十六夜

(投稿者:エルス)




儂は戦友たちと共に、屋敷の縁側で、酒を飲んでおった。
何て事も無い。儂が屋敷に迎え、戦友たちが来ただけの事である。
雲の無い夜空から月光が照らす縁側で、夜空を見る。
それだけで、儂は心が休まった。
そのついでに、昔の話を口にしてみる。
戦友たちがどう思うかは、考えなかった。

「お主らは、今の楼蘭をどう思う?」
「平和だと思うが……。それがどうした。まさか、平和すぎておかしい、などと言うのではあるまいな」

短い茶髪を掻き上げて、五十鈴は儂が親の敵であるかのように睨む。
挑戦的な視線を真っ向から受けて、儂は微笑んで見せた。
すると、五十鈴は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、

「随分、無様な表情だ」
「やはりそうかのう、大君にも笑われ、お主まで笑うのじゃから」
「五十鈴が貴方を笑うのは何時ものことです。貴方は悪くないです。悲観しすぎですよ、美濃さん」
「こ、こら涼風、髪を引っ張るな」
「おかしなこと言ったら、思いっきり引っこ抜くんですから、放す訳ないじゃないですか」

笑顔を顔に張り付かせて、黒髪の侍女兵、涼風が、五十鈴の髪を鷲掴みにしておった。
儂の後ろで騒いでいた者たちはその光景を見て、やれやってしまえだの、やれ押し倒せだのと、祭り騒ぎの如く。
女子と女子の喧嘩を期待しているのか、ある者は賭博をしようと叫び、皆に無視されて溜息を吐いておる。

「待て、早まるな。涼風、我とお主の仲だろう?」
「私は美濃さんの方が好みです。美濃さんの為なら貴方の頭の一つや五百……」
「止めい、涼風。ところで、儂の問いの答えは、どうなったのかのう?」

酒で喉を湿らせ、儂は言う。
皆が、うむと唸り、首を傾げ、考え始めた。
ふと、涼風が挙手する。

「私は少なくとも守る価値があったのだと、そう思っています」
「んむ、五十鈴はどうじゃ」
「同情だ。命を掛けて守る価値は、確かにあったと思っている」
「そうかそうか。皆はどう思っておる」

儂はゆっくりと振り向いた。
畳の上に胡坐を掻く者、正座する者、横になる者、立つ者。
何十人の顔髪形の違う侍女兵が、儂に目を向けておる。

「聞くまでもあるまい。我らは心同じにして、故国を守った者たちだ」

五十鈴がしたり顔で、儂に詰め寄る。
詰め寄った拍子に鷲掴みにされた髪が傷んだのか、涙目になっておった。

「そして故国楼蘭の、平和な光景を目にし、耳にし、こうして騒ぐことのできることに満足している。
 異国で朽ちた者たち、海で朽ちた者たち、空で散った者たちが守り通してきた、この平和のどこに不満足な点がある。
 我ら侍女兵は守る為に戦ってきた。そして守ってきたものが、こうしてここに在るのだ。これほど素晴らしいことなど、あの世にもないぞ?」

嬉々とした表情で語る五十鈴に感化され、皆の表情も明るくなっておる。
涼風も五十鈴の髪を放し、柔らかい微笑みを見せておる。
儂はもうそれだけで、胸が熱くなる。

「皆は、そう思うておるのか……。んむ、そうじゃな。平和……素晴らしい事じゃ。それを少し忘れておったようじゃ」

儂は立ち上がり、庭で地面に纏められている枯れ木と枯れ葉の小山にマッチを擦って火を点けた。
轟々と、小さな炎が揺らめいて、その周りの湿っぽい怠惰な空気を灼熱の乾いた空気に変えた。
炎とは神々しい。儂は、炎を眺めた。

「……これで終い、か。美濃よ、また会おう」
「おお、五十鈴、達者でな」
「またお会いできる時が、楽しみです」
「涼風、やりすぎはいかんよ、やりすぎは」
「ええ、心得ています」
「そうか」

がやがや、と騒がしかった屋敷がしんとなる。
儂は火を消し、屋敷の中を見渡した。
皆、誰一人としてそこにはおらん。

「また来年、会えるとよいのう」

送り火とはこういうものだ。
点ければ別れ、消せば虚しい。
儂は夜空を見上げた。
それだけで、心が心が休まった。


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最終更新:2010年08月15日 00:42
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