Α

(投稿者:エルス)




 闇夜に光る曳航弾の軌跡、連なる銃火、吼える重機関銃。
 それがGに向られているものだと分かっているが、私はどうも実感が湧かなかった。
 凍結した心がそのまま剥がれ落ち、とうの昔に人間として欠陥になっているのか、ただ単に根本からおかしいのか判断はつかないが、私は死が迫ってきているというのに冷静であった。
 暗闇の中から今にもひょいと顔を出してきそうな程、Gという異形が身近に感じる。
 目を凝らせば見えてくるのではと思ったが、そうしても曳航弾と銃火が眩しく感じるだけだ。
 脈動する右手の痛みは既に彷彿とした感覚に変わり、今は肩の風穴の痛みが酷い。
 脳に突き刺さるこの痛みは、なるほど、彼らの怒りが形を持ったものなのか。

「リロード!」

 暗闇からくぐもった声が聞こえた。恐らく空になった三十発入り箱形マガジンを投げ捨て、新たなマガジンを装填したのだろう。
 しかしながら、Gに有効打を与えられるのは強力な12.7mmx99mm(=幅が12.7㎜、全長99mmの意味)の.50キャリバー弾からで、11.43mmx23mmの.45ACP弾ではあがきにしかならない。
 底なし沼に嵌った小動物が無き喚くのと同じように、無力な銃口炎が暗闇に煌めき、有力な重機関銃は確実に命中させられる時にしかその銃火を見せない。
 もっとも、時折思い出したように火を噴く105mm戦車砲の凶悪さに比べたら、重機関銃など豆鉄砲のようなものだ。
 対タンカー用重戦車などと名だけ素晴らしい計画の子であるE-トランク。
 何時の時代も、何処の国でも、名だけ聞けば素晴らしい。そんなものは数え切れないほどある。
 私もその一つだ。ジョン・スミス大尉という、数え切れないほどある下らないものの中に埋もれた、下らないものの一つだ。
 いや、違うか。
 数えられる程度の純粋なものの中から落ちて、数え切れないほどある下らないものの中に埋もれた、なにかだ。

「……後悔とはするものではないな」

 血が抜けて毒が抜けたのか、はたまた昔の私に戻っただけなのか。どちらとも言えないが、少なくとも今の私は―――。

「屑だな」

 一個人が矛盾した行動をとれば何かが破滅するのは必然だ。それは時に人間関係であり、計画であり、思考であり、財産でもある。
 今回は色々なものが破滅した。それは私の地位であり、財産であり、人生でもある。

「……くくっ」

 私は、苦笑を浮かべる。ああ、そうだ、屑なのだ。この世の八割は馬鹿で、あとの二割は屑と呼ばれる塵共なのだ。
 私は、そういう二割の塵共と一緒になって少数派を気取って喚き散らし、大局を見ている気になってことを掻き回す、どうしようもない屑なのだ。
 私は、一体どこで、どうして、自分に酔ってしまったのだろうか?
 吐き出した言葉に酔い、書き出した文字に酔い、撃ち出した銃弾に酔い、人を殺した自分に酔い、悲しい過去を持つ自分に酔い、そして、狂った。

「…………」

 こんな自分、死ねばいいと思った。
 これはきっと、あの技術少尉の影響なのだろう。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 砲弾架から高速徹甲弾を取り出し、抱えながら手に持っている布でそれを拭く。
 そして砲尾に高速徹甲弾を握り拳で押し込み、腕を引き抜き、次に装薬を押し込む。

