(投稿者:suzuki)
ベーエルデー連邦、首都ベオグランドのはずれにその孤児院はある。
と言っても、別に珍しいものではない。
この時代になれば、紛争や「G」による被害で身寄りを失くす子供達なんていうのは数え切れないほどいる。
そういった子供達に対する思い入れというのは人それぞれではあるが、そういったものを受け入れる施設は、
その数が増えれば増えるほど比例して増えていくものだ。
何ということはない、ちょっと日常における出来事が特殊なだけで、それ以外は至って普通の孤児院であった。
時は早朝。まだ子供達は床に付き、一日の英気を養っている頃である。
入り口側に露出したベランダでは、一人の男が煙草をふかしていた。
子供達に煙草の煙を吸わせまいとする彼なりの配慮だろうか、彼の一日はここから始まっている。
今朝は、いつもより少し寒い。
変温動物な彼には少々身にしみる。
そこへ、一つの影が現れた。
朝の来客を迎えるのも当然、自然と彼の仕事になる。
男は来客の気配にに煙草の火を消した。
帽子を目深に被ったその男の目元までは把握できないが、よく見知った人物だ。
「……久しぶりだな」
「まあ、少々野暮用でね」
気の抜けた返事だ。
彼がよく知った人間であることを改めて確認したバスタクスは、面倒そうに再び煙草を取り出す。
まったく、煙草が一本無駄になってしまった。
「で、今日はどの子を連れてく気だね、”死神”さん」
そう言って目の前の――”死神”と呼ばれた男を睨みつける。
さて、トカゲの目というのは身体に大して随分と小さく、良く見るとつぶらでかわいいと一部では評判なのだが、
この男の目をトカゲと比喩下はいいが正直なところ、彼に関して言うならその表現はほぼ通じないと思ってもよかっただろう。
何せ図体が違う。
”死神”だって――些か名前負けはしているが――人間の、大の大人の男である。
このトカゲ男はベランダに腰掛けて煙草をふかしていたが、目の前に立ったその男と頭の位置がほぼ変わらない、か、それより上にある。
所謂リザードマン、世界一般的には「亜人」と呼ばれるものだ。
トカゲによく似たその体つきは大きく頑強で、当然人間のそれとは大きくかけ離れ、図体や与える威圧感も段違いである。
名を、バスタクスと言った。
この孤児院にあって不釣合いではあるが、モニターの中でもまた屈強な、ベーエルデー連邦の亜人将校である。
さしもの死神も、知り合いとはいえ、この怪物に大して気圧されないというのは少々難しい。
しかしそのバスタクスの顔は、どこか複雑な表情をしていた。
「まあそう言わないでくれよ、今日はプライベートな用事で来てるのさ」
「ウチの子ども達に会いに、か? このロリコンめ」
「お前が言うか」
不毛な会話だ。
それが成立すると言う事は、この二人はやはりそれなりに親交のある関係である、と言う事だろう。
同時に、バスタクスが「そういう用事」ではないことを認めている、ということでもある。
このような会話ができるゆとりがあるというのはすばらしいことだ。
お互いに職業柄、そういうものなのだ。
「……で、上がっていくか」
一通りのやり取りの後、バスタクスはその腰を上げ、死神を家へ招きいれようとする。
立ち上がればよりその体格の違いは顕著になり、またモニター(オオトカゲ)と呼ばれる亜人種の体の大きさも見て取ることができる。
おおよその見積もりでその慎重は3mを超えるかというレベルであり、後方に伸びた尾も含めれば相当の大きさだろう。
『G』でたとえるならば、大体ウォーリアクラスのものと同程度の慎重になる。
もちろん、死神はその圧力を感じこそすれ、知己を恐れることはないが。
「いや、いいそういう用事じゃないんだ」
目元まで隠した帽子を押さえ、死神は軽くかぶりを振る。
「ふん、やはり俺ではなくて子供が目当てか」
「そういうわけでも……いや、そうでもあるかな」
「……」
そこまで言えば、バスタクスにも察しがついた。
――否、察することのないように努めていた、というべきか。
死神自身も、はっきり言ってしまえば口に出すのはどうにもつらいものがある。
基本的に「こういうこと」は慣れっこではあるのだが、今は相手が違う。
古い友人であって「お得意様」でもあり、また「父親」でもあった。
「……今日が、命日だろう。彼女の」
嗚呼、身内の不幸を伝えられてなんとも思わない親がどこにいようか。
――どこにでもいるし、死神はそういう輩の相手は何度もしているが――しかし、彼がそういう人間ではないことは知っている。
お互い、仕事であり、国のためであり、またお互いのためだからそうしているのだ。
ましてその命を奪ったことの片棒を担いでいるのであればなおさらである。
「……付いて来い」
それだけ言うと、バスタクスは死神にその大きな背をむけ、孤児院の裏手へ回っていく。
促されるままに後を追うと、そこにはいくつかの、名前の彫られただけの簡素な石柱が立っていた。
個人レベルで作れるものはきっとこの程度のものなのだろう、要するに墓標である。
死神は、その中でも一番新しい墓の前にされた。標には「Nix」と彫られている。
日付はちょうど1年前の今日。本来なら、そこそこの規模の空戦がありました、で済まされていたところだ。
彼は
はじめにその報せを聞いたときも、別段動じる風はなかったという。
「軍人が一人死んで、大事な兵器がひとつお釈迦になっただけだ」
と、彼はそう言っていたそうだ。
彼ももういい年で、いい階級である。
亜人というものは寿命もさまざまで、特に大型の生物はよく生きる。
モニターについても例外ではなく、確か彼も今年で80を回るころだったはずだ。
ちなみに彼の妻はれっきとした普通の人間で、まだ30にもなっていない。
この年でその年の妻を迎えることができるのが少々羨ましくはあるが、しかしその分、彼は多くの同胞の死に様も見ているということである。
別になんとも思わないわけではない、死神と同じく慣れっこなのだ。
「……なあ死神さんよ。”輪廻”って言葉は信じるかい」
墓の前にしゃがみ込んだバスタクスがそう呟く。
彼女は三度死んだ。
一度目は家を失い、家族を失い、名前を失った日に。
二度目は生まれ変わるために。
三度目は、ちょうど一年前のこの日に。
「どうだかね、ヒンディーの考える事は俺には分からないさ。……ただ、それが存在するんなら神様はとんでもないクソッタレで、俺は人でなしだ」
「全くだな」
「……アンタ、今都合のいいとこだけ取ったろう?」
こんな時でもジョークを忘れないトカゲ野郎に軽く舌打ちをしながら、死神は帽子のつばを軽く上げる。
今日はよく冷える。しかし予報では雪は降らないらしい。
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最終更新:2010年03月01日 07:49