞠のように絡まった黒い糸くずを解すよりも難しい。


「ルフェル、居るかえ」

 器用な手先を以ってしても太刀打ちできなかった糸くずを机に放り投げ、馴染みの側近を呼び寄せる。
 ルフェルはキルシーの先輩格で、綺麗な桃色の髪をした物静かなMAIDだ。右腕に義手、右目に眼帯をしている。

「ここに」

「気になる事があってねぇ。帝国や黒旗の連中がここ最近は頻繁にやってきてるだろう?」

「それがどうかしやがりましたか」

 カ・ガノ・ヴィヂが本当にあの作戦で生まれたのだとしたら、帝国側は証拠隠滅の為に何としてでも探り当てて殺すだろう。
 一方で、どういう訳か黒旗までもが三度もここへ交渉しに足を運んでいる。帝国中枢と敵対している筈の黒旗が何故動いているのかは、幾つか理由が考えられた。空戦MAIDを表立って批判する彼らの事だ。「生物学的に在り得ないからだ」と断言するかもしれない。だがその裏では、或いは303に関して何か後ろめたい事が無いとも限らない。
 それとも、両者間の水面下に於ける抗争でもあるというのか。いずれにせよ、カ・ガノをベーエルデーの虫篭に入れている以上、こちらが処遇を決めるべきである。

「いやさ。早い話が、お前さんの所から何人か密偵を出して、そいつらの腹の内を探って欲しいんだよ。おかげでおちおち眠れやしない」

「了解」

「いつもすまないねぇ。ツギハギだらけのこの国を何とかする為とはいえ、ワタシゃお前さんに頼ってばかりだ」

 この局面でベーエルデー連邦が力を合わせてカ・ガノ・ヴィヂの行き先を洗い出せば、この国を「ただの寄せ集めの馴れ合い国家」などと嘲う輩は居なくなる。その為には、汚濁に素手で触れることを恐れてはならない。
 しかし、そう思っても気が引けた。ルフェルが右腕と右目を失ったのは、危険な橋を頼み事一つで渡らせてしまったからだ。にも関わらず、今日までルフェルはそれについてカラヤを責め立てた事は一度たりとも無かった。それが却って、カラヤの胸中に自責の念を生み出した。
 本当は辛いだろうに、という言葉が何度も喉から出かかった。
 ルフェルが、カラヤの額を指で軽く押す。


「もっと遠慮なく頼りやがってもいいのに、またそうやってしり込みする。お婆様は、とんでもない大バカ野郎です」

「お前さん……優しいねぇ」

「あの緑髪の新入りさんほどじゃないです。私にとっては、あくまで仕事です」

「仕事かえ」

「仕事ですとも。新入りさんがパフェを作り終えてもうすぐ持ってくるみたいなんで、私はこれで」

 ルフェルは少し微笑んだ後、音も無く何処かへと姿を消す。
 ルフトヴァッフェのMAIDらが安心して弱みを見せられる人物がカラヤだとしたら、カラヤ自身にとってはルフェルがその相手だった。
 では、ルフェルは誰に弱音を吐けば良いのか。キルシーの帰りを待ちながら、カラヤは頬杖を付いて窓の外を眺める。
 晴れ渡った空は夕陽に色づけされ、綺麗な朱色に染まっていた。



最終更新:2009年12月14日 00:51
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。