「装填よし!」
「敵、一時!」

 アレックスが操縦し、Eトランクが右旋回した。一時方向に向く。

「俯仰よし、射線上クリア」
「ファイア!」

 砲手のデイモンが撃発スイッチを押す。
 主砲が轟音を鳴らし、炎と砲弾を吐き出した。
 砲尾がいきおいよく後退し、高温の薬莢が薬莢受けに吐き出される。

「当たったか?」
「見えねえよ! 次弾、同じ!」
「サー・イエッサー!」
「……がんばれ」

 弱々しいエミリーの声を背に、私はさっきと同じ作業を繰り返した。
 高速徹甲弾を砲弾架から取り出し、布で吹き、砲尾に握り拳で押し込み、言われた数の装薬を押し込む。
 汗まみれになって装填しているのに、次弾を装填するのにかなり時間が経ってしまう。
 それも当然か。ジェイムズはプロだったのだ。あの筋肉はこの重い砲弾を砲尾にぶち込むためにあったのだ。
 ガツンと、砲弾を抱えたまま膝をつく。畜生、この身体、鈍り切ってやがる。ふいに自分自身に殺意を抱く。
 エミリーを守ると決めた筈なのに、この体たらくだ。くそったれ、と押さえ込んできた黒い感情が頭を出し始める。

糞ったれ!!(ファック)

 吠えた。戦車の中で吠えたので自分でもびっくりするぐらい大きな声に聞こえた。
 実際、他の四人は目を丸くしていた。
 顔が熱を持って、これは赤くなってるなと思いつつ、装薬を押し込み、

「……装填よし」

 恥ずかしさで縮こまった声を出した。
 一秒後、ブルーノー少尉の大笑いが炸裂し、大笑いしながら指示を出し、大笑いしながら撃った。
 いくらなんでも笑いすぎだと赤い顔をエイミーに向けると、大笑いしながら意味も知らないだろう単語を連呼していた。

「ふぁっく!ふぁっく!」

 ますます恥ずかしくなった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 通信がきて、その内容はこうだった。
 1、第二期生の救出。2、可能な限りの殲滅。
 つまりは、見つけた部外者は皆殺し(デストロイ・ゼム・オール)というわけだ。
 対人部隊―――アルファフォースの何時もの任務。気負うことも覚悟を決めることも無い。
 バイトレザーフィールド製連発式対戦車ライフルを持って、私はジープを降りた。
 左右にはアルファフォースの面々と、ノーマン・サリンジャー中佐お抱えの陸軍第七独立自動二輪偵察小隊がGにも対応できる高火力兵器を持っている。

「糞ったれが糞みたいな武器持って、誰の尻の穴掘りに行くんだか」
「大統領の尻の穴に決まってんでしょ。ホワイトハウス(テーブルクロス)で糞捻りだしてる臭い尻だけど」
「なるほど、んじゃ俺のこの太くて硬くてぶっ刺されば熱い黒っぽい棒を大統領に捧げますよ」

 そう言いながら、パーシーは背負っている使い捨て66mm対戦車ロケットランチャーを軽く叩いた。
 不良品で信管が過敏になってたらカッコつける間もなく肉片に変わってただろうと思うと、顔がにやける。
 ちなみに私は人を殺すのが嫌いではない。どちらかと言うと好きだ。つまり、狂っているのだ。
 数字で見るとこういう「生まれついての殺し屋」は男性では3~4%、女性は1%程度で、つまり私は1%の確率で生まれた殺し屋ということになる。
 素晴らしいことじゃないか。たった1%の確率でこういう私が生まれてきたのだ。本当に素晴らしいことじゃないか。

「目には目を、反抗には死の鉄槌を。我らは始まりにして終焉を齎し、幾多の雑兵を屠り、幾多の悪評を背負う者」

 私はにやけながら呟いた。アルファフォースに所属する者達全てが、呟いている。

「されど我らは悪ではない。偽善者たちよ讃えよ、時にして恐れよ。無能者たちよ刃向かうな、有能なれ。知識者たちよ口を開くな、考えよ」

 声の音、肌の色、目の色、夢、希望、体重、身長、指紋、癖。
 全てが違う人間が共に呟き奏でる呪いの言葉だ。

「我らアルファを称す人間なり、一切の容赦なく、業火を燈す」

 それは、つまり、殺戮機械(キリング・マシーン)が私は人間だと主張するような、不思議な言葉だった。
最終更新:2010年08月03日 23:56
